FGOの魔神柱たちは社会的手抜き解決のヒントかもしれない

まずはFGOの魔神柱についての説明

 私事ではありますが、去年(2016年)の10月くらいから『Fate/Grand Order』(以下FGOと表記)というスマートフォンRPGにハマっております。
 先達のプレイヤー様たちが育てたキャラを借りて戦闘を行えることもあって、初心者だった私も2016年の12月末には何とかゲーム終盤に進むことができました。
 このゲームのストーリー設定には「2016年には人類が滅びるから、それを防ぐ」というものがあります。それにあわせて、2016年の12月末にはメインストーリーの(第1章の)ラストクエストが公式配信されたりもしました。
 そのクエストの中に登場した中ボスに相当するキャラが今回のキーワードである『魔神柱』です。どういう設定の敵キャラなのかについてはFGOをプレイしていただくとして、この記事では魔神柱を通して思ったことをつらつらと書いていきます。

半月前に私が思ったこと

 FGOのラストクエストのイベントをプレイしながら、私はツイッターで以下のような発言をしています。

 これだけだと何のことだか分らないと思います。まあ、私のツイッターでの発言は基本的に意味を成さないものだから良いといえば良いのですが。
 この発言から半月、ここでいう「社会的手抜きを防ぐヒント」について少し考えていたので備忘録も兼ねて私の考えをまとめていきたいと思います。

FGOのラストクエストで何があったか?

 2016年12月末のFGOのラストクエストは通常とは特別仕様でして、その期間にしか行えないイベントがありました。
『魔神柱制圧戦』と題されたそのイベントを凄くざっくり説明すると、「2016年中に膨大な数の魔神柱をFGOプレイヤー達で全て倒さないとラストボスまで進めない」というものです。

膨大な数って?

「膨大な数」と表現するとぼんやりとしていますね(汗)
 具体的な数字は以下の通りです。
 当初は6種類の魔神柱がそれぞれ150万柱いたので合計で900万柱でした。
 しかし、紆余曲折(後述)があり、1種類あたりが200万柱に増え合計で1200万柱になり、途中から更にまた別の種類の魔神柱が600万柱追加されたので最終的な合計は1800万柱となりました。

どんな紆余曲折があって魔神柱は増えたか

 魔神柱が増えたことに関して、FGO公式ツイッターでは以下のようにアナウンスされていました。

 ここでいう「マスター」とはゲーム内でのプレイヤーの呼称です。
 なぜ魔神柱の復元力が増したかというと、魔神柱が倒される速度が阿呆みたいに速かったからです。
 特に魔神柱の一つであるバルバトスという種類の敵はラストクエストの配信開始が12月22日20時30分だったのに対して、翌23日の日の出頃には全滅寸前でした。そのため運営側が急きょ数を増やしたのだと思われます。

どうしてバルバトスから狩られたのか?

 バルバトスが猛烈な勢いで狩られ始めた詳しい経緯についてはpixiv百科事典の記事などに詳しく書かれていますが、簡単に言うと倒したときに落とすアイテムがプレイヤー的に旨みがあったからです。レアかつ使用頻度が高いアイテムを落とし、しかもプレイヤー全体で倒せる数が当初は150万(最終的には200万)という制限があるため、我れ先にプレイヤーが殺到したわけです。

魔神柱たちの最期

 他の魔神柱も同様の理由で猛烈な速度で狩られていき、結局、1800万柱いた魔神柱たちはラストクエスト配信からおよそ3日で狩りつくされました。

魔神柱たちの犠牲から学ぼう

 このような出来事に対して「やっぱり人間の欲望は恐ろしい」と言うこともできます。しかし、厭世的になってもしょうがないのでポジティブに生かすヒントにしていこうというのがこの記事の本旨です。
 つまり、これまで書いたFGOでの出来事は前置きなわけですが前置きが長くて申し訳ないです。

社会的手抜きとは?

