アルカナ・ナラティブ/第4話/07

 俺が戻ると、さっそく阿加坂対策会議がしめやかに執り行われた。
「ご迷惑、おかけしました」
 第一声は周防のものだった。心底申し訳なさそうに言う。放っておいたら自害するんじゃないかと危惧してしまうほど沈んだ声。
 彼女の目は赤い。あれから散々泣きはらしたのだろう。男子からは美姫だとか、凛とし過ぎていて近寄りがたいとか評されるが、周防はどこにでもいる、普通の女の子だ。
 好きでもない男の前で、下着姿にひんむかれたら、泣きたくもなる。
「なぜ君が謝るのかね? 今回の一番の被害者は君だ」
 言ったのはヒノエ先輩。先輩は中央ソファに深く腰掛けていた。優しげで、どこか悲しげな表情。
「私がいたから阿加坂が好き勝手やって、キズナ先輩は蹴り飛ばされたりしたから。だから……」
 悲痛な叫び。自分だって下着姿を撮られて辛いだろうに、こいつは人の心配ばかりする。
 それは強さなのに、切ない。いや、強さだから、切ないのか。
『痛かったけど、私は大丈夫ですよ。身体の傷はいつか癒えます。だから、周防さんが心配すべきは自分です。あの男子が、撮影した映像を悪用したら、それこそことです』
 藤堂先輩のスマートフォンには、慈愛の文字。聖母の微笑みがそこにあった。
 世界平和の象徴にしてもいいであろう藤堂先輩。さりとて、隣には、対極的な悪鬼が鎮座していた。
「コロス、コロス、あのクソガキ、マジコロス……」
 水橋先輩である。周囲の空気を五度は下げそうな冷たいオーラに包まれていた。必要とあれば大戦争も辞さない彼の怒りは、まあしかたがない。自分のカノジョに暴力を加えられたのだから。
 それを横目でちらりと見た藤堂先輩は、暴走寸前のカレシを優しく抱きしめた。次第に水橋先輩から剣呑な雰囲気が中和されていく。
「大丈夫だ。無茶な真似はしないよ」
 口を大きく動かしながら言うと、水橋先輩は藤堂先輩を抱き返す。
 愛の力、恐るべし。
「コホン。君たちがこの学園一のベストカップルであるのはよくわかった。リア充は爆発したまえ。なので、話を進めていいかね?」
 咳払いをし、ラブラブな二人に訊くヒノエ先輩。あれ? 途中にどす黒い嫉妬みたいな台詞ありませんでした?
「構わん。あのクソガキをしめる方法について討議しよう」
 姿勢を正しながら、水橋先輩は答える。ファイティングスピリットに満ち満ちたお言葉。藤堂先輩に抱きしめられただけでは、彼の怒りは収まらないようだ。
「問題なのは、阿加坂の魔法だな。名前を呼んだだけで、命令に従わせるって、反則過ぎないか?」
 と俺。アルカナ使いの魔法は、基本的に効果が微妙だ。そんな中にあって、阿加坂の魔法は利便性が効きすぎだ。
「別にアルカナ使いの魔法イコール微妙な使い勝手、という図式はねえけどな。ただ、便利すぎる魔法は、アルカナ使いの心を侵食しうる。好き勝手やれる力も手に入れたら、実際に好き勝手やりたがるのが人情。それでも、自分を律することができるヤツもいるけど、阿加坂は違うみたいだな。自分の力を、際限なく利用し尽くすタイプのアルカナ使いだ、あれは」
 辟易とした表情で、水橋先輩は言う。
「俺はてっきり、アルカナ使いはみんなが、自分の使える魔法を重荷にしてると思ってたよ。煌先輩も、最初の頃は他人の幸福度がわかるのが辛いって言ってたし」
 煌先輩とは【女帝】のアルカナ使いで、魔法の効果は『他人の幸福度と幸福の限界がわかる』こと。そんな、一見ショボい魔法でさえ、乗り越えるまでは当人にとっては重圧たりうる。アルカナ使いの魔法は、個人の心のわだかまりに通じているものが多いからだ。
