アルカナ・ナラティブ/第1話/08

「ちなみに、この学校の生徒以外でアルカナ使いとなった者は発見されていない。また退学や卒業によって学校の生徒ではなくなった者からは【呪印】は消えてアルカナ使いではなくなる。また、いなくなってしまったアルカナ使いの後任者は翌年度まで現れないが、逆にいうと翌年度には確実に現れている」
 ヒノエ先輩は追加説明をしてくれるが、それでも謎である点は多く存在する。
「アルカナ使いの魔法って、入学式の日に朝起きたら、『変な能力が使えそう』って分かるものなのか?」
 自分の体験を合致させるべく質問。
「みな往々にして、そんな感じだったと証言している」
 なるほど、妄想だと思っていた変な考えは、アルカナ使いのためのガイドラインみたいなものだった、と。
「じゃあ、もう一つ。メンタルヘルス部の天野って人やヒノエ先輩が、俺や周防を【魔術師】だとか【女教皇】と言ったが、どういう意味だ?」
 これに、ヒノエ先輩は本棚の横に飾ってあった、額縁入りの二十二枚のカードを壁から外してこっちに持ってくる。
 それぞれのカードの上部にはIからXXIの数字。一枚だけ数字無記名のカードもある。カードの下部には名称であろうタイトル。
 例えば【I】のカードには『LE BATELEVR』とある。
「これは? てか、タイトル何語?」
 ヒノエ先輩に説明を求めても、また話が堂々巡りになる危険性があるのは承知している。さりとて訊ける相手は彼女しかいない。
「これはタロットカードで、各カードのタイトルはイタリア語だ。タロットカードには基礎となる二十二枚の大アルカナとその他五十六枚の小アルカナがあるが、これらは大アルカナになる」
 タロットカード……。名前だけは小耳にはさんだことがあるが、実際に目にするのは初めてだ。
 更にヒノエ先輩は説明を続ける。
「アルカナ使いとは、大アルカナの数字に対応した【呪印】と、カードの意味合いに通じる魔法を発現させている。翔馬君の【呪印】は【I】だから、発現させた魔法は『LE BATELEVR』――日本語で言うなら【魔術師】のカードと対応している。……こんな説明でどうだろうか」
 ヒノエ先輩的には自信がなさそうだったが、俺からすれば及第点。アンタ、やればできる女だったんだな。
「じゃあ、私は【II】だから、このカードですか? 何て読むんです、カードのタイトル」
 周防は上部に【II】と書かれたカードを指す。本を持った、シスターみたいな出で立ちの人物が描かれている。下部には『LA PANCE』の文字。多分イタリア語だが、海外渡航歴のない高校生にはそんなものは読めません。
「和訳すると【女教皇】だ。この際だから、全部日本語にしてみよう」
 ヒノエ先輩はデスクの引き出しからルーズリーフを取り出して、いそいそとカード名の日本語版を書き始める。
 この人、説明能力と表情の変化が乏しいだけで、根は世話好きなのかも。
 そして、ヒノエ先輩が淀みなく全カード名を書き終える。

I・魔術師
II・女教皇
III・女帝
IV・皇帝
V・司祭
VI・恋人達
VII・戦車
VIII・正義
IX・隠者
X・運命の輪
XI・力
XII・吊し男
XIII・死神
XIV・節制
XV・悪魔
XVI・塔
XVII・星
XVIII・月
XIX・太陽
XX・審判
XXI・世界
愚者