 さて、本記事のタイトルにある「社会的手抜き」という言葉ですが、これは元々は社会心理学などで使われる言葉です。
 たとえば、重い荷物を複数人で運ぶ場合、運ぶ人数が増えるほど一人一人が発揮する力は目減りする(=一人一人が少しずつ手を抜く)現象を意味しています。身近な例で言えば、学生時代体育の授業で使うサッカーのゴールをみんなで移動させるときに、運ぶ人数が多ければ多いほど本気を出さなくなる(あるいは一人か二人は担いでるフリをしている)みたいなカンジです。

社会的手抜きと魔神柱

 みんなで一斉に作業するとかえって手抜きが起きる、というのは荷物運びだけではなく、学校行事なら「学園祭の準備をサボる奴がいて不公平だ」だったり、会社だったら「真面目に仕事しない奴が現れる」だとかありそうです。
 要するに人間とは大勢で一つの仕事をしていると責任の所在があいまいになり、面倒な仕事は他の者に投げる傾向にあるわけです。
 しかし、FGOの魔神柱制圧戦では社会的手抜きは起こらなかった。それどころか、「魔神柱を全部倒してラストボスの所までたどり着く」というそもそもの目的は果たせたわけです。別にプレイヤー個人個人には魔神柱を倒さなければならない責任はないにも関わらず。
 と書くと「えー、みんなして落とすアイテムに釣られただけじゃないの?」と突っ込みが飛んできそうですね。
 とはいえ、はい、全くもってその通りです。
 そして、それこそが社会的手抜きを回避する一つの方法だと結論づけられます。

インセンティブ設計の大切さ

 経済学や経営学の世界には「インセンティブ設計」という言葉があります。
 インセンティブとは簡単にいうと「ご褒美」のことです。
 例えば会社を経営する上で、どのように給与や福利厚生、仕事のやりがいなどのご褒美(つまりインセンティブ)を設定すると従業員が仕事で結果を出すか考えることがインセンティブ設計です。
 インセンティブ設計がきちんとしていないと会社の従業員のモチベーションは上がりません。
「残業代がでないから仕事したくない」
「非正規労働でいつクビを切られるか分からないから真面目にやるのはバカバカしい」
 などの怨嗟の声が現場に満ちていたら、それはインセンティブ設計(そして実施)がきちんとできていないことになります。
 逆を言えば「落とすアイテムの旨み」で数多くのプレイヤーを奮闘させたFGOは優れたインセンティブ設計をしていたと言えます。

大切なのは一人一人の努力と言うけれど

「大切なのは一人一人の努力です」と言うと、意識が高いだけの役立たずか、朝礼で偉そうな御託を垂れ流しているだけの教師っぽいですね。
 しかし、社会的手抜きを防ぎ、集団で何かの仕事をする上では「大切なのは一人一人の努力です」というのは理にかなっています。
 問題なのは「どうやったら一人一人が努力するか?」を考えることです。
 私の経験則ではありますが、今まで出会った口だけの無能にはこの視点が抜けているし、逆に優れたリーダーは相手が求めているものを察する能力が優れていました。
 家族や長年の友人同士のように親しい仲なら話は別ですが、付き合いの浅い関係同士なら人はどうしても相手よりも自分を優先します。
 しかし、「社会」とは基本的に付き合いの浅い同士の人間や、見ず知らずの人間同士の集まりです。
 そんな連中が上手いこと折り合いをつけていくためには、やっぱり一人一人を動かす原動力(インセンティブ)が何なのかを見極め、きちんとそれを提供できるシステムが必要です。
 大きな課題を解決する方法が「みんなで力を合わせる」だけとは限りません。むしろ「一人一人を同じ方向に動かす」方が個人主義が進んだ今の世の中にマッチしている。いなくなってしまった沢山の魔神柱たちは私にそんなことを考えさせてくれました。

余談

 …ところで、話は変わりますが魔神柱たちの復刻イベントってやってくれませんかね?
 サーヴァント(プレイヤーの操作キャラ)を強化するアイテムが最近とても足りていません。
 私もインセンティブを求めている人間の一人です。

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