アルカナ・ナラティブ/第1話/03

 担任が俺を教師と見間違えた一件から派生して、教室の空気は幾分か和やかであった。
 しかし、注意を払うと生徒一人一人の所作は、まだぎこちない印象も受ける。
 教室とは、クラスとは、つまり小さな社会。自分をどのポジションに持っていくかは、学校生活を送る上では重大な問題である。
 果たして、素の自分を前面に出しても大丈夫な風土であるのか、それとも逐一空気を読まねば周りから排除される危うい土壌なのかすら、現段階では定かではない。
 この教室のどこに地雷が埋まっているのか情報は皆無。
 学校は将棋やオセロのように全ての情報が開示されている正々堂々としたゲームではない。性格的には麻雀やカードゲームなどの虚々実々入り乱れる混沌としたフィールドなのだ。
 とにかく、みんなこの時期はクラスの様子見から始める。友人とか仲間と呼べる存在を手に入れるのは、時間がかかるのを覚悟しておこう。
 ――同年代の友達。
 良い響きだ。
 社会の底辺を歩んできた俺からすれば、是非とも手に入れたいものである。
 その為には、自分の過去は秘匿せねばなるまい。
 お互いについて何でも知っているのが良い友達である、なんて不文律など信じない。
 元詐欺師で、警察のお世話になった経験ありという過去を知って、引かないヤツなどはおるまい。
 普通の生活を手に入れるためには、余計な情報を他に漏らすのは得策ではない。
 罪は罪として自分一人で背負うもの。
 他者に見せびらかすものではあるまいよ。
 しかし、そうなってくると不安なのが、いつの間にか身についていた変な能力と、眉の上の落書きだ。
 過去の犯罪と関連性があるとは考え難い。どちらも犯罪行為という、現実世界の出来事と結びつけるにはファンタジーすぎる。
 でも、注意一秒怪我一生。万が一、神がかり的な因果律が働いた結果として、変な能力と落書きが現れたって話なら、どうにか排除せねばならない。
 不安要素は早々に消えて貰うに限る。
 何事も始まりが肝心。極端に言えば竜頭蛇尾でも構わない。初期条件の設定を誤れば修正に手間と労力を割かれるハメになるのはどの業界でもきっと一緒だ。
 この時期に『慎重になり過ぎる』なんてことはありえない。
 とはいえ、調査しようにも心当たりがなさすぎる。
 しかめっ面で、どうアプローチすべきか考えていると、前の席の女子生徒が、俺の顔を怪訝そうに眺めていた。
 その手には前の席から回されてきたであろうプリント。
「悪い、ちょっと考え事してた」
 プリントの流れを、自分がせき止める形になっているのに気付き慌てて謝る。女子生徒からプリントを受け取って、自分の分を取ると、残りを後の席に回した。
 普通ならば、それだけで済む話なのだが――。
 プリントの受け渡しが済んでなお、前の席の女子生徒は俺を凝視する。
 ガン見というレベルの相手の視線に、ちょっとした恐怖を覚えた。
 もしかして、彼女は自分の顔に覚えがあるのではないか?
 投資詐欺の一件で捕まった際に、一部の心ない週刊誌が未青年であった俺の顔写真を掲載して問題となった。その週刊誌の写真と、俺が同一人物だと気付いたとか。
 ない話ではない。
 ゴクリ、と唾を飲み込む。
 口の中はカラカラになるが、それでも平静を装いつつ、
「どうかしたか? 俺の顔に何かついてる?」
 フランクに訊いてみた。
 少女は答えず、俺をじっと観察する。
 数秒の間に、最悪の事態が起きた場合に対しての対処を思案する。
 自分の過去は隠し通したい。
 でも、嘘を重ねて誤魔化すのも避けたいところ。
 嘘をつくのは実に労力のいる作業なのだ。ついた嘘を隠すために、また別の嘘をつく必要が生じるなんてのは下手な嘘つきにはよくある話。
 心理的コスト面からしか『嘘は良くない』としか思えない自分はやっぱりクズだ。道徳心なんてカケラもありはしない。
 全く自分が嫌になる。
 そんな心境で、とにかく有利に事を進められるように改めて少女を観察。
 漆黒の瞳は黒真珠を連想させる静かな煌めきを称え、白磁のように透き通った肌と、凛とした鼻梁。絹の如くさらりと流れる長い黒髪。
 顔立ちで減点対象があるとすれば、目つきの冷たさからくる近寄りがたさ。しかし、それも見ようによっては神秘的な雰囲気に変わってしまうほどに美しい少女だった。
「ねえ、髪を掻きあげてみて」
 ぶっきらぼうに少女は注文してきた。
「え?」
 唐突な彼女の要求に一瞬戸惑ったが、すぐにその意味を汲み取った。
 ――この少女が問題解決の糸口になるかもしれない。
 その可能性を信じて、前髪を掻きあげて見せた。
 そこには【I】の文字。
 もしかして、彼女はこの文字に心当たりがあるのかもしれない。
 だから、髪の隙間からわずかに見えるだけであろう文字を目ざとく見つけ出したに違いない。
 渡りに船とはこのことか、と期待で胸を膨らませた。
「ねえ、あなたはこの文字が何なのか心当たりがある?」
 微妙な言い回しである。
 彼女も眉の上の文字と無関係ではないにしろ、その全てを知っている風には思えないような言い方。
『アンタこそ何か知っているのか?』と問い返そうとしたが、担任とクラスメイトの視線が、こちらに釘付けだった。
 密やかにささやく声も聞こえてくる。
「あの二人って付き合ってるの?」
「もうこのクラスからカップル誕生?」
「チクショー、俺あの娘狙ってたのに……!」
 さすがはお年頃の生徒たち。どうしても、話題は色恋沙汰になってしまう宿命にあるようだ。
 それを聞いた少女は、顔を歪めて、ぷいっと顔を逸らして、後頭部を見せる。
「はいはい、静かに。恋に恋焦がれてる内は、アナタ達はまだまだ雛鳥よ」
 手をパンパンと叩きながら生徒に注目を促す担任。
 ちなみに担任は美人で、恋愛経験豊富そうな女性。そんな彼女に対して反論しようにも、一同まだまだヒヨっ子なのであった。

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