アルカナ・ナラティブ/第2話/11

「あべしッ!!」
 世はまさに世紀末でもなく、世界は核の炎に包まれていないが、世紀末救世主伝に出てくるザコキャラみたいな声が上がった。声の主はドッチボール大会におけるザコキャラである。
 ザコキャラの正体は俺だ。
 投げられた球を受け取ろうとしたが、勢いを殺しきれずに、手にあった球は跳ね上がり顔面に衝突。
「痛ってー!!」
 顔を抑えて大げさに転げまわる。
「あれー、大丈夫かな?」
 狂気じみた剛速球を投げた張本人は、嗜虐的な笑顔。悶え苦しむ俺に悦な様子。
 名壁だった。
 外見的には細くて華奢そうだったのに、こいつ運動神経抜群だ。
 試合開始後、こちらチームからヒット目的で投げられたボールを、軽々とキャッチし、即座に俺に当ててきやがった。
 ボールの勢いから、本気というよりは殺る気で投げたと窺える。
 あまりに派手に転げまわるから、心配した審判役の担任が「大丈夫?」と駆け寄って来た。
「いや、ちょっと厳しいな。ちょっと休ませてくれ。ボール飛んでくると怖いから、離れたところで」
 というのは嘘である。頭痛に襲われ思わず苦悶の表情。
 しかし、その表情を担任はボールが直撃したせいだと勘違いしたらしく、そそくさとコートから離れていく俺に、
「調子が悪かったら呼びなさいよ」
 と心配そうに言ってくれた。
 そんな優しい言葉に、罪悪感を抱かざるを得ない。
 だって、ボールの進行方向を曲げて、顔面にヒットさせたのはわざとだったから。
 名壁は写生大会でいちゃもんをつけてきた俺に、一矢報いたとご満悦らしいが残念、君は俺に利用されたにすぎないんだよ。
 もっとも、あいつの球が予想以上に速かったのは予定外だったが。
 周りの若人の体力や運動神経に遅れを取らないように、普段から筋トレを積んでおいたのが役に立った。
 さて、と。
 みんながドッジボールに集中している間に、グラウンドを離れる。
 口実作りのために、あんな大げさに痛がってみせたのだ。
 どんな目的であれ、嘘をつくのは心地よいものではない。
 だが、嘘を吐かなければ、この絶好の好機を逃してしまう。
 俺はアルカナ使いとしての証である、右眉の上の【I】の呪印を手でなぞる。
【I】のアルカナは【魔術師】。本来の意味は『ものごとの始まり』や『社交性』だ。けれど、逆位置では『詐欺師』『ペテン師』なんて意味にも転じてしまう。
 俺はこれから嘘をつこうとしている。
 相手は周防だ。
 考えてみれば、無茶苦茶な話だ。
『相手の嘘を見破る』魔法を持つ周防に、面と向かって嘘を吐きにいくなんて。
 可笑しくて笑えてくる。
 ドッジボールでにぎわう声を背に、俺はロッジへ歩き始める。
 さあ、行こうぜ、大嘘つきのクソ野郎。
 写生大会で名壁に絡まれてから、ずっとロッジに引きこもっている周防を襲いに――。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ロッジの正面玄関は施錠されていたので、裏に回って勝手口から侵入。
 勝手口は台所に通じており、台所では外部からのお手伝いさんが今日の夕飯を作っていた。匂いからして今日の夕飯はカレーらしい。好きな料理なのでちょっと心が躍るが、涎を垂らしている場合ではない。
「お疲れ様です」
 幸いにして一人で作業中だったので、【レンチキュラー】で担任に化けたら簡単に通過できた。
 台所から女子部屋がある区画までは一番離れている。
 一階の作りは、キャンプ初日にロッジの見取り図で確認済み。
 問題は周防がどの部屋にいるかだが、手当たり次第部屋を探してみればいい話。
 部屋の扉はふすまであり、施錠はできない。
 尚、貴重品は事前に集められて、職員用の部屋にある大金庫で保管されている。貴重品の管理が厳重にできているからこそ、周防がロッジで休むのを許されたのだ。
 部屋探しの前に、武器を用意しておく必要がある。
 長い棒状の得物があれば、今回の襲撃の成功率はぐんと上がる。
 考えあぐねて、掃除道具入れにあった、デッキブラシを取り出す。
 ぶんぶんと、素ぶりしてみる。
 先端の毛の束のせいで、重心に違和感があるが、許容範囲内だろう。
 周防を求めて、一部屋一部屋、ふすまを開けて丁寧に部屋の中を覗き込む。
 女子部屋に勝手に侵入するのは、嘘をつくのと同等の背徳感。まるでホラー映画の殺人鬼になった気分。
 一部屋目、収穫なし。二から五部屋目、収穫なし。
 そして、六部屋目。
 部屋の右奥の二段ベッドの下の段で長い髪の女が蹲っていた。
「誰!?」
 突然の訪問者に周防は気付き、顔を上げた。
 周防は俺の姿を見て、目を皿みたいに丸くして、全身を戦慄かせる。
「やあ、氷華梨。こんなところで昼からサボりだなんて、余裕だね」
 妖じみた、気触の悪い笑顔を作ってみせる。
「あ……あ……あああ」
 一人きりの部屋に、トラウマとなっている『男』が侵入。
 だけど、ここで彼女に同情して、退いてしまっては意味が無い。
