アルカナ・ナラティブ/第4話/05

「おいおい、友好的な態度とは言えねえな、瀬田翔馬」
 こちらの敵対的な様子に、阿加坂も目を細めた。部屋の空気が張り詰める。
 勢いで睨みつけてしまったが、次のアクションに困った。別に俺は喧嘩の腕が立つわけではない。さらに、阿加坂は正体不明の【魔法】を駆使する。状況は、こちらが圧倒的に不利。せめて、阿加坂の【魔法】についての情報が欲しい。
 一年生二人の一触即発の睨みあい。双方お互いの隙を窺うような構図。
「やめたまえ、二人とも。この部屋で暴れるのは堪忍してほしいな。で、今日はどのような用件かね。この魔法研究部に、君のような普通の生徒が来る理由があるとも思えんが?」
 知らない人間に対しては、かなり排他的な対応をするヒノエ先輩。これに阿加坂は、
「普通の生徒ねぇ。これを見ても、そんなナメた口聞けるかな?」
 制服の裾を捲くり、腹を出す阿加坂。それなりに鍛えられた腹筋が六つに割れている。雑誌に載っている筋トレマシーンの使用後の写真みたいだ。
 ま、ヤローの身体には興味はないがな。それよりも注目すべきは、阿加坂の右横腹。
 IV
【呪印】。これで彼がはっきりとアルカナ使いであると確定した。
「【IV】――【皇帝】のアルカナ使いか、君は」
 彼がアルカナ使いと知り、ヒノエ先輩は表情を緩める。しかし、いきなりの来訪者ということと、阿加坂の態度が尊大なためか若干の警戒を残している。その証拠に両手が堅く握りしめられている。
「らしいな。俺は槍先から聞いた」
「――槍先……悟《さとる》君かね。最近とんと会わんが、彼は元気にしているかね」
 槍先? 昼休みに阿加坂といた【VII】の大男か。
「まーな。つーか、今日はそんな世間話をしに来たんじゃねえよ。アルカナ使い研究書ってのがここにはあるんだろう? そいつを貰いに来た」
「そこまで悟君に聞いていたかね。だが、研究書は原則この部屋から持ち出し禁止だよ。この部屋での閲覧なら許可できるが」
「あん? ここで? イヤだね、かったるい。俺が欲しいって言ってるんだから、従うべきだろう」
 横暴な言い分に、聞いていて腹が立ってきた。こいつ何様のつもりだ?
「アルカナ使いは、一般生徒には秘匿されている存在だ。アルカナ使いについて書かれた書物は、極秘書類に等しい。故に持ち出しは禁止だ。了承できないなら、帰りたまえ」
 ヒノエ先輩は、断固として首を縦に振らない。それどころか、不快そうな目つき。眉間には深いシワ。普段の無表情がプラスマイナス・ゼロとすれば、マイナス二十はいっている。
「しゃーねーなー。丙火野江《ひのえ ひのえ》、アルカナ使い研究書を俺に渡せッ!」
 ――出た。
 例の無駄に大声の命令。
「……よかろう」
 ヒノエ先輩は一転、首を縦に振る。パソコンデスクの一番下の引き出しからA4サイズのファイルを取り出す。そして、それを持って阿加坂の方へと歩き始める。
 その様は、事前の設計通りに動く他ない自動人形。
「待てよ」
 俺はヒノエ先輩の腕を掴んで、無理矢理制止させる。
 ヒノエ先輩が正気じゃないのは目付きから明らか。目付きに覇気が感じられない。
 そもそも、この人は名字と名前が同じ読みの自分のフルネームを嫌悪している。つつかれただけでも激昂した前科持ちだ。なのに、大声で呼ばれて怒りを微塵も表出しないのは異常事態。
 ところがだ。
「受け取りたまえ」
 ヒノエ先輩は、研究書を阿加坂に向かって放り投げた。
「へへへ、まいどあり」
 研究書をしっかりと受け止める阿加坂。
 ヒノエ先輩は、それから少しの間うわの空だったが、やがて、
「はっ、私は一体?」
 顔から憑き物が落ちてゆく。
「――【オートマトン】。槍先は、俺の魔法をそう呼んでいた。激しく中二臭えけど、アルカナ使いの魔法ってみんなそうなの? ま、この研究書見ればすぐにわかるけどよ」
「待ちたまえ。本来なら、私のフルネームを口にしたものはブチ殺さねば気が済まん。しかし、今回に限り目をつぶろう。その対価として、君の魔法の詳細を伺いたいな」
 割と物騒な単語をちりばめながらも、ヒノエ先輩は口元を緩く湾曲させている。でも、その笑顔が逆に怖い。ヒノエ先輩の戦闘力ってどれくらいなものだろうか。未知数なのがまた怖い。
 阿加坂はつまらなそうに顔を歪める。侮蔑と嫌悪の提示。
「なに、お前らの目って節穴? 今のでわかんなかったの? ていうか、瀬田や周防は、これで何度も見ただろう」
