アルカナ・ナラティブ/第1話/10

「なあ、アルカナ使いって、みんな俺みたいな、屈折した過去を持ってたり、悩みを抱えて生きているものなのか?」
 まだ見ぬ他のアルカナ使いに思いをはせてみる。
 俺みたいなのが、この学校に大アルカナの人数分いたとしたら、この学校は相当数の変わり者・問題児を抱えていることに他ならない。
「何とも言えないな。屈折しているかどうかは個人の主観による。そもそも悩みなどアルカナ使いでなくても誰でも持っている」
 一般論を述べるにとどまるヒノエ先輩。
 この人もアルカナ使いである以上は、『一切の情報を忘れない』という魔法はコンプレックスと繋がっているのだろうか。
 聞いてみたいが、さりとて聞いたとしても自分の身の振り方すら定まっていない人間が聞いたところでどうこうできるものでもない。
 単なる好奇心でほじくり返しても、きっとプラスに作用することなんて何一つない。
 それは周防についても同じだ。
 自傷行為の理由については気になるが、周防自身は隠したがっているみたいだったから、ここで追及するのはやめておこう。
 余裕の無さは、他者の世界に触れられない人間的な小ささに繋がるわけで、つくづく格好悪い。そんな自分が悲しくなってくる。
 センチメンタルに浸っているとヒノエ先輩が、神妙な面持ちで口を開く。
「アルカナ使いについて知りたくば、アルカナ使いに多く関わる部に所属するのが一番だ。というわけで、我が魔法研究部に入部しないかね、お二方」
「あれ、いきなり勧誘モード?」
「学校規定で、四人以上の部員がいないと、部として認められず、廃部ないし同好会降格になってしまうのだ。現在この部の部員は私と幽霊部員を含めて二人だけ。元々、アルカナ使いの受け入れ専門である部に、新入生アルカナ使いがぴったり二人。以上のことから導き出される結論を簡潔に述べよ」
 普通なら『急用があるんで今日はちょっと……』と言って退散するのがベター。でも嘘はつきたくないしなあ……。
「ちなみに翔馬君に拒否権はないよ」
 言いきるヒノエ先輩。
「どうして?」
「君の過去については、これから健全な学校生活を送ることで償っていってもらいたいと感じている。だが、そんな生活を送るのに君の秘密を知っている先輩がいては不都合だ。君が魔法研究部に入らなかったら、ショックで私は君の秘密をバラしてしまうかもしれないぞ?」
「……脅しかよ!? 先輩、それサスペンスドラマだったら口封じに殺されてるところだぜ」
 なんてこったい。この人、案外悪人だ。
「そこは若者らしく死亡フラグと言ったらどうかね」
 若者らしいか? いや、そもそも――
「先輩、死亡フラグとか、そういうタームが通じる人だったんだな」
 サブカルチャーには縁のなさそうな雰囲気を感じていたが、思い込みだったか。
「せっかく、『一切の情報を忘れない』魔法を持っているのだから、新ジャンルを開拓してみるのも良いかと思ってね」
「ちなみに、明日になったら俺の話を忘れている可能性はいかほどだ?」
「何のジョークかね? 私の魔法は『一切の情報を忘れない』と言っているだろう」
 ですよね~。
 ド畜生、なんて俺に不都合な能力なんだ。
 先輩はデスク引き出しから入部届けとボールペンを取りだし、俺と周防の前に置いた。
 自分で自分の名前をデスノートに記入する面持ちで、入部届けにサイン。
「うむ、よろしい。素直な子は大好きだ」
 大満足のヒノエ先輩。
 魔法陣の描かれた天井を眺めながら、俺はため息を一つ。
「これからの高校生活、大丈夫だろうか……」
 つい愚痴らずにはいられない。
「大丈夫だよ」
 目線を降ろすと、俯きがちな周防の姿。
「励ましてくれるのはありがたいけど、俺は元詐欺師の触法少年だぜ? ていうか、俺の正体知って、周防だって怖いだろう」
 素直に『ありがとう』とか言って、流しておけばいいのに、つっかかってしまった。
 悪印象を与える確率は大。だが、きっとそれでいい。
 こんな罪人に、周防みたいなヤツがこれから近づくべきでないのだ。
「怖いよ。でもそれは翔馬だから怖いんじゃない。私は同年代の人が全般的に怖いだけなの。だけど、翔馬は昨日、変な男たちに絡まれてるところを助けてくれた。あの時ね、私恐怖で狂ってしまいそうだったの。男たちは恐いし、周りの人たちは誰も助けてくれない。だから、翔馬がやって来た時、すごく嬉しかったんだよ」
「別に褒められることはしてないぜ。『もう誰も騙さない』って決めて高校に入ったのに、魔法を使ってあいつらを騙しただけなんだ」
 思い出しても嫌気がさす。嘘でしか何かを解決できない自分に。
 そんな嘘にまみれた詐欺師に周防は言うのだ。
