アルカナ・ナラティブ/第2話/06

 夜中に目が覚めた。
 嫌な夢を見た。
 俺が詐欺師だったのがクラスメイトにバレる夢だった。面白がったヤツがマスコミに情報を流し、学校が大混乱した挙句に俺は退学処分。
 日頃抱えている食いつぶされそうなまでの不安が、具現したような情景。
 起きたときには、寝汗がびっしょりだった。
 周囲はまだ暗い。
 トークに大盛り上がりしたみんなも、今ではすっかり寝静まっている。この夜は、彼らには安らかな夜であるのだろうか。それとも、犯罪者はいないにせよ、誰かに明かせない重い秘密を抱えて一人苦しんでいるヤツがいるのだろうか。
 知る由もないし、知ったところで、俺は俺の問題で精一杯。
 幸せになりたいという願望はある。
 同時に、自己を非難する声が胸の奥からわいてくる。不幸にした人間の数の分だけ、自分も不幸にならなければいけない、と。
 仰向けに寝転がったまま、目を見開く。
 見えるのは真っ暗な天上。
 俺を覆う天蓋はドス黒い闇。
 はあ。
 辛気臭いため息を一つ。
 再び眠りにつける気がしてこない。
 枕元のケータイに手を伸ばし、時刻を確認。
 午前二時。
 夜明けまでには、まだ時間がありすぎる。
 家なら近所のコンビニで時間をつぶすとかできるのに、ここは人里離れた山の奥。
 ド田舎の夜に暇をつぶせる方法など……。
 闇か――。
 一つの妙案が浮かび、布団から出る。
 明け方冷えるであろうことを想定して、枕元に置いておいたダウンコートを手に取る。そこら中に散乱しているクラスメイトを踏まないように部屋の外へ。
 そのまま廊下を進み、階段を下りる。
 一階は女子エリアであり、侵入は説教もの。さりとて、先生に見つからなければオールOK。注意深く移動すればエンカウントもしまい。
 目指す先は玄関、ロッジの外。なのに、女子の寝静まるフロアを忍び足で進行するのは背徳感が果てしないぜ。
 見つかったらあらぬ勘違いを受けて『女の敵』の烙印を押されかねない。絶対に誰かに見つかるわけにはいかない。
 いかないんだが……。
「翔馬?」
 トイレの前を通りかかったときに、声が掛けられた。
 心臓が止まるかと思った。
 ぎちぎちと、油の切れた機械となった頭を九十度回転させる。パジャマ姿の周防氷華梨が立っていた。
 うを、やっちまった!
「何をやっているの?」
 周防は一歩引いて、警戒態勢。
 目撃者が出ちまった。どうする?
 いや、落ちつけ。別にやましいことをしようとしていたんじゃないんだ。
 正直に事情を説明すれば、周防ならきっと嘘じゃないとわかってくれる。彼女がアルカナ使いとして持つ魔法は、そういう性質のものだし。
【イラディエイト】と名付けられた周防の魔法は、相手の嘘を看破する能力だ。
 詐欺師には真っ青な能力であるが、俺は足を洗った身。彼女の能力に何ら臆するところなし。
 息を整えて事情説明しようと、改めて周防に面と向かう。その時気付く。
 周防の右手が背の後ろに隠されている。
「周防、右手に何を隠している?」
 自分の釈明なんて二の次にして、彼女に訊いた。
「何って、何も隠してないよ?」
 周防は大慌てで目をそらす。
 嘘を看破できるアルカナ使いは、どうやら嘘を吐くのが苦手らしい。
 その一方で、彼女の左腕を観察する
「左の裾、赤いシミが付いてるぜ?」
「え?」
 大慌てで確認する周防。
 事実確認を済ませた周防は、何も言えずに口をパクパクさせていた。
「切っちゃったんだな」
 こんな時間にリストカットとは、こいつも集団生活で追い詰められてるなあ、と親近感を持ってしまう。
 周防は無言で隠していた右手を開示。女性用の剃刀が握られていた。
「先生に言う気?」
 周防の言い方は開き直った感じではない。俯きながら、迷子みたいに不安そうだ。
「阿呆言え。んなことしたら、夜中に一階に下りてきたのがバレて、俺まで御咎めくらいわ」
「だよね……ならいい」
 そして、無言で立ち尽くす二人。
 けれど、恐ろしいまでの沈黙は、次の瞬間に切り裂かれる。
「おい、お前ら何をしてる?」
 男性の声。
 振り返ると、そこには六組のクラス担任の姿。
 周防に気を取られて、周囲への警戒を怠った。
 悔やんでも悔やみきれない失態。
 別に俺は良いんだ、俺は。
 一人勝手に一階に下りてきて、無断外出を企てていたところを発見された。
 悔しいが言い訳はできない。自業自得なのだ。
 けれど、周防は?
