アルカナ・ナラティブ/第3話/01

 夜九時のコンビニは、様々な客層のサラダと化していた。
 残業終わりに弁当を買いに来たサラリーマン、観たいバラエティ番組が終わり小腹の空いた家族連れ、スウェット姿の中学生くらいのカップル、退屈を持て余した若者。
 大量消費の小売店に陳列された商品が物色されていく。国内消費の向上に繋がっているに違いない。
 そんな店の一番の客寄せは、雑誌コーナーの前に並んで立読みに勤しむ暇人たちだ。
 コンビニの窓側に雑誌コーナーが置かれている理由は多々ある。その中の一つに、立読み客を発生させることがある。外の人間に『中に人がいる賑やかな店』という印象を抱かせる効果があるのだとか。
 販売者側の思惑に嵌まった者たちが雑誌コーナーに居並ぶ。今日発売の某週刊マンガ雑誌を立読みする群れが出来あがっていた。
 さながら蛍光灯に群がる蛾。
 集団でたむろしてガサガサする立読み客。廃棄雑誌の収集に勤しむバイト店員からすればウザったくてしょうがないだろう。
 俺、瀬田翔馬も週刊誌に群がる蛾の一匹だった。同時に、集客効果を担う歯車の一つとしてコンビニエンスストアに貢献している。
 今日は月曜日。某週刊マンガ雑誌を、コンビニで熟読するのが俺の習慣だ。ちなみに、購入するつもりはない。タチの悪い客である自覚は十分にある。
 現在目を通している雑誌は、クラスの男共で読んでいるヤツが多い。話題合わせのための情報収集が第一目的。勤勉に立ち読みする姿は、超頑張れば二宮金次郎に見えるであろう。
 乾燥し、潤いを感じさせない第一目的に次いで、第二の目的は娯楽を求めてだ。中には好きなマンガもあるので、純粋な愉しみだってあるのだ。
 特に、異能力を持った登場人物が、熱いバトルを展開するマンガは心が躍る。親近感を覚える。俺自身も、魔法を行使できるアルカナ使いとやらに、知らん間になっていたわけだから。
 でも、俺の魔法は特性上バトル漫画には向かないので、ちょっと切ない。
 書に勤しんでいると、メールの着信あり。
 同じクラスの友達の、周防氷華梨からだった。
 彼女の送信してきた内容は、
『今日、剣道部に部活見学に行ってきた。前に話した先輩も条件付きだけど入部認めてくれた』
 前に話した先輩、とは周防の中学時代の一つ上の同じ部活の先輩だ。周防は中学で剣道部に所属していた。彼女が中二のときに部長を務めていた人物だと伝え聞く。
 同時に公式の大会の個人戦で、周防が八百長をした相手でもある。ところが、相手はそれを見抜いてしまった。その一件から、周防の中学生活が狂い始めるのだが、詳細は割愛。
『前に話した先輩』は周防にとっては克服したい相手なのだ。
『良かったな。でも、条件って何? 今、電話してもいい?』
 雑誌を置いて両手でボタンを操作し返信した。
 俺は高校生の分際で、ケータイでのメールは苦手だ。
 パソコンは、小学校の頃からバリバリ使いこなしていたので、ブラインドタッチだってお手の物。
 一方、ケータイでの文章作成は苦手だ。
 何度も同じボタンを押すのが、煩わしくてしかたない。
 数文字の短い文の作成なら、我慢できる。しかし、長文となると、モチベーションをひねり出すのにも一苦労。
 周防のメールの内容から予測されるのは、詳細を知るには長文のやりとりが必要だという暗い未来。
 周防の文章を消化しながら、ちゃんとした文章を作成する自信はまったくない。
 だったら、口頭で話したい。
 加えて、メールより電話の方が得られる情報は多い。
 メールでは文面による言語的な情報しか入手しえない。だが、電話なら相手の声のトーンだったり、間だったりと非言語的な情報まで手に入る。
『うん、いいよ』
 周防からの返信。
 マンガ雑誌を棚に戻すと、ケータイ片手にコンビニを出た。
 店先は、スウェット姿の中学生くらいの連中がたむろして騒がしい。少し離れて電話をかける。
 三コール目で周防に通じる。
「もしもし、入部おめでとう」
 開口一番、祝福の言葉を。
『ありがとう』
 周防の弾んだ声。幸せそうな響きでなによりだ。
