アルカナ・ナラティブ/第2話/01

 バス内は生徒たちの会話が飛び交い情報の渦と化す。どこまで真実を喋り、どこまで誤魔化すかの駆け引きが行われているに違いない。
 四月の第三水曜日から金曜日。俺、瀬田翔馬の所属するクラスである一年五組は、一年六組と合同で旅に出ていた。
 新入生キャンプという名の、要するに新入生同士親睦を深めようぜ、という青春成分に満ちた強制参加の二泊三日の学校行事だ。
 向かう先は県境にある学校所有のプライベートロッジ遊馬顔荘《ゆまがおそう》である。学校紹介のパンフレットには、キャンプやゼミ、クラブ合宿に活用されると書かれていた。
 高校生活が始まって一週間強。クラスでは目下、ぎこちないながらも仲良しグループが形成されつつある。その中での寝食を共にする共同生活。クラスにどんな変化をもたらすのであろうか。
 皆々が抱く期待と不安が、人間行動のダイナミズムの原動力になるというのが俺の見立て。
 ちなみに一緒に行く一年六組とうちのクラスの交流は薄い。同性ならば、体育が合同で行われるので、まだ顔見知りの範疇にある。しかし、異性間ではよっぽど積極的なヤツでもない限り交流は無い。
 理由は教室の配置にある。五組は本館校舎の南西、六組は北東にある。物理的な距離は、心理的な距離に通じるのだ。
 未知との遭遇もまた、このキャンプの醍醐味の一つと言える。
 とはいうものの、ロッジへの移動のバスはクラス別。六組メンバーとの交流は、後ほどまでお預けとなる。
 学校行事の移動バス内では、バスレクなんてものが行われるのが通例と伝え聞く。小中学の遠足、修学旅行の類をサボってきた俺にとっては初の体験。ドキドキするぜ。……二つの意味で。
 そう――、純粋にバスレクなるものに期待できない理由があるのだ。
 このキャンプ、目的の一つは新入生の親睦を深めること。
 更にもう一つ。
 同道するアシスタントの三年生から、どうすれば高校生活を有意義に過ごせるか語ってもらったり、自分から質問したりするのだ。
 バスレクの司会は三年生のアシスタントが担当する。問題はその内の一人だ。
 アシスタントの三年生は、各クラスに男女一名ずつ。
 うちのクラスの男子アシスタントは、身長が百八十センチくらいのヴィジュアル系バンドでもやっていそうな兄チャンだ。名前は水橋理音《みずはし・りおん》。三年アシスタントは、キャンプ前に行われたホームルームに一回顔を出している。そのときから、水橋先輩のハートを射止めてやるぜ、と意気込む肉食系女子が現れるほどイケメンだ。
 とまあ、こっちはいい。常識の範疇に収まっていそうな人だから。
 問題は、女子アシスタントだ。
 バス通路の最前に立った彼女は、一年五組の面々に、マイク片手に挨拶を。
 黒いパンプスと黒いブラウスを身につけ、魔女みたいな黒マントを羽織った怪人物がそこにはいた。
 ハスキーな大人の女性を思わせる声だった。
「理音君と共に、このクラスのアシスタントを務めさせてもらう三年生のヒノエだ。短い間だが、よろしくお願いするよ」
 魔法研究部部長のヒノエ先輩、私服でも黒マント。何かの信念があるのか、単なるキャラ作りなのかはビミョーなところ。
 落ち着き払った態度で人と接する彼女は、良い意味で女子高生らしさの希薄な淑女だ。
 惜しむべきは、ファッションセンスと説明能力の著しい欠如である。
 彼女の黒マントに疑問を抱いているのは、当然俺だけではない。キャンプ前のホームルームにおいて、
『なんで、先輩はそんなマントを着ているんですか?』
 という質問が飛んだ。
 質問者は周防氷華梨《すおう・ひかり》。
 うちのクラス一、ひいては学年一の美少女と男子の間で評判の女子である。
 可愛い系というよりは美人系。容姿に欠点を挙げるとしたら、凛とし過ぎて近寄りがたい辺りだ。
 どうにか接点を持とうと必死な男子も多い。だが、周防自身が無口なため、趣味嗜好のリサーチが困難。現状、彼女は高嶺の花と化している。
 諦めて無難な花を摘むか、恋の高山に果敢に挑戦する探検家になるかは人による。後者の場合は高山病にだけ気をつけて欲しいものだ。
 無口キャラ扱いされ始めていた周防が、クラス一同共有の疑問を、インタビュー。みんな驚く。同時に、内心では拍手喝采だったとか。
 後で聞いた話では、周防曰く、入学三日目に魔法研究部を訪問した際から気にはなっていたらしい。しかし、あのときは他の異常事態が話題の中心であったため、聞きそびれてしまったのだとか。
 で、肝心のヒノエ先輩の回答は、含蓄のある、哲学的とも言えよう理由だった。
『そこにマントがあったから』
