アルカナ・ナラティブ/第3話/07

 翌日の放課後。
 日が傾きつつある最寄駅に通じる大通り。俺は追跡者となっていた。要するに目下尾行の真っ最中。
 探偵になったというよりは、犯罪者に逆戻りした心境。せっかくこれまでの高校生活を通して積み上げてきた『普通』である自分を瓦解させる所業。
 心地よいものではない。三国先輩の魔法越しに見たならば、さぞ幸福度を下げているだろう。
 けれど、俺は幸せよりも下衆を退治する道を選んだ。我ながら浅はかで嫌になってくる。
 今日は、中々にハードワークな一日だった。
 現在、尾行中なのはハナエだ。
 最終的な標的はフジワラである。しかし彼を仕留めるにはまずハナエを掌中に収める必要がある。諺に言う、将を射んとすればまず馬を射よ。
 俺のプランはこうだ。
 まず、ハナエからフジワラにカンパ金詐欺を持ちだされたという証言を直接聞き出す。当たり前だが、これは正面から訊きに行って答えてもらえるような代物ではない。
 だからこその尾行なのだ。尾行の目的は彼女が一人になる瞬間につけこむこと。
 現在、ハナエはクラスで仲の良い女子たちと下校中だ。
 しかし、今日一日調査した結果、彼女と仲の良い連中で帰る方向が一緒な人間は少ないらしい。同じ駅で降りる者となれば皆無。
 そこを狙い、魔法【レンチキュラー】を使ってフジワラになりすます。後はカンパ金詐欺の進捗状況を訊く振りをして、ハナエの証言をレコーダーに収める。
 この計画を完璧なものに仕上げるために、今日一日は右往左往した。
 仕込みが重要であるのは、どのような行為についても共通である。
 身近なものは料理から、非日常的なものは詐欺行為まで。準備がどこまで整っているかは成功と失敗の分水嶺。
 まず、ハナエについて声しか聞いたことがなかったので、その外見の確認から始まる。次いで彼女のクラス担任になりすまして、ハナエの友達から情報収集。
 彼女の友達とは俺が見知ったところで三国先輩だ。
【レンチキュラー】で別人になりすましての聞き込みだった。俺の様子が変だ、とヒノエ先輩や周防に伝わるのを避けるためだ。
 三国先輩に対して別人に化けても、幸福度測定で俺だとバレる可能性はあった。けれど【レンチキュラー】は、自分の『存在』を対象者に錯覚させる魔法。ならば、姿や声だけでなく、幸福度も詐称できるのではないかと考えた。
 そこら辺はギャンブルだったが、三国先輩はハナエの担任に化けた俺の正体を見抜けなかった。
 つくづく、【レンチキュラー】は詐欺師にぴったりな魔法だ。切ない気分になった。
 けれど、おかげで欲しい情報をかき集めるのは滞りなく進んだ。
 あとは、ハナエから情報を引き出し録音。レコーダーをフジワラにつきつけてやればいい。
 フジワラに関する情報収集はまだだ。直接牽制するべきか、こちらの正体を明かさずに脅しをかけるかは未定。我ながら、見切り発車なのは自覚している。
 ただ、どちらを取っても、ロクでもない方法なのは変わらない。
 嘘などつかず正直に生きたかった。それが俺の求めていた『普通』であり『幸福』。
 なのに、どうして心は人を陥れよと、俺に命じるのだろうか。
 こうしてまた背負う業が増えていく。
 割り切るしかない。
 割り切ってみせるしかない。
 瀬田翔馬という人間は、所詮その程度の人間でしかないと。
 そうこうしているうちに駅に到着。ハナエの地元駅は、俺が登下校に使う電車と反対方向。定期券は使えない。大急ぎで切符を購入。尾行を再開。
 駅のホームは、授業を終えたうちの学校の生徒で混雑していた。人を隠すには人の中の要領で、身を隠すにはもってこいな状況。もっとも、ハナエは俺の姿は知らないから、過剰に警戒する必要もないんだが。
 ホームで待つこと五分。快速電車が到着。
 周りの学生たちは、反対方向に乗る者へ別れの挨拶を告げたりしている。
 日常的で、平穏な下校風景。
 そんな日常の中に、追跡者という異物が一匹混入されているのに誰も気づくまい。毒虫になった気分。ハナエの乗った車両に乗り込む。
 毒虫は虎視眈々と、尾行相手から近からず遠からずな距離を置いて様子を窺う。
 これではまるでストーカーだ。
 ……訂正、『まるで』なんて明喩表現は必要ない。そのままストーカーだ。
 ガタゴトと揺れる車内は、どこまでも平和な光景だ。西日が窓から差し込み、乗客たちを朱色に染める。大半はさっきの駅から乗車してきた学生たち。雑談に興じたり、ケータイをいじったりと、どこまでも気が遠くなるくらいに普通だ。
 そんな中、ハナエはというと、腹部に手を当てて、凪の水面のごとく穏やかな表情。
 妊娠は虚偽だというのに、自分の腹に手を当てているのは少々気になる。腹痛にしては顔つきが柔らかいし、単なる癖だろうか?
