アルカナ・ナラティブ/第2話/02

 トラブルに巻き込まれることなく、バスはロッジへと到着した。
 朝九時に出発して、現在は二時少し前。しおりには二時到着予定と書いてある。行程としては順調な滑り出し。
 バスを降りる。長時間座席に拘束されていた身体を伸びやかにさせる。略式のストレッチだ。
 初めての学校行事でのバス内は、充実した時間であった。
 唯一のマイナス評価は、丙火野江さんが、出発早々、バス内に恐怖をまき散らした点。
だが、それとて相方の男子アシスタントが彼女をなだめるのに成功。事なきを得た。
 そこからは、心理テストや、クイズ大会、ビンゴゲームなどで時間を潰したりした。バスが山道に入って、揺られ揺られる状況になっても、周りの連中とおしゃべりしたりした。暇を持て余すことがなかった。
 やっぱり入学前に、有名どころのマンガや映画を観ておいたのは正解だった。話題はしっかりとかみ合った。
 物量作戦を展開したため、知っている内容は薄かった。けれど、コアな話は、詳しい奴が勝手に喋ってくれる。俺は使える知識を駆使して、相手から上手く話を引き出す役に徹していた。これならば、相手は自己顕示欲を満たせるし、俺は更なる情報をゲットできる。WIN・WIN関係の成立。
 聞き上手は人気者になれるという方程式は、学校生活でも当てはまるようだ。
 バスから降りて、周りの風景に目をやる。バスはロッジのすぐ前に停められており、着いた瞬間からその外観を一望できた。
 感想は可もなく不可もない。
 ロッジは二階建て。山小屋と呼ぶには規模が大きいし、ペンションと呼ぶにはいささか小奇麗さに欠けている。
 観光客用相手の施設ではなく、学校行事用の宿泊場所。多少、ぼろい外見でも運営にはさして問題がない、という学校側の姿勢がうかがえる。
 ロッジの周囲は、青々とした自然に囲まれている。……と言えば聞こえが良いが、つまりはどうしょうもなく山奥なのだ。
 今は、バスを降りて喋くりあう生徒たちで賑やかだ。しかし、みんながロッジに入ったら周りは閑散とするだろう。風で擦れる木々の音と、鳥の鳴き声くらいしか聞こえまい。
 周りにはコンビニはおろか、民家すら見当たらない。道を舗装しているコンクリートが、ところどころ罅割れている。訪れる者の少なさが窺える。
 寂寥とした風景に、エネルギッシュな十代の若者が数十名。えらく不釣り合いな景色だ。
 周囲を眺めていると、もう一台のバスがロッジの敷地内に入って来る。
 一年六組のものだ。
 ロッジ前で停止すると、ぞろぞろと生徒たちが降りてくる。
「キリキリ降りるアルネ、野郎ドモ~」
 最初に降車した男は、エセ中国人風日本語を駆使し、後続者に指示を出す。奇怪なノリである。飲酒か違法薬物の可能性を疑わざるをえない。
 しかし、頬が紅潮してるとか、目がいっちゃてるとかはなく、十中八九シラフである。だとしたら躁病だ。心に闇持つ現代社会の犠牲者に心中で黙祷を捧げた。
 とか、内心ではボロカスに言いながらも、見知った顔なので一応声を掛けておく。
「何やってるんだ、天野先輩」
 彼とは一回だけ会っている。入学二日目に彼が新入部員の勧誘をしているところを、いたしかたない理由で声を掛けたのだ。
「よお、【魔術師】の新入生。五組の生徒だったか。久しぶりだな。なにって、せっかくの新学期だから新たなキャラの方向性を模索してる最中だ」
 ……本当に酒もクスリもやっていないか怪しくなってくる返答。
 この人は天野先輩。
 旅のしおりで、六組の男子アシスタントは『天野篝火』とあった。
 天野先輩のフルネームを知らなかったが、もしかしたら、この人が来てしまうんじゃないか、と危惧はしていた。そして、残念ながら本当に来てしまったようだ。
