アルカナ・ナラティブ/第4話/01

 まだ一限目だというのに、俺は多数決という名の暴力に晒されていた。
 黒板に書かれた『瀬田翔馬』の文字。俺の名だ。翔馬の読みは『ショウマ』である。断じて『ペガサス』なんてイカした発音はしない。
 天を翔ける馬だからペガサス。想像力が豊かだ。豊かな想像力を持っていたのは、諸事情で御厄介になっている俺の保護観察官。初対面で『翔馬だから、ペガサス君って呼んでも良いかな?』と、ぬかしやがった。挙句、流星拳使えそうだよねえ、とか世代を選ぶジョークまで飛ばしてきた。
 とか、昔話を持ちだして現実逃避したくなるほど、追い詰められていた。
 黒板に書かれた名前の横には、加えてこう書かれていた。
 正正正正
 一方的な全肯定を受けているのではない。
 無理矢理発音すると、五×四=二〇票。日本式の票数数え上げシステムである。
 本日のロングホームルームの議題は、学級長を決めること。なお、ロングホームルームといっても、クラス担任が受け持っている、現国の時間を変更しただけだ。
 今日は五月二日。ゴールデンウィークを目前に控えているのに、我がクラスに気の緩みは一切ない。クラスの運営が暗礁に乗り上げていたのだ。
 クラスのまとめ役たる学級長が、未だに不在だった。
 他のクラスでは、既に続々と学級長は決定済みらしい。それに加えて、ゴールデンウィーク明けの全校集会で、学級長の就任式が催される予定だ。
 切羽詰まった担任は仰った。この時間中に決めなければ、放課後に居残り。それでも駄目ならゴールデンウィークに出校だ、と。
 笑えない。せっかくの連休に出校して、誰が幸せになれるというのか。担任だって面倒臭かろう。
 クラスに一人くらい、仕切りたがりはいてもいいものだ。でも、うちのクラスの子らはみんなして立候補しない。良く言えば、欲がなく謙虚。悪く言えば、『誰がそんな面倒臭そうなことダタでやるかよ』という今時っ子の性格特性。
 俺とて、学級長なんて面倒くさそうなものはやりたくない。若いうちは苦労は買ってでもしろとかいう、昔の人の迷信なんて信じない。そもそも、三十人強の長になるって段階で、トラブルが飛び込んでくる臭いがぷんぷんする。どうにかして、この状況をひっくり返さなければならない。さもなくば、前期期間中の九月末まで学級長として苦役を課せられる。
 とは言え、逃げ道を作るのに嘘をつくのは嫌だ。私利私欲のために嘘をつかないと決めたのだ。これは絶対に守るべきだ。ならば、どうやって、周りを説得しようか。
 まず、先ほどの投票システムを見直してみるのはどうだろうか。
 小選挙区制だと死票が多い。せめて、比例代表制でやり直した方が……。
 わかりやすいニュース解説に定評のあるテレビ番組から仕入れた情報を、脳みそでこねこね。しかし、知識は付け焼刃。この状況をひっくり返せる見込みはない。
 待て待て、そもそも、どうしてみんなして俺に投票する。……談合か。みんなして俺を陥れるために結託していたのか!