 調子に乗り過ぎれば全てが台無しだが、可能な限り周防を限界に追いやらなければならない。
「中学のときに、沢山の男に輪姦されかけたトラウマはいい加減に癒えたかな? んん?」
 詰る。しかし、周防は何も言い返さない。いや、言い返せないと言うべきか。
 完全に怯えてかたまっている。蛇に睨まれた蛙、猫に爪を立てられた鼠と比喩しておこう。
「見た感じクラスの連中とは馴染めてなかったけど、中学でのいじめが未だに尾を引いているね。いつまでそうやって被害者面していることやら」
 彼女のアキレス腱を容赦なく切りつけていく作業は、ああ、とてもとても辛いものだ。
 だけど、笑顔を絶やさないでいる俺は、きっと外道で畜生だ。
 構わないけどな。
「何か言えよ~」
 絡むような嫌味ったらしい声で挑発する。
「私は……」
 お、ついてに何かの反応が。
「んー、何か言いたいのかなあ?」
「私は……弱い」
 抑揚なく、小さく呟く。
 弱い。
 それは彼女がずっと抱えているコンプレックスだ。
 この弱点の発露をどうとらえるべきか。
 弱いと認めた上で行動するのか、弱いと認めて屈服するのか。
 どちらともとれるが、後者の可能性を考慮して行動しよう。
「そう、お前は弱い」
 俺は周防の言葉を繰り返した。そして更に続ける。
「どうせお前は弱くて、今、目の前にいる男には勝てない。だってお前は一人なのだから。それにさあ、クラスの連中は誰ひとりとしてお前の心配なんてしてなかったぜ。薄情な連中だ。ついでに言えば、お前は、お前を酷い目に合わせた恋人だった男に打ち克つための努力はしてこなかった。だから、目の前の男に勝てる理由は無い」
 矢継ぎ早に、彼女へ言ってやった。
『故意に吐かれた嘘を見破る』魔法【イラディエイト】を持つ少女に、死刑宣告のごとく言ってやった。
 ――お前は一人
 ――クラスの誰も心配していない
 ――お前は、お前を酷い目に合わせた恋人だった男に打ち克つための努力はしてこなかった。
 俺が周防に浴びせた宣言。
 そんなもの、
 ――全部嘘だ。
 正直に言おう。さっきから頭痛が酷くて立っているのがやっとだ。でも、ここで倒れるわけにはいかない。ここで倒れては、この計画は頓挫する。
 俺の言葉をイグニッションにして、周防の眼には火が点っていた。
 綺麗だ。
 夜空に瞬く星々とはまた異なる種類の煌めき。
 意志ある人間だけが宿せる、魂の力強さ。
 ああ、やっぱりこいつはどこまでも純粋なヤツだ。
 純粋だから傷つきやすく、純粋だからきっとどこまでも成長できる。
 そんな彼女が、少し妬ましかった。
 好きだった男に裏切られてから、ずっと暗い闇の底を歩いてきた彼女に必要だったのは、きっと『きっかけ』だ。
『自分は弱い』という思い込みの殻に、たった一筋でも亀裂が入れば、周防はきっと変わっていく。
 この茶番の幕を引くべく、武器として持っていたデッキブラシから手を放した。
 さもうっかりと手を滑らしたみたいな道化ぶりで。
 この武器は俺の為の武器ではない。
 目の前の少女の為の武器だ。
 まんまと得物を拾い上げた周防は、
「はあぁっっッ!!!!」
 疾風迅雷の速度で喉元へ刺突。
 優美なる一撃であったが、得物は俺の喉を突き破りはせず、僅か数ミリ手前で停止。
 面を打たれることを想定し、そのつもりで回避しようとしていたので肝が冷えた。
 すっかり頭が真っ白になってしまった俺に対して周防は宣言した。
「私はアンタなんかには屈しない。この先、何か言いたい事があるならば、回りくどい手段などとらずに、直接私に言いにこい。この卑怯者め!」
 雄々しい、戦乙女の宣告。
 凛とした彼女の姿はまるで一振りの銘刀の美しさ。
 そんな、剣士に詐欺師は言うのだ。
「その言葉が聞きたかった」

 そして、俺は周防に掛けていた魔法【レンチキュラー】を解除した。

「――翔馬!?」
 狐につままれたみたいな顔だが、それも仕方ない。
 だって、今の今まで狐に化かされていたのだから。
 俺はこの部屋に入ってからずっと【レンチキュラー】である人物に化けていた。
 周防の怨敵、名壁司にだ。
 おかげで、この部屋に入ってから頭が痛くて仕方がなかった。
 周防は得物であったデッキブラシを下ろしたが、どうしていいのか分からないといった風にうろたえている。
「……私が啖呵を切ったのは名壁じゃなくって、翔馬だった、と」
 消沈しかける周防に、俺は力強くたたみかける。
「いいや、周防が見ていたのは、確かに名壁司の姿だった。周防は名壁という存在に対して得物を取ったんだよ。例え、俺が化けた姿だったとしても、お前はちゃんと名壁に、――名壁への恐怖に打ち克てたじゃないか。誰が名壁に勝てないだって? この大嘘つきめ」
 真の大嘘吐きが、こっちなのは自覚している。まさに盗人猛々しいとはこのことだ。

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