アルカナ・ナラティブ/第3話/04

「ハナエはね、『ダメな男』にハマってしまって抜け出せない、典型的な共依存人間なの」
 三国先輩は、何の気なしに説明してくるが、周防が首を傾げる。
 一部の単語に脚注が必要だ。
「『共依存』ってのは、どういう意味ですか? 昔テレビかどこかで、小耳に挟んだ気もするんですけど、どうにもピンと来なくって」
「ああ、普通の人にいきなり専門用語を使っちゃ駄目だよね。えーっと、どう説明しようかな」
 三国先輩が目線を上げて、説明の手順を練っていると横からヒノエ先輩が、
「『共依存』なら、以前読んだ本の内容を諳《そら》んじられるが、必要かね?」
 有難いが有難迷惑な助け船をぶん投げてくる。
「いらないですよ~。本の内容丸々コピーじゃ説明じゃないですから」
 三国先輩も、ヒノエ先輩の語彙説明能力の低さを知っているようだ。
「辛辣な意見だが、謙虚に受け入れよう。では、引き続き煌君にお願いする」
「は~い。で、今のヒノエ先輩の助け船をヒントに良い説明が整いました。要するに『共依存』の人は、病的なまでに他者から必要とされたい人なの」
「人から必要とされたいことが病的……ですか?」
 これにますます首を傾げてしまう周防。
 普通の感覚で『人助け』と『病気』をイコールでは結びつけにくい。
「人間ってね、独りで生きているわけじゃなくって、社会の中で生きている動物でしょ。さばけた言い方をしちゃうと、群れをなして生きているわけ。だから、どうしても人間は他の人間と繋がっていないと生きていけないの」
「言いたい事はわかります。けど、それと病的な人助けがどう関係するんです?」
「それでね、人とちゃんと繋がろうとするには『自分はOKだ』って思ってないと辛いんだ。だって、『自分はダメ』って考えてたら、人に近づくのだって怖いものでしょ?」
「その通りですね。……私もついこの間まで、ずっと『ダメな自分』に悩み続けてました」
 周防は暗い過去を吐露するが、表情も声も委縮したものではなかった。
 堂々と……まではいかないまでも、それでも弱々しい態度ではない。
「ふーん、そういう経験があるなら、そのときこういう考えが湧いてこなかった? つまり『自分は誰かに必要とされたい』っていう考えが」
 下手をすれば劇薬指定すべき質問内容。子供みたいな純粋なニコニコ顔の三国先輩に邪気が感じられないのが救いだ。
「……それは……ちょっと思いました。クラスのみんなの輪の中に入りたくても、自己否定が働いて入れなくて、でもたまに事務的な用事を頼まれたりで声を掛けられるとなんだかほっとしている自分がいて……そういうのって、やっぱおかしいですよね」
「全然別に変じゃないよ~。というか、誰からも必要とされないなんて、それって悲しいじゃない。でもね、ここからポイント。氷華梨ちゃんが感じたような『誰かに必要とされたい』って思いも、極端になると病気なの。『自分が駄目』だ、と思い込んでいる人の中には、誰かの役に立っているから『自分は駄目じゃない』と解釈し出す人がいるの。献身的な態度がどんどんエスカレートしちゃって、人助けのために『自分が本当にやりたいこと』を棒に振ってしまう。これが『共依存』。不幸な恋愛をしてしまう人が掛かる思考の歪みよ」
「でも、一方的に親切にされっぱなしだと、相手にとっては重くないでしょうか?」
「うん、普通の感覚だと重いと感じちゃうよ。でもね、困ったことにフジワラ――ハナエのカレシは、そういうのを何とも思わない人間なの」
「困る事なんですか? 耐えられるなら、越したことはないのでは?」
「全然違うよ、それ。共依存の献身的な態度に延々と耐えられる人間の特徴はね『他人は搾取するための道具にすぎない』って考えをしている人が多いの。フジワラも、まさにその典型。どこまでも傲慢で、人の痛みなんてお構いなし。そんなクズ野郎だよ」
 柔らかかった三国先輩の顔が、険しく歪む。よっぽどフジワラという男を嫌悪しているらしい。
 そして、続ける。
「あいつは、人を――特に女の子を慰み者程度にしか考えていない。普通の感覚を持った女子なら、あいつと付き合ったら一カ月もしないで嫌になる。けど、ハナエはそうではなかった。ハナエは自分に自信がない子だから、例え、相手がやってくることが『搾取』であっても、それは相手が自分を必要としてくれてるって歪んだ解釈をしちゃうの」
