アルカナ・ナラティブ/第3話/11

 俺が語った真実に、一同躊躇せざるを得ない。
 いまの今まで、ハナエは妊娠していないという方向で話が進んでいた。にも関わらず、ここに来て百八十度の方向転換。
「しかし、仮に翔馬君の推理が正しいとしても、ハナエ君のついた二つの嘘はどう説明する?」
 ヒノエ先輩はマウスを操作し、件の音声を再生する。

 三国「さて、いきなり本題から入るよ。ハナエはいま付き合ってるカレシの子どもを妊娠してしまったけど、堕胎したいからカンパを募りたいという話だったよね」
ハナエ「うん」
 三国「そのカンパは彼氏――フジワラが集めてこいって言い出したの?」
ハナエ「いいえ」

「まず、後者の『フジワラがカンパを集めて来い』と言っていないのが嘘である方から説明しよう。さっきの話でわかるように、ハナエはまだ自分の妊娠についてフジワラには話していないんだ。そんな中、フジワラは何も知らずにカンパ詐欺を持ち出したとしたら?」
「つまり、偶然にもハナエ君の妊娠と、カンパ詐欺が被ってしまった、と」
「まさしくな」
「にわかには信じがたいが、ときに事実は小説よりも奇なりか。だが、煌君の質問である『いま付き合ってるカレシの子どもを妊娠してしまったけど、堕胎したいからカンパを募りたい』という言葉に対して、ハナエ君は『うん』と答えた。しかし、これは嘘。こっちに関してはどう説明するのかね、ホームズ君」
 ホームズ君ってアンタ……。俺の住所はベーカー街でもないし、モリアーティ教授がライバルにいるはずもない。
 ヒノエ先輩は、不謹慎にも探偵小説気取りだった。そういうノリは嫌いではないが、シリアスな状況でやってのけるのは正直どうだろうか。もっとも、話の進行の妨げになるだけなので、あえて触れない。
「要するにさ、三国先輩の質問文がマズかったんだと思うぜ?」
「あたしのせいなの?」
 名前を出されて、きょとんとしている三国先輩。
「先輩のせいっていうか……あのときは隠れていた俺と周防に説明する意図もあって、文章が長くなったんだ。不可抗力だぜ。ただし、理由はどうあれ、文章は短く切るべきだった。つまりさ、三国先輩の最初の質問は、一つの文で複数の問いかけをしているんだ」
「あれって複雑な質問だったの? 自覚は無いんだけど。うう、国語は苦手っていうか、国語も苦手」
 頭を抱え込んでしまう三国先輩に、具体的な説明を加える。
「先輩の質問は、大きく分けて三つに分解できるんだ。つまり『ハナエはいま付き合っているカレシの子どもを妊娠してるんだよね?』って質問、『堕胎したいんだよね?』という質問、更に『カンパを募りたいか?』という質問の三つだ。先輩の三つの質問に対して『はい』と答えて嘘ではないと判定されるには、三つ全部が真実である必要がある。一つでも違っていれば、漏れなく嘘だ」
「つまり、三つの質問の中で『妊娠しているんだよね?』って質問に対しては嘘をついていなかった、と」
「ああ。あとは『堕胎したいんだよね?』か『カンパを募りたいか?』という質問のどちらか、あるいは両方に嘘をついたことになる。けれど、『カンパを募りたいか?』と言う方は本当だった線が濃厚だ。なにしろ、三国先輩の魔法で見た限り、ハナエの幸福度は下がっていない。もしも、やりたくないことを強要されていたなら、普通幸福度は下がっているだろうさ。となると消去法で得られる結論は――」
「『堕胎したい』が嘘……ハナエはフジワラの子を生みたがっている、と?」
 呆然とする三国先輩。いや、彼女だけでなく、周防もヒノエ先輩も口を固く閉ざしてしまっている。
「あたしは認められない」
 やがて、三国先輩が呟いたのは嫌悪の言葉。
 穏やかな表情はすっかり雲に覆われて、無表情が顔に張り付いている。
 他の面々はことさらに押し黙る。
 時の停止した室内で、三国先輩は続けた。
「だって、嘘のカンパでお金をだまし取ってこいって支持するヤツの子どもだよ。そんなのダメに決まってるよ」
 一刀両断。
 フジワラへの非難は、しかし俺にも突きささる。
「何がダメなんだ? 生れてくる子どもには罪はないだろう?」
 反抗するように問う。詐欺師の子は詐欺師。そんな事例を一件知っているのにだ。
 人を詐欺師にするのは環境であって、血筋は関係ない。ハナエの腹の中の子どもを弁護したかったのではない。
 遺伝は関係なく、環境いかんでは俺だって真人間になれるんだという自己防衛。
「そうだね、子どもに罪はないね。でも『嫌われたくないから』って理由でホイホイ詐欺の片棒を担ぐ娘が、マシな母親になれると思う? そんなわけない。子どもは生れても不幸になるだけ。だったら……」
 三国先輩は一端口ごもる。女性として、その宣告をするのが躊躇われたのだろう。すなわち――
「胎児のうちに殺せばいい、と?」
「そ、それは……」
『堕胎』なんて言葉より、ずっと重い言い回し。底意地の悪さは自覚している。けど、事実だ。
 たとえ、まだこの世界の光を見ていない存在であっても命。
 博愛主義者を気取るつもりはない。ただ、先輩がハナエに言おうとしていることは、実質的に殺害命令であるのを失念しないで欲しかった。
 既に俺は人を殺している。詐欺事件で自殺を選んだ被害者は俺が殺したのだ。
 三国先輩も極論すれば、人殺しに加担しようとしている。ハナエに『子どもを堕ろしなさい』ということは『子どもを殺しなさい』というのに等しい。
 別に、だから産むことが絶対に正しいとは言えない。俺たちはハナエの状況や心境について知らなすぎる。環境や経済状況が、出産や育児に向いていないかもしれないし、そうでないかもしれない。
 問題なのは、独善に突っ走ろうとしていることだ。ハナエの事情をきちんと聞かないで、強引に生と死の境界に線を引くのは止めて欲しかった。
「あたしたちって、なんなんだろうね」
 うなだれた三国先輩がポツリと漏らす。
「アルカナ使い……魔法が使える人たちっていっても、ちょっと変な特技を持った高校生なだけだよ。幸福度がわかる……だから、なにって話だよね。あたしは勝手にハナエを疑ってトンチンカンな推理を披露した挙句、友達の本心に全く気付けなかっただけ。とんだお笑いぐさだよね」
「そんなことはねえだろ」
 先輩の決壊寸前の表情とみていると、そんな言葉を掛けずにはいられない。
「アハハ、ごめんね、気を使わせて。でも、あたしの頭が悪いのは元からだからさ、気にしないで」
「そんなの関係ねえだろ」
「え?」
「たとえ最初は勘違いだったとしても、先輩が動き出さなきゃ――魔法研究部に協力を仰いでなかったら、何も変わらなかった。ハナエはフジワラに言われるがままにカンパ集めして、でも、子どものことは誰にも言えないまま。けどなあ、先輩はどんな経緯であれ、こうして真実に辿り着いてるじゃねえか。辿り着いた。ああ、確かに今だって状況は進展してないよ。だったら、問題なのはこれからどうするかだ。まず、ハナエの話をもう一度聞いて、それから彼女を支えてやればいい。子どもをどうするかは、その次の段階の問題だ」
 俺は一気にまくしたてた。言いたいことは偽りなく吐ききった。
 言葉の洪水に圧倒されていた三国先輩だったが、
「そっか、そうだよね。ハナエの人生はハナエのものだもんね。まず、彼女がどうしたいかが最優先、だね」
 少しだけ笑顔を取り戻し、頷く先輩。やっぱり彼女にはそういう表情の方が似合っている。
「方針は決まったかね?」
 訊いてきたのはヒノエ先輩。大人びた女性の優しく穏やかな表情。
「ハイ! やれるだけのことはやってみようと思います」
 溌剌とした、ふっきれた声が部屋に満ちた。
 いまの彼女ならば、ハナエがどんな態度でこようと、きっと受け入れ包み込むに違いない。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 俺が探偵小説まがいの推理劇を披露したのは金曜日の放課後。その後は土日に突入していくのだが、その間三国先輩からの連絡はなかった。
 ホウ・レン・ソウの義務はない。しかし、寂しく思ってしまうあたり、すっかり、かまってちゃんである。最近の中高生に多いらしい。多数派に入れたのは、仲間がいっぱいで安心できる。同時に没個性化なんて言葉が頭をよぎるが、後ろ向きなことは熟考しない。
 あれからどうなったのだろうかと、三国先輩に訊くのも躊躇われた。未だ先輩が事態収拾のために奔走しているのに「どうなった?」とメールするのは失礼だ。
 気になっても向こうから何らかの連絡を寄こしてくれるのを待つしかない。
 待つのも男の甲斐性だぜ……なんちゃって。
 そして、翌月曜日。
 駅の改札を出たところで、三国先輩と周防の姿を発見。二人して何かを話し込んでいる様子だった。ガールズトークに割って入るのは無粋な気もしたが、さりとて無視して通り過ぎるのも失礼だ。
「おはよう」
 さり気ない挨拶を以って二人に接触。二人して「おはよう」と気さくに返してくれた。男子禁制の秘密の会話ではなかったみたいだ。
「いいタイミングで来たね、翔馬」
 と周防。
「超いいタイミングで来たねえ、翔馬君」
 朝から不景気さが微塵もない三国先輩。日本経済は彼女をみならうべきだ。
「何を話していたんだ?」
 歓迎ムードから察して、話の内容について問うてみる。
「歩きながら話すよ」
 三国先輩は促して、歩き始める。親鴨についていく子鴨のごとく、先輩の後を追う一年生二人。
 三国先輩を真ん中に、横に並びながら歩く三人。後ろから追い抜きたい人など考慮に入れないあたり、ダメな方向に若々しい。
「土曜日にハナエに『あたしは真実を知っている』みたいな言い方をしてきたよ」
 本題から入る三国先輩。顔は俯くことなく、表情に曇りなし。
「どんな反応だった? 驚いてただろう?」
 ハナエの話において、妊娠しているというのは事実であった。けれど、堕胎の意志や、カンパに関しては嘘まみれであったのだ。真実を暴かれたハナエはさぞ肝を冷やしたに違いない。
「青い顔で口をパクパクさせてたよ。で、フジワラには黙っているように散々頼まれた」
「そこまでして隠し通したいものなのかね。俺には分からん感覚だ」
「あたしにも理解不能だよ。だから言ってやったの。本当にお母さんになる気があるなら、まずフジワラと話して来なさいって。拒んできたから一時間くらい説教するハメになった。全く、延々とお説教なんてあたしのキャラじゃないから、素直に頷いて欲しかった」
「結局上手くいったのか?」
「まあね。んで、日曜日にフジワラと話し合ったみたい。んで、後から貰ったメールだと、フジワラとは散々堕ろせと言ったらしいよ。でも、ハナエは譲らず、未婚の母になってでも産みたいと言ったみたい。んで、結論を言うと、ハナエは今週中には学校辞めるんだって。担任にも本当のところを話すんだろうけど、彼女の決意は固いだろうね。出産費用とはどうするのかは、これからフジワラと話し合うみたい。男だったら責任とれって話だよねえ」
「フジワラにとってはこれからが受難ってワケか。全ては自業自得だけどな」
「そういうこと。にしても、今回の件では魔法研究部の人たちには助けられたよ。改めてお礼を言わせて欲しいな。ありがとう」
 わざわざ感謝の念を言葉にしてくれる三国先輩。
「困ったときはお互い様ってことで」
「またいつでも力になりますよ」
 俺と周防は言うと、三国先輩は感極まった満面の笑顔。
「きゅー、可愛らしいな君たちは」
「ちょ、先輩?」
 いきなり抱きつかれ、大混乱の周防。三国先輩は周りの目なんて気にしない。自由なお方だ。
「グヘヘヘ、姉ちゃんもうちょっとふくふくしていた方が抱き心地は良いですぜ」
 おっさんみたいな語り口の三国先輩。それじゃ、まるで変質者だ。というか、そんな態度を取られたら周防のトラウマに触れてしまうのではないか? 心配になって周防の顔を覗き込む。恐怖に歪んでいるとか、そういうのはない。ただ、不満そうに、
「先輩は、なんだがふっくらしていて抱き心地がいいですね」
「まさかの百合展開。いいよいいよ。お姉さんは可愛い子が大好きだ」
「やめて下さい」
 周防は身の危険を感じたのか、べりっと、三国先輩をひきはがす。
 ふふふ、とお互い笑いあう。
 何だかつられて俺も笑ってしまった。
 何気ない日々のじゃれあいが、幸せでならない。幸せすぎて、やっぱり怖いくらいだ。
 だけど、せっかく掴んだ幸せな日々を手放してなるものか。
「翔馬君の幸福度が限界点超えそう。大丈夫?」
 三国先輩が俺を見ながら言った。目ざとい人だ。
「問題ないよ。今度は逃げたりしない」
 誓った。今度逃げ出したときに、また周防が手を掴んでくれるとは限らないのだ。ここから先は俺の戦い。
 幸せは逃げはしない。ただ、幸せから逃げるヤツがいるだけ。
 幸福の限界との戦いは、まだ始まったばかりだ。
「ふふふ、そこまで言うなら私の攻撃に耐えられるかな?」
 言うやいなや、今度は俺に抱きついてくる三国先輩。
 ふくふくとした感触と体温が心地よかった。
 ていうか、先輩当たってます。豊満な胸部が俺の身体にあたってます。
「せ、先輩、こういうのはカレシとか、好きな男子にやった方がいいと思うぞ」
 大パニックを起こしながら俺は言う。
「だったら大丈夫。あたし、翔馬君のことがお気に入りだから」
「うい?」
「あたし頭の切れる人が好みなんだよね。だから、ハナエが裏に隠してた問題を解き明かした君は唾をつけておこっかな~って」
「初心な年下をからかわんでくれ」
「とか言って嫌じゃない癖に。翔馬君の幸福度、目下上昇中だよ」
 う、そこは否定できない。否定しようものなら周防に『ダウト』と宣告される。
 っていうか、登校中の生徒が、こっちをガン見してきおる。
 しかも間の悪いことに、その中にはクラスメイトもいたりした。
 登校したら、絶対に追及されるじゃん!
「三国先輩、翔馬を放して下さい! 困ってるじゃないですか!」
 周防が叫ぶ。そんな彼女に三国先輩は、
「あらら、もしかして嫉妬してる?」
「……」
 周防がたじろぐ。耳がほのかに赤くなっているのは気のせいでしょうか?
 そして【女教皇】と【女帝】、火花散る女子生徒の間に挟まれた俺にできることは皆無。
 あー、お空が青いなあ。
 解決策を見つけられない俺の知能指数は、幼稚園児並に退行。
 この状況が怖いのは、単に幸福の限界に達しただけだからだと思いたかった。

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