アルカナ・ナラティブ/第4話/02

 昨日から、全く以って五月であった。五月とは、世間では五月病が懸念される月である。
 五月病の主な病因は、新生活への慣れと、それに伴う刺激不足だと考えられる。もし、その考えが正しいならば、我がクラスの面々は五月病にかからずに済みそうだ。
 周防氷華梨への告白事件は、学徒たちに少なからず衝撃を与えた。ここでいう告白とは無論、恋の告白であり、罪の告白でもないし、仮面の告白でもない。
 周防氷華梨。学年一の美少女と名高い女子生徒だ。白磁のような肌、上質の絹の如き黒髪、黒真珠を思わせる深い漆黒の瞳、すっとした鼻梁に、艶やかな唇。部位についての特徴を羅列するだけでも、周防は同性から嫉妬されそうだ。それらが神の設計物であるかのように絶妙な配列をしているのだ。数学でいうところの黄金比に合致しても何ら不思議ではない。
 あえて欠点を挙げるとしたら、凛とし過ぎて近寄りがたい雰囲気がある。さりとて、クラスメイトは一カ月弱彼女と過ごしたのだ。周防の中身は周知のこと。周防が、その眼光ほどには剣呑な人物でないというのは了解事項。
 以前に周防が、他クラスにいる元カレに張り手をかますなんて事件があった。しかし、それは『元カレが百パーセント悪い』というのが男女に関わらず、我がクラスでの共通見解。
 周防は男子から絶大な支持を得ている。そのことに嫉妬する女子もいるが、いじめの対象になるほどには嫌われていない。昼休みに一緒にご飯を食べる友達がいるくらいには、クラスに馴染んでいる。
 んで、件のお相手は前述の通り、昼休みに現れた。
 俺がクラスの男子共と、新発売のゲームについて語らっていたとき。教室後ろの扉が勢いよく開かれた。
 派手な音がしたので、クラスにいたヤツ全員の視線は出入り口に殺到。そこにいたのは二人の男子生徒だった。
 一人は、身長百九十センチ強はある大男。筋肉質だがシャープなボディラインが、彫像みたいだった。バスケ部かバレー部にいそうな体格だ。制服のブレザーを着崩すことなく、ネクタイもしっかりと首元まで締め上げていた。黒スーツを着て、サングラスを掛ければ要人警護部隊の一員に見えていただろう。履いている校内スリッパの色から察するに二年生。
 もう一人は対極的に、ルーズに制服を着崩した男。校内スリッパの色は一年生の色。身長は百七十センチ弱で、中肉中背。髪は脱色されており、両耳と唇にピアスを着用。生徒指導の先生に、目をつけられそうな格好だ。そういうファッションは、ゴールデンウィーク明けに周りに『え、アイツ休み中に何があったの?』とか躊躇わせるためにやって頂きたい。休み前から気合が入り過ぎ。フライングスタートですぜ、それ。
 と、後者に関して散々に言ってみたが、彼はうちのクラスの人間にとって既知である。
 他クラスと合同で行う体育の授業で一緒になったことがある六組の生徒だ。さらに言えば、六組なので新入生キャンプというイベントで二泊三日を、学校所有のロッジで過ごした間柄。もっとも、新入生キャンプの間は、髪が黒かったが。
 名前は阿加坂光栄《アカサカ コウエイ》。
 体育の時間に、いつも一人で不機嫌そうな表情をしていたのが印象に残っていた。
 阿加坂は威圧的な目線で、教室中を睥睨。二年生の大男をお伴みたいに背後に従わせ、クラスのある一点へ突き進んでいく。
 その気迫たるや、たった二人の一斉突撃。
 先頭を征く阿加坂は、さながら王者。
 我がクラスの生徒は当然ビビるが、阿加坂は空気なんて読まない。むしろ、邪魔だてするならば、空気すらも蹴散らし、真空波でもつくりそうな勢い。
 そして、一人の女子の前に仁王立ち。
 ここで、ようやく仏頂面に変化が生じる。
 笑顔……なのだが、相手を和ませる類の笑顔ではない。獲物を目の前にした獣みたいで、嫌な感じだ。
