内向的な君へ

 世の中的には内向的、あるいは内向型の人間は好ましくないような風潮です。この言葉は「そんなに内向的でどうする、もっと外向的になりなさい」とか「内向的な性格を直せなくて困っている」みたいな使われ方をします。
 少なくとも、私が生きてきた中では内向的という言葉をポジティブに使う人はいませんでした。

 しかし、この内向的という言葉は元々の意味を正せば必ずしも悪い意味ではありません。人が取りうる態度について内向と外向を定義したのはスイスの精神科医・心理学者だったカール・ユングです。
 ユングの考えでは、内向とは主体をもとに外的世界を捉えることをいい、外向とは客体とは客体をもとに外的世界を捉えることを指しました。
 主体? 客体? なにそれおいしいの? という人のために噛み砕いた言い方をすると、主体とは要するに自分の心の内側にある世界であり、客体とは自分の外側にあるものをいいます。
 つまり、内向的な人間は判断基準が自分の内側にあり、逆に外向的な人間は判断基準が自分の外側にある。もともと内向性と外向性はそれだけの違いなのです。だから、「内向的な人間=社会不適合者」というわけではありません。

 そのことを念頭に『内向型人間の時代』(著:スーザン・ケイン)を読んでみました。
 この本では、内向的な人間こそ今の時代を変えていける力の持ち主であることが論じられています。

 世界経済は混乱に混乱を重ね、創造性やイノベーションを求めない組織は数少ないのが今のご時世です。新しい商品やサービス、あるいは概念をクリエーションできなければ生き残れません。

 この本によれば、創造性に富むのは内向型の人間であるといいます。私もそれに賛同します。内向型の性格だと、確かに上辺だけで人と付き合うのは難しい。なにしろ、内向的な人間は、価値判断の基準が自分の内側にあるわけですから。
 しかし、これは逆を言えばユニークな考えの源泉にもなりうるのです。外向的な性格だと、どうしても周りの意見が判断基準となって、常識に囚われやすくなる。一方で内向的な性格であった場合、そのリスクを回避しやすくなるのです。

 右向け右を良しとする日本の学校教育では特に外向的な態度が求められます。きちんと空気を読み、場の秩序を乱さない人間は教師からしたらさぞ管理しやすい生徒でしょう。
 しかし、それでは創造的な人間が生まれるわけがない。
 創造的であるというのは、ある意味で進化における突然変異みたいなものです。集団の平均値からズレている(=自分の世界を持っている)からこそのユニークさなのです。

 だから、もしも自分が内向的であることに劣等感を抱いていたとしても、それを直す必要はないのです。どうやったら外向的になれるか悩むより、どのように内向的な性格を生かすかに心血を注いだ方が何倍も建設的です。

 内向的な性格に悩む人への処方箋として、私は創作活動をしてみるというのを推していきたいです。創作活動とは白紙の状態に、何か新しい価値を描いていく作業です。小説、イラスト、マンガ、音楽、ダンスなど、どんな創作活動であっても時に己を見つめる時間が必要です。内向的な人は、その才能を持っているのです。

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