「三国先輩は、ハナエさんとそのカレシを別れさせたいんですか?」
「当面の目標はそうかな。でも、別れてもハナエの場合は、似たような男にひっかかりそうだけどね。それよりも、今日の本題は別。ハナエがカンパ詐欺を本当にしようとしているのか、確証が欲しかった。だから、嘘を見抜ける氷華梨ちゃんに盗み聞きしててもらったんだ」
「こんな魔法でも、人の役に立ったなら嬉しいです。……って、こういう必要とされて喜ぶのも共依存なんですか?」
「ん~っと、あんまり神経質に分類するのも良くないよ。共依存みたいな心の病気って、本人や周りが苦しんでるかが一番の診断基準だし」
「三国先輩って、凄く物知りなんですね」
 感動の台詞は、きっとお世辞ではなく本心だ。目が輝いている。
「そんなぁ、おだてられたら私は弱いよ~。空の紙パック上げるから、デポジットで十円に換金してきなよ」
 三国先輩は、先ほどまで飲んでいたレモンティの紙パックを周防に渡す。だが、それは――
「体よく、私にゴミ処理を任せる気ですね」
 言っている、内容に反して不快そうな物言いではない。周防はくすりと笑っていた。
「えー、そんなんじゃないよ~」
 取り繕う三国先輩。しかし、相手が悪かった。
「それは嘘ですね。私に嘘は通じません」
「あ、そうだった。テヘヘ。でもなあ、今のはちょっと……」
【女教皇】の鋭い魔法攻撃に対し、三国先輩は難しい顔で腕を組む。
「煌君の言わんとすることは私にもわかるぞ」
 同調するように、ヒノエ先輩も腕を組む。
 ついていけない一年生二人。
「どうかしたんですか?」
 突然の二人の変容ぶりに、周防は戸惑い始める。
 二人の上級生は神妙に口を開く。
「せっかくの魔法で嘘を指摘するのに『それは嘘ですね』だと、普通すぎて面白くない」
 と【女帝】の二年生。
「そういう場合、やはり見栄と言うか、決め台詞が欲しいところだな。そっちの方が格好良い」
 と【隠者】の三年生。
 この人たち、そんな馬鹿なことを考えていたのか。二人してよく同じ結論に達したな。
 アルカナ使いになると、漏れなくこんな思考回路が身につくのか? ……だとしたら嫌過ぎる。
 今後の自分の成長について危惧しながら、周防の様子を観察する。戸惑いに、混乱を混合させていた。
 哀れな少女は問う。
「だったら、何と言えば良いんです?」
 先輩二人は、たっぷり一分間の長考。その後に、それぞれがほざきやがった。
「まるっとお見通しだ!」
「真実はいつも一つ!」
 前者が三国先輩で、後者がヒノエ先輩。
 両者ともビシッと人差し指を立てていた。その様は、アフレコで『異議あり!』なんて台詞を当てても違和感がない。
「どっちか選ばなきゃ駄目ですか?」
 半泣きの周防。
 決め台詞なんてドラマかマンガの中でなら格好がつく。が、現実にやれなんて言われた日には泣きたくなって当たり前だ。
「周防、そんな妄言は却下しても無礼にはならないぞ」
 周防に手を差し伸べる。彼女の素直さが不憫すぎる。
「とか言いながら翔馬君は、あたしたちに並ぶ格好良い台詞が思いつかないんでしょ。この話から逃げたいだけなんじゃないかな?」
 三国先輩は意地の悪い笑みを張り付けていた。
「だったら、『ダウト!』なんてのはどうだ? ――とアイデアは出しておくが、選ぶのは周防だ。この選択肢に『どれも格好良くない』っていう拒否権をつけないと、単なるパワハラだぜ」
 わずかながら、三国先輩の挑発に乗ってしまった。まあ、話をつつがなく治めるための、緩衝剤だったと考えよう。
 こうして、『周防に決め台詞を』という馬鹿な試みは完全に潰えた……かと思いきや、周防がぼそりと、
「ダウト……トランプのゲームみたいでちょっと格好良いかも」
 ブルータス、お前もか……。
 しまった、まさかテキトーに放った一言が周防の心をキャッチしてしまうとは。
 こんなにも嬉しくない、金賞入選があるなんて。
 周防がこの先、痛々しい台詞を吐かないのを祈るばかりだ。むしろ、祈る事しかできない自分の無力さが呪わしい。
 もういい。話をさっさと変えてしまおう。
 ……でないと、俺まで変な決め台詞を与えられかねない。

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