アルカナ・ナラティブ/第3話/10

 周防と先輩との語らいは、俺のアッパーリミットが上がったところでお開きとなった。やってきた電車に乗ると、お別れになるまで、好きな歌手が誰かなんてありふれた会話をしていた。
 平和な日常。普通の幸せ。
 欲しい欲しいと躍起になっていたくせに、罪悪感は拭いきれない。だけど、幸せであることが、少しだけ、勘違いなのかもしれないけれど、ほんの少しだけ気楽に受け止められた気がする。
 翌朝の身支度を整える際のこと。俺は、ちょっとした奇跡を信じて鏡を覗き込んだ。
 俺にも幸福度やアッパーリミットが見えないかな。
 当然、見えるわけがない。あるのは、男らしさに欠ける頼りなさげな高校生。寝ぐせで髪がボサボサだった。
 幸福を逃がさない方法は、きっと簡単だ。自分が逃げなければいい。
 そんな境地へのミニ悟りは、俺に今後の指針を与えてくれた……気がする。自信はない。ないから足掻いたりしてつくりたい。
 この人生は俺のもの、と覚悟を決めれば今日からも普通に過ごせそうだ。幸せが怖いだなんて改めて考えてみれば笑い話。『饅頭こわい』よりも滑稽だ。ここら辺で一杯のお茶が怖い。
 それがわかっていないのがハナエみたいな人なんだろう。男のいいなりになって、犯罪に手を染めるなんて馬鹿馬鹿しい。
 今回は、妊娠は単なる出任せで、その本質は詐欺事件。人を欺くのは、道徳的に正しいかはもとかく割が合わない。リスクとリターン、そして、長期的展望を鑑みるとトータルでプラスになっているとは考え難い。と元詐欺師は非難する。
 新入生キャンプで周防を騙すのだってそうだ。あれは『失敗したら周りから軽蔑される』という大きすぎるリスクを背負っていたのだ。
 成功して良かった、マジで。
 どっちにしろ、ハナエの場合、性格構造を変えないと無理なんだろうな。というか、いつか本当にロクでもない男に孕まされたりしたときに、彼女は打ち明けることができないだろう。一人で抱え込むに違いない。
 三国先輩には言っていた言葉を思い出して、改めてやり切れない気持ちになってくる。
 あの時、彼女はこう言っていた。

 ――本当のことを話せば『堕ろせ』って言われるから。

 あれ?
 はたと気付いて、自分の記憶を疑い始める。
 彼女の言っていた言葉、これで合ってるよな? 記憶なんて曖昧なもので、時間がたてば変質してしまう。だから、いま俺が考えていることは思い過ごしかもしれない。
 けれど、もし、俺の記憶が確かならば、真実は全く逆ではないか。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 昼休みに部室にて、録音された三国先輩とハナエの会話を聞き直した。
 記憶に誤りはなかった。
 となると、あのとき部室にいた面々にも真実を知らせた方がよい。
 一人で考えてもしょうがないのもある。俺がまた独断専行で突っ走って、昨日の尾行みたいな失態を犯すのは御免だ。
 更に言えば、女性の視点も交えてハナエの今後を考慮したい。異性との交際経験ゼロの俺にとっては女心は永遠の謎だ。
 放課後の魔法研究部の部室に、盗み聞きの共犯者たち――ヒノエ先輩、三国先輩、周防は集合していた。
 昼休みに、メールで呼び出したのだ。
 周防には部活を遅刻してもらうように頼んだ。
「話したいことって?」
 代表するように三国先輩が訊いてきた。
「順を追って説明する。が、結論から言うと、ハナエとフジワラの件は単なるカンパ金詐欺ってわけじゃなさそうなんだ」
「「「え?」」」
 いきなりの言葉に、驚く一同。
 期待していたリアクションではある。
 推理小説の主人公は、登場人物の前で真相を解明する時に、こんな気分なんだろう。
 ちょっと癖になりそうだ。
 いかん、いかん。いまはそんな不純なことを考えている場合ではない。
「まずはもう一度、三国先輩とハナエの会話を聞いてほしいんだ」
 パソコンは予め立ち上げてある。音声ソフトを起動させる。
 そして、再生される二日前の秘密の対談。

