アルカナ・ナラティブ/第1話/07

 俺が入学した高校の造りは、一般的な学校とは異なる。建物の配置が若干特殊だ。
 本館校舎、体育館、南館校舎が北から南に建てられていて、それぞれの校舎の間は路地によって分断されている。
 更に部室棟と呼ばれるものは無い。代わりに体育館が三階建てになっていて、一階部分に部室が集合している。
 部室間で防音対策は施されていない。廊下を歩くと軽音楽部が楽器を掻き鳴らす音が漏れてきている。
 黒マントさんの所属する魔法研究部――曰く通称『オカルト部』は一階突きあたりにある。
 通称の『オカルト部』というネーミングから、てっきり天外魔境な部室を想像していた。
 具体的に言うなら、魔女が魔法の薬でも調合するための大釜、無数の髑髏、どこの言語とも知れない魔導書、儀式の折に明かりとして使う蝋燭などをだ。
 ところが、いざ案内された魔法研究部部室は、小洒落た空間だった。
 入って正面奥にはパソコンデスクとデスクトップ型パソコン。その手前にはガラス天板のテーブルとテーブルの四方を囲うソファ。それらの下には赤い絨毯が敷かれている。また、壁際には本棚が置かれているが、ざっと見たところ怪しげな本は無い。学校教科の参考書から、ライトノベルまで幅広いジャンルの本が収納されている。
 そして、本棚の横には額に収まった占いにでも使いそうな二十二枚のカード。天井には暗い紫の塗料で描かれた魔法陣。
 ……最後の二つは見なかったことにしよう。
 上を向いて歩こうものならげんなりとした気分になるこの部室は確かに『オカルト部』だ。
「ソファに掛けて、くつろいでくれたまえ」
 黒マントさんは言うと、上座のソファに腰掛ける。御言葉に甘えて俺と周防も向って左右のソファに。
「それでは改めまして。私は魔法研究部部長のヒノエ、三年生だ」
 名乗って来たなら、名乗り返すのが礼儀。
 俺と周防は、
「瀬田翔馬。一年生だ」
「同じく一年生の、周防氷華梨です」
 簡潔に自己紹介。
「では、早速本題に入ろうか」
 黒マントさんことヒノエ先輩は、制服のリボンをほどき、ブラウスのボタンを解き始める。徐々に露わになっていくヒノエ先輩の胸元。
「ちょ、アンタいきなり何を?」
 いきなりの行動に、健全な男の子である俺は、どぎまぎせざるを得ない。
 視線のやり場が、流浪の民と化してしまうがそれも一瞬のこと。
【IX】。
 ヒノエ先輩の右鎖骨の下あたりに明るい青で書かれた文字。どうやらこの人も俺らと同じ人種(?)らしい。
「私は【隠者】のアルカナ使いで、アルカナ使いとして手に入れた魔法は『一切の情報を忘れない』ことだ」
 隠者?
 アルカナ使い?
 魔法?
 一切の情報を忘れない?
 情報量は増えたのに、何一つ疑問が解決してないぞ。
 淡々した説明は現実離れした言葉のオンパレード。この人の中で説明という行為は、人に分かってもらうための行為ではないのだろうか。
 これはこっちから適切な質問をしないと話が進みそうにない。
「アンタの胸元の数字や、俺の顔の数字は一体何だ? 何を意味している?」
 一番気になるところから訊こう。回りくどくなるのは時間の浪費と、精神的疲労に繋がる。
「アルカナ使いである証だ。アルカナ使いたちは【呪印】と呼んでいる」
「アルカナ使いとは?」
「この学校に入学するにあたって【呪印】が浮かびあがった者たちだ。ちなみに【呪印】とは私の胸元や、君の額にある数字のことだ」
 ……。
「えーっと、だからこの数字は何を意味してるんだ?」
「今説明したようにアルカナ使いである証だ」
 ……。
「だから、アルカナ使いってなんだよ」
「それも説明済みだ。つまり、【呪印】が浮かび上がった者の総称だな」
「だーかーらー……」
『この数字は何を意味しているんだ』と再再度質問しようとして言葉を飲み込む。これではまるっきり阿呆の会話だ。
 今の会話を記号化するならば――
 A=Bである。よってB=Aである。したがってA=Bである。証明終了。――数学の先生に聞かれたら単位をボッシュートされかねないダメダメ論法。
「むむう、やはり説明は苦手だ」
 幸いにもヒノエ先輩本人は、自分のプレゼンテーション能力の欠如に自覚的。今の説明でしたり顔をされていたなら、初めて女性に手を上げるハメになっていた。
 落ちつけ。クールになるんだ、瀬田翔馬。クール、COOL、KOOL――あれ、クールのスペリングってどっちだったけか。
 思考があらぬ方向に飛んでしまったので修正しよう。
 持ちうる限りの知識と想像力を働かせて、ヒノエ先輩が言わんとすることを解釈していく。
 そして、辿り着いたのは、
「つまり、アルカナ使いは、変な能力が使えて、アンタの場合は手に入れた情報を一切合切忘れない。その理屈でいけば、【呪印】とかいう数字が浮かび上がった俺らにも、何らかの能力が発現している、と?」
 全体的に発言が非現実的な点をお詫び申しあげます。
 これにヒノエ先輩は、
「その通りだ。むむ、知らぬ間に私の語彙説明の能力が向上していたか」
「いや、それは壮絶な勘違いだ」
 サド気は無いが、バッサリと切り捨てずにはいられなかった。
 しかし、魔法とは非常識な。
 生れてこの方、常軌を逸した魔法・超能力に分類されそうな力を宿した覚えは――。
 ……あった。
 ――自分の存在を対象者に錯覚させることができる。
 ハハハハハ、まっさか~。俺ったら中二病なんだから~。
 教師二名に実験し、ガラの悪い男子生徒に悪用した挙句、困ったことに成功してしまったが、俺は未だに信じられない。いや、認められないというべきか。
「ヒノエ先輩、今の俺、どんな風に見えます?」
 何だい瀬田翔馬、わずか一日の出来事程度で、魔法の存在を認めてしまうなんて、ずいぶんと諦めが良すぎないかい。
 でも、ヒノエ先輩は出会ってから最大の表情の変化率。
 眉がつりあがり、目が縦に開かれ、顎が下がる。典型的な驚愕の表情。
「どうして、氷華梨君が二人いる?」
 両脇に座る二人の一年生を、忙しく見比べるヒノエ先輩。
 ヤバイ、正解だ。
 現在、ヒノエ先輩には俺が周防に見えるように念を送っている。
 とはいえ、やっぱり念は限定一人までしか送れないため、周防はヒノエ先輩の驚きの理由を知る由もない。
 魔法? 認めたくない。マンガに描き起こすときには『否!』と見開き一ページを無駄に使って断言したくなるほどの拒絶感。
 はい、というわけで周防でも実験。
「周防、俺は誰に見える?」
 念を送る標的を周防に変更。
 周防は氷を連想させる怜悧な目をぱちくりとさせて、幼気な少女と化す。
「担任の柳川先生。え、どういうこと????」
 ああ、見える。周防の頭上に無数の疑問符が浮かんでいる。それぐらい周防は慌てていた。
「ちなみに私には、今の翔馬君は瀬田翔馬に見える」
 ヒノエ先輩、参考意見おそれいります。
 こうして俺、瀬田翔馬は『アルカナ使い』とかいう、不思議魔法使いになってしまった現実を、完全に受け入れる運びとあいなりましたとさ。

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