アルカナ・ナラティブ/第1話/06

 翌日の放課後。
 数字の謎への手掛かりは、唐突に現れた。
 下校時、俺と周防は校門で一緒になった。
 今日は狙って一緒になったわけではなく、本当に偶然だった。
 そんな『不思議な数字』に悩む一年生の前を奇怪な出で立ちをした人物が通り過ぎていく。
 珍獣ハンターの面持ちで、そいつの姿を眺める。
 着ているのはうちの学校の男子の制服だったが、そいつの姿から連想したのは、朝の駅前で選挙演説をしている政治家。
 拡声器を持って、肩にはタスキが掛けられている。ただし、タスキに書かれているのは『あんたが主役』――某大型雑貨店のパーティ用品コーナーで見かけたことのある品物だ。
「えー、メンタルヘルス部の部長の天野と申します」
 恰好に真面目さが足りていない男は、まずは自己紹介。
「ただの人間には興味はありません。だからといって宇宙人、未来人、異世界人、超能力者は来ないでいいです。そこまで問題解決能力はないんで」
 外宇宙から電波を受信しておられるらしい彼は、きっとお近づきになりたくない方の春の風物詩だ。
 君子危うきに近寄らず。
 うむ、良い言葉である。なまじ、法に触れるほど危ない橋を渡って来た俺には骨身に染みる。
 周防も若干引き気味で、遠い目で彼を眺めている。
 俺の中で、彼が『今月の関わっちゃいけない人ランキング・NO.1(NEW)』に踊り出たところで、彼はトンデモない内容を言ってのけた。

