アルカナ・ナラティブ/第3話/06

 学校から最寄り駅へと歩いている途中にかどわかされて、カラオケボックスに連れ込まれた。
 というと、貞操の危機みたいだが、何のことはない。下校中にクラスメイトと遭遇し、『遊びに行くから一緒に行かない?』とお誘いを受けたのだ。
 でも、その先がカラオケボックスとは考えていなかった。
 心の準備が全くできていなかった。
 カラオケ――。
 今や若者だけでなく、家族ぐるみで行くのも不思議ではないレジャー施設。
 海外でも『Karaoke』は通じる言葉なんだとか。
 どうでもいい豆知識はまだまだある。しかし、俺はカラオケについて活字でしか知らない。
 そう、俺は今の今までカラオケという場所に行った経験がない。
 しかしである。俺とて、高校生活が始まれば、友達とカラオケ交友する機会があるかもと予測はしていた。予測が出来ているならば、準備を怠る俺ではない。
 最近のメジャーな曲は、歌番組やネットなどでチェックしていた。更に歌唱力の向上にも余念はない。
 わざわざレコーダーまで買って、自分の歌を吹き込み客観的に自己評価。自分の歌える声域なども研究。
 その時々で流行っている歌で、盛り上がりそうな歌は空で歌える程度には準備している。
 備えあれば憂いなし。
 計算通り、周りの連中のニーズを見事掴んで、場を盛り上げるのは成功。
 こうも見事にハマってくれると、気持ちが良い。
 ……最高の時間だったが、けれどまたグルグルと疑念は渦巻く。
 歌は小器用に歌える。場もちゃんと盛り上がっている。
 クラスの友達と笑い合える。
 求めていた普通の幸せ。
 だけど、俺がやっていることはやっぱり上っ面だけ。周りを騙していることに相当するんじゃないだろうか。
 俺の歌には、言ってしまえば心や魂なんて籠っていない。
 アーティストを気取るつもりはない。でも、何か俺の歌は、歌でない気がする。
 楽しいから歌うはずのことが、歌を歌うことで得られる副次的な効果を目的としている。
 周りが盛り上がるのに、本当にこれでいいのかという葛藤。
 俺にトドメを指したのは、一緒に来ていた女子の歌だった。
 髪を脱色し、ラメ入りメイクを施したそいつは明らかにギャル系の女子だった。なのに、彼女が歌い出した歌はド演歌だった。
 みんな最初はドン引き。
 しかし、女の情念をテーマにしたその曲を歌いあげていく様は圧巻だった。
 歌に込められる感情、それを紡ぎ上げていく歌い手の表情は齢十五、六の女子のものではない。
 鬼気迫るものがあった。恋愛経験が豊富すぎて、殺したい男が一人や二人いるんじゃねえか、と邪推したくなるほどだ。
 歌は天城の峠を越える様が描かれた歌詞だった。彼女が最後のフレーズを歌い終えた際には室内の一同は『峠越えたーッ!!!』と絶叫。彼女に惜しみない拍手が送られた。
 俺は歌い手に訊く。
「今の歌、何? どういう経路で知ったんだ?」
 最近の曲には細やかな注意を払い、情報収集していた俺すら知らない歌。
 これはチェックしておかねばならない、と思った。
「好きなポップス系の歌手がカバーしてて、そっから知った。あとは動画サイトで探して、失恋したときの私のフィーリングと超マッチしてたから、そっからハマったんだ。なに、私の歌超良かった?」
 ギャル系女子は、ふふんと鼻を鳴らした。
「ああ、恐れ入った。なんつーか、魂を感じた」
「魂って、大げさな。好きだから上手くなっただけだよ。歌だけなら翔馬の方が上手いよ~。ていうか、翔馬って色々と凄いよねえ」
 キャッキャと笑った。ギャルの彼女が謙遜するとは思えないので、本音から賞賛しているのだろう。
 周りで聞いていた連中も、
「あー、それあるかも。翔馬って妙に知識豊富だしなあ。授業とかでも、先生の質問にぱぱっと答えるし。問題があるとすれば、画力くらいか?」
「そうだな、運動神経をちょっと鍛えて、画力を大幅に向上させれば、完璧超人になれるんじゃねえ?」
 お褒めの言葉を頂く。……画力について散々な言われようなのはスルー。
 参ったねえ。
 みんなの言葉は有難いが、俺はそんなに凄い人間ではない。
 むしろその逆。
 元詐欺師のクソ野郎なのだ。
 それを思うと、この状況が怖くなってくる。
 現状はみんなと暢気に笑ったり、歌ったり、学校に通えている。
 だけど、こんな幸せはいつまで続くのだ?