 挑発に乗るのは本意ではないが、ナメられっぱなしなのも癪に障る。大人し目の草食系男子というキャラをかなぐり捨ててしまおうかと、本気で思案した。
「フルネームで呼んだ相手を命令に従わせる――。そんなところだろう。何度も発動してるのをみれば、阿呆でもわかる」
 再三に渡る阿加坂が魔法を行使している状況から察するに、そんなところが無難な解答。
「おー、正解正解。俺の魔法は『名前を呼んだ他者を、命令に従わせる』ことだ」
 阿加坂はわざとらしく拍手してくる。更に訊いてもいないのに、ぺらぺらと喋り出す。
「さらに言えば、相手を支配下に置ける時間は声の大きさに比例する。そこが一々面倒臭いところさ。命令一つするのも一苦労」
 肩をすくめながら、やれやれと首を振る阿加坂。
「わざわざ自分の魔法の弱点の説明、恐れ入るよ。よっぽど自信があるんだな――自分の魔法の性能に」
 今度はこちらが、挑発するように、皮肉交じりに言ってやった。
 挑発に挑発で返すのはガキの喧嘩のやり方だ。理屈では理解している。でも、それを理性で抑えられない。俺もどうしょうもなくガキだという証拠だ。
「俺が信じているのは魔法の性能じゃねえ。俺自身の実力だ。そこんところを勘違いするなカス野郎」
 自分を信じている――そこだけ抜粋すれば、まるでヒーロー物の主人公みたいな言い分だ。しかし、阿加坂の場合は質が違う。
 自信満々に振舞うヤツは二種類いる。一つ目は自分も他人も良しとするタイプ。こちらは得てして自信を下支えする下地があるものだ。もう一つのタイプは、自分は良いが、他人は駄目だと見下すタイプ。こちらの自信には大抵論拠も実績も無い。人を見下すことで、相対的に自分の価値を高めようと必死なのだ。
 阿加坂は十中八九、後者。
 だから俺は気に食わないのだ。
 人を見下したような態度を取る奴は、俺がもっとも嫌う人種だ。その理由を説明するのに精神分析なんて必要ない。
 理由は簡単。
 他人を見下し、自分こそが絶対と思っていた馬鹿――それはかつての俺なのだ。
 阿加坂を気に食わないのは、義憤からではない。倫理? 道徳? 何それ、美味しいの? そんな人間的な尊厳は生まれてこの方、一度たりともプログラミングされていない。あるのは嘘への恐怖だけ。
 俺が阿加坂に見ているのは過去の己の姿。
 幼稚な自己嫌悪。
 だから、俺はこいつの本当の意味での弱点を知っている。
 人の心には、想いが複雑に絡まり合っている部位がある。その部位は通常、決して刺激してはならない。刺激された人間は、往々にして感情の制御が効かなくなる。
 専門用語ではコンプレックスというらしい。
「虚勢はよせよ、弱虫ヤロー。真正面から人と向き合えない奴が【皇帝】だなんて、笑いのネタとして二流だぜ」
 阿加坂に言ったが、阿加坂だけに言ったのではない。同時に自分にも吐き捨てた言葉だった。
 皇帝、それは集団をまとめるもの。すなわちリーダー。
 この俺も、今日付けで学級長という皇帝《リーダー》に担ぎあげられた身の上だ。
 不安で、孤独で、押しつぶされそうだ。
 今なら、リストカットをしていた周防の気持ちが身に染みて分かる。不安は心を狂わせる猛毒だ。
 抱えきれない不安に襲われたならば、支えきれない重荷を背負わされたならば、誰かを攻撃せずにはいられない。
 周防の場合は、攻撃対象は自分だけだったので可愛げがあったといえる。
 俺の場合は、他者も巻き込んでいるのでタチが悪い。
 自爆行為の巻き沿いを食らった阿加坂には、お悔みを申しあげるしかない。もっとも、やっぱり阿加坂の横暴さは見過ごせないので謝罪の念は湧いてこない。
 俺の思い通りに、阿加坂の顔がみるみる赤くなっていき、握った拳が震えている。
 今日の瀬田翔馬は、三割増し(当社比)でブラックですよ?
 とはいえ……。
 さて、困ったぞ、と。
 これから先の阿加坂の言動は計算していない。
 コンプレックスを突かれていたのは俺も同じ。阿加坂の言動の一つ一つが、心の闇を突きまわす刺激物だったのだ。冷静な自己分析で、自分を律していたつもりだったけど猛る情動には敵いませんでした。
 渾身の一撃がクリティカルヒットしてしまった阿加坂は、しばしの閉口。部室内も沈黙してしまったので、阿加坂の鼻息が滑稽なほどに荒いのがわかる。
 キレて暴れ出したら面倒臭いなあ、とか考えていると彼はポケットからケータイを取りだした。
 薄ら寒く口元を歪めて。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする