アルカナ・ナラティブ/第2話/05

 飯を食って、風呂に入ったまではお気楽な旅行なのだが、しかしこれは学校行事。
 風呂上がりの良い気分の状態で、クラス全員集まって、作文を発表させられた。
 作文自体は、事前に宿題として出されていた。
 作文のテーマは『自分という人間について』
 作文の発表相手は、この場のクラスメイト全員。目的は、クラスメイトにより深く自分について伝えるため。
 確かに、入学したての頃にやった自己紹介は、名前とプラスアルファ程度の簡素なもの。あれだけでは個人の内面など明らかになるはずもない。
 だからと言って、わざわざ作文を書いてまで自己顕示する必要はあるのかね?
 むしろ、俺からすれば魔女狩りみたいなイベントだ。
 普通の高校生に、俺のこれまでの人生はショッキング過ぎるだろうよ。
 想定されるのは、周りからの同情か嫌悪。
 以前、周防やヒノエ先輩に油断から秘密が漏れた。それでもあの二人は秘密を誰かに話した気配はない。
 なるほど、確かに信用できる人間もいる。知られたのが、周防とヒノエ先輩だったのは不幸中の幸いだった。
 けれど、これがクラス単位――三十数人分だったらどうなるだろうか。
 俺が詐欺師だった件について根も葉もない噂を流す輩が、一人か二人は現れる。
 あるいは、クラス皆が慈悲と慈愛に満ちた連中だったとしよう。それでも、何かの拍子で噂が漏れるのはありうる話だ。んで、校内に『詐欺で捕まった犯罪者がいる』とか噂になったらシャレにならない。
 よって、ここでは、『バカバカしいから』という理由で、小学校と中学校をちゃんと通っていなかった件と、これからは高校生活を謳歌したいという件のみを述べるにとどめた。肝心の前科については隠蔽した。
 大体、人付き合いで一から十まで、お互いを知っておかなきゃならないってのは、おかしいでしょう。
 自己開示は、基本的に『私は貴方を信頼していますよ~』っていう撒き餌みたいなもの。
 不登校児でした、とかいう話も重た目の話だから、話題性は十分。ちゃんと『自分の深い部分を明かしました』と言っても間違いではない。
 明かす深度を、故意的に調整しただけ。嘘を吐いたわけではないから、問題はあるまいよ。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 んで、暴露話大会はつつがなく終了。
 いやー、不登校児が俺を含めてクラスに三人いたのには驚いた。さらに片親だけの奴がクラスの四分の一、家庭内暴力を振るっていたヤツ三名。中学でいじめにあっていたのが二人。
 ここまで来ると、今時の若者がヤバいんじゃなく、今の若者を取り巻いている環境がヤバいと表現すべきだ。
 みんな元気に病んでいる、と。
 ただ、気になるのはリストカッター周防の発表が、えらくあっさり味だったことだ。
 精々、『公立高校の試験に落ちてここにいる』という話がヘビーと言えばヘビーだ。でも、それが理由でリストカットを始めたとは考え難い。
 なんというか、俺と一緒で故意に目立たないように努めている感じがする。
 やっぱり分からん娘だ。
 いくつか腑に落ちない点もありながら、それでも一日目の日程終了。あとは寝るだけだぜ。
 ……と、シャットダウン寸前の軟弱な精神は、高校生としては不健全であると思い知らされた。
 だって、クラスの奴ら消灯時間を過ぎても寝ないんだもの。
 いつまでも、おしゃべりの尽きない状況は、むしろ消灯時間を過ぎる前より精力的だ。
 消灯時間が過ぎても大声だったため、一度担任が怒鳴り込んできた。声のボリュームダウンがなされたが、ナイトトークは止まらない。
 このまま消えるように眠ってしまっても良かった。けれど、一つの目論見もあった。この手のおしゃべりで得られるクラスの連中の情報は多い。今後の高校生活をスムーズに運営していく上では、一応参加しておいた方がお得であるという、打算だらけの人付き合い。
 現在のトークテーマは『クラスの女子で彼女にするなら誰か?』
 わざわざ起きておいた甲斐があるほど美味しいテーマだ。
 思春期イコール恋。恋話は人間関係やら、その人の嗜好性が顕著に出てくる。
 クラス成員の欲望、願望、リビドー、その辺を掌握しておいて損は無いでしょう。
 理想の女子について侃々諤々の議論が繰り広げられる。評価基準は多軸的であり、ルックス、性格、一緒にいて癒されるかなどである。
 って、癒されるかどうかって基準は必要なんだろうか? 自然と項目にノミネートされていた辺り、需要は高いみたいだ。さりとて、若さあふれる高校一年生がそんなもの求めるものかね。
 同年代の心理が今一歩分からない。
 あー、でも、最近じゃ景気の影響で、どっかにデート行って金落とすより、恋人の家で過ごした方が安価で良いと聞く。だから、刺激より安楽にニーズが集まるのかな?
