アルカナ・ナラティブ/第3話/03

 ヒノエ先輩が部室に戻ってきたのは、ハナエと呼ばれていた女子生徒が退室してから時を置かずして。
 入室した彼女は即座に、俺と周防に隠れるのをやめていいと指示を出した。
 言われるがまま動くしかない俺たちは、まるで犬みたいだ。しかし、事情説明がなされていないのだから、この部屋の主の意見には素直に従うしかない。
 かくれんぼをやめる二人の一年生。
 先刻、ハナエと話していたカガヤという女子生徒と対面。
 魔法研究部を訪ねてきた客人は、優雅に紙パック入りのレモンティを啜っていた。
 座っているから正確には目測できないが、身長は百六十センチ前後。痩型ではないが肥満体でもない。むしろ健康面で見れば痩せすぎず太り過ぎず理想的な体型だ。
 ショートボブの髪を軽く脱色し、目はくりっとしたアーモンド形。唇は厚く口紅のCMにでも出られそうなほどに艶やかだ。
「こんにちは。翔馬君に、氷華梨ちゃん」
 ゆったりとした笑みを浮かべて、俺と周防の名前を当てて見せた。こちらはまだ、自己紹介を済ませていない
 だからといって、警戒心は湧いてこない。
 相手の視線や表情、物腰には悪意を感じない。
 麗らかな日差しの下で、ピクニックでもしているような呑気さだ。
「はじめまして。あたしは三国煌《みくにかがや》。二年生だよ。そして、【女帝】のアルカナ使いなの」
 三国先輩は、右脚の黒のハイソックスをゆっくりとした動作で下げた。
 右の脛には【III】の文字。
 アルカナ使いの間では【呪印】と呼ばれる、彼女がアルカナ使いである何よりの証明だ。
「俺たちのことを知ってるのはどうしてだ?」
「部活の先輩から聞いたの。キズナ先輩っていうんだ。君たちの魔法の名前を考えた人」
『キズナ』という名前は初耳だ。けれど、俺と周防の魔法の名前の命名のエピソードは、しっかりと記憶している。
 あの時、ヒノエ先輩は俺と周防の魔法に、彼女のセンスによる名前をつけようとした。しかし、二人して拒否。理由は先輩のセンスが駄目な方向に高水準だったから。しかたなしに、ヒノエ先輩が頼ったのが『ヒノエ先輩の同級生のアルカナ使い』だった。
「何部の人なんだ? その人のネーミングにまだお礼を言えてなかったんだが」
 ヒノエ先輩の、ネーミングセンスの魔の手から救ってくれた相手だ。お礼を済ませていないのだ、ちょっとしたわだかまりになっていた。さりとて、ヒノエ先輩に魔法の名前の話題を出すのは、無闇に爆発物を突くようなもの。『やっぱり名前を変更しないかね?』とか言われかねない。
「メンタルヘルス部だよ。アマノッチが部長やってるところ。普段は月曜と木曜しか活動してないから、水橋先輩経由で会いたいって頼んだ方がきっと早いよ」
「水橋先輩? どうしてあの人の名前がここで出てくる?」
 水橋先輩とは、新入生キャンプでうちのクラスの男子アシスタントを務めた人物だ。
 ビジュアル系バンドでもやってそうなイケメン男子。『彼をゲットするぜ』と息巻く女子がいたのが印象に残っている。
「キズナ先輩は、水橋先輩のカノジョだからだよ。水橋先輩なら魔法研究部の人だし連絡先は知ってるでしょ?」
「…………え?」
 思いもよらぬ事実に、一瞬思考が凍結。
 水橋先輩が魔法研究部の部員だと?
「ヒノエ先輩、今の話はマジか?」
 魔法研究部部長に問う。
 ヒノエ先輩もヒノエ先輩で、面喰った顔をしている。
「その通りだ。そういえば言っていなかったね」
「ああ、聞いてない」
 まさか、『謎の幽霊部員』と既に接触を果たしていたなんて。それどころか、二泊三日の旅を共にしていたとは。
 あの人、部の先輩だったんだ。
 といっても、事実が分かったからと言って、接し方は大して変わらないだろう。そもそも水橋先輩は幽霊部員で、一度たりとも部室で見た記憶がない。
 ん、待てよ。うちの部員ということは――
「水橋先輩もアルカナ使いだったのか?」
 ここ魔法研究部は、アルカナ使いの受け皿だ。当然、そういう結論になる。
 しかし、ヒノエ先輩は首を横に振る。
「いや、彼はアルカナ使いではない。一般的な魔法使いだ」
「…………は?」
 さっきから、予想もし得ない新事実てんこ盛り。リアクションのバリエーションが品切れ寸前。
 一般的な魔法使いって何だ。魔法使いって段階で特殊だろうに。
「彼の家は、魔法学や神秘学を代々研究している家柄らしい。その事実は学校公認で、アルカナ使いの魔法の研究のため、この部に入部したのだよ」
「ってことは、あの人は一般生徒だけどアルカナ使いの存在を知っていると?」
「かなり例外的、いや特例的な存在だがね。元々、魔法や神秘学を研究する者はその秘術に関しては口が堅い連中らしい。だから、アルカナ使いについて知る学園上層部から、特別に入部を許されたのだ。まあ、水橋君の話はこれぐらいでいいだろう。詳しく知りたくば本人に訊くのが一番だ。それより、煌君の方が気にならないかね?」
 ヒノエ先輩は、脚を組み直して、視線を三国先輩に向けた。
 先輩の言うように、話の本筋は先ほどの会話だ。意外な事実が次々と発覚して、頭の片隅に追いやられていたが
「待ってました。ヒノエ先輩、さっきの音声ちゃんと録音してました?」
「無論だ」
 ヒノエ先輩は、パソコンデスクの引き出しから録音機材を取り出した。
 パソコンを起動させると、機材の配線をパソコンに繋いでいく。
 何気なく話が進んでいくが、二人の会話は辻褄が合わない。
「録音していたなら、どうして俺や周防に盗み聞きをさせた?」
「最初は、私も残す必要はないと考えたのだがね。いかんせん氷華梨君の【イラディエイト】の、正確な特性が掴めていない。故に、直に聞いてもらったのだよ」
 ヒノエ先輩は、作業を続けながら答える。
「周防の魔法の特性って、『故意につかれた嘘がわかる』って代物だろ? 何を今更……」
「そこは私も重々承知だ。だが、考えてみたまえ。経験的に、氷華梨君の魔法は直に話を聞いている状況では発動するのは事実だ。しかし、仮に録音されたものであった場合は、効果があるのか? あるいはケータイで聞いている場合は? はたまた、メールや書籍などの、文字を媒体にしていた場合はどうなるのか? 全部答えられるかね?」
 いくつもの状況を羅列してくるヒノエ先輩。
 指摘の通り『相手の嘘がわかる』って前提条件は確かに曖昧だ。むしろ、考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。
 これに周防は、
「えっと、ヒノエ先輩の言ったことですけど、今のところ私が把握してるのは、ケータイでは反応します。それからテレビは、生放送だったら反応しましたけど、録画放送で嘘だとわかった経験はないです。あと、メールとか文字で書かれたもので嘘だと見破れたこともありません」
 懇切丁寧に解説をしてくれた。
「つまり、周防の魔法が発動する今のところの条件は吐かれた嘘が『発話形式』で『リアルタイム』かつ『過失でない』場合に限るってわけか」
「ただし、嘘を見破った経験がないからといって、嘘を見破れないと結論づけるのは早いけどね。たまたま、そういう媒体で嘘に一度も出会わなかっただけかもしれないから」
「どうだろうな。結構、どんな媒体でも嘘って蔓延してるものだと思うぞ」
 と言いながらも、周防の意見を反証しきれない。
 こういうのを『悪魔の証明』とか『ヘンペルのカラス』という。
『悪魔の証明』とは、『無い事を証明するのは有る事を証明するより困難』って話。
『ヘンペルのカラス』とは科学哲学の用語だ。『カラスは全て黒い』と言ったところで、世界中のカラスを調査するわけにもいかないからこの命題は現実的に証明不可能。逆に、反証する場合は、黒じゃないカラスが一匹でもいればそれで足りてしまう。
 とか考えていると、パソコンへ機材のセットが完了。「これでよし」と一息ついているヒノエ先輩がいた。
「では、周防君、今から先ほどこの部屋で話された内容を流す。嘘だったところがあるならば、指摘してくれたまえ」
「わかりました」
 周防が頷いたのを確認し、ヒノエ先輩はマウス操作で音声出力デバイスを起動させる。
 淡々と流される音声に、真剣に耳を欹てるのは、嘘を見破る凛とした【女教皇】。
 彼女の魔法が、リアルタイムの情報以外も検分できるかは、これではっきりする。

