アルカナ・ナラティブ/第4話/03

 ――アルカナ使い。
 この学校には、魔法を使える特殊な生徒が存在する。それらの魔法は、タロットカードの大アルカナの意味に通じる効果を発揮する。魔法といっても、炎や氷を生みだすなんて大仰なものではない。例えば『相手が故意についた嘘が見破れる』とか『相手の幸福度がわかる』とかその程度。そういった魔法を使えるものたちが、アルカナ使いと呼ばれる存在だ。
 かく言う俺もアルカナ使いだ。対応している大アルカナは【魔術師】。
「何を言っているのかがわかんねえな。魔法? ふざけているのかテメエ、名前は瀬田翔馬だったか?」
 メンチを切りながら尋ねてくる阿加坂。すごんでいるつもりだろうが残念。俺は子どもの頃、犯罪組織に携わっていた。これ以上の怖い顔のお兄さん方などゴマンと知っている。阿加坂など可愛いものだ。
「いかにも、俺は瀬田翔馬。フルネームで覚えていてくれるとは嬉しいね」
 フランクに返しながら、頭の中では必死に情報を整理。
 普通、単なる比喩として受け取りそうな『魔法』という単語に阿加坂は反応。これはますます、こいつがアルカナ使いの線は濃厚。
 ここで、お互いのカードを伏せたままにしても、話が進展しない。
「これを見な。俺もお前と一緒で変な特技の持ち主だよ」
 俺は、ダラダラと伸ばした前髪を掻き上げる。現れた右眉の上部には【I】の【呪印】が刻まれている。【呪印】とはアルカナ使いに自然発生する個体識別番号みたいなものだ。
 俺はため息を吐き、自らに宿った魔法を発動させることにした。この魔法、出来れば使いたくないんだよなあ。でも、今回は相手を騙すことが目的ではないから、かなり気は楽だ。
「そして、これが俺の特技」
 キザったらしく、指をパチンと鳴らす。魔法【レンチキュラー】を発動。
 対象は阿加坂。
 魔法を使った後の、俺の姿を見て阿加坂は目を丸くする。
 初めて俺の魔法を見た相手は、大体そういう反応だ。
 現在、阿加坂には俺、瀬田翔馬の姿形や声――ひっくるめて言えば存在そのもの――が、阿加坂光栄と同一のものとして認識されている。
 しかも、俺の存在が阿加坂であると錯覚させられているのは、阿加坂本人だけ。俺の魔法は、一度に限定一人の感覚しか欺けない仕様。クラスメイトには俺が魔法を使っているのはわからない。
 阿加坂の目の前にいるのは、左右対称に動かない鏡像かドッペルゲンガー。さぞ、心中落ち着かないだろう。
「気持ち悪いな、それ。瀬田翔馬、姿を偽るのはやめろッ!」
 大声で命令してくる阿加坂。彼の言葉通り、俺は魔法【レンチキュラー】を解除した。
 一々命令するのに気合が入っているなあ。こいつの魔法と関係があるのか?
「チッ、興が削がれたぜ。まあいいさ。周防氷華梨は俺の告白にOKをくれたわけだし収穫はあったとするさ。行くぜ、槍先」
「御意……」
 厳かに言う【VII】の大男。教室を出ていく二人。嵐が去ってしばし呆然とするクラスメイト。
 クラスメイトにとっては一難去った状況。けれど、確認しておかなければならない案件がある。
 阿加坂の告白を、周防が心から受け入れていたのか。阿加坂に告白されたときの周防の様子は変だった。告白されたから嬉し恥ずかしなんて表情ではなく、事務的に肯定しただけだったように思える。
 さらに言えば、阿加坂はきっとアルカナ使い。以上の点から立てられる仮説は――。
 周防、もしかして操られてなかったか?