「でも、私は救われた。アナタが嘘や自分を憎んでいたとしても、アナタが誰かを助けるだけの力を持っていることだけは否定しないでほしいな。……勝手なこと言ってごめんなさい。私が絡まれたから、あなたに余計な手間をかけさせてしまったのに」
 しゅん、と縮こまってしまう周防。
 どんな言葉をかけていいのか、最良の答えが見つからない。
「あんまり、自分を追い詰めるなって。あと、せっかくなんだから『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言ってくれた方が嬉しいな」
「うん……今度から気をつける」
 歯切れが悪いが、良しとしよう。
 こういう自己否定的なところも、彼女の自傷行為と関係があるのか。精神医学なんざ門外漢のくせに邪推してしまう。
 今度、保護観察官に相談してみよかな。あの手の職業って、昨今の青少年の抱える心の問題に詳しそうだから。
 全く、これからの学校生活はどうなることやら。
 不安は募るばかりだが、乗りかかった船どころか、船は出港してしまっているのだ。
 不安もリスクも期待も、そしてこれから自分に降りかかるどんな出来事も、人生のスパイスだと腹を括ってみせるしかない。
「で、氷華梨君は入部するかね?」
「私は……考えさせて下さい」
 入部には消極的な周防。当たり前だ。目の前で同級生が脅迫まがいな方法で入部を迫られたのだから。
「ふーむ、確かに入学三日目で入部もいきなりか。よかろう、じっくり考えてくれたまえ」
 周防への自己決定権の尊重を、是非俺にも分けて頂きたかった。
「ところで、二人の魔法が明らかになった以上は、やっておかねばならん仕事が一つある」
 再び神妙な面持ちのヒノエ先輩。
「何をするんだ? どっかの研究機関に報告でもするのか?」
 得体の知れない研究所の、マッドサイエンティストに引き渡されたりしないよな……。
「アルカナ使いの研究をするのは、ここ魔法研究部だ。そうではなく、魔法と言ったら格好良い名前が必要だろう」
「名前って、……『ケアル』とか『パルプンテ』とか、そういうやつか?」
【死神】のアルカナ使いの宿す魔法の名前が【ザキ】だったら、勝てる気がしねえ。
「いかにも。そして、私なりに考えてみたのだが、翔馬君の魔法は【なんということでしょう・大変身ビフォーアフター】、氷華梨君の魔法は【超反応・人間ポリグラフ・女教皇ヴァージョン】でどうだろう」
 この先輩、ノリノリである。
「……ここは笑うところか?」
「失礼な。我ながら改心の命名だと自負している」
 誇らしげなヒノエ先輩の笑顔は、マジの証だった。
「断固拒否。もっと格好良いものを要求する」
「何か失礼なことをしたなら謝ります。だから許して下さい」
 なにげに周防が酷いことを言っている。
「ちなみにヒノエ先輩の魔法にはどんな名前がついてるんだ?」
「私かね? 私の場合は【ハイブロウ】というネーミングがなされている」
「そう、そういう感じの! 名前はシンプルな方がいい」
「むむむ。自分の姿を偽る能力と、相手の嘘を見抜く能力を表して、それでいてシンプルに」
 眉間に皺をよせ、重大な決断を迫られた経営者の表情。
「無理だ。そもそも、私は魔法により知識量がおかしなことになっているから、シンプルに決めるとかは向いていない」
 いや、さっきのネーミングは知識量どうこうではない。単なるヒノエ先輩のセンスの問題としか思えない。
「じゃあ、先輩の【ハイブロウ】ってのは誰が考えたんだ?」
「同級生のアルカナ使いに、そういうのが得意な者がいてね」
「じゃあ、その人に依頼してくれ。周防もそれでいいよな」
「うん、いいけど……そもそも魔法に名前って必要なの?」
 根本的なところを問うてくる。
 俺もノリでヒノエ先輩の話に賛同していたが、そう言われると絶対に要るとは言い切れない。むしろ、無くてもいいかもしれない。
 これにヒノエ先輩は、
「名前は無いと困る。アルカナ使いの魔法は、研究資料としてこの部で記録するのが習わしでね。記録するのに一々『自分の存在を錯覚させることができる』とか『故意につかれた嘘を見破れる』なんて書いていたら長々しくて仕方が無い」
「いや、さっきのヒノエ先輩のネーミングも十分に長ったらしかったぞ」
 俺は指摘するが、ヒノエ先輩は華麗にスルー。ブレザーのポケットからケータイを取り出す。
「ネーミングセンス溢れるアルカナ使いにメールだ。君たちのフルネームも同時に送って構わんかね? たまに名前に引っかけたネーミングをしてくるから」
 俺と周防は頷き、名前を送る件に承諾する。
 カコカコと文章を打ち込んでいくヒノエ先輩。かなり長い時間を書き込みに要しているところから、かなり詳細な部分まで説明しているのだろう。
 そして送信。待つこと五分。返信があった。
「こんな感じでどうだろうか?」
 ケータイを渡してくるヒノエ先輩。
 そこにはこう書かれていた。

