アルカナ・ナラティブ/第2話/12

 周防に必要なのは、ちょっとしたきっかけであると直感していた。
『自分は弱い』『自分は変われない』という欲求不満は、いわば可燃性のガスだ。
 ガスは心の滓から際限なく噴きだすのに、周防自身は自分の殻に閉じこもってしまっている。精神衛生を蝕んで当たり前だ。
 けれど、溜まっていたガスに、上手く点火させる方法があったなら?
 怒りを爆発させる、というと悪いことに聞こえる。しかし、怒りも立派に感情の一部であって、全てを溜め込むなんて人間のできることじゃない。そんなのが出来るのは仙人か聖者か生ける屍か、とにかく普通は無理だ。
 今回の計画の優先順位は低めだった。周防にスキができたら、いつかやってみるのもありかな、くらいの軽い考えでしかなかった。
 自分から決行に必要なお膳立てをする気はなかった。けれど、今日という良き日に、たまたま上手い具合に運命の歯車がかみあってしまった。なので、徹底的に利用させてもらった。
 成功確率は九割強を予想していた。
 その論拠は以下の通り。
 まず、周防自身が普段から剣道で鍛錬を積んでいるという事実。これにより彼女の打倒名壁へのポテンシャルが窺えた。この事実を知らなかったら、そもそも俺は今回の行動を起こしていない。
 この初期条件に対して、あとは周防が奮起する確率を割り増ししてやればいい。
 その方法というかトリックの一つ目が、周防が一人でいるところで、かつ誰かの助けが望めない状況の設定。誰かの助けが得られないと分かったら、人間嫌おうなく自分で窮地を乗り越えようと努めるしかない。
 トリック二つ目は、とにかく嘘を尽きまくったこと。周防自身がパニックを起こしていても魔法【イラディエイト】は自動発動。
 周防に対して、
『お前は一人』
『クラスの誰も心配していない』
『お前は、お前を酷い目に合わせた恋人だった男に打ち克つための努力はしてこなかった』
 と嘘を吐けば、勝手に見破ってくれる。
 これら一連の言葉が、嘘だと自覚できれば、周防を勇気づけるには十分に足りる。
 最後のトリックが事前に武器を用意しておいたこと。
 これまでの努力、危機的な状況、相手の嘘がわかるというアドバンテージの三拍子がそろって、かつ敵対する相手から得物を奪える状況があったら、普通は反撃に出る。
 しかも、彼女の場合やっているのが剣道なのだ。得物が棒状ならば言うことなし。
 なーんて回りくどい理屈は周防には説明しない。
 せっかくあいつがトラウマを克服したのに、それを頭でっかちな理屈に当てはめるのなんて無粋過ぎる。
 ただ、しいて計画とズレが生じたのは、周防の最後の一撃だ。
 周防が打ちこんでくるように行動を誘導しているのだから、周防の一撃を避ける自信はあった。避けた隙をついて、カウンター攻撃しろというなら厳しいが、単に避けるだけならば出来ると高をくくっていた。
 まさか、あそこで突きを打ってくるとはなあ。
 突きは中学の剣道では禁止だったはず。高校入学間も無い周防が咄嗟の動作での突きはまずない、と予想から完全除外していた。
 でも、現実は違っていたわけで、自分の詰めの甘さを反省。
「なあ、どうして最後に突きだったんだ?」
 やるだけのことをやって虚脱感を抱きながら、周防の部屋の壁にもたれかかっていた。
達成感ではなく虚脱感なのは、理由は何であれ周防を騙す真似をしてしまったから。
 人を騙すのは、やっぱり過去を想起してしまう。
 そして、自己嫌悪。
 だったら、辞めておけば良いのにと今になって思うが、そこに計画と実行できる条件があるからやってしまった。これでは最早万引き癖が治らない主婦と同レベルの依存症だ。
「できることなら、怪我はさせたくなかったんだ。だから、寸止めで許してやろうと思ったんだけど、牽制はしたかった。だから、一番やられたら怖いだろう突きを選んだの」
「確かに喉元に凶器が迫って来るのは生きている気がしなかった。ってか、あの一瞬でその判断が下せたのかよ」
「実は身体が勝手に動いてただけなんだ。で、自分がとった一手を後で見つめ直したら、今言った理由があってやったんだろうと考えるのが一番無難だったって話」
 つまりは、彼女は極限状態において、自分なりの最善の行動が取れた、と。
 鍛錬とか修行って大事だね。根性論に賛同するつもりは毛頭もないが、条件反射レベルで危機を回避できる神経ネットワークは俺も欲しいところ。
 ……頭でっかちの人間には厳しいだろうな。
「ところで、翔馬がしたかったことは、わからなくもないけど、でも無茶苦茶よ。もしタネ明かしをしても、私が怒ったままだったらどうするつもりだったの? 最悪、ずっとクラスで――特に女子からは最低とか罵られるハメになってたかもしれないのよ?」