 俺の勝手な推測だけどさ。
 とは言え、話が進む先は有益な情報の交換会ではなくなってきていた。ヤローの、妄想の、妄想による、妄想の為の、妄想力のフルスロットル。
 情報収集目的の俺的に不服な展開だ。三人寄れば文殊の知恵ってことわざは、男三人(以上)では適応範囲外だった。
 ちなみに、ルックスで一番人気は予想通り周防という結論に至る。さりとて、近寄りがたい雰囲気はやはり減点対象。以降の作戦展開としては、いかにして天岩戸《あまのいわと》たる周防ハートをこじ開けるかがポイントである、と結論付けられた。
 聞いていただけの俺としても、一プロジェクトを一緒に遂行している気分だ。みんな、熱いぜ。地球温暖化に幾分か関与してしまったに違いない。
 今後の方針を見出した十一人の男子共は、一つの小隊と化す。
 補足だが、うちの学校は男子の数が少ない。共学になって歴史が浅いため、未だに男子の入学率が低いのだ。男子の数の少なさが、クラス全体で白けずに、馬鹿話を展開できる秘訣なのだ。
 クラスのノリについて来ていないのは、アシスタント三年の水橋先輩くらいなもの。さっきから口をポカンと開けて、どうでも良さそうにあくびなんかしている。
 さかる一年生男子を、大人の目線から見ているのか、それとも普段は早寝でもう寝ている時間帯なのか。……多分、前者だな。
 話の次の段階は、どうやって周防とお近づきになるかという具体的なところに差し掛かる。
『周防が笑ってるところを見てみたいぜ』とかいう、意見まで飛び出す。確かに、彼女の笑顔は一度たりとも拝見したことがない。
 ん、じゃあ、どうにかして写真に収めれば相当の需要が見込めるか?
 いかん、いかん。思考が生臭い方向に向かいやすいのが俺の悪い癖だ。
 とかやっていると、廊下からドンドンドン、と激しく床を蹴る音が部屋に近づいてくる。
「ヤベ、先生がまた来たか!?」
 一人が叫ぶ。
 さすがにこの時間まで大盛り上がりなのは、学校行事的にアウトだったか?
「この中に、初体験はまだというピュアなハートとカラダをお持ちの方はおられませんか!?」
 アウトなのは来訪者の方だった。
 部屋に入って来たのは先生ではなかった。変態だ。
 固有名詞は天野篝火。
「どうした天野? 未青年の飲酒は法律で禁止されているぞ」
 突然の闖入者を、さらりとあしらったのは水橋先輩。さすが、年長者は対応が早いぜ。
「いや、シラフだし。ていうか、毎日が休肝日。体内の化学工場と称されてきた肝臓様も、仕事が減って人員削減も視野に入れているらしいよ」
「リストラなんてしないで、ワークシェアリングって新しい働き方もあると、お前の臓器全般に伝えてやってくれ」
「OK。ゴー・ダッチ――オランダ式ってヤツだな。で、この中に経験済みってヤツ何人いる? お手上げ!」
 水橋先輩の天野捌きも虚しく、張本人は勝手に話を進めていく。
 んで、最初におずおずと手を挙げるヤツが現れる。最初に挙手した奴につられて徐々に挙げる奴も増えていく。
 んで、気付いたら俺を除いた全員が挙手をしていましたとさ。
 ……って、オイオイ。
 小中不登校だったヤツも、このクラスにいただろうに。……あ、俺以外は二人とも女子だったな。
 絶対、見栄を張るために嘘をついているヤツはいるはずだ。俺以外全員ってのは統計学的にみて偏り過ぎだ。
 でも、嘘偽りなく挙手しているヤツもいるんだろうな。
 だとしたら、やる事が早いなあ。そんなハイペースに人生進めたら、三十路になったときどんな恋愛をしているんだ?
