アルカナ・ナラティブ/第1話/09

 どうしてだ?
 どうして、周防は俺の過去を逐一暴ける?
 まさか、これが彼女の魔法?
 アルカナ使いが、一般にどういう能力を発現するかは、なって二日目の俺には情報が少なすぎる。
 けれど、さっきの周防の言葉から察するに――
 俺が至った結論を確認するかのように、ヒノエ先輩が矢継ぎ早に周防に設問を投げる。
「これら話す四つの命題が各々真実か否か答えてくれたまえ。一、私の今年の名簿番号は奇数。二、現在の魔法研究部の部員は私だけ。三、私は魔法をフル活用して学年首席になった経験はない。四、私はヒノエという名前を気に入っている。どうかね?」
 氷華梨はいきなりの質問に、きょとんとしてしまうが、すぐに、
「四つとも真実ではありません――嘘です」
「いかにも。私の今年の名簿番号は三十二番で偶数。魔法研究部には私以外に幽霊部員だが三年生の部員が一名いる。また、私は『一切を忘れない』魔法を有効活用して学年首席になっている。そして、私はヒノエという自分の名前が嫌いだ。――氷華梨君のアルカナ使いとしての魔法は『相手の嘘が分かる』という趣《おもむき》のものだね?」
「その通りです。私のアルカナ使いとしての魔法は『他人が故意についた嘘を見破る』ことです」
 そんな魔法もありうるのか……。
 愕然とした。
 彼女の前では、嘘で事実を誤魔化すのは不可能。
 逆を言えばそれは、事実を嘘っぽく言って、うやむやにしてしまう方略も無意味。
 さて、そうなると問題が。

