アルカナ・ナラティブ/第2話/08

 山奥の深夜。車など来るはずないので、道路のど真ん中にしゃがみこむ俺と周防。
 車道のド真ん中を陣取るのは中々の解放感であり、頭上の星空が更にこの場を非日常へと変化させる。
 ちなみに持ってたダウンコートは周防に貸出中。パジャマ姿で寒空の下は辛かろうという配慮だ。
 周防が持っていたポケットティッシュで掌の血を拭う。疼痛がするがいたしかたない。せっかく外に出られたのに、先生に『怪我しました』とか報告するのも馬鹿げている。
 化膿しないことだけを祈りつつ、気休めに丸めたティッシュを握って包帯代わりとする。
「本当に大丈夫?」
 負傷させた本人としては罪悪感と相まって、心配せずにはいられないのだろう。周防は再三訊いてくるが、俺も半ばヤケで『命に別状はない』と返す。
 男の甲斐性の使い方を間違っている気がせんでもない。
 まあ、この前に読んだ小説の主人公は、口の中をヒロインにホッチキスで刺されていたし、それと比べればマシな部類だろう。フィクションと比較するのは大いに間違いなのは自覚している。
「俺の怪我よりも、周防の話を聞かせて欲しいな。そのためにわざわざ外に連れて来たんだから」
 彼女への小細工は無意味。
 虚心坦懐に再度質問。
 周防は渋い顔をしながら、少し考え込み、口を開く。
「私ね、中学のときは剣道部にいたの」
 話のスタート地点として適切かは計りしれない。周防なりに考えての話し出しなのだから、
「ほう、それで」
 と頷くだけにとどめた。
「お爺ちゃんが剣道の道場を経営してて、小学校の頃から剣道は生活の一部だった。だから、私は一年生の段階で先輩を含めて大抵の人には負けない実力を持っていたの。でも、二年生の夏の大会で私はズルをした。大会では順調に勝ち進んで、個人で全国も夢じゃなかった。けれど、私の他にもうちの部から全国出場に王手を掛けていた人がいたの」
「へえ、お前のとこの学校ってそんなに強かったんだ。もう一人はどんな人だったんだ?」
「三年生で部長だった人。全国にいける椅子は後一つしかない状況で、私と部長がその座を試合で争うことになった。私は二年生で、来年があるけど、先輩は三年生でその年で最後だから私は……」
 一気に言いきって、大きくため息を吐く周防。
 一端星空を仰ぎ、そして自らを奮起させて続きを語った。
「私は先輩にわざと負けてしまった。私はどうしても先輩に全国にいって欲しかった。だけど、先輩からしたら、私がわざと負けたのは見え見えだったみたいで、試合の後、喜びもしなかった。これ以上無いぐらいに落胆した様子で」
「真面目な先輩だったんだな」
「そして、先輩は全国大会出場を辞退した。その後、部活はおろか学校にも現れなくなってしまった。私は私で、先輩をそんな風にしてしまって部での居場所を失くして、次第に部活をサボるようになっていった」
「辞めるんじゃなくて、サボるのは何かの未練か?」
「違うよ。私の中学校って厳しいところで、生徒は絶対に何かの部に入ってなきゃいけなかったの。一度入った部からはよっぽどの理由が無い限り転部はできないシステムだった」
「うわー、マジうぜえな、それ。部活動なんて好きでやるもんだろうが。部活が強制労働ってどこのホロコーストだよ」
「……それって、ヒノエ先輩への愚痴?」
「あー、そう聞こえても仕方ないな」
 言われてみれば、魔法研究部への入部は、弱みを握られての強制入部だった。
「でもね、うちの生徒でそういう風に考えられる人は少数派だった。みんなが部活を頑張っているのに、サボるなんて言語道断という具合に先生に怒られたり、それが火種になってクラスの人が私にちょっかいを出すようになっていった。机の上に花瓶が置かれたり、教科書が隠されたりして。みんながやっていることをやらないヤツは仲間じゃないから、制裁を受けるのは当たり前だとか言ってた」
 酷い話だ。『いじめ』とか言えば響きは比較的軽いが、集団で一人を囲んで幸せを削ぐように奪っていく構図は、劇場型犯罪と何が違うと言うのだ。
「そして、そんな失意のどん底にいるときに、私はあの男に――名壁に出会ったの。あいつは、精神的に参っていた私に優しい顔で近付いてきた。しばらく、あいつと、あいつのグループの人たちと一緒に遊ぶようになって、私は名壁に心を奪われていった」
「心が参ってるときに助け舟が出されたら乗っちまうものさ。それって、詐欺の場合も常套手段だし」
 劇場型犯罪や振り込め詐欺と呼ばれるもので、相手を騙す方法は大きくわけて二つのタイプがある。
 一つ目は、懸賞などに当選したから指示に従ってくれという風に、エサで釣ってカモを良いように操る方法。
