アルカナ・ナラティブ/第1話/02

 普通の人間になりたい。
 同年代の連中が『特別』を希求する中、俺は『普通』を渇望する。
 物心ついてから俺が置かれた環境が、お世辞にも普通ではなかったからだ。
 両親はいわゆる劇場型犯罪を行う詐欺グループの構成員で、俺も幼少から組織に加担させられていた。
 幼稚園から小学校低学年までは、振り込み詐欺をする際にATMでの監視に駆り出された。
 標的がちゃんと振り込んだなら問題はないが、まれに、行員が不審を抱き、振り込みが完了する前に計画が破綻してしまう場合がある。
 計画失敗の情報は即座に組織に伝達されねばならない。とはいえ、詐欺行為がまさに成立しようとしている現場に居合わせるのは多大なリスクを背負う行為。
 そこで子どもの出番である。いざATMを前にして計画が露呈しても、子ども連れの人間が、まさか詐欺グループの監視役とは誰も思うまい。
 もし、警察に調べられても、俺を連れた監視役は実の親。親子がATMコーナーにいただけとタカをくくってしまうのが人情である。
 組織の一員として、幼少より育ってきた俺には『嘘がいけないこと』という社会生活を送る上での道徳が欠損していた。
 もし、嘘をついたとしても、咎める良心が、俺の心の機能には存在していなかった。
 良心の欠落は心の歪みを生み、心が歪んだ状態での成長は、更に心を歪ませる悪循環。
 社会のルールを教えるべき親が、既に反社会的な人間なのだ。まともな心が育まれないのは当たり前だ。
 しかも、俺は小中学校にまともに通っていない。
 幼心で感じ取ったのだ。真面目に学校に通っても人生を送る上でプラスにはならない、と。
 属している組織が金を騙し取って来た相手は、いわば真面目に組織側の言葉を聞いたが故に騙されたのだ。
 学校では、まず真面目に話を聞くことを要求される。授業で教師の話を聞き、集会で校長や生徒会の連中の話を聞く。
 黙って聞くことなら犬でも出来る。学校は生徒を犬のように扱う。
 そして生徒を、食うか食われるかで言えば、食われる側の人間に改造する場所だ、と考えたのは小学三年生のとき。
 それ以来、俺は積極的な登校拒否を敢行。
 両親は何も言わなかった。
 学校へ行かなくなった分は暇なので、自らも食う側の人間になるべく、いかにすれば人を食い物にできるかを勉強していった。
 周りには裏街道の歩き方の指南役がゴロゴロいたのだから、成長は著しかった。
 小学校五年生に上がる頃には、自発的にインターネット上でオークション詐欺やフィッシング詐欺を始めていた。
 集めた資金を元手に、次は投資詐欺用の組織を展開。こちらの方はさすがにネット上だけでは運営できなかったので、組織の代表はネット上で知り合った大人に任せた。
 俺は組織の代表に裏から計画を伝えるブレインとなった。姿を現さず、影から人をマリオネットのように操るのはえも言われる快感と優越感を伴った。
 なお、行った計画内容は以下の通り。
 まずはネズミ講組織を展開。組織下部の人間を食い物にし、組織上部に甘い汁を啜らせる。
 ある程度、組織上部の信用を得てきたところで、今度はそいつらに、実態の無い会社の社債を高利回りと宣伝して購入させる。
 勿論、この実態の無い会社と言うのはこちらで用意したもので、カモたちは俺の作った劇場で踊っていた。
 また、この計画にあたり、投資に対する誤った知識の植え付けのため、陳腐な投資セミナーを高額の授業料で企画もした。それも中々にうま味のある金稼ぎであった。
 組織下部の人間は組織上部の人間に食われ、組織上部の人間は俺に食われる。
 弱肉強食。蟲毒の世界。
 当時は有頂天だった。
 大人など馬鹿ばかりで、社会など甘っちょろいとあらゆるものを見下していた。
 しかし、破滅の時は唐突に訪れる。
 投資詐欺用の組織は、大きくなりすぎたのだ。加えて、一部の人間だけが真の利益を貪れるシステムを構築したのが不味かった。