――実は俺は幼少の頃から悪の組織で育てられて、小学校の時分には狡い詐欺してみたり、挙句投資詐欺組織を作って警察の御厄介になったりと人生波乱万丈な人なんすよ――

 やっちまった。
 作り話っぽく演出してヒノエ先輩に過去を語って誤魔化したが、横で聞いていた周防には嘘じゃないと分かるわけで――。
 俺はどこで間違えた?
 あの時、ヒノエ先輩に事実を告げず、嘘で誤魔化すべきだったか?
 いや、それでも駄目だ。
『元詐欺師か?』という質問に対して嘘をついても、結局周防の魔法の前では意味が無い。
 だったら、ノーコメントを貫くべきだったか?
 それなら最良の結果をもたらしていたが、それでも質問に答えられないなんて状況は怪しすぎる。
 結局、過去に罪を犯したこと、それ自体が間違いだったという帰結。
「……終わった」
 俺の高校生活が。
 二日目にして終わった。
「翔馬……」
 力なくうなだれる俺に声を掛ける周防。
 彼女がここに来なければ、バレることなんてなかった。
 けれど、怒りも理不尽さも不思議と湧いてこない。
 彼女に悪意はなかったのだ。
 ヒノエ先輩の質問を煙に巻こうとして、小細工染みた返答をしてしまったのは俺。
 言いたくないのだったら、疑われるのを覚悟してでもノーコメントを通すべきだった。
 最悪の結果を生みだしたのは俺の弱さ。
「ハハハハハ……」
 自嘲。
 笑わずにはいられなかった。
「ふざけるなよ……。アルカナってなんだよ。魔法? 嘘を見破ることができる? そんな、非常識なもんに俺の希望は、夢は、全部ぶっ壊されるっていうのかよ!」
 怒り、憎しみ、理不尽、不条理。
 湧きだす感情は、しかし、ぶつける先なんてなく、虚しく宙に拡散する。
 頭を抱えて、髪をくしゃくしゃに掻き毟る。
 世界は咎人に対して、こうも容赦なく鉄槌を下したがるのか。
 覚悟していたはずなのに、受け入れられない俺は噴飯者だ。
 冷たい世界に期待していた俺は愚か者だ。
 きっと、この二人から俺の正体が広がっていって、俺は学校のどこにも居場所は作れない。
 人間の悪意については、俺は嫌なくらい知っている。
 子どものときから見てきた世界には悪意が充ちていた。
 どうやって他人を欺いてやろうかという悪意。
 どうやって他人を出し抜いてやろうかという悪意。
 どうやって他人を食い物にしてやろうかという悪意。
 人間なんてそんなもの。
「……ごめんなさい」
 周防が消え入りそうな声で謝ってくる。
 それは決して俺を見下したり、嫌悪したりしているようなものではなかった。
 怯えながら、それでも必死に絞り出された声。
 そんな声で他者に謝罪していた奴を、一人知っている。
 俺自身だ。
 起こした事件の被害者の悲痛な表情を突きつけられて、俺は堂々と声を張るなんてできなかった。
 取り返しのつかない過ちを犯した人間は、きっとそんな風にしか謝れない。
 堂々と謝れるうちは、謝ることによって得られる信頼回復を考慮出来ているのだ。
 どうやって罪を償えばいいのか、見当もつかない人間は、今の周防みたいな謝り方しかできやしない。
 どうしてこいつは、自分が加害者みたいに謝るんだよ……。
 だって、悪いのは俺じゃないか……。
「私は……自分にいきなり変な能力が現れて、でも、アナタの過去の話が嘘じゃなかったら辻褄が合わないから、つい怖くて確かめたくて……。でも、そのせいで私はアナタを傷つけた」
 周防の謝罪は、後悔の塊。
 こいつは俺のせいで、背負う必要のない想いを抱いているのか。
 頭の片隅に、周防の傷だらけの左手首が蘇った。
 周防がどうして自傷行為なんてしているのか、知る由は無い。
 でも、自分を傷つけるなんて、自分自身に嫌悪や憎悪を抱いている奴じゃなきゃ無理だ。
 ――アルカナ使いの魔法は、個人のコンプレックスや、乗り越えなきゃならない心理的な壁の現れみたいな場合が多い――
 ヒノエ先輩の話が脳裏に過る。
 彼女の嘘を見破る魔法だって、俺と一緒で彼女にとっては望ましくない可能性は十分ありうる。
 なのに、俺はそんな周防の気持ちなんて少しも考えず、自分のことしか考えていなかった。
 自分の行く先の不安ばかりが募って、全然周りが見えていなかった。
 周防の自責の念はとどまるところを知らず、泣き出しそうな顔でこう零した。
「私なんて、どこにもいなければよかった……」
 俺の中で何かが切れた。
「ふざけるな!」
 また叫んでいた。
「周防は何も悪くなんてねえよ! お前は被害者か加害者で言ったら、俺の身勝手な考えの被害者だろ? だから、何一つ謝る必要なんてないんだよ。だから、もうそんな顔しないでくれよ……」
 人が泣いている顔を見るのは辛い。
 それが自分のせいなら尚のこと。
 俺はまた自分勝手の我が侭をほざいているだけ。
 心底、自分が嫌になる。
「チクショウ……チクショウ……チクショウ……!」
 自分の気持ちなのに、表現するには語彙が足らな過ぎる。だから、ガキみたいに呻くしかできない。
「あまり自分を責めるものではないよ、二人とも。さて、翔馬君は涙を拭きたまえ」
 ヒノエ先輩がハンカチを渡してくる。
 涙?
 俺は言われてから、ようやく気付く。
 自分の頬を流れる冷たい流水。
 女二人の前で、勝手にキレて、挙句に泣いていたなんてかなり恥ずかしい。
 全く、今日はとんだ厄日だ。
 ヒノエ先輩からハンカチを借り受ける。
「ところで、もしよかったら君の昔話をもう少し詳しく聴かせてくれないかな? 別に強制ではないがね。こっちとしては中途半端に話を聞いただけでは消化不良で気持ちが悪い。あと、それが君にとって抱えきれない秘密ならば、誰かに話すことで多少なりとも気分が軽くなるというのもあるし」
 提案してくるヒノエ先輩。
 俺の方もすっかり参ってしまっていて、先輩の言うことも一理ありかと納得してしまう。それに、中途半端な情報しか与えないで、変な誤解を招くのも気分が悪い。
 そして、俺は二人に全てを暴露した。
 両親が犯罪組織の人間で、子どもの頃からその犯行に加担させられていたこと。自分が手を染めた犯罪とその顛末。被害者遺族を周った際に芽吹いた罪悪感。
 ついでに、嘘をつくと頭痛に見舞われることも話しておいた。周防の人間嘘発見機に掛けられる場合、次回から『いいえ』だけではなく『はい』という選択肢も欲しかったからだ。
 卒業するまで、全ての人間に隠し通そうと決めていた秘密を、入学三日目にして誰かに打ち明けるなんてとんだ計画倒れだ。
 結局、高校入学早々、自分の影に捕まった。
 絶望し、叫んで、泣いて、もし計画が完遂されていたらありえなかっただろう感情の吐露を一通りやってのけて、妙に清々しい気分だった。

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