 俺の魔法だってそうだ。詐欺やペテンから足を洗いたいのに、魔法効果が自分の姿形を偽ること。『誰も傷つけたくないんだ』と言いながら帯刀しているようなもの。暴走しないためには、相応の覚悟と自制心が必要だ。
「重荷と思ってるヤツが多数派だよ。むしろ、さっきのガキみたいに、ふっきれた使い方してるのは珍しいタイプだ。あるいは、重荷に耐えかねて、暴走しちまってるだけかもしれないけどな。ていうか、そんなのどうでもいいし。どうやったら、ヤツを景気よく張り倒せるかが問題だ」
 一度火がつくと、意外と冷めにくいな、この人。それとも愛するカノジョが暴力の被害を受けると、男って皆が皆こうなるものなのか。実年齢とカノジョいない歴がイコールな俺にはわからない話だ。
「要するに、あの魔法さえ封じ込めればいいわけだろう。だったら、耳栓でもして応戦すれば解決なんじゃないのか?」
 誰にでも思いつきそうなアイデアを提案。ところが水橋先輩は渋い顔。
「それはどうだろうな。あのガキの魔法に、相手の名前を呼ぶ必要があるという制約があるのが気になる。たとえば、『ゲド戦記』などのファンタジー作品、あるいは神話などで名前は魔法や呪いの発動にカギになる。『名前を呼ぶ』とはその人物やモノの魂に直接うったえる作用があるんだ。だから、ヤツの魔法が魂を掌握する性質のものなら、耳を塞ぐことが有効とは思えないな」
 やけに魔法に関して含蓄のある水橋先輩。一般的な魔法使いとヒノエ先輩が評していたのが思い出される。
 今までヒノエ先輩の言葉を疑っていた。しかし、ここまで堂々とした水橋先輩の解説を聞くと、彼が一般的な魔法使いであると認めたくなる。
 もっとも、元詐欺師の習性で、非合理・非科学的なものはすんなりと受け入れられない自分もいる。俺に嘘を吐いて、ヒノエ先輩に得はないだろうから、素直に納得すればいいのに頭で考えてしまう。考えれば、ちゃんと結論が出るという信念は長所か短所か。
 世の中には、思考を停止してしまった方が、かえって上手く回ることなんてざらにある。とか理屈でわかっているつもりなのに、思考停止はしたくない。疑い出したらきりがないが、これが自分だと割り切るしない。よって、水橋先輩が『一般的な魔法使い』という意見は白でも黒でもなくグレー。
『考えるな、感じろ』は、俺にとって無縁の言葉である。
 とはいえ、水橋先輩の意見まで全面否定するわけではない。
 相手が魔法という、非日常の具現である以上は、多くの視点を持っていて損はない。
「だったら、どうやって阿加坂のケータイを没収しよう」
 論点にすべきはそこである。阿加坂の調子に乗った態度は気に食わないが、この際目をつむる。
 第一優先事項は、周防の下着姿を撮ったムービーの削除だ。そのためには、当然、阿加坂からケータイを取り上げる必要がある。
「手っ取り早く闇打ち。問題は、いつ、どこで襲撃するかだ」
 水橋先輩の中では闇打ちは決定事項らしく、すでに彼の中ではその段取りが問題になっている。しかも、無表情で淡々と言ってくる。笑顔で言われても嫌だが、事務作業みたいな顔をされても反応に困る。
 とはいえ、水橋先輩の意見には賛成だ。相手に喋るスキを当たるのが危険なのだから、闇打ちがベストな手段。
 平和的に話し合いで解決というのはない。
 うん、ない。調子づいている阿加坂に情けは無用。先に手を出してきたのは向こうだから、まあいいだろう。
 法的、倫理的、道徳的観点からはアウトなんだが、緊急時はそんなものは知らん。真人間になりたいが、そのために周防を見捨てるなどできるわけがない。