「新入生キャンプのときの話じゃ、よっぽどこじれた関係だったらしかったけど、よく許可してもらえたな」
『先輩の話じゃ、自分の我儘で入部希望者を拒絶するわけにはいかないからって。でも、見た感じ、怒ってたみたい。だから、解決しなきゃいけない課題は一杯あると思う』
 声のトーンはやや下がるが、絶望しているようなものではない。状況の受け止め方が深刻ではなく真剣な感じだ。シンドイけれど頑張ってみよう、という意志がそこにあった。
「そっか。ところで、先輩に出された条件ってのはなんだ?」
『それがね、文化系の出席の緩めな部活を掛け持ちしておきなさいって』
「ふーん、そりゃ何とも……変な話だな。普通逆だよな?」
 部活を掛け持ちするな、剣道に集中しろ! なら分からんでもない。
 けど、『掛け持ちしなさい』とは奇妙だ。下手したら、二つの部ともどっちつかずで終わりかねないではないか。
『先輩の話だと文武両道が剣道部のモットーだから、文系の部活をやって、人間的な器を大きくしろって』
「でも、文武の文の方なら、学校の授業だけでも十分な気がするぜ。剣道ってそういうものなのか?」
 こちとら剣の道など無縁の世界の住人。武士道業界の習わしには明るくない。
『私も初めて聞くし、そもそも……』
 周防は言い淀む。
『どうした?』と言って、その先を促すのは可能。けれど、言う言わないを決断するのは周防の仕事なので、ぐっと堪えた。
 三十秒くらいの沈黙。電話では膨大な沈黙であったが、待った末に周防は真実を告げてきた。
『文系の部活をやって、人間的な器を大きくしてほしいっていう先輩の言葉は嘘だったの』
 周防は断言した。言いきった根拠は、彼女が使える『魔法』にある。
 周防も俺と同じく、アルカナ使いだ。アルカナ使いとは、タロットカードの大アルカナの意味に通じた魔法が使える者たちの総称だ。
 周防は【女教皇】と対応したアルカナ使い。使える魔法は『相手が故意についた嘘を見破る』こと。
 だから、周防は先輩の言葉を嘘だと判断できる。それはもう、悲しいくらいに確定事項なのだ。
「そっか……。まあ、嘘だからって先輩に悪意があったとは限らないから、そんなに思いつめるなよ」
 軽く言って見せるが、重たい話なのは嫌でも察している。
 相手の嘘に気づいてしまうのは、度合いや強度の差はあれ衝撃的な体験だ。
 言葉と事実の乖離は、認識の齟齬を生む。認識の齟齬は、まるで世界が正常に作用していないような感覚をもたらす。
 嘘に気づかないのは、思慮が足らないだけかもしれない。けれど、実害を被らない範囲なら、嘘をつかれたのに気付けないのは一種の救済なのだ。
 だが、周防は魔法によって救済が剥奪された。
 アルカナ使いとしての魔法が、強制的に真実を突き付けてくる。
『わかってる。わかってるよ。私はどんなことがあっても、強くあろうと決めたんだ』
 電話越しで、周防の表情が見えないのが惜しくなるほど、力強くはっきりした言葉。
「そう言えるだけで十分強いよ、お前は。で、文化系の部活はどうするんだ? 先輩は嘘をついています! ってビシッて通告して剣道一本でいくの?」
『それも考えたけど、しばらくは先輩の様子を見てみるよ。だからね、私、魔法研究部に入ったの』
「そうなのかー、って、ええ?」
 危うく話を流しそうになってしまったが、魔法研究部は校内では際物扱いされている部だ。
 正式名称の魔法研究部より、『オカルト部』って俗称の方が一般生徒には定着している。
 魔法研究部に所属していると言えば、聞いたヤツは同じように怪訝そうな顔をする。
 つまりは、超マニア系の部活動。
 挙句、部長が脅迫まがいの方法でいたい気な一年生を入部させたのは記憶に新しい。ちなみに、被害者は俺だ。
「いやいや、どうしてあんな部に? もっと選択肢もあっただろうに」
『翔馬は、私が同じ部に入るのは嫌?』
「そうじゃないが……」
 周防、そんな悲しそうな言い方するのはやめてくれ。
 相手は思春期真っただ中の男の子だ。下手をしたら『こいつ俺に惚れてるのか』と勘違いされても文句は言えない。お前、なまじ美少女なんだし。