「【魔術師】はやめてくれ。その、なんだ……正直恥ずかしい」
 天野先輩が俺を【魔術師】と呼ぶには、れっきとした理由がある。
 ――アルカナ使い
 我が校に二十数人いるとされる、摩訶不思議な魔法を宿す集団の一角を俺は担っている。
 アルカナ使いは、それぞれがタロットカードの大アルカナに対応した、カードナンバーが身体の一部に刻まれている。更にアルカナの意味に通じる魔法が使用可能。
 俺と対応しているカードナンバーは【I】で、アルカナ名が【魔術師】だ。
 だからって二つ名みたいに【魔術師】と呼ぶのは堪忍して頂きたい。事情を知らない人からすれば物々しすぎる。大体、アルカナ使いの存在は一般生徒には秘匿だったはず。
「えー、格好良いじゃん【魔術師】って。ほら、本格ミステリーだったら謎の怪人物として、事件を撹乱させまくる存在だぜ……アルヨ」
 いや、もう警察のお世話にはなりたくないっす。あと、エセ中国人キャラに固執しないでくれ。面倒臭い。
「翔馬君、気にするな。天野の頭のネジが足りていないのは年中行事だ」
 振り返ればそこにはヒノエ先輩。
 天は我を助けたもうた。
 奇人・天野先輩への対抗馬として、奇人・ヒノエ先輩をぶつけるのは有効策。テンション的にハイとローの逆属性。対消滅を起こしてくれるに違いない。
 ……相乗効果で余計な被害が出るかもしれない可能性は無視する方向で。
「よ、ヒノヒノ。バス酔いしなかったか?」
 天野先輩は気軽に言葉を投げる。だが、言葉のキャッチボールに発展するはずもなく、むしろ大暴投。
 ヒノヒノ――つまり、ヒノエヒノエの省略形。
 この人、勇猛果敢に地雷原に足を踏み入れやがった。でも、勇気と蛮勇は別物だ。
「天野、それは私への宣戦布告か?」
 野牛すら射殺す目がそこにはあった。
 これには天野先輩も、やりすぎたと冷や汗を流す。
「OK、海よりも深く、エベレストよりも高く、ウィンブルドンに出たどこぞのテニスプレーヤーよりも熱く了解した。んで、名字で呼ぶ? 下の名前で呼ぶ?」
 駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
「死ぬが良い、天野。天が許しても、この私がお前を許さん」
 次の瞬間、ヒノエ先輩のアームロックが、天野篝火失言発生装置を完全拘束。見ているだけで痛々しいサブミッション。けれど『それ以上いけない』と言ってやめさせる英雄は現れない。
 周りの連中はドン引きするでもなく、「なにあれ~」と笑いながら、コントでも見ているような反応。なので、これはこれでアリなのだろう。
「これは……なんなの?」
 聞いてきたのは周防だった。常識人サイドの彼女は、この状況についていけないらしい。
 ちなみに彼女もアルカナ使い。ヒノエ先輩と天野先輩を見ていると、アルカナ使いが変人軍団なのかと疑いたくなる。だが、周防の存在は、アルカナ使い変人説に対する反証事例だ。一服の清涼剤と言ってもよい。
「仲良く喧嘩する猫とネズミのアニメのじゃれあいみたいなものだろう。温かい目で見守ろう」
 本音を言えば、関わりたくないだけだ。
「あの二人、昔何かあったのかな?」
 喧嘩だか、じゃれあいなんだか判別に困る二人を眺めながら、周防は言った。
「あー、その可能性は否定できないな」
 ヒノエ先輩は、妙に天野先輩に感情的に接している感がいなめない。普段のヒノエ先輩は、寝起きみたいなテンションなのに。前に天野先輩が大っぴらにアルカナ使いを探していたときも、激しく口論していたな。
「もしかしたら、元カレと元カノの関係だった、とかありえるんじゃないかな」
 おー、その線はありうるな。喧嘩別れして、その禍根が未だに強く残っている、と。
 ところで、この推論の提唱者は誰だ?