 三国「さて、いきなり本題から入るよ。ハナエはいま付き合ってるカレシの子どもを妊娠してしまったけど、堕胎したいからカンパを募りたいという話だったよね」
ハナエ「うん」
 三国「そのカンパは彼氏――フジワラが集めてこいって言い出したの?」
ハナエ「いいえ」
 三国「あなたの妊娠について、フジワラは知っているの?」
ハナエ「いいえ」
 三国「つまり、お腹の子を堕胎しろとはまだ言っていないのね?」
ハナエ「うん」
 三国「どうして、ハナエはフジワラに妊娠したことを話さないのかしら」
ハナエ「それは……本当のことを話せば『堕ろせ』って言われるから。だったら、彼に嫌悪されない分、言わない方がマシよ、きっと……」
 三国「あなたが追い詰められているのは十分わかったわ。だけど、ちょっと考えさせて。もちろん、この話は誰にも言わないけれど、私なりに思うところがあるの」
ハナエ「え、あ、うん。わかった。お金が絡んだ話だもんね。決まったらメールしてね」
 三国「じゃあ、今日はここまでにしましょう。私はこの部屋を使わせて貰ったお礼をここの部長にしなきゃいけないから、先に帰ってて」

 一通り流すが、一同ピンと来ていない。
「それがどうしたの? 氷華梨ちゃんのおかげで、ハナエが嘘をついているのがわかった。だから、あたしはハナエが頼りそうな子には『なるべくカンパには応じないように』とは言ってある。もっとも、理由は『そういうのは本人が親や教師に言うべきだから』って具合に、詐欺については話してないけど」
 三国先輩は、首を傾げながら経過報告をしてくれた。
「そういう言い方なら幸いだ。もし『ハナエは本当は妊娠していない』なんて言い方だと、先輩が厄介事を抱え込むハメになっていた」
「どういうこと?」
 三十度ほどだった首の傾きを、もう十度プラスする三国先輩。
 このままストレートに言っても良かったが、少し勿体ぶった話の展開を選んだ。
 探偵小説をきどっているのではなく、情報をちゃんと整理してから真相を告げたかったのだ。
「周防、ハナエが嘘を吐いたのは二か所だったよな」
「うん。この下りだね」

 三国「さて、いきなり本題から入るよ。ハナエはいま付き合ってるカレシの子どもを妊娠してしまったけど、堕胎したいからカンパを募りたいという話だったよね」
ハナエ「うん」
 三国「そのカンパは彼氏――フジワラが集めてこいって言い出したの?」
ハナエ「いいえ」

 しつこいぐらいに再生される二人の会話。
 だが、確認の意味で俺は一か所ピックアップして、周防に再度訊ねる。
「じゃあ、ここは嘘じゃなかったんだな?」

ハナエ「それは……本当のことを話せば『堕ろせ』って言われるから。だったら、彼に嫌悪されない分、言わない方がマシよ、きっと……」

 今朝から気になって仕方ない言葉だった。
「うん、嘘だったのはさっきの二か所だけで、ここは嘘じゃなかった」
 断言してくれる周防。実に心強い。
「結局、何が言いたいのかね?」
 しびれを切らしたようにヒノエ先輩が訊いてきた。回りくどい説明はお気に召さないようだ。
「本当のことを話せば『堕ろせ』って言われる――これが嘘でないとすると、矛盾が出てくるんだよ。ここでいう『本当のこと』ってのは何だ?」
 あえて問うてみる。
「氷華梨君の魔法判定で嘘だと判断されない以上は、『本当のこと』とは、『妊娠していないこと』となるな……はて、おかしいな、それだと」
 答えたのはヒノエ先輩だが、すぐに自分の言った内容の矛盾に気づいた。
「まさしく、俺が不思議だったのはそこなんだ。周防が嘘だと判断しなかったのなら、『本当のこと』とは『妊娠していないこと』だ。けれど、『妊娠していないこと』をフジワラに言ったところで『堕ろせ』と言われるわけがない。妊娠していないなら、堕胎しようがないのだから」
「待ちたまえ。わけがわからなくなってきた。説明下手は私一人いれば十分だ。もう少し分かりやすくまとめてくれたまえ」
 しかめっ面で真相を掴めていないヒノエ先輩。他の女性陣も似たような反応だ。
 そんな彼女らに、俺は真実を語った。唯一、矛盾なくハナエの発言について説明できる解答を。
「真実は逆なんだよ。話せばフジワラに『堕ろせ』と言われる、っていう発言が嘘にならない『本当のこと』――それはハナエが『妊娠していること』なんだ。つまり、ハナエは妊娠しているのを偽っていない。彼女は本当に妊娠しているんだ」

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