噛ませ犬の必要性

 主要な登場人物が、どれだけ魅力的な人物かを描くのは難しいものです。いかに優れた能力や人格を持っていても言葉を並べ立てただけでは読者にはなかなか伝わりません。
 登場人物の魅力を引き立てる手っ取り早い方法として、登場人物の優れた点を、他の登場人物のものと比較してしまうという手段があります。
 比較対象となる登場人物(要するにヤラレ役)は、一般的にこう呼ばれます。――噛ませ犬、と。
 というわけで、今回の話は噛ませ犬についてです。

境界守

「異世界から帰れなくなった主人公が、冒険の旅に出ることになった」
「鬱屈した日常を送っていた主人公が、突如能力者たちのバトルに巻き込まれることになった」
「何のとりえもない平凡な主人公が、美少女と一緒に新しい部活動を立ち上げることになった」
 などのような導入を経て、主人公が何らかの非日常的な世界に足を踏み入れたとします。
 さて、この主人公の身に次に降りかかる出来事はなんでしょう?
 ひどく抽象的で申し訳ない限りですが、ちょっと考えてみてください。
 答えはまとまりましたか?
 では、答えの発表です。
 答えは「これからやろうとしたことに対して邪魔が入る」です。
 ……これだと、やっぱり抽象的ですね。
 というわけで、今回は実際のライトノベルをテキストに解説します。
 使用するのは河原礫先生の『ソードアート・オンライン』の第一巻です。お手元にある方はご用意を。ない方は面白い話なので購入することをオススメします。
 では、ここからは『ソードアート・オンライン』を既読であるとして話を進めさせていただきます。ネタバレがあるので、未読の方はご注意ください。
 前述した「これからやろうとしたことに対して邪魔が入る」とはどういう意味なのか。
『ソードアート・オンライン』で、それを見てみましょう。
『ソードアート・オンライン』は仮想現実の技術を使用したオンラインRPGの世界を舞台とした物語です。主人公であるキリト(とゲームに参加する全プレイヤー)は、ゲームクリア以外は仮想世界からログアウトできず、ゲーム内での死は現実世界での死を意味するという状況に陥れられます。
 デス・ゲームが開始されてから約二年が経ったある日、キリトはヒロインの少女であるアスナと、二人でダンジョン探索に出かける約束をします。
 そして、ダンジョン探索を約束した日がやってきます。しかし、キリトはすんなりとアスナと共にダンジョン探索に出かけることはできません。なぜならアスナのお目付け役であり信奉者のクラディールというキャラに、お前のような人間ではアスナの護衛は務まらないといちゃもんをつけられるからです。
 これからやろうとしていたダンジョン探索に邪魔が入ったわけです。
 キリトがアスナとダンジョン探索に出かけるためには、クラディールを無理矢理にでも納得させる必要があります。そのためにキリトは、クラディールとデュエル(要は模擬戦)を行い、自分の実力をいかんなく見せつけます。クラディールに勝利したキリトは、アスナと共にダンジョン探索に旅立ちます。
 ここでのクラディールの立場は、神話などを構造分析して行わる物語論では「境界守」と呼ばれる存在です。日常の世界にいる者が、冒険など非日常の世界の境界を越えるのを妨害するのが「境界守」です。
「境界守」という存在は、噛ませ犬に近いものがあります。「境界守」は、非日常の境界を越えようとした主人公を邪魔しますが、最終的には退けられます。「境界守」は主人公の能力の引き立て役になったり、成長のためのステップになるのが通例です。
 あるいは、そういった意味はなくとも「境界守」がいないと物語としては引き締まらない場合が多々あります。
 例えば、テレビゲームでもステージやダンジョンをクリアするためにはボスを倒さねばならない場合がほとんどです。逆に、ボスがいないステージやダンジョンに拍子抜けした経験はないでしょうか? ゲームにおけるボスという存在は、今いるステージと次のステージの境界を守る存在、すなわち境界守なのです。
 噛ませ犬は一見するとバカにされ軽んじられる存在です。しかし、ときには境界守と呼ばれる物語の展開に必要不可欠な存在になりえるのです。

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