『実際言うとね、どの部の出席が緩いかなんて、よく分からないの。でも、魔法研究部には幽霊部員もいるって話だったし、ちょうどいいと思ったんだ』
「ははあ、なるほど。それは言えてる」
 幽霊部員がいるという話は、俺も常々聞いていた。しかし、部長のヒノエ先輩はその相手に憤慨しているでもない。俺に至っては名前すら知らない。
 加えて、魔法研究部はアルカナ使いの受け皿的な部活動。周防には、まさにうってつけ。
 部員不足で『部』から『研究会』への降格を憂いていた、ヒノエ先輩の笑みが目に浮かぶ。
『だから、これから同じ部活のメンバーとしてよろしくね』
「こちらこそ。つっても、毎日教室であってるからお互い改まった態度とる必要もないけどな」
 周防の丁寧な挨拶がこそばゆくて、ついはぐらかすような言い回しをとってしまった。粗雑な養育環境だったため、この手の礼儀正しい態度を取られるのはどうにも慣れない。
『そうだね、じゃあまた明日』
「おう、またな」
 こうして通話終了。
 中学校時代に心的外傷を残す出来事があったとしても、周防は前に進んでいる。そんな彼女の幸せが続くことを願うし、あいつの直向きな態度は尊敬に値する。
 じゃあ自分はどうなのだろうか、と考え直すと自己嫌悪の蟲が騒ぎ始める。
 俺も幸せの真っただ中。
 クラスの男子どもとは仲良くやっている。昼休みに一緒にメシを食ったり、放課後にカラオケにいってみたり。ありふれた、しかし求めていた普通の幸せが俺の掌の中にある。
 女子とも周防をきっかけとして、多少なりとも交流がある。
 まだ、四月で男女間の仲となるとまだまだぎこちなさも残る。女子の方が、男子より考え方やふるまいが大人っぽいからだろう。
 けれど、これからの学校生活でそういう精神年齢的なものを埋め合わせて行けたなら、あのクラスはもっと良いクラスになる。
 テレビとかでは、残酷ないじめとか、陰惨な学級崩壊が騒がれているが、さもありなん。うちのクラスは今のところ正常に機能している。
 だけど、同時にこの幸せを疑わずにはいられない。
 いつか、掌から零れ落ちるかもしれない不安が背にのしかかる。
 俺は元詐欺師で、大勢の犠牲者を出した罪人だ。クラスでそれを知っているのは周防一人。それだって偶然知られてしまっただけ。
 もし、俺の過去がクラスメイトに露呈したら、どうなるだろうか。
 きっと、全てが破綻する。
 幸せなのに不安。
 かといって、カミングアウトするのも怖い。
 どこまでも、過去を隠し通さなければならない日常は、きっと自分に与えられた罰。
 咎の形は返し針の形。一度突き刺されば、滅多なことでは抜けやしない。
 背負う十字架を、少しでも軽くしたいのならば、不幸にした人間の分だけ、人を幸福にしなければならないのだ。
 どんな手段をつかっても。
 ……いかんな。
 暗い中で考え事をすると、考え事の中身まで暗くなって仕方ない。
 俺を引き取ってくれた叔父夫婦の家へ帰ろうと歩き始める。
 そんなとき、ケータイにまたメールが来た。
 魔法研究部部長の、ヒノエ先輩からだった。
 画面には『丙火野江』と表示されている。読み方は『ひのえひのえ』。ヒノエ先輩本人が見たら、きっとブチ切れる。
 ヒノエ先輩は名字と名前が同音の自分の名前が嫌いだからだ。
 かといって、ケータイに名前はフルネームで登録するのが俺のポリシー。このこだわりは譲りたくない。
 丙火野江さんからのメールは、複数人に送られたものらしい。同時送信されたアドレスを確認すると周防だった。
 想像していた内容は『部員が四人になったから、これからヨロシク』みたいなものだった。しかし、違った。
『明日の放課後、午後三時四十五分に魔法研究部部室への集合を求める。およそ三十分ほどで終わる用なので、氷華梨君は剣道部の方に遅刻すると連絡されたし』
 超事務的な内容。
 あの人は一体、何を企んでいるんだ?

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