五輪の真髄のまとめ、お見せしましょう!

五輪?

 どうも、『Fate/Grand Order』(以下FGOと表記)で新キャラの宮本武蔵をガチャで引けなかった燃えカスです。
 ガチャでの引きが悪い自分をなぐさめるために(気晴らしを兼ねて)何か記事を書こうと思ってキーボードを叩いています。
 せっかくなので、テーマを宮本武蔵に関係したことに選んで書いてみたいと思います。

五輪って何?

 FGOでの宮本武蔵は宝具(必殺技)コマンドを選択時のセリフが「五輪の真髄、お見せしましょう!」というものです。「宮本武蔵で五輪といえば五輪書だよね」と思い人もいるでしょうし、歴史は苦手という人は「ごりん???」となるかもしれません。
 というわけで、この記事では「五輪書」について可能な限り簡単な言葉でまとめていきたいなあとか思っています。

※宮本武蔵の逸話については諸説あるので、異論があるかもしれませんが温かい目で読んでいただければ幸いです。

武蔵の生涯

 宮本武蔵は凄腕の剣豪として20代の終わりにかけて60回以上の決闘すべてに勝利したといわれています。
 全戦全勝と書くと「ええー? ほんとにござるかぁ?」と思われる人がいるかもしれません。しかし、武蔵が生きた時代(戦国末期から江戸初期)の決闘といえば真剣での立ち会いですので敗北はすなわち死を意味しています。つまり決闘に明け暮れていた青年期を越え、老年期まで生きたということは全戦全勝だったことになります。
 武蔵は晩年に自らの人生を振り返り、必勝に至る「勝利の方程式」とも言える方法論を書き記します。それこそが「五輪書」という著作なのです。

「五輪書」の構成

「五輪書」は元々は5巻からなる巻物で、それぞれの巻に仏教で万物を構成するとされる五輪(地・水・火・風・空(くう))の名前が付けられています。
 それぞれの巻は必勝へ至るために以下の内容がまとめてあります。

  • 地:兵法の基礎
  • 水:鍛練方法
  • 火:実際の戦い方
  • 風:他流派の誤りの指摘
  • 空:全体のまとめ

 以下に、それぞれの巻ごとの内容をまとめていきます。

地の巻

 ここでいう「地」とは、「地ならし」の意味です。
 兵法(戦の勝ち方)を学ぶ上での基礎的なことが書かれています。

オールラウンダーであれ

 宮本武蔵は「士農工商」での「士(武士)」の階級にある者が極めるべき道とは戦いに勝つことであるとしました。その上で戦いに勝ち続けるには、太刀だけではなく槍や脇差など様々な武器の扱いに通じているべきだと説いています。
 たとえば、広い場所での戦いだと間合い(リーチ)が長い槍の方が有利に戦えます。しかし、狭い場所だと槍の長さは邪魔になるため脇差などの短い武器の方が有利に戦えます。
 加えて、戦での将(現場指揮官)として現場で兵たちに指揮する立場ならば、様々な武器に通じていると多種多様な武器を持つ兵をどのように配置すれば有利に戦えるかが分かります。
 今風に言えば「オールラウンダーこそが柔軟に対応できるから強い」というスタンスでしょうか。

兵法を極める「道」

 地の巻では兵法の学ぶ上で重要なことを、以下の九カ条として示しています(現代語に改めています)

  • 邪なことを考えないこと
  • 「道」という目的を持って鍛錬すること
  • 多くの芸能・芸事に触れること
  • 物事の利害関係をわきまえること
  • すべてに渡って鑑識眼を養うこと
  • 目に見えない本質を悟り知ること
  • 些細なことにも注意を払うこと
  • 役に立たないことはしないこと

 少し抽象的な言い回しの九カ条ですが、兵法以外でも極めたいことがあるならば当てはまる気もします。
 たとえば「誰よりも絵が上手くなりたい」と思ったならば、不埒(邪)なことを考えず、目的意識を持って努力し、様々なものに触れて吸収し、本質を見抜けるようになり、そして最後には本当に必要な鍛練のみを行う――みたいなカンジでしょうか。

水の巻

「水」とは自由に形を変える存在です。コップに入れればコップの形になるし、ケトルに入れればケトルの形になる。
 水のように柔軟なあり方こそが兵法・剣術において大切だというのです。

心の持ち方

 兵法の道における心の持ち方で大切なのは平常心だと武蔵は書きました。
 いわく、
「心に偏りのないように体の真ん中に据え、その心を静かに揺るがせて、そのゆるぎの刹那においてもゆるぎやまぬように、よくよく自分の心を見据えること」
 だそうです。

視線の配り方

 また視線の配り方については「観の目」と「見の目」の両方を持つ大切を説いています。
「観の目」とはおかれた状況全体をつかむ目のことです。いわゆるマクロの視点というやつです。
「見の目」とは、大事なことに注目する目のことです。いわゆるミクロな視点というやつです。
 全体を把握しつつ、大切なものが何かを見極める目が必要であるということなのでしょう(これもあらゆる技術に言えそうな話ですね)。

有構無構

 水の巻では剣術の構えについても書かれています。
 武蔵は剣術の構えについて、「上段」「中段」「下段」「左脇」「右脇」の五つに分類しています。逆に言えば、決まった型はこの5つです。
 この5つを基本とした上で、しかし戦いにおいてはこれらを臨機応変に使い分けることが肝要であるとしています。
 言いかえれば「決まった型はあるけれど、絶対的な型はない」というわけです。これを武蔵は「有構無構」と呼びました。

