アルカナ・ナラティブ/第4話/08

 選択できるコマンドが『土下座』だけなのが情けない。『土