 そしてもう一つは『お宅のお孫さんが交通事故を起こしました』などと相手を動揺させ、不安につけこんで指示に従わせる方法。
 名壁の場合はまさに後者だ。振り込め詐欺との違いは、周防の不幸は名壁がプロデュースしたわけでない点。
「そして、付き合い始めて一カ月後。私は名壁の家に呼ばれて、そこに待ち受けていた名壁と二人の男に犯されかけたの」
「犯されかけたってことは、未遂で済んだ、と」
「押さえつけてきた相手に頭突きしたり、蹴飛ばしたりして、とにかく必死になって逃げた。そして、私は名壁に犯されかけたことを両親や学校のみんなに訴えかけた。でも、信じてもらえなかった」
「どうして……?」
「名壁は表面的には優等生で通ってたから。それに当時の私は先輩のことや、いじめのことで情緒不安定。だから名壁が仲間と結託して『周防がいきなり暴れ出したから止めようとした』と主張すれば、学校側ばかりか両親も説得された。悔しかった。許せなかった。名壁も、あんな男の言葉に騙されて、ほいほいとあいつと付き合い始めてしまった自分も。嘘を見抜けなかった私が、『嘘を見破る』魔法を持ってるだなんて、皮肉な話よね。ハハハハハ」
 膝を抱え蹲りながら、周防の目じりには涙が溜まっていた。やがて、涙は命尽きた流星のごとく零れ落ちる。
「名壁と別れてからもやっぱり地獄だったわ。私に対して『気が狂ってる』とか『ヤリマン』とかクラスでは余計に酷い噂が流されて。だから、男性だけじゃなく、同年代の女子でも近づくのが怖い」
 周防が周りの人間と壁を作りたがるのは、それが原因か。
「挙句の果てに、入試を受けた高校の試験の三つともに名壁がいて、公立高校二つは集中できずに落ちて、私立だったうちの学校でギリギリ合格」
「うわ、そこまで来ると名壁は故意で周防をつけ回してないか?」
 受けた高校が三つとも同じってのは、偶然にしては出来過ぎな気がする。
「何とも言えない。けど、この学校の新入生一覧に『六原』って名前が無くて安心した。だけど、私はあいつからは逃げられなかった」
「六原司は名壁司に名前を変えてこの学校に入学を果たしていた、と」
 どこまで偶然で、どこまでが意図した結果なのかは計りしれないが、周防の苦悩は高校に入っても更に深まっていき、その結果としてリストカットか。
 リストカットに変わる、気晴らしでもあれば話は変わってくるのだが……。
 いや、ないことはないか。
「うちの学校って剣道部あったよな。入部してみたらどうだ?」
 小学校の頃から、剣道で腕を鳴らした才女なら、部の人も喜んで入部を認めるに違いない。
「それは私も考えたけど、ダメだった」
「入部制限でもあったのか? そんなにうちの剣道部って人気の部だったっけか?」
「違うの。……いたのよ」
「いた? 誰が? まさか名壁が?」
「ううん。私がわざと負けた先輩。この学校に入学してたみたいなの」
 こっちは紛れもない偶然だろうな。誰か周防に逃げ場を与えてやっても罰は当たらんぞ?
「本当はね、高校に入ったらまた剣道部に入ろうと思って、お爺ちゃんの道場で鍛錬は積んでたの。でも、それも無駄になっちゃった」
「無駄……なのかな?」
「きっと。未練たらたらに未だ道場通いは続けてるけど、どんなに鍛えても名壁の前では平常心が保てなくて、そんな自分が嫌になる。お爺ちゃんも、きっと迷惑してるよね、そんな弱虫が門下生だなんて」
「弱虫なのかなあ。じゃあ聞くけど、周防の未練って何だよ」
「それは……」
「未練って、要するに『やり残し』だろ。お前にとってのやり残しは、言わずもがな剣道部の先輩と名壁の件だ。先輩の件はまんま剣道絡みだし、名壁の件はむしろ、お前が自分を弱い人間だ、と思ってるのに問題がある。お前って、剣道を通してその二つを克服しようとしてるんじゃないのか?」
「でも、私は……きっと、勝てない」
「どうして?」
「きっと、無理。理由は無い。勝てる気がしないから無理」
 確かに、そんな調子じゃ勝てないわな。気持ちで負けている。
 励ましたいところだが、今の周防の精神状態じゃ無理かも、と思ってしまっている俺がいる。仮に『そんなことないぜ』と言ったら周防の魔法で嘘に分類されかねない。そうなったら、傷口に塩を塗るようなもの。さて何て声を掛けるべきか。
「人間は負けるようには造られていないよ、氷華梨君」
 大人びた、落ちついたトーンの声が闇に響いた。
 何者か、と声のする方を向くと、そこには――
「「ヒノエ先輩!?」」
 この夜よりもなお暗い、漆黒のマントを羽織った【隠者】がそこにいた。

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