 それとも、妊娠を詐称していることが無意識的に手を腹に運ばせているとか。人間やましいことをすると、関連した部分が妙に気になるもの。事件の犯人が特にメリットも無いのに現場の見物に行ってしまうみたいなものだ。
 なんて理屈づけるが、人の深層心理なんて早々見抜けるものでない。ハナエの仕草についての分析は保留。下手な考え休むに似たり。
 二駅先の停車駅で、普通電車に乗り換える。大抵の生徒は、そこまでが目的地で、すっかり人数が減ってしまった。
 さっきまでのにぎわいが嘘のように、車内は閑散としていた。
 賑やかな場所から、人気のない場所へ放り出された落差は激しい。急にうらさびれた世界に迷い込んでしまった感覚に陥る。
 電車に揺られること十分弱。周りが畑に囲まれた風景の中にたたずむ駅に停車。ハナエは席を立つ。
 いよいよだと、やや弛緩させていた精神を一気に引き締める。
 ハナエの後を追い、俺は降車する。
 すると後ろから声が――。
「……駄目」
 か細い声で、そう聞こえた。
 なんだろう?
 後ろでどっかのカップルが喧嘩でもしているのか?
 そんなのはどうでもいい。
 標的から目を放すわけにもいかない。振り返りもせずに俺はハナエの後を追おうとした。
 が、それは突如として阻まれる。
 背後から、何者かによって右腕が掴まれる。
「――行かないで、翔馬」
 振り返る。
 俺の腕を痛いぐらいに強く締め上げていたのは、
「周防……?」
 未だ男性恐怖症が完治せず、触れられることすら怯えていたはずの周防氷華梨の姿。
 普段は凛としたたたずまいの彼女の表情は、悲痛に歪んでいた。
「どうして……?」
 俺は唖然としてしまった。
 どうして……俺を引きとめる?
 どうして……俺の腕が掴める?
 そもそも、どうして……お前がここにいる?
 謎が一気に増殖していく。
「行っちゃ駄目」
 周防は震えていた。
 声も、俺を掴む右手も。
 不安と怯えが混然とした顔つき。なのに、彼女の声だけは、はっきりと一本の芯が通った力強さ。
 酷く矛盾した彼女の態度に、俺は困惑する。
「放せよ、手。俺は男だぜ? 怖くないのか?」
 男には近づくことさえ怯えていた周防の、大胆すぎる行動。やろうと思えば、彼女の腕を無理矢理引っぺがすのはできた。けれど、それでは暴力的だ。男としてどうかと思ったので言葉を弄しての解決を図る。
 しかし、
「怖いよ。男の人に触れたり触れられるのは。でも、今は翔馬の目の方が怖い。私がここで放してしまったら、きっとあなたは何かをしでかす」
 断言する周防。
 ガタガタと震えながらも、周防の視線は俺を捉えて離さない。
 周防の言っていることは、どうしょうもなく正解だ。
「いいよ、放せよ。俺は絶対に逃げたりしないから」
 すっかり観念してしまった元詐欺師は、何の偽りも無く宣言した。
 それを聞いた周防は、俺を解放。
 手を放してなお、彼女の足元はがくがくと震えていた。しかし、以前みたいにその場にへたり込みはしなかった。
 周防は力強く立ち続けていたのだ。

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