 と、前科者が言えた言葉じゃないけれど。
「心の友よ~!」
 俺に駆け寄って来る面倒臭い三年生が一名。その者、天野篝火と言いけり。
「叫ぶな天野。先生が来たら面倒だ。というか、何もかもがいきなり過ぎだ。原因と目的を説明してくれ」
 水橋先輩は、この面倒臭いダメ三年生の処理を、進んで引き受けてくれた。実に、男義を感じる。
「六組で、初体験っていつみたいな話になってさぁ。何か向こうのクラスでも未経験者が小数派になって、居場所が無い奴が発生したんだ。だから、権威回復のためこのクラスでアンケートをば」
 きちんと正座して、説明する天野先輩。ただ、その姿勢だと先輩としての威厳が全くない。
「別にいいじゃねえか、小数派でも。やったやらんで人としての価値が決まるわけじゃあるまい」
 頭を掻きながら水橋先輩。おお、良いこと言った。
「ファック! ファッキンユー! そんなの経験者だからぶっこける余裕じゃないか。ていうか、お前の場合はルックス良いんだから、カノジョ出来て当たり前だい!」
 正論っちゃ正論なんだが、全然格好悪い。
 水橋先輩の顔が、剣呑に引きつる。
「天野、今度機会があったら、俺の中二までの写真をみせてやろう」
「……なして?」
「あれは中二の始まりだった――」
 唐突に語り始める水橋先輩。しかし、彼にツッコミを放てる玄人は、我がクラスにはいない。
「あの時の俺は、誰が見てもデブで不細工なガギだった。そんなガキが、クラスの女子に初恋をした。が、結果は惨敗だったよ。告った矢先に、相手は露骨に嫌そうな顔をして、『鏡で自分の顔見て言えよ、デブ』と罵られたものだ。ああ、噴飯者だよ。異性を惹き付ける魅力なんて一ミリもなかったくせに、それでいて自尊心だけは人一倍。今、思い出しても当時の自分には反吐が出る。それから、俺は努力した。スマートな体型を作るための筋トレとランニング。ファッション雑誌を定期購読してのルックス革命の為の研究。更には、モテそうだからって理由でギターも始めてみた。成長期で偶々背が伸びたとか、そういう幸運もあった。けど、今の俺は、俺の努力の結果が作ったものだ。その努力を罵倒するならば、何人たりとも叩いて潰す」
 なるほど、この人のルックスは天性のものではなく、険しい修練の果てに掴み取ったものなのか。熱い話にちょっと感動。
「そうだったのか、水橋。お前さんにそんな過去があったとは知らなかった。なのに、下らない嫉妬をしてしまって、そんな自分が恥ずかしいぞ」
 胸を打たれたのは天野先輩も同じ。自分の意志の力で結果を勝ち取るってのは、聞いていて勇気を貰えるな。
 ところで――
「野暮な話かもしれないけど、結局その初恋の相手を射止めることはできたのか?」
 もし、そうならハッピーエンドなんだが。
「いや。ルックス革命して心に余裕が出来てから思ったんだ。相手のことを見た目でしか判断しない奴なんて、人間として薄っぺらいとな。そんなわけで、すでにそいつは俺の眼中になく、また別の、中身がぎっしり詰まった娘と付き合い始めたよ。それが今のカノジョだ」
「あま~い。甘いぞ、水橋!」
 叫ぶ天野先輩。だから、先生来るかも知れないのが、この人にはインプットされていないのか。
 ところが、水橋先輩はこれに苦笑した。
「甘ったるいのはどっちだ、天野。お前にカノジョが出来ない理由の方がよっぽど胸やけする」
「あー、そう返してきたか。でも、結果が出ていないって意味では、俺は恋愛初心者なんだけども」
 二人だけで会話が完結していて、一年生男子はおいてけぼり。
「何の話だ?」
 おいてけぼり一年生を代表して聞いたのは俺。単に、天野先輩のすぐ近くにいたから、話を振りやすかっただけだ。
「うーん、お恥ずかしながら、小学校入りたてのときからずっと好きな人がいるんだ。何回も告っては振られて、それでも諦められない相手だ。まあ、言っちゃえば粘着質かストーカーみたいなものだよなあ、ハハハ」
 彼自身は自己卑下するが、小学校入りたての頃って、およそ十年はあるぞ?