 とかいうと、まるで正義の味方みたいだが、実際は違う。ただ、責任を感じているだけだ。俺が阿加坂を逆上させたから、あいつは逆上して周防を標的にした。
 もしかしたら、昼間の告白が上手くいかなかった腹いせの意味もあったのかもしれない。でも、きっかけをつくってしまったのは俺。
 俺が原因で、誰かが罪もない誰かが犠牲になるのは許せない。
 それは贖罪。
 俺がこの先、一生背負ってゆくべき決定事項。
 決意を胸に、阿加坂闇打ちの計画の骨子を練り始めようとした。
 そのとき、俺のケータイがバイブする。
 折り畳み式のケータイを開いて、画面を見ると見慣れない番号。
「もしもし」
 電話に出る。
『ハローハロー。さっきはどうもね~』
 嫌味なまでに陽気な声には、聞きおぼえがあった。
「その声は阿加坂……。どうして俺の番号を?」
『さっき、お前のクラスメイトとっ捕まえて、聞きだした。いやぁ、魔法って便利だよな、マジで』
「わざわざ魔法を使ってまで、俺に何の用だ?」
『さっき俺がとった周防、あれバラまかれたら周防はさぞ傷つくだろうな。おっと、勘違いするな? あんなお宝映像をただでバラまくほど、俺は人が良くない。むしろ、周防は惚れた女なわけで、誰が他の男の邪な目にさらしてやるかよって話だ』
 いけしゃあしゃあと阿加坂は言う。他の男に見られたくないなら、わざわざ部室で脱がす必要もなかっただろう。俺と水橋先輩がいたのだから。
 矛盾した阿加坂の物言いだったが、話がこじれるだけなので反論はしない。
「そいつは紳士的だな。で、お前はあのムービーをどうするつもりだ?」
『んー、別に? 抑止力として使わせてもらうまでだ。今後、お前が調子に乗ったことを言い出したらバラまく。お前のせいで周防は傷つく。周防の下着姿は下品な男どものオカズになるんだぜ。傑作だよなあ』
「是非やめてもらいたいな。ていうか、とっとと削除しろよ」
『さっきからテメエ偉そうな口の聞き方してるな。口の聞き方には気をつけろよ。逆上した俺が、うっかり、ムービーをバラまいたりしたら、どうするつもりだ?』
 クソが。
 握った弱みをしっかりと利用してやがる。
「OK。わかりました。周防のムービーを消していただけませんか」
『そうそう、謙虚な態度って大事だよなあ。んん? さてさて、どうしたもんかね。んじゃあ、消す代わりに条件をつけよう。明日の昼十二時に、駅の北口出たところにある廃ビルに来い。それが条件だ』
「そちら様は恐いお友達を連れて、俺をボコろうって腹積もりですか」
『さあ、どうだろうなあ。いいぜ、一人で来るのが怖かったら、お前のクラスの男子を呼ぶのだけは許してやるよ。つっても、体育の時間に一緒の連中だから、五組男子の顔と名前は一致してるがな。もし、それ以外のヤツを一人でも連れて来やがったら、即座に周防のムービーは公開な。ハハハハハ!』
 悪意に満ちた嘲笑とともに、電話は切れた。
 通話中は冷静足らんと努めていた俺だったが、内心では沸騰寸前。
「クソヤロウが……!」
 ケータイをギリギリと握りしめながら、俺は吠えた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 阿加坂の電話の内容をみんなに説明すると、しばし黙り込んでしまった。
 そんな気まずいムードの中、沈黙を割いたのは周防だった。
「絶対に翔馬を陥れるための罠だね。……私一人がいくよ。翔馬が行く必要なんてない」
 とんでもないことを言い出した。この子は、自分の言っていることの意味がわかっているのだろうか。
「バカ、そんなことさせられるわけないだろう。女の子一人を、どんな危険が待ってるかしれない場所に送り込めるかよ!」