「最近、身体の一部にローマ数字が出現して気になって気になってしょうがない、という人はお見えではありませんか?」

 ……。
 ……。
 ……該当者、ここに二名。
 うわ、あの人なんか知ってるっぽいけど、あえて火中の栗を拾いたくねえ。
 この状況はやっぱり君子危うきに近寄らずなんだけど、同時に虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 昔の人はたくさん格言を作ったものだ。ただ、多すぎて整合性が保てていない。賢くなるのに古きをたずねるのも考えものである。ああ、矛盾。
 俺たちの困惑なんて無関係に、天野という男は演説を続ける。
「ローマ数字を見て、『何これ、スティグマ? アイ・アム・ジーザスの生まれ変わり?』なんて感慨を抱いた方がお見えでしたら、是非メンタルヘルス部の部室まで足をお運び下さい。繰り返します――」
 そこまでぶっ飛んだ考えには及んでいないが、やっぱり行った方がいいのか、メンタルヘルス部とやらに。
 というか、これ部活の勧誘なのか?
 だとしたら、多少派手なパフォーマンスもありえる話。どこの部も新入生獲得に必死だ。
 と勝手に納得。
 その後も彼は新入部員勧誘を続けるが、俺たちは立ち尽くすしかない。
 そして数分後。
 この学校に不慣れな子羊たちの前を、新たな怪人物が通り過ぎる。
 今回は女子生徒で、天野よりも怪人物の具合がレベルアップしていた。
 一瞬しか顔は見えなかったが、若い教師と見間違えそうになるほどに大人びた外見。ここまでの特徴では普通の人だ。
 彼女を怪人物たらしめているのは黒マントだった。
 まるでお伽噺の魔女が着ているような黒マント。
 この学校は奇人変人の集まりなのか?
 怪人黒マントさん(仮)は、天野に近寄ると拡声器を強引に没収。更に彼の頭を小突く。
 もめ始める。
 が、ここからは遠すぎで何を言っているか聞こえない。
 見た感じ女子生徒が強気な態度なんだが、同時に彼女は怪人黒マント。見ようによっては、二人の様子はまるでコントだ。
 気になったので、よせばいいのに俺は彼らに近づいて、会話の内容に耳を欹てる。
「だってさあ、アルカナ使い探すのってメンドイじゃん。だったら、こっちから呼びかけた方が早くねえ?」
 天野は、黒マントさんに砕けた調子で言った。
「早かろうが、一般生徒にアルカナ使いの存在がバレるのはマズいだろうが。もっと考えて行動しろ」
 たしなめる黒マントさん。
 二人の会話を聞くからには、キーワードと思わしきは『アルカナ使い』なるもの。そのままの意味にするとアルカナを使う人なんだろうけど、じゃあアルカナってなんだ、って話になってくる。
 分からんことが多すぎる。
 ええい、しょうがない。
「おーい、ちょっといいか?」
 意を決して変人二人に話しかける。危うきに近づく行為なんだが、俺は君子なんて立派なもんじゃないので妥協する。
「はいはい、どうした?」
「何かね?」
 同時にこっちを見る変人二人。
「アンタらの言う『アルカナ使い』って何だ」
 二人はしばし目を瞬かせる。どうやら俺を『一般生徒』と認識しているようで、何かしらを隠そうとあれこれと画策している。
 それでは情報が得られないので困る。俺は前髪を掻きあげた。
 現れた【I】の文字に、二人は目を丸くするが、不快そうな感じはなく、むしろ嬉々とした表情。
「【I】キター! 【魔術師】キター! これで勝つる!」
 元ネタを知らない人が聞いたら文法の狂いを指摘されそうな言い回しで、ガッツポーズする天野。この人、一々テンションが高いな。
 って、【魔術師】ってなんぞ? 魔法使いになった覚えなどない。
「落ち着け、天野。そちらのお嬢さんは?」
 黒マントさんは天野と対照的にテンションが低い状態で、俺の背後に視線を送る。
 振り返るとそこには周防がいた。彼女も二人の会話が気になったらしい。
「【Ⅰ】が【魔術師】だったら、【II】は何ですか?」
 と周防。
 黒マントさんが答える。
「【II】は【女教皇】だな。そういう疑問を抱くということは、君はもしかして――」
「私にも彼と同じような文字があります」
 俺と違って、あえて数字を見せはしないが、周防は肯定する。
 で、【女教皇】って何ぞ?
 さっきの【魔術師】といい、妙にファンタジーな単語が続くな。
「一気に二人も発見できるとは僥倖だな」
 黒マントさんは顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「だろう? やっぱ、直に呼び出した方が早いって」
 腰に手を当て、えっへんと胸を張る天野。黒マントさんはこれに応じずに、話を進める。
「さて、問題はこの二人をどちらで引き受けるかだな」
「どっちって、呼び出しに成功したのは俺だから、うちの部で引き取りたいんだが……。あー、アイ・シー、アイ・シー。そういやそっちは人員不足で今年新入部員が入らなかったら廃部決定か。でもなあ、せっかく見つけた部員候補をみすみす逃したら他の部員に示しがつかないし、どうしたもんかね」
 べらべらとよく回る舌でしゃべくりながら考え込む天野。
 って、待て待て……。
 この二人の中では、俺たちはどっちかの部に入部することが決定事項となっている。俺らの意見は聴かないのかよ。
「問題あるまい。これだけ派手に呼び込みをしたのだ。そろそろお前のケータイにメールが来る頃だ」
 淡々と黒マントさんは予言するが、彼女以外の者は何を言わんとするか見えてこない。
「メールって誰から?」
 天野が訊いたのと同時に、彼のポケットから着信音が流れる。
 メールだったようで内容を確認すると、みるみる天野の顔が青ざめていく。
「理事長からメール来た! どうして!?」
 絶叫する天野に、黒マントさんは尚も淡々としていた。
「あれだけ派手な呼び込みをしたら理事長から注意勧告が来るに決まっている。早く行けば、説教時間の短縮につながるぞ」
「く、仕方ない。泣く子と上司にゃ逆らえないのが中間管理職の悲しいところ。ではお二人さん、詳しい事情はこの黒マント様から聞いてくれ。ちょっと死地に突入してくるぜ。サラバダー! ばっさ~!」
 わざわざSEまで付けて、制服のブレザーをひるがえした天野は、全力疾走で彼方へ駆けて行った。
 そして、残されたのは俺と周防と黒マントさん。
「さてと……」
 場を取り直すように呟く。黒マントさんはこめかみを人差し指でこつこつと叩いた。
「こんなところで立ち話できる内容でもないから、是非我が部に来てもらいたいな」
「いいけど、……これって新入部員の勧誘か?」
 念のために訊いておく。
「時期も時期だし、そんなところだ」
「ちなみにどんな内容の部活動なんだ?」
 勧誘するなら、それをまず説明すべきだ。色々と順番がぐちゃぐちゃになっている。
「主にアルカナと魔法の研究だ。――魔法研究部というのが正式名称だが、大半の生徒からはオカルト部と呼ばれている」
 いよいよもって、話がファンタジー。
 黒マントさんも、見た感じ魔女っぽいし。
 これ、新手の霊感商法やキャッチセールスだったりしないよな。

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