「改めて見ると数が多いな。これだけの人数のアルカナ使いがいるのか」
 想像するとぞっとする。俺みたいな魔法の使い手がこの学校にカードの枚数分。……はて、最後だけ番号が振られていないがどうしてだろう。
「先輩、『愚者』だけ番号がないんだが?」
 書き忘れか?
 いや、違う。額縁に収まった大アルカナにも、一つだけ番号が振られていないカードがあった。
「『愚者』のカードに番号はないよ。いや、正確にはマルセイユ版のタロットには無い。ウェイト版には0という数字が割り当てられている。ちなみにマルセイユ版とウェイト版の違いは割愛するが、要はオリジナル版と改良版の違いだ。詳しく知りたければ、ウィキペディアに書いてあった内容を、ここでエアコピペするが必要か?」
「遠慮しとく」
 延々とヒノエ部長がタロットカードについて講釈するシーンを想像してぞっとした。エアコピペって響きは今風だが、つまりは暗唱である。
「ところで、アルカナ使いの魔法が対応する大アルカナに通じているって言ってたが【魔術師】のカードの意味は?」
「イメージとしては【I】という数字が割り当てられているように何かを始めることを意味している。あるいは何かを始めるということは、外に目を向けること、すなわち外向性や、そこから転じて社交性なんて意味もある。社交からイメージを膨らませて、恋愛面だったら『モテる人』なんて解釈もありだ。しかし、君の魔法からすると『ペテン師、詐欺師』なんてイメージがしっくりくるな」
 さらりとピンポイント爆撃してきた。
「な、なんで?」
「なんでって、社交性とは言わばコミュニケーションだ。コミュニケーションとは言葉のやりとりであり、それは行き過ぎたり、方向性を誤れば相手を騙すことに繋がる」
 まさに俺じゃん。
「そこで気になるのだ。アルカナ使いの魔法は、個人のコンプレックスや、乗り越えなければならない壁の現れみたいな場合が多い。例えば、前の【魔術師】は、いわゆるイケメン男子だった。しかし、『誰も見た目ばかりで内面を評価してくれない』と悩んでいた。そんな彼が手に入れた魔法は『見つめた相手を惚れさせる』だった。だが、当人からすれば重荷だな。魔法なんて言えば聞こえはいいが、アルカナ使いのそれは往々にして悩みの種だ。君の場合は、どうして人を騙すのに使えそうな能力なのか……。……実は昔詐欺で捕まったとか?」
 落ちつけ、俺。ここで慌てれば自供したようなものだ。
 これは彼女なりのジョークに決まっている。
 誤魔化さねば。
 でも、嘘は吐きたくない。
 頭痛に見舞われるのは正直嫌だ。
 それより何より人を騙すのが恐い。
 些細な嘘であっても、これから始まる日常に致命的な亀裂を入れてしまうかもしれない。
 ならば、取るべき態度は一つ。
「フハハハハ、よく分かりましたね、ヒノエ先輩。実は俺は幼少の頃から悪の組織で育てられて、小学校の時分には狡《こす》い詐欺をしてみたり、挙句投資詐欺組織を作って警察の御厄介になったりと人生波乱万丈な人なんだぜ」
 朗らかに、荒唐無稽な調子で語ってみせた。
 嘘が嫌なら、もう事実を語るしかない。しかし、その事実を本気で受け止められると困るわけで、『こいつ、ふざけたことぬかしやがって』と思われるテンションで語ってみせる。
 行き過ぎた真実は、時に嘘にしか思われない。俺の過去も大体そんなものなので、周防とヒノエ先輩が荒唐無稽な作り話と受け取れば大成功。
 ……嘘は回避できたが、方向性を間違っているような気もする。今後、こういう事態にどうすればいいか、帰ったら改めて事例研究せねば。
 入学早々から、新たな課題が浮上したが、早いうちに問題点を洗い出せたとポジティブに受け止めよう。
 そんな俺の作戦が功を奏したようで、ヒノエ先輩は、
「むう、はぐらかされるのは趣味ではない。大方、嘘で大切な人を傷つけた辺りが正解かな?」
 勝った。
 ――計画通り、とどっかのマンガの主人公の如く内心ではほくそ笑むが、ここはちょっとシリアスな顔で、
「ノーコメント」
 と誤魔化した。
「分かった。深く追求はすまい。では、ここらで翔馬君の魔法については一区切りして、氷華梨君からの質疑応答を受けたいな。翔馬君ばかりが質問者で、君も退屈だっただろう。何か、訊きたいことはあるかね?」
 喋り方は大仰というか、堅苦しいのだが、声のトーンは穏やかなヒノエ先輩。女性にしてはハスキーな声色で、大人の落ち着きを印象として与えてくる。
「私の魔法なんですが……」
 おずおずと口を開く周防。首を傾げながら、俺を見て、
「瀬田君のさっきの話で分からなくなりました」
「俺のことは翔馬って呼び捨てでいいよ。君とかさんをつけられるような人生でもなかったし」
 これは本音である。
 敬称をつけられることに子どもの頃から慣れ親しんでいない。なので、どうにも違和感が拭えない。
「分かった。これから気をつける。それで私の魔法は……、ねえ、翔馬、私がこれからする質問に全部『いいえ』で答えて」
「構わんよ」
 構わないが、何だ?
 不意に嫌な予感に襲われる。
 こういうシチュエーションをどこかで見たことがある。
 どこだったか、思い出せ。
「翔馬の今日の朝ご飯は和食だった?」
「いいえ」
 本当は和食なので、これは嘘。ズキリと頭痛に猛襲される。
 ついでに、嘘を吐くのは良い気分ではない。
 しかし、これは嘘ではなく周防の指示に従っているだけだ、と自分に言い聞かせて堪える。
「あなたは自転車通学者?」
「いいえ」
 これは真実。俺は電車通学だ。
「あなたは両親と一緒に暮している?」
「いいえ」
 これも真実。両親は刑務所に服役中。
「さっき、ヒノエ先輩に話した翔馬の過去は嘘だった?」
「いいえ」
 絶望的な真実。目をそむけたくなるほどの。
 ようやく思い出した。このシチュエーションが何なのか。
 嘘発見器だ。
 ドラマとかで見る嘘発見器に掛けられる容疑者は、往々にしてこんな感じで質問されていたっけ。
「じゃあ、最後は正直に答えて」
 そして、周防は告げた。
 俺にとっての死刑宣告を。
「翔馬の今日の朝ご飯は和食。あなたは自転車通学者ではなく、両親と暮らしていない。そして、さっきヒノエ先輩に話した翔馬の過去は真実。これは全部当たってる?」
 どうして、バレた……。
 全部、真実。
「――――」
 答えられずに、口をパクパクとさせることしかできなかった。

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