アルカナ・ナラティブ/第4話/04

 放課後、俺と周防は魔法研究部の部室へと歩いていた。
 我が校には部室棟はない。代わりに体育館の一階が様々な部室が収納されているスペースになっている。また、本館と体育館の間には路地が通っており、その上に体育館と本館を繋ぐ渡り廊下が存在する。
 渡り廊下を歩いていた際に、
「すまなかった」
「ありがとう」
 同時に二人が口火を切った。謝罪したのが俺。感謝していたのが周防。
 暗い言葉と、明るい言葉が交差し、二人の間には奇妙な空気。
「私、翔馬に謝られるようなことされたっけ?」
 周防が首を傾げる。
「昼休み、嘘に巻き込んだ。それでクラス中から変な解釈されて困っただろ」
 謝れば許されるわけでないのは知っている。それでも、謝らずにはいられなかった。理由はきっと、自分の心持を軽くしたいから。……最低だ。
「そうだね、みんなが勝手に感動し始めたのには、正直戸惑った。でもね、私はそんなことより嬉しかったんだよ」
「何が?」
「翔馬が私のために嘘をついてくれたこと。翔馬には『嘘をつかないようにする』って信念がある。それを曲げてまで私を助けてくれた。翔馬が手を差し伸べてくれなかったら、私はみんなから冷たい目で見られるようになっていた。だから、ありがとうなんだよ」
 優しく微笑む周防。緩やかな曲線を描く口と目。
 嘘をついてよかった、と良からぬ考えが湧いてきたので強引に封殺する。
 俺は嘘をついてはいけない。俺の嘘はきっと人を不幸にする。
 俺の吐いた嘘は確かに周防を救った。だけど、それはあの場限りのことで、これからあの嘘が原因で、周防が苦境に巻き込まれないとどうして言える。そのことが、どうしょうもなく怖い。そうなったら、俺はどうやって周防に謝ればいい。
 程よく嘘をつくというバランス感覚がわからない。『やる』か『やらない』かのオール・オア・ナッシング思考。病んでいる。
 まともな環境で育ってないから仕方がない、と言えば気分は楽になる。自分の問題を人のせいにするのは甘美な味わいだ。だけど、それでは駄目なのだ。だって、それじゃいつまで経っても成長は望めない。
 いつものように、一人で勝手に懊悩。そんなことをしているうちに、魔法研究部の部室に到着。
 扉を開けた先には、既に先輩方が集合していた。
 部長のヒノエ先輩は、入って正面のソファに鎮座。今日も今日とて黒マントを着用。
 向かって右側のソファに男女が二人、並んで座っている。男子生徒の方は三年の水橋理音《みずはし・りおん》先輩。この部の幽霊部員で、『一般的な魔法使い』だ。
 女子生徒は初めて会う人だ。話には、水橋先輩はカノジョと来ると聞いていた。従って、彼女が水橋先輩のカノジョなのだろう。なのだが……
「よお、久しぶりだな二人とも。部活動でははじめまして。そんなところにつっ立ってないで座りな」
 軽く手を振って歓迎してくれる水橋先輩。
 促されて、向かって左側のソファにつく俺と周防。
 すると、水橋先輩のカノジョは、スマートフォンのボタンを操作。画面をこちらに提示。
 画面には、通常書体の活字が並んでいた。
『はじめまして、藤堂キズナです。【XI・力】のアルカナ使いです』
 声に出して言えば済む内容じゃない、それ?
 よっぽど照れ屋で、人前だと聞こえないほど小声になってしまうとか? いや、それはなさそうだ。彼女の表情には、俺たちに怯えたところはなく、向日葵のように朗らかな微笑み。
 藤堂キズナ。アルカナ使い研究書に載っていた名前にあった。アルカナ使い研究書とは、これまで存在したアルカナ使いの名前や魔法を記録してある資料だ。
 この人は、アルカナ使い研究書に書かれている人物。つまり、この学校の生徒で高校生。なのだが、やっぱり……。
 藤堂先輩は、とても可愛らしい外見をしている。とても小柄な体格で、幼さが残る顔立ち。背の高い水橋先輩の横に座っていると、なお小さく見える。水橋先輩のカノジョというより、妹と言われた方がしっくりくる。
「俺、最初に藤堂先輩を見たときに驚いたよ。どうして、中学生がいるんだろうってカンジで――」
 俺の言葉に、藤堂先輩は再びケータイを操作。その可愛らしさは、飴玉でもあげたくなるくらいだ。
 しかし、画面の中では、
『(#`Д´)』
 ……激しくお怒りでした。
 ヤベ、地雷を踏んでしまった。
 すると、水橋先輩は、怒れる少女の肩をポンポンと叩く。藤堂先輩が振り向くと、
「キズナ、向こうに悪意はなかったんだから許してやれ」
 独特の手振りを交えて、藤堂先輩を諌めてくれた。
 もしかして、水橋先輩の手振りって……手話? テレビで何度か見たことがあるが、それに近いものがあった。
 もしそうならば、藤堂先輩がわざわざケータイで言葉を伝えてくる理由は――
「藤堂先輩って、耳が不自由なのか?」
 思わず口をついたが、でも、本当に耳が聞こえないなら、口で言っても駄目だよな?