 俺は叫んでいた。周防の考えはあまりに無謀すぎる。
「だったら、翔馬が一人で阿加坂の罠の中に飛び込むっていうの!? 私はそんなの認められない」
 元から鋭い眼光を、なお鋭くして、周防は主張してきた。普段は大人しい周防の激しい言い分に、幾分か俺はたじろいだ。
 でも、ここで引いたら男がすたる。……元々、俺に男気があったかは甚だ疑問だが。
「だからって、周防一人は危険すぎる。沢山の男に襲われるかもしれないんだぜ? 名壁みたいな連中がゴロゴロいるかもしれない。そんな可能性があるのに、むざむざ一人で行かせられるかよ」
 わざと周防のトラウマを抉るように言ってやった。名壁とは、周防に暴行未遂を加えた、彼女の元カレだ。
 周防は、一瞬身を強張らせるが、
「それでも、私は翔馬が酷い目に遭うなんて嫌だ。私のせいでそんなことになるんなんて、もっと嫌だ!」
 力強く言い切った。一切の弱々しさがない。
 参った。お互いが感情をぶつけ合っていたら、きっと俺が負ける。男は感情で女性に勝てないと聞く。なるほど納得だ。
 というわけで、軌道修正。
「冷静になろうぜ、周防。阿加坂は、とにかく俺が気に食わないんだ。ここで、周防が出ていくと、余計に話がこじれるんだ」
「どうして。阿加坂は私を狙ってるんだよ?」
「うん、それも事実だ。あいつは周防に妙に執着してやがる。それは認めよう。でも、それと、今回俺が呼び出された件は別だ。阿加坂が俺を呼びだしたのは、俺に腹いせがしたいからなんだ。阿加坂のコンプレックスを突くような発言をしたのは、あくまで俺だからな。なら、俺が責任を取るのが筋ってもんだし、そっちの方が丸く収まる。周防が行くとかえって、阿加坂を刺激しかねない。『せっかく瀬田翔馬に仕返しをしてやろうとしていたのに、女を寄こすとは何事か!』みたいなカンジで」
「うーん、そういうものなのかなあ。でも……」
「でも?」
 意地悪く訊いてやった。周防は、『でも』の続きの言葉を紡ぐことができない。
 とどめと言わんばかりに、付け加えた。
「土下座だろうが土下寝だろうが、いくらでもしてやるよ。頭は使うか、下げるかくらいしか使い道ってないし」
 ……焼き土下座だったらちょっと考えるけど。
 得心いかない顔の周防は、首を縦に振ってくれない。意外と強情だな。
「それにさ、クラスのみんなから好かれてる周防より、やっぱり俺が行った方が良いわけだよ。だって、俺は、みんなが拒否していた学級長に、無理矢理吊るしあげられるほど、クラスのつまはじきものだぜ? どっちの命が重いかなんて、天秤にかける必要もないだろうよ」
 自虐的に肩をすくめて見せた。
 周防は俯きながら、
「そんなこと……ない」
 と言った。
「気休めはいいよ」
「気休めなんかじゃないよ……。もういい。翔馬の勝手にすればいい」
「ああ、勝手にするさ」
 これは俺の勝ち、なんだよな。
 最後はガキの喧嘩みたいになってしまったが、周防から引き出したい言葉は引き出せた。
「結論は出たようだね。では、明日は翔馬君が存分に好き勝手するという方向で話を進めよう。その代わり、我々も出来る限り裏でバックアップさせてもらう。これでいいかね」
 ヒノエ先輩は言うが、バックアップ?
「なにを企んでるんだ?」
「企みというほどではないよ。後輩が死地に向かおうとしているならば、可能な限り援護するのは先輩の義務だとは思わんかね?」
 ヒノエ先輩は、どこか超然とした笑顔で言ってみせた。

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