 何をきっかけに全てが破綻するか、それがとても怖い。
「担ぎあげても何も出ないぜ? ……ちょっとトイレ言ってくるわ」
 別に用をたしたいわけではない。
 この場から一端消えたくなる思いに駆られた。
 みんなが言う自分と、自分の思う自分。この二つが壊滅的に解離している。
 トイレの個室に駆け込むと、蓋を閉じたままの便器に力なく座りこむ。
 こんな姿、誰にも見せたくないから逃げた。
 場を盛り下げるのが怖いから隠れた。
 幸せなはずなのに、辛い。
 三国先輩は、魔法研究部の部室で、俺の幸福度を教えてくれた。
 彼女曰く、俺の幸福度は、少なくとも周防よりは高いらしい。
 でも、どうしてこんなに息詰まる圧迫感がある?
 いまの幸福度でも、一般平均からは低いのか?
 ならば、三国先輩の魔法尺度で俺より幸福度の低かった周防はどうなる。もっと辛い状況にあるのか。
 けれど、三国先輩は、周防より俺の幸福度の方が危険だと言っていた。
 言ってる内容が矛盾している。
 あるいは、クイズにされた分母の数字が関係しているのだろうか。
 彼女がわざわざクイズにした理由も掴めない。
 ノーヒントでこの問題を解く自信はない。ゲームはゲームとして楽しむために、三国先輩の提案に乗ったのだ。
 こちとら三月までは魔法とは無縁の世界で生きてきたのだ。オカルト染みた法則が介入した世界のクイズなどどう手につけていいのか皆目見当もつかない。
 こういう場合は、下手に考え込んでも深みに嵌まるだけだ。三国先輩のクイズも、幸せな現状への不安も、さっぱりと忘れてしまおう。友達と過ごせる時間をもっと満喫しよう。
 気分を無理矢理に転換させて、個室を出ようとした。
 その時、外から会話が聞こえてきた。それ自体は別に不思議なことでもなんでもない。
 しかし――
「なあフジワラよお、例のカモはどうなった。本当にカンパなんて集めんのか?」
 ……フジワラ? どこかで聞いた覚えのある名前だ。
 個室の扉を開けるのを中断して、記憶を検索。
 該当項目一件。
 夕方、部室で三国先輩と話していたハナエという女子のカレシの名前。
 まさか、この扉の向こう側にフジワラ本人がいるのか?
 なんという偶然。高校入学を果たしてから、こういう奇運に事欠かないな。
「大丈夫だろうよ。だってアイツ俺の言うことだったら何でも言うこと聞くからな」
 フジワラと思われる人物が自慢げに言う。声は卑下た感じに弾んでいる。
「マジ羨ましいぜ。俺もあんな都合のいい女欲しいなぁ、オイ。でもさぁ、お前のカノジョ――ハナエだっけ? 嘘でも妊娠したなんてことにしていいのかよ。学校側に漏れたら面倒じゃねえ?」
「いいのいいの、そんときゃアイツが勝手にやりましたって話にすりゃ済む話だから。本当に尽くしてくれる女ってのは何人いても困りりゃしねえなぁ」
「ちっ、この女ったらしが。あの女で何又だ?」
「五人目~。でも、俺的にはあんな華のない奴を、俺の女にカウントされたくないんだけえど? 金と性欲処理のためだけの道具だよ、あんなもの」
「うわ、ウゼ~。だったらハナエちゃんくれよ~」
「やなこった。俺の物は俺の物ってな。大事な金蔓なんだから手放ししゃしねえっての。都合の良いメスくらい自分で見つけて来いっての」
 ジャボジャボと便器に排尿される音がこちらまで聞こえてくる。
 仲のいい連れ同士がツレションで雑談。これ自体は普通なのに、話の内容に普通の人間にとっての非日常が入り込んでいる。
 まるでハナエ自身、自分の幸福度を下げているようなもの。
「超ウゼェ。精々背中刺されないように気をつけるんだな」
「はん、言ってろよ。どうせ俺と付き合いたがる女なんて馬鹿ばっかなんだ。俺はまだまだ安泰だよ。ハハハハハ」
 下品に笑う獣がいた。俺は再度、蓋の閉じた便器に座りこんだ。
 人間のクズ――そんな奴は子どもの頃からゴマンと見てきた。両親や、所属していた劇場型犯罪の組織の人間、その元締めの暴力団。
 そんな奴らに別れを告げて、『普通』の生活を手に入れたつもりだった。
 でも、どこの世界にもいるものなんだな、腐りきった輩は。
 はっきり言えば、俺はこの件とは無関係だ。
 声だけで顔さえ知らないハナエとフジワラなど、無視してしまうに限る。無関係が最良の距離感。
 だけど、俺も人間のクズ。フジワラは女を食い物にしていたが、俺は男女構わず不幸を撒きちらした。
 フジワラを無視すれば、つつがなくクラスの連中との平穏な日常を進行できる。
 でも、そんな幸せは罪人には似合わない。
 下衆を食らうべきは下衆の仕事。
 だったら、やるべきことは一つ。
 それはかつての俺が愛し、いまの俺が最も憎む行為。
 ――嘘。
 嘘をもって、クソ野郎を叩きつぶすトリックスターになってみせよう。

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