 クレイジーな登山家みたいな動機が語られた。更なる追及を下せる、ハイレベルなヤツはうちのクラスにいなかった。
 未熟者共め! ……いや、俺もだけどさ。
 ついでに、この人が部員確保のために俺を脅迫したことは記憶に新しい。
 この人、後輩に対してどんな風に高校生活を送れと教授するつもりだ……。
 同じ部の後輩としては、不安と心配と恐ろしさを等比で抱かざるをえない。つまり正の感情や期待を抱けない。
「では、予め聞いておきたいことはあるかね?」
 自己紹介を終えたヒノエ先輩は、やはり静かなトーンで司会進行。
 皆が一様に黙り込む。
 この人、場を盛り上げるのにはとことん向いていない。
 ヒノエ先輩のテンションは、悪く例えれば、不祥事を起こした企業の謝罪会見の責任者。あるいは、しめやかに執り行われる告別式の喪主。自然、車内の空気は重くなる。
「この堅苦しい喋り方は性分だ。別に私は不機嫌ではないから、気軽に質問してくれて構わんぞ」
 自分が空気を重くしている自覚はあるらしく、ヒノエ先輩はしかめっ面をやめて微笑む。
『やればできる子だったんだな』と俺の中でのヒノエ先輩の評価がワンランクアップ。
 柔和な物腰のヒノエ先輩に、警戒を解く生徒も多少なりとも現れる。
「現在付き合ってる人はいますか!?」
 この場合、キャンプについての質問という意味だったのだろう。にも関わらず、文脈なんてお構いなしな質問。やんちゃな男子もいたものだ。
 だが、勇気ある若人に、周りの男子が「うぃ~」などと囃し立てる。車内の一部は大盛り上がり。結果的に沈みがちな空気が、一気に一部上場。
 なお、ヒノエ先輩は、口調が堅苦しい、恰好がおかしい、などの点を除けば美人。なので、大人の女狙いの男子からは人気が高いことをここに追記しよう。
「その質問はいきなりすぎるな。もっと女性の扱い方には注意を払うことだ。ちなみに付き合っている者はいないよ」
 ちょっとクールでドライな返し。しかし、あしらわれた男子は悪い気はしない。
「好きな異性のタイプは!?」
「そうだな、年齢的には自分より年上か、少なくとも同年齢までだ。よって、後輩には手を出さないから三日間安心して過ごしてくれ」
 冗談を交えて答えた。ヒノエ先輩のスペックに感嘆。
 段々と空気か温まってきたところで、また別の男子が質問。
「ヒノエ先輩のフルネームは何て言うんですか?」
 今までの、恋話ムードからは逸れる質問。
 誰もが『言い忘れていたよ』なんて微笑み、改めて自己紹介するヒノエ先輩を想像していた。
 ところが……。
「そんなに知りたいか?」
 先輩から、笑顔が消失。
『知りたいか?』が『死にたいか?』に聞こえたヤツが何人かいたに違いない。
 ヒノエ先輩の眼差しは、相手を石化させても不思議ではないゴーゴンの瞳。第六感が優れた者なら、彼女の背後にマントの黒より尚暗い禍々しいオーラが見えていても不思議ではない。
「え、いや……そうっすね、特に知らなくてもお互い呼び合えますよね、ハハハ」
 不幸中の幸いは、質問した男子が空気の読める人間だったこと。死を回避するべく、深く追求せずに引っ込んだ。
 バス内の全生徒は、各々の心に『フルネームの件は地雷』と記銘した。油性ペンで書いたなんて生ぬるいレベルではない。彫刻刀でしっかりと刻みつけるレベルであった。
 ちなみに先輩のフルネームについて、何の情報も無いかと言えば、そうでもない。旅のしおりには五組の女子アシスタントの名前がちゃんとフルネームで書かれている。
 ――丙火野江。
 ふりがなが無く、珍しい名字だから地雷を踏んだ彼は、愚かな質問をしたのだ。
 下の名前は、そのままヒノエと読める。
 問題は名字だ。
 丙――ヘイと読むのは間違いだ。
 ヒノエ先輩はかつて『ヒノエという自分の名前が気に入らない』と言っていた。
 そういうならば、自分のことを『ヒノエ』と名乗るのはおかしな話だ。嫌なら名字で呼ばせればいい。
 以上の条件から察するに、この『丙』の文字はこう読むのが妥当である。
 ――ヒノエ。
 つまり、ヒノエ先輩のフルネームは『丙火野江《ひのえ・ひのえ》』
 マイムマイムみたいな響きの名前だ。
 名字も下の名前も同じ発音。故に自己紹介で『ヒノエ』と名乗らざるを得なかったのだ。
 隠すほど恥ずかしい名前とは俺は思わない。しかし、先ほどのヒノエ先輩の反応から、彼女にとってはコンプレックスのようだ。
 女心って、ホント複雑……ってカンジでまとめておこう。

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