 さらに、問題なのは阿加坂の目の前にいる女子生徒。
 ――周防だった。
 阿加坂の冷たい視線に、思わず周防は身構える。
 周防は、中学時代のトラウマから極度の男性恐怖症なのだ。いや、そうであったと過去形にすべきか……。
 最近では色々と、克服するきっかけもあって、日に日に良くなってきている。
 昨日など、クラスの男子とメールアドレスの交換をしていたくらいだ。きっかけは、昼休み男女入り混じっての雑談中。ひょんなことから、俺が周防のアドレスを知っているのが明らかになったのが原因だ。周防狙いの男子共は群がった。断る理由も特にないので周防は承諾。
 後から交換した連中に、何故あのタイミングでアドレス交換を決意したのか訊いてみた。曰く『翔馬が教えてもらえたなら、俺たちもいけるはず』との弁。って、俺に失礼な言い分だ。
 ……と俺の個人的な感情はどうでもいいとして、周防の話に戻そう。
 周防の男性恐怖症は、徐々に良くなってきている。けれど、目の前の阿加坂の態度は、例外だ。
 獲物を嫌らしく品定めするような目つき。あれで警戒心が湧かなかったら、それはガードが甘すぎる。周防は決して馬鹿な娘ではない。一度ロクでもない男と付き合って、その手の人間を見分ける目は持っていて然るべき。
 阿加坂の不審な態度に気付いた者として、いつでも動ける心構えは持っておいて損はない。
 学級長に就任して数時間で、クラスで事件が起きたらたまったものではない。
 怯える周防。緊張するクラスメイト。
 張り詰めた空気の中で、阿加坂は口を開いた。
「俺はお前をカノジョにしたい。周防氷華梨、俺の告白を受け入れろッ!」
 大声で、阿加坂はコクった。聞いているこっちの顔が赤くなりそうだ。堂々と声を張り過ぎて『甘~い!!』とは言い難い恋の告白。むしろ、関白宣言?
 まるで熱血青春ドラマみたいな言い方。なのに、阿加坂の表情は獰猛にニヤけたまま。気味が悪い。
 どよめき立つ教室の面々。こんな白昼堂々、通り魔みたいな告白をするヤツがいたら、そりゃ、こうなる。
 注目されるのは周防の返事。まあ、こんなムードもへったくれもない告白で了承するはずが……。
「あなたの告白を受け入れます」
 周防は、淡々と答えた。まるで、そういうプログラムでも組まれているかのような機械的な言いぶりだった。
 クラス中が凍った。主に男子が凍った。高嶺の花の周防が、あっさりと告白を承諾――これは悔しいだろう。現在フリーの男子が、『だったら自分も玉砕覚悟で告白しておけば良かった』と思っているだろう。
 周防狙いだった方々にはお悔み申し上げる。
 しっかし、周防の男性恐怖症もここまで克服されていたかね。
 今度はマトモな男だと良いのだが、何か雰囲気的に怪しいなあ。そもそも、阿加坂のツレのSPみたいな二年生も怪しさ全開。右手の甲には刺青なんかしてある。
 いや、あれは刺青なんかじゃない。
 VII
 十中八九、【呪印】だ。
 そうなってくると、この状況への解釈が百八十度回転する。
 大男は、『一般生徒』ではない。俺と同様の『特殊な部類』に入る生徒に違いない。では、それを引きつれている阿加坂は?
 阿加坂の告白に、機械的な言い回しで答える周防を思い出し、ぞくりとした。
「周防氷華梨、俺について来いッ!」
 またしても阿加坂の大声。
「はい――」
 無機質な声で頷き、氷華梨は立ち上がる。
 阿加坂たちは、周防とともに教室を出ようとする。しかし、そうはさせない。
 俺は、席から跳びはねて、教室の出入り口を、身一つで封鎖。
 そして、詰問する。
「よう、アルカナ使い。アンタ、どんな魔法を使ったんだ?」

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