 十年来の片思い。確かに下手をすれば病気か危ない人だ。同時に、どうしょうもなく一途って見方もある。一概に笑い飛ばせない。
「しかも、天野の場合、ノリや面倒見がいいから、告ってくる女子はいる。なのに、毎回断っているから恐ろしい。皮肉ではなく、本気で尊敬に値する」
 水橋先輩は真面目な顔で天野先輩を評する。
 クラスからは「ドラマみたいっすね」とか感嘆の声まで漏れている。
「いやー、そんなー、あー、ダメ。そんな目で、俺を見ないで~!」
 いきなり視線恐怖を発症する天野先輩。どうやら、尊敬のまなざしは苦手らしい。
 ただ、その後の逃げ方がいただけない。
「そんなことより、ユーはどうなんだい? 未経験ブラザーよ。好きな子いるのか?」
 俺を指さしてきた。嫌なブラザーもあったものだ。
 照れ隠しに俺を使うな。
「好きな女子はいないな」
「これまでは?」
「いないな」
「えっと、恋愛する気ある?」
「……」
 天野先輩は何の気なしに言ったんだろうが、俺の胸にグサリと突き刺さる。
 恋愛か……。
 もし、俺が本当に高校生らしく、高校生活を送るならば……。そこに恋愛は、仮に片思い出でもあって然るべきものだ。
 成就するかしないか何てのは、きっと二の次。
 でも、恋愛って、言ってみれば相手との距離を縮めて、お互いのことを深く知っていく行為なわけで、それはちょっと――
「するのは恐いな」
 つい本音を口にしてしまう。言ってから激しく後悔する。こんな普通じゃない感性は、胸の内に留めて、永久に口に出すべきではなかったと。
 普通に高校生活を過ごしたいのだ。普通じゃない発言は、慎まなければならないのに。
「怖い? 前に誰かに手ひどく振られたとか? ……いや、これまでも恋愛経験は無いって言ってたな。だったら、どうして?」
 鋭く突っ込んでくるのは天野先輩。さっきまでのとは別の意味でウザい。
「――」
 一番怖いのは、相手に自分の正体を知られることじゃない。
 深い関係を築けば築いただけ、相手を傷つけるのだって容易になってくる。
 言葉一つで。
 嘘一つで。
 故意であれ、過失であれ、誰かを傷つけるのはもう嫌だ。
 同じ過ちは、繰り返したくない。
「今の話は無かったことにはできないか?」
 自分の気持ちを吐露するのも怖い。
「歴史を食べる程度の能力を持ってないから、話を無かったことにはできないな。でも、深く追求するのをやめることはできる」
 天野先輩は、ニコっと快活に笑みを作る。
「だったら、それで。すまない」
「まあ、誰にでも詮索されたくないことの一つや二つはあるもんさ。でもな、一人で抱え込むのが辛くなったら、誰かに言ってみるのも手だ。お前さんには、これだけの仲間がいるんだ」
 室内には、邪気とか打算なんて一切感じさせないクラスメイトの笑顔。
「そーそー、一人で抱えて、一人でつぶれるなんて馬鹿のやることだぜ」
 クラスメイトの一人が言った。
 皆もそれに答えるように、うんうんと頷いている。
 こいつらが、どこまで打算で動いているかは計り知れない。
 人を信じようにも、俺は人を騙し過ぎた。相手も自分と同じように、人を騙す動物なのではないかという疑念が常に渦巻く。
 でも、こそこそと姑息に隠しごとをして、逃げ回っているのはきっと俺だけ。
 醜く、臆病な卑怯者は、クラスの連中に、
「ありがとう」
 とだけ言っておいた。
 彼らを信じるかどうか、その結論は先延ばし。

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