火の巻

「火」は闘争のことで、実際の戦いでのことが書かれています。

主導権を握る

 戦いに関して、武蔵は主導権を握る大切さを説いています。
 そのためには敵対する相手を分析することが大切であり、まず「自分がもし敵対する相手だったら?」と考えてみる(あるいは情報をつかむ)必要があるとのこと。相手の立場・長所・弱点などを分析することで自分を相手より有利な立場に持ってくることができるわけです。

巌流島での戦いを例に

 例えば、宮本武蔵の逸話で有名なものとして佐々木小次郎との巌流島の戦いがあります。巌流島の戦いはもちろん後に脚色された部分もありますが、それ自体は史実だったようです。
 巌流島の戦いで佐々木小次郎は三尺(約90cm)の真剣を携えていたそうです。一般的な刀が二尺四寸(約72cm)なので間合いが長い刀となります。
 それに対して武蔵が用意した武器は三尺よりも長い木刀でした。
 つまり、佐々木小次郎の武器の強みである間合いの長さを、更に間合いの長い武器を用意して無効にしたのです。

心理戦

 武蔵は心理戦についても記しています。
 武蔵はまず「鼠頭牛首(そとうごしゅ)」という心の持ち方について語っています。意味は「鼠の頭の細心さと牛の首の大胆さ」であり、細心の注意を払いながら時に大胆に打って出ることが勝負では大切だというのです。いわゆる「大胆かつ繊細に」というやつですね。
 更に「底を抜く」ということも説いています。
 自分が戦いに勝ったと思っていても、相手がまだ負けていないと思っていれば戦いはいつまでたっても終わりません。戦いの世界では、相手に「心底負けた」と思わせなければならないわけです。
「底を抜く」ということについては決闘で生き死にを決めるわけではない現代の戦いや駆け引きにおいてこそ重要に思えます。

枕をおさえる

「枕をおさえる」とは、敵が何かをしてくる兆しを敵が実際にしてこないうちに見抜いて、敵が実際に仕掛けてくる前に防ぐことをいいます。つまり「相手に何もさせるな」とも言えますし、もっと言えば「そもそも戦いにならないようにする(戦わずして勝つ)」に通じることだとも思います。

風の巻

 武蔵は自分の兵法だけを記しただけではなく、風の巻では他の流派の誤りについても指摘しています。
 他の流派の間違った考え方を知ることで、本当に正しい道が見えてくるとしたのです。

偏った考え方や価値観はダメ

 武蔵は偏った考え方をする流派について、その間違いを指摘しています。
 たとえば、
「長い間合いさえ取れれば必ず勝てるから長い刀こそが最強の武器だ」
「短い刀は小回りが効くから、これさえ極めれば必ず勝てる」
 などの極端な意見を武蔵は嫌います。
 完璧な武器・戦術などないのだから、おかれた状況で一番有利になる戦い方や武器を考えるべきだと武蔵は言うのです。

型が多すぎてもダメ

 また、やたらに型や技の多い流派についても武蔵は辛辣に批判します。
 はっきりとした型があるのは敵がいないときであって、実戦になれば臨機応変に対応していく必要があります。
 夢やロマンのない言い方をすれば「××流○○殺法」みたいなマンガ的な剣法なんて役に立たないというカンジでしょうか?

人への教え方

 武蔵は兵法の教え方についても語っています。
 兵法の初心者に教えるときも、やはり臨機応変な対応が必要であるとします。
 他流派では様々な段階を設けて、ひとつ段階をクリアすれば免許を与え、いくつもの段階を乗り越えて全てクリアすれば免許皆伝とするのが基本でした。
 しかし武蔵は、予め決められた段階など設けず、教える相手に沿った教え方をその都度見極めて教えるべきだというのです。
 ここら辺の考え方は現代のマニュアルやハウトゥ至上主義な空気への警鐘にも聞こえます。
 …あれ、うちのサイトのハウトゥ関連の記事がとんでもない蛇足に見えてきた。

空の巻

「空」とは、知ることができない空白部分を仮に「空」と呼んでみようという考え方を意味しています。

有るところ、無きところ

「有るところを知りて、無きところを知る」というのが空の巻で武蔵が伝えたい事柄です。
 ここでいう「有るところ」とは、これまでの地水火風の巻で武蔵が説いてきた鍛練方法です。これらの「有るところ」を書物で読んだだけでは完璧な兵法や剣術の道を身につけたとは言えません。
 日々の鍛練はもちろん重要であるけれど、その鍛錬に驕りはないかを毎日しっかりと考えて、より一層の鍛練を積んでいく。その先には何があるかは断言できない(つまり空である)けれど、その先にまことの道があると武蔵は言うのです。

武蔵からの応援メッセージ

 個人的に、空の巻は武蔵から努力する人々への応援メッセージにも思えます。
 世の中には何かの道を極めようと努力する人が大勢います。
 アスリートとして何かのスポーツの鍛練をする。
 創作活動を通して人を感動させる作品をつくりたいと努力する。
 援助職として困っている人を助ける方法を模索しつづける。
 など、本当に様々です。
 しかし人は努力すればするほど自分の至らなさを知り、迷いが生じる生き物でもあります。
 でも、武蔵ならきっとその迷いを否定しません。
 むしろ、悩み、考え、極めたと思ったことさえ客観的に見つめなおし、再び悩むことこそが鍛練である。それこそが「空」なのであるとさえ私には思えるのです。

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