「そんな時のクラスへの言い訳も、一応考えてはあったよ」
「なに?」
「――皆様からのお怒りを厳粛に受け止めて、社会的信頼の回復に努める所存です」
「どこの謝罪会見?」
 周防のツボだったらしく、このキャンプ三度目の周防の笑顔を拝めた。
 せっかくなので、
 ――カシャッ!
 ケータイのカメラにて撮影完了。
「ちょ、なんなの?」
 いきなりの写真撮影に驚く周防。
「いや、可愛かったから、つい」
「なっ」
 耳の先まで真っ赤になる周防。
 男の軽口と受け取ってもらえば幸いと思っていたが、言ってから気付いた。
 彼女は今の発言を冗談とは受け取れるはずもない。
『嘘なら絶対に見破れる』という魔法が使えると、気苦労が多いですね、ハイ。
「だ、だめ、消して。すぐ消して。恥ずかしい!」
「えー、せっかくの思い出をボタン一つで消去するのはなあ」
「じゃ、じゃあ私が持っておく。今すぐ私のケータイに送って、翔馬のケータイのは消して!」
「つっても、俺、周防のアドレス知らないし」
「教えるから、送りなさい」
「イエス・ユア・ハイネス!」
 うっかり皇族扱いしてしまうほど、周防の言葉には迫力があった。
 赤外線通信で互いのアドレスを交換してから、周防へ写真を送信。そして、なくなく自分のケータイのは削除。
「ちゃんと消した?」
「先ほど撮った写真データは、このケータイには残っておりません」
「嘘じゃないみたいね。もう、さっきみたいのはビックリするからやめてよね」
 釘を刺してくる。
 確かに肖像権の侵害はよろしくないな。反省しよう。
 ときに周防さん――。
 俺は『このケータイの中にデータが無い』と言っただけで、もしかしたら既に家のパソコンに送信済みとか、そんな可能性は考えなかったのかな?
 まあ、さっきの状況ならそんな操作も可能であった、という仮定形の話だ。実際に写真データが周防のケータイの中だけにあるのかは藪の中、と。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 翌日。つまりはキャンプ最後の日。
 三日間過ごしたロッジに別れを告げ、荷物を持って両クラスの生徒及び担任とアシスタントが続々とロッジ前に集合してくる。
 そんな中、パチンッ、と小気味良い音が、天高く響いた。
 周防が、しつこく絡んできた名壁に張り手をおみまいしたからである。
 まるで痴漢撃退みたいな光景に、その場の誰もが目を剥いた。
 昨日、周防が華麗なるデッキブラシによる剣武を披露した相手は俺だったが、あの一件以来すっかり自信を取り戻せたようだ。
 名壁をひっぱたくだけでは飽き足らなかった彼女は、
「別れた女に、一々付きまとうな。このストーカーめ!」
 大勢の聴衆の前で名壁を非難。
 それは同時に『私は名壁の元カノです』というカミングアウトなんだが、そこら辺の事情はすでに噂で広がっていたので、二人の関係に驚く者は少なかった。精々、二人の教員くらいじゃなかろうか。
 しかし、ストーカーとは周防も辛辣だ。
 フレンドリーを装って周防に近づいていた名壁であったが、そう言われれば、周りはそう噂し始めるに決まっている。みんな他人のスキャンダルは大好きなのだ。
 学校に帰る頃には名壁の株が大暴落しているだろう。ちなみに、ここで言う株とは比喩的意味合いだ。周防が行動するきっかけを作ってしまったのは、株価操作には含まれない。なので、元投資詐欺師も一安心。
 バスに乗り込み、山道を下っていく。
 三日間、長かったような、短かったような。
 少なくとも濃い内容だったのは否定しようがない。
 バスの後ろの方では、周防がクラスの女子たちと、普通に会話している。
 名壁にあれだけのことをすれば、周りは当然気になるわな。
 女の子らしく恋話に花を咲かせているのだろう。
 普通によくある光景で、けれど壁を乗り越えた者にとっては掛け替えのない『普通』。
 数時間かけ、バスは学校に到着。その後クラスメイトは解散。
 バスの中ですっかり意気投合した友達と、周防は一緒に帰路についた。
 気難しかった【女教皇】の表情は、とても柔らかかった。
 俺も俺で、男子メンバーで帰る方向が同じヤツと最寄り駅へと歩いて行った。
 その最中、メールの着信があった。
 叔父夫婦からかと思ったが、予想は全然外れていた。
 周防からだ。
 何だろうと、首を傾げながら、中身を見てみると、

『今、凄く幸せ(*^_^*)』

 と書かれていた。
 短いけれども、彼女の周りの情景がありありと思い浮かぶ。
 きっと、顔文字と同じようにあいつの周りには笑顔が溢れているのだ。

【II・女教皇】了

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