『翔馬君は、人によって姿が違って見えるから【レンチキュラー】。見る角度で絵が変わって見えるアレのことです。
 氷華梨さんは、『事を明らかにする』を意味する英語【イラディエイト】。irradiateって単語には『光を当てる』って意味もあるので、ヒカリさんの名前とダブルミーニングです。
 どうでしょう?』

「おお、マトモで格好良いのが来た」
 歓喜の声を上げずにはいられない俺。
「いいですね。ダブルミーニングなんて、こんな短時間で良くできましたね」
 顔も知らない相手を褒めたたえる周防。彼女としても納得の出来のようだ。
「二人がそこまで言うならば、いたしかたない。でも、本当に私の方でなくて良いのだね?」
 念を押し確認してくるヒノエ先輩だったが、
「「全然問題ありません」」
 奇しくも同じ言葉でハモる形となった、ヒノエ先輩への俺と周防の回答。
 どんだけこの人は自分のネーミングに自信を持っているんだ。むしろ、何を根拠に自信を持っているのかが不思議すぎる。
 しかし、尋ねるつもりはない。根拠について延々と語られでもしたら、せっかく、良い感じに決定した魔法の名前が、ヒノエ先輩の珍名に変更されかねない。触らぬ神に祟りなし。
「無念。では、却下された代わりに、お節介のガイダンスだけやって、軽食に行くとしよう。小腹が空かないかね?」
 現在、午後四時半を回った。今日から六限授業で、昼休みから何も食べていない。ヒノエ先輩の言うようにフライドポテトみたいな軽食を小腹に入れたい腹具合だ。
「で、ガイダンスって?」
「何、アルカナ使いとしての心構えの講釈だよ。魔法はアルカナ使いに与えられた厄介な課題だ。いや、宿題と言った方が分かりやすいかな」
 人を騙して罪の十字架を背負った俺が、人を偽る魔法を宿す。なるほど、この魔法との付き合い方は、確かに『厄介な課題』だ。
「そんなものを背負いながら、アルカナ使い一人一人はもがいたり、足掻いたりしてるわけか」
「だが何も、宿題が一人で解けきれなさそうなら、馬鹿正直に一人で抱え込む必要もあるまい」
「宿題って、基本的には一人でやるものじゃないか」
「真面目な態度は感心だが、それは違うよ。夏休みの宿題を思い出してみればいい。一人じゃシンドイから、仲間同士集まって、ああでもない、こうでもないと言い合って取り組んでみたりして、一人では解けなかった問題を解いていく。アルカナ使いがいくら魔法を使えても、所詮は単なる高校生だ。一人でやれることなんてたかが知れている。ならば、アルカナ使いとなった者たちで仲間となって、みんなで支え合うのが良いだろう。アルカナ使いとなったことは、他のアルカナ使いたちと繋がっていく可能性だよ。そう考えると、自分の過去を蒸し返すみたいな魔法が付加されていても、あながち不幸とは言い切れまい」
 仲間か……。
 口当たりの良い言葉を喋るヤツには気をつけろってのは、詐欺師として身に付けた世を渡るための至言の一つ。
 けれど、ヒノエ先輩の言葉は俺の心を弾ませた。
「改めて、アルカナ使いとして白羽の矢が当たったことを祝福しよう。学校生活が退屈でないことだけは保証しよう。何せ、これから良いことも悪いことも平等に降りかかるのだからね」
 楽しそうに先輩は言い切った。
 かくして部室を出た俺たちは、他生徒の雑踏をすり抜けて学食へ。
 かくして、非日常が微妙に混じった日常の幕は切って落とされた。

【I・魔術師】了

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