 女子である彼女が一階のトイレにいるのはいくらでも言い訳が立つ状況だ。
 しかし、男子の俺と話し込んでいた以上は、このままこの先生に連行されるのが自然な流れ。
 彼女に対してあらぬ噂が立つかもしれない。調べられたら、剃刀とリストカットの跡が見つかるかもしれない。
 リストカットは好ましくない行為だが、彼女はそれを隠したがっている。
 先生が知っていた方が、彼女の為になるかもしれない。しかし、偶然見つかってしまうのと、彼女自身が自己申告するのでは全然違ってくる。
 ならば、やっぱり彼女がどうしてリストカットをするのか知っておきたい。
 誰かを助ければ、自分の罪が少しでも軽くなると思うのは単なるエゴ。
 でも、こうして彼女に関わってしまった以上は、最後まで見届けたい。
 だから、俺は嘘をついた。
「あら、先生。見回り疲れ様です」
 女言葉で喋っているのは俺。
 先生は目を瞬かせている。
 俺が変な喋り方をしているからではない。
 男子生徒だったはずの人間が、突如としてうちのクラスの担任に変わっていたからだ。
 これが【レンチキュラー】。
 アルカナ使いとしての俺の魔法。
【レンチキュラー】は、自分の姿・声などの『存在』を相手に錯覚させる力。
 魔法によって、目の前の教師は、俺の姿をうちのクラスの担任に錯覚している状態。
 同時に俺は激しい頭痛に襲われる。まるで万力で締められるような激痛。
 俺には詐欺事件の被害者に謝罪して以降、人を騙すと今みたいに頭痛に見舞われるという特異な体質が身についてしまったのだ。
「柳川先生こそ、こんな時間にどうされたんです? 今の時間は見回りは僕のはずですが」
 教師二人で、交代で見回りを行っているのか。
 なかなか、どうして職務熱心だ。
 とはいえ、この人の話からするとうちの担任は現在お休み中か。
 ならば都合がいい。
 ――とかいうことを、頭痛に堪えながら考察し、この場を誤魔化す嘘をつく。
「いえね、うちのクラスの子の相談にとっていたところなんですよ」
 新たな嘘は、頭痛の度合いを吊りあげる。思わず呻き声をあげそうになるが、ぐっと堪える。
「こんな時間にですか?」
 怪訝そうな先生。まあ、現在、草木も眠る丑三つ時だしな。
「先生、皆が寝静まった時間帯だからこそですよ。他の子には聞かれたくない話を、勇気を持ってこの子は相談しに来てくれたんです」
 次から次へと嘘を紡げる自分に、感心すると同時に自己嫌悪。頭痛は累乗的に悪化していく。
「そうだったんですか。それは失礼しました」
「しかし、先生が見回りをしているとなると、ロッジの中で話をするのは憚《はばか》られますね。一応、女同士だから話せる話という類のものですので」
「そうなんですか。ならば、少し冷えますがロッジの外で話されてはどうでしょうか。玄関のカギをお貸ししますよ」
 先生はポケットから鍵束を取り出すと、こちらに渡してくれた。
「恐れ入ります。それでは行きましょうか、周防さん」
 俺は強引に周防の手を引っ張る。
 やや震えている気もしたが、以前のようにパニックを起こしはしなかった。
 毎日教室で会っている分、俺に対しての抵抗力ができているのだろう。
 あるいは、ここで抵抗したら、この先生に引き渡されると思ったのか。
 外に出てから、ようやく頭痛が引き始める。
「痛てぇ……」
 しゃがみこんで、頭に手を当てながら呻き声を上げる。
 でも、頭痛の方はまだいい。やがては引いてくれるものだから。
 むしろ問題なのは嘘をついてしまった事実の方だ。その事実は決して消すことができず、延々と心に悔いとなって残存することだろう。
 周防のためと言い訳をしても、嘘は許されるものではない。
 こうして罪を重ねていく。
 けれど、嘘を吐いてでも、守りたい者がそこにいたのだ。
 そういう場合は、本当はどうすることが正解だったのだろうか……。

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