 抱えきれない借金を背負った者が大勢現れ、俺はインフラとしか見ていなかった構成員に裏切られ、ついに組織は警察に踏みこまれる。
 後は、ドミノ倒しみたいなものだった。
 まず、組織の代表を務めていた大人が逮捕された。次に、彼の証言により影の『ブレイン』の存在が明らかになる。組織の代表との通信記録から警察は俺に辿り着き、あえなく御用となった。
 その時、十三歳。
 刑法の規定では、刑事責任年齢が十四歳以上となっているため、刑事処分は間逃れた。
 一度は家庭裁判所で少年院に送致される決定がなされたが、高等裁判所はこれを取り消す。少年院送致決定取り消しは極めて異例らしい。差し戻された家庭裁判所は、最終的に俺を保護観察処分とした。
 しかし、事件はそれだけで終わらなかった。
 俺の身辺が捜査されるに従って、警察は両親が所属している犯罪組織に辿り着く。
 両親は組織共々逮捕。裁判の結果、実刑十年が申し渡された。
 更に、十三歳の少年が事件の裏で糸を引いていたというニュースを、マスコミが放っておくわけがない。
 事件は連日報道された。
 テレビや新聞では、未成年であるため、俺の顔はモザイク処理されたり、目の部分に黒い棒線が引かれたりされた。
 少年法の加護をいかんなく甘受したが、一部雑誌は加工なしで顔を公表していた。これは社会問題となって、その週刊誌の回収騒動が起きるなどした。
 大人たちの祭囃子を俺は冷めた目で眺めていたが、やがて自分の犯した罪の重さを知らしめられることとなる。
 報道の波が一先ず引いた頃、俺は父方の叔父夫婦に引き取られた。
 元々、両親は親戚とは疎遠で、叔父夫婦も他に引き取り手がいないから渋々身柄の引き取りに応じただけであったようだ。
 しかし、ただ俺を引き取ったのでない。
 組織のせいで、借金を抱え込み自殺してしまった人々の遺族への謝罪を条件とした。
 事件を担当した刑事に連れられて、被害者の家を何件も回った。
 血反吐が出るまで殴り倒してくる者もいた。
 借金から被害者が自殺してしまった家族もいた。涙ながらに『妻を返してくれ』と叫ぶ男性もいた。両親がいなくなり、孤児になった子どもたちは、どうして自分の両親が死んだか理解できていなかった。
 出逢った人々の全ては、俺から幸せや未来を奪われていた。
 彼らの表情を見て、ようやく自分の犯した罪の重さを自覚し始めた。
 あまりに遅すぎる後悔と、そして恐怖。
 いつか、自分が犯した罪が原因で、彼らと同等の絶望を味わうに至るのではなかろうか。
 逮捕された時にはなかった罪悪感が一気に膨れ上がる。
 理屈として理解できなかった罪を、被害者遺族に会い、彼らの負の感情を一身に浴びて、ようやく自分の犯した罪の何たるかを知った。
 背負う十字架の重さに、茫然と立ち尽くすしかなかった。
 警察から解放されて、正式に叔父夫婦に引き取られてから、俺は何をするでもなく時間を過ごした。
 中学への登校は避けた。可能な限り、人に会うのを避けた。学校側も犯罪者には来て欲しくないらしく、不登校児の家を教師が家庭訪問するなど皆無。
 そんな俺に叔父夫婦は何も言わなかった。ただ、一つだけ、
『高校は出ておいた方がいいぞ』
 と助言したのみ。
 不登校で、さりとてやることもないので、とりあえず高校受験用の勉強だけは行った。
 そして、この春、無事私立高校に合格。四月からの新しい生活を手に入れた。
 ――とにかく、『普通』を手に入れよう。
 罪の償い方は未だ分からないままだけど、長い時間を掛けて歪んでしまった人生を、普通と呼ばれるものに矯正しなければならない。
 歪んだままでは、きっと罪を償うことすらままならないのだから。

 ……と誓ったはずだったのだが。
 俺の身にはいつの間にやら、他人を欺くのにうってつけな異能が宿っていた。
 神様がいたとしたら、きっとそいつは空の上で悪魔染みた笑みを張り付けているに違いない。

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