 これに藤堂先輩は、
『はい、私は生まれつき耳が聞こえません。けど、読唇術の心得はあるので、口の動きがわかるように喋っていただければ、話は大体通じます』
 読唇術、スゲエ。某漫画のスナイパーを彷彿とさせるぜ。……藤堂先輩は『俺の後ろに立つな』と言うキャラには全然見えないが。
「この学校、耳の不自由な生徒も受け入れてたんだな。初めて知った」
 この学校って懐が広いのか? 不登校だった生徒も結構入学できてるし。俺の場合も、小中が不登校だった件については学校側に相談している。詐欺師だった件は全力で隠したが。
『私が初めての試みですよ。いわば私は先駆者です。中学まで聾学校に通ってたから、いろいろと違う景色が見れて楽しいです』
 したり顔で胸を張る藤堂先輩。でも、外見が可愛らしいから、威圧感ゼロ。むしろ、子どもが背伸びしているみたいで、よけいに可愛らしい。こういうのが世にいう萌なのだろうか。
「キズナは努力家だからな。こうやって、のほほんと笑っているが、ここまで来るには相当な苦労もあった。授業は教師の口の動きと黒板に書かれていることで理解しようとするがわからないこともしばしば。唇が読めるといっても、日本語限定。英語の授業は苦闘の連続だぁぁぁイテェ」
 クールに語る水橋先輩の頬を、横からキズナ先輩がつねる。
『暗い話題は禁止ですヾ|≧_≦|〃 大体、悪いことばかりじゃないんですよ。私の至らないところを助けてくれる友達も沢山できました。何より水橋君が一番私を支えてくれているじゃないですか(^_^)』
「キズナ……」
 水橋先輩、照れる。照れ隠しに頭をポリポリ掻いているけどバレバレだ。
『ケータイや筆談器で日常会話をするのも私の個性です。顔文字を使ったり、()で脚注を入れるのは、普通はありえないから、中々面白いです。私の持ちネタですね』
「ポジディブなんだな」
『耳が聞こえないから自分は不幸だ~!! って喚いていても何も解決しませんから。それよりも、自分が置かれた状況で何ができるか考えた方が建設的です』
 その言葉は、まさに大アルカナの【力】を彷彿とさせる。
【力】のカードが意味する力とは、単なる腕力や暴力ではない。困難を克服しようという努力。何事にも怯まない強い意志。そういった、人としての本当の強さを示すカードなのだ。
 自分と対比すると、情けない気分が溢れてくる。身体的なハンデを持っている人が、これほど前向きなのに、俺は日々後ろ向き。ちゃんと人を信じられないところに、根本的な問題があるのは自覚している。自覚しているだけで、改善できないあたり、やっぱり情けない。
 放っておくと、自己嫌悪の無限ループに陥りかねない。俺は藤堂先輩に来てもらった本来の目的を片づけることで、自分を誤魔化す。
「魔法の名前を考えてくれてありがとう。すごく助かった」
 藤堂先輩に、こんな摩訶不思議空間に来てもらった本来の目的は、お礼を言うことだ。
 アルカナ使いの魔法には、それぞれ名前がつけられている。
 俺と周防の魔法に名前を授けてくれたのが、藤堂先輩だ。
『思いつき一辺倒なネーミングだったんですが、お二人の力になれたなら何よりです』
 謙遜する藤堂先輩。先ほどのポジティブシンキングに加えて、謙虚さまで持っているなんて、この人は完璧超人か? 水橋先輩、良い人見つけたなあ。
 ええ、助かりましたとも。この人がいなければ、俺と周防の魔法の名前は酸鼻を極めた。ヒノエ先輩により、雲をも突き抜けるほどにハイセンスなものになっていた。
「キズナ君のネーミングセンスは皆から好評だね。私も幾人かには提案したが、採用したのは天野だけだった。むう、私とキズナ君とでは何が違うのか、深い謎だ」
 横で聞いていたヒノエ先輩の眉間にしわが寄る。いや、アナタと藤堂先輩のネーミングセンスは天と地ほどの隔たりがあるから。あえて違いを挙げるならば、次元とかベクトルとか、数学的・哲学的思想の違いだ。
 というか、今の話からすると、天野先輩(三年生でハイテンションな変な人)の魔法は、ヒノエ先輩が名付け親なのか。アルカナ使い研究書を見る限りでは、ヒノエ先輩の関与はなさそうな名前だったが……。
 とか、平穏な空気の魔法研究部の部室。今日はこのまま、このメンバーでボーリングにでも行きたいなあ、と日和ったことを考えていた。
 ところが、そんな雰囲気をブチ壊しにする来訪者が現れやがったのだ。
「邪魔するぜ~」
 思わず『邪魔するなら帰って~』と返したくなる台詞だ。実は新喜劇が大好きです。
 下らない妄想は頭の隅に追いやって、来訪者の方に頭を向けた。
「お前がこんなところに何のようだ?」
 俺の言葉は意図せず棘のあるものとなった。
 条件反射的に、不快感が胃の腑から込み上げてくる。相手の顔を見ただけで、ムカつくのは自分としては珍しい。普段は感情なんて二の次にして、相手の観察と分析が先立つものなんだが。その理由としては、隣の周防が、怯えて身体を硬直させたことがあるかもしれない。
 俺が睨みつける先には一人の男子生徒――。
 今日の昼間に、我がクラスを散々な混乱に招き入れた阿加坂光栄が立っていた。

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