三国「さて、いきなり本題から入るよ。ハナエはいま付き合ってるカレシの子どもを妊娠してしまったけど、堕胎したいからカンパを募りたいという話だったよね」
ハナエ「うん」

「この『うん』って頷きは嘘でした。もっとも、録音されたものだと魔法が発動しませんが」
 周防は嘘を指摘する。
 更に、リアルタイムで嘘だと判別できた内容が、録音では不可能なのも明らかに。

三国「そのカンパは彼氏――フジワラが集めてこいって言い出したの?」
ハナエ「いいえ」

「この『いいえ』も嘘でした」
 再生が続いていくので、周防はやはり手短に指摘するだけにとどめる。
 しかし、この台詞が嘘だと話がおかしくなる。
 内容を上手く整理できない。自分の頭の出来が恨めしくなる。
 この後、音声の再生は続くが、どこかが嘘だったと周防の指摘は無かった。
 最終的に、魔法研究部で行われた会話で、ハナエが嘘をついたのは前述の二か所だけ。
 全てを聞き終えた三国先輩は、
「やっぱりね」
 深々とため息を吐く。快活な印象は消え失せていた。
「どういう意味だ? 俺には何が何だかさっぱりだ。彼氏は妊娠の事実を知らないのに、でも『カンパを集めてと言ったのは彼氏じゃない』ってのは嘘。話がちぐはぐだぜ?」
 さっきから考えあぐねていた疑問を聞いた。
 この件の真実を知るには、何か決定的な情報が不足している気がしてならない。
 ジグソーパズルの一欠片が紛失してしまった気持ち悪さが胸に満ちる。
「あたしも、推理とかロジックって苦手なんだけどね。でも、こう考えればハナエの言葉がおかしいのも辻褄があうの。――つまり、ハナエは妊娠していないけれど、彼氏は堕胎の費用を集めてこいと言い出した。ハナエはそれに従ってカンパを募っている」
 手を祈るように組合せ、悲し気な表情で説明してくれる三国先輩。
 眉間には深い皺が刻まれていた。
「おいおい、妊娠もしてないのにカンパ集めって、それじゃあまるで――」
 自分が過去に手を染めた犯罪名を連想。ハナエという女に最大の嫌悪感を覚えた。
 俺の言葉を引き継ぎ、三国先輩は言った。
「これは十代で妊娠してしまった不幸な女の子の話じゃない。カンパ集めを目的とした、立派な詐欺事件よ」

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