 そういう考え方もできなくない。だって、おかしいじゃん。こんな冴えない男子に票が集中するなんて。
 しかし、理屈をこねくり回しても、白い目で見られるだけだ。なので、ここは感情的に怒鳴った方が早い、という結論に至る。必死に喚いてみた。
「罠だ! これは罠だ!」
 どこかの漫画のダークヒーローのごとく叫んでみた。
 みんな無反応。失笑すらしてくれない。
 虚しい。自分の想いは、自分の言葉で表現しなければ、経験値にならないことが身に染みた。
 少数派は多数派に駆逐されるのが、民主主義の定め。数の暴力、衆愚政治、赤信号みんなで渡れば怖くない。
 クラスメイトの犬養が、とことことやってくる。犬養の渾名は『少佐』。妙に階級の高い渾名だが、クラス男子の中では一番華奢な体型。軍人とは程遠い印象。
 彼は一同を代表して、俺の肩を叩いた。
「あきらめなくても、ここで試合終了だよ」
 某有名バスケットボール漫画に謝れ。
 しかし、うんうんと頷いている奴がざっと二十人くらい。きっとこいつらが俺に投票したに違いない。
「……るよ」
 ガクリと膝をつき、呟く。
「何? 聞こえないな」
 犬養は訊き直してくる。自暴自棄になった俺は、今度は大声で言ってやった。
「やるよ! やりゃいいんだろう! 学級長だろうが、風紀委員だろうがかかって来いやッ!」
 教室に歓声が湧いた。響き渡る拍手と歓喜の声。
 学級長はクラスを率いる、いわば将たる存在。なのに、断頭台に掛けられた哀れな囚人の気分。帰ったら、部屋の隅でドナドナを歌ってやる。
「じゃあ、翔馬。学級長になったんだから、初心表明をよろしく」
 顎でしゃっくって、俺を教壇へ促したのはクラス担任。やりたくもないのになった人間に、いきなりみんなの前で喋れと? 鬼だ。むちゃぶり過ぎる。
 教壇に屹立し、教室を見渡した。
 整然と並べられた席に、これまたクラスメイトが整然と座っている。みんな、平和そうだ。火炎放射気で焼き払いたくなるくらいに平和そうだ。この中の二十人が俺をクラス平和の生贄にささげたのだから。
「この度、皆様の推薦により、学級長の座に吊るしあげられた瀬田翔馬です。学級長になったからには、二度と無理矢理に役職を割り振られるヤツが現れないクラスを目指します。俺のような犠牲者は、もう誰一人として出してはいかんのですよ!」
 完全に皮肉のつもりで言ってやったのに、一部からドッと笑い声。冗談と取られたらしい。
 クラスメイトを再度眺める。どこまでも幸せそうに笑ってやがる。
 幸せか……。
 心を揺さぶるものが、そこにはあった。
 幸せ――それは、かつて詐欺師だった俺が、人々から奪ったもの。悪意で掠め取り、踏みにじった人々の希望。
 もしも、……もしもだ。高校生活を通して、幸せを奪う側から、人々に与える側になるなんてできないだろうか。
 学校生活には色々な行事があると話には聞いている。
 体育祭。学園祭。球技大会。修学旅行――。いや、畏まったイベントだけじゃなく、単なる何気なく過ごす日常も。
 それはきっと、いつか、かけがえのない想い出とやらに成長する大切な日々。
 不幸をまき散らした人間は、人を幸せにすることはできるだろうか。
 誰かの笑顔のために、獅子奮迅することが、贖罪になりはしないだろうか。
 馬鹿げた考えなのはわかっている。死ぬ気でやっても、たかがクラスの係。傷つけた人間の赦しを乞えるわけじゃない。そんなものに本気になろうとするのは愚の骨頂。
 でも、こいつらの笑顔を見て、それだけで救われた気になるのは何故だろう。
 きっと、度し難い勘違い。けど、勘違いで十分。
 詐欺師が一つのクラスのまとめ役、ね。
 まとめ役、というか影の黒幕は、投資詐欺をしていたときに経験している。
 けれど、当時培った自分なりのノウハウは、学校では大して使えない。基本的に、当時使っていた方法論では、最終的に俺が一人勝ちするシステム。
 騙して、騙して、騙し抜く。それが当時のやり方だった。詐欺師としても人間としても、一番稚拙で幼稚な。
 俺はもう、嘘を吐くのは嫌だ。私利私欲のための嘘なんて尚更だ。
 嘘も、はったりもなく、俺は『学級長』を完遂するなんて出来るのだろうか?
 不安が込み上げる。
 クラスをまとめるのに必要な条件って何なんだ?
 困惑する俺を余所に、クラス担任が、パンパン、と手を打ち鳴らした。小気味いい音が教室に響く。
「いい、アンタたちが翔馬を学級長に推薦したんだから、アンタたちは彼を助けるべき立場にいるんだからね。これは絶対に忘れちゃ駄目よ。わかった? わかったら、返事!」
 クラス中から『は~い』と、声が上がった。
 調子の良い連中だ。きっと、この中の半数ぐらいは、とりあえず返事をしているだけ。困ったときに本当に助けてくれるヤツが、二、三人いればいい方だ。
 だけど、それでも構わない。
 全ては、俺が――忌避された役職にさせられた『嫌われ者』が、抱えるべき問題だ。
 もっとも、いつまでもふてくされているわけにはいかなくなった。
 強制的に学級長になったこの日の昼休み。我がクラスの一人、周防氷華梨の近辺に事件が起きた。
 大勢の聴衆がいる中で、周防はとある男子生徒から告白されたのだ――。

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