 阿加坂が去ってから、周防は茫然とその場に立ち尽くしている。
「なあ周防、さっきの男の告白を本気で受けるのか?」
 訊いた。周防はブンブンと首を横に振る。
「嫌だ。あの人、怖いから嫌だ。そもそも名前すら知らない人だし」
 よろめきながら後ろずさる周防。表情には恐怖。過去に乱暴を働こうとした、元カレを思い出しているのかもしれない。
 マズイな。この件で男性恐怖症が、再び悪化方向に動くのは良くない。彼女の場合は、男性恐怖と同時に自己嫌悪も併発する可能性もある。更に困ったことには、彼女は自己嫌悪に陥ると、リストカットに手を出しかねない。最近は、手首は切っているという話はとんと聞いていない。再発させるのはあまりに惜しい。
「じゃあ、全面的にさっきの男子――阿加坂っていうんだけど――あいつが悪いって形でまとめておこう」
 周防が自罰思考に走る前に、他罰的に阿加坂を責め立ててしまおう。というか、実際にアイツが悪い。
 いきなりクラスに押し込んで、デリカシーなくコクるとは非常識な。すわ何事ですか、ぷんすかぷん。
 よし、この場は丸く収まった。収まったよな? 収まって下さい、お願いします。
「だったら、どうして周防さんは、彼の告白を受けたの?」
 女子の一人が疑問を口にする。ですよねぇ。当然、そこは不自然な点として残っちゃいますよね。
 さて、どうしたものかね。ここで誤魔化し方が下手だと、周防が尻軽女とか噂を立てられかねない。この件が火種になって、女子共の周防を見る目が、冷たくなるのは困る。
 男子からちやほやされる周防に、友好的でない感情を持っている女子もいる。女子の中での力学は、放射性物質の繊細さ。
 周防曰く、彼女自身は中学時代、女子からイジメを受けていたんだとか。イジメが原因でリストカット? 高校生なんだからやめてくれ。
 またため息を吐いた。深く深く、ため息を吐く。
 まさか、『阿加坂がアルカナ使いで、周防は操られていたのだ』と説明するのは愚策だ。
 アルカナ使いについて一般生徒に口外するのは禁則事項。そもそも、ちゃんと説明しても『アルカナ使い? 魔法? こんな時にふざけるな』となるのがオチだ。アルカナ使いの俺ですら、事実を受け入れるのにかなりの抵抗があったのだ。
 ならば、もっとも卑怯な手を使ってやろうじゃないか。
 気分は重たいが――。
 このクラス連中には、詐欺師・瀬田翔馬の被害者になってもらう。
「つまりさ、周防は俺たちクラスメイトに、変な被害が出るのを防いでくれたんだよ」
 まずは、結論からプレゼンテーション。これだけ聞いても意味不明だが、意味不明だからこそ意味がある。まずは、こっちの言葉に興味を持ってもらうことが目的だ。
「どういうことだ?」
 男子の一人が食いついてきた。はい、計画通り。
 アルゴリズムに従って、俺は用意しておいた言葉を紡ぐ。
「いきなり教室に来て告白だぜ。相手は、周防からすれば見ず知らずの男子。しかも、大声で気の触れたようなテンション。言ってみればストーカーみたいなもんだ。そんな相手をいきなり拒絶したら、どうなっていたと思う?」
 これらの言葉は、阿加坂が悪者だという印象を、周りに植え付けるのが目的だ。
「どうって、引き下がるんじゃないの?」
 平和ボケした女子が答える。俺は彼女の意見を否定した。
「それはどうかな? ニュースでもたまにやってるだろ、気の触れた奴が、大勢の真っただ中で大暴れってカンジの事件が。だからさ、あの時、周防が告白を断ってたら、さっきの男子は何をするのかわかったものじゃない」
 ニュースで報じられている事件と、周防への告白を近似させる。論理的には無理がある構造。けれど、人間はいつでも論理的思考できる動物ではない。むしろ、周防への告白はインパクト大。論理性を凍結させるには持ってこいの素材だ。
 幸運にも、男子の一人が、賛同してくれた。
「ありうる話だな。阿加坂って体育の時間でも一人で斜に構えてる変なヤツだし。いきなり、キレて暴れるとか全然ありうる」
 彼の言葉を端に発して、クラスメイトは口々に、
「確かに怖そうな人だったね」
「偉そうな態度で何様よ、ってカンジだった」
「まだ五月なのに脱色って、調子乗ってるよねえ」
 クラスメイトが口々に阿加坂批判。これもまた思惑通り。思考力と冷静な判断力が剥ぎ取られた、群集心理にありがちな変容を起こしてくれた。
 後ひと押し。
「だからさ、周防は自らを盾にして俺たちを守ってくれたんだ。一端告白を受けるフリをして、阿加坂を教室から退散させる。そこで、話し合いなり説得をするつもりだった。こう考えれば辻褄が合うだろう?」
 これで締めの言葉としたい。
 みんな、周防の方を一斉に向く。周防は三十人強の視線に、身を堅くする。しかし、そんな警戒はすぐに解かれることになる。
「周防さん、あたしたちのためにありがとうね。つらかったね、嘘だとしてもあんな危なそうな奴の告白を受けるなんて」
「え、そんな私は……」
 いきなりお礼を言われ、たじろぐ周防。
 彼女の困惑など意に介さず、男子共が、
「周防、俺感動したよ」
 とか、
「でも危ないから、今度からチーム男子を頼って欲しいな」
 とか、
「そうそう、次からは是非、この熊沢めを御指名下さい、レディ」
 とか、
「お前、これ見よがしに自己アピールしてんじゃねえ! 俺も俺も! 困ったら相談してね!」
 学年一の美姫に、大勢の騎士がついた。ゴッド・セイブ・ザ・クイーン。
「こら男子、あんたら下心見え見えよ! 周防は私たち女の子のものなんだからね」
「うわ、ガチレズですか、アンタ?」
「んなわけないでしょ!」
 最後の方は混沌としてきたが、険悪なムードは一切なし。揉めているというより、じゃれている。
 みんな仲よしなクラスを是非目指して欲しい。ムリヤリ持ち上げられて、モチベーションが墜落寸前の嘘つき学級長は思いました、まる。
 それにしても――
 阿加坂の魔法は要警戒だ。
 今後どう対策を講じるべきか、放課後魔法研究部で話し合う必要がある。今日は、相談事にはちょうどいい条件がそろっている。ヒノエ先輩だけでなく『一般的な魔法使い』も、部室に来る予定なのだ。
 しかも、アルカナ使いのカノジョを連れて。

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