 周防じゃない、男物の声。
 でも、どっかで聞いた覚えのある声。
 振り向いた先にいたのは男子生徒。俺のクラスの奴でないから、六組の奴だ。
 思い出した。体育の授業で一緒になったことがある。
 名壁司《なかべ・つかさ》。美形で目立つヤツなので、顔と名前がすぐに一致した。
 体型は華奢で、顔立ちは中性的。精巧につくられた美術品を連想させる。女子共から『王子』とか渾名が付けられても不思議じゃないルックス所持者。
 名壁を外見で判断して、危険を感じるのは通常ありえない反応であると言えるのだが……。
「ど、どうして……」
 周防の声が戦慄いていた。亡霊に遭遇でもしたかのように、顔から血の気が失せていた。
 名壁は周防の変化に動揺せず、周防をなめるように観察している。
「どうして、六原がいるの……!?」
 絶叫する周防。六原って誰?
 おびえる周防に、名壁の口元がグニャリと歪む。
「いやいや、オレはもう六原なんて名前じゃないよ。入学前に苗字か変わってね。家庭の事情ってヤツ?」
 大仰に腕を広げながら、舞台役者の語り方。おびえる周防を心から楽しんでいる。
 もしかして、こいつは――
 人の不幸を、平気で笑う性質の人間なのか?
 この手のタイプの人間は、犯罪組織に身を置いていた時期に嫌になるほど拝んで来た。なのに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
 体育の授業でしか接点がなかったから、なんて理由では腑に落ちない。
 俺自身、カタギの世界で過ごして日和っていたに違いない。
 けどそれは、ロクでもない世界で蓄積した毒が抜けつつある証拠。嬉しい変化のはず。なのに、同時に持っている感覚の一部が欠損するような喪失感。
 変わっていく自分に、釈然としない思いは募るばかり。
 だが、今は周防が優先事項だ。
 周防と名壁の間柄は知らないが、くっつけといて良いものでもなさそうだ。
「おいおい、何か知らんが彼女怖がってるだろ。サドマゾの関係は双方合意の上でやんないと、バッドエンドに繋がるぜ?」
 半歩横にずれて、意図的に周防と名壁の間に割って入る。
「なにお前、ナイト様気取り?」
 口元だけ歪めたまま、名壁の目元から笑顔成分が消失。邪視と表現してもいいであろう酷薄な視線にすげ変わっていた。
 並大抵の奴なら、竦んでしまいそうな威圧感。とはいえ、こちとらまともな養育環境で育っていない。その手の悪意には慣れている。強がるでもなしに泰然自若な態度を保ってみせた。
 さて、この状況をどういう塩梅に動かそうか。
 名壁についての情報が少なすぎる。
 このまま睨みあいを続けても一銭の得にもならないのは明白。
 無言の牽制は、しかし、余所からの介入で中断される。
「名壁! ヘルプ! お前さんには、ナンバーワンホストも夢じゃない甘いルックスがある。あちらのお嬢さんに御奉仕するのだ!」
 転がり込んできたのは天野先輩。その先には、黒いオーラを纏った怪人黒マント。
 あんたら、まだやってたんかい。
 緊迫した空気が、一気にぶっ壊れる。ナイスすぎるKY。
「ふん、バカバカしい。まあ、キャンプは三日もあるんだから、お互い満喫しようじゃないか。ねえ、氷華梨?」
 商業チラシに掲載しても構わないくらいに、爽やかな笑顔を振りまく名壁。この場を後にした。
 一方、周防はその場にしゃがみこんで息をぜいぜいさせている。
「大丈夫か?」
 俺は周防に手を差し伸べたのだが、掴んできたのは、何故か天野先輩。
「心配には及びません。ヒノエ、ここは一時休戦だ。そちらのお嬢さんをエスコートして差し上げて」
「よかろう。氷華梨君、立てるかね?」
 ヒノエ先輩は、深いため息を一つ。次いで、身をかがめて氷華梨に視線の高さを合わせる。天野先輩に対するものとは打って変わって柔らかい表情だった。
「……」
 無言で立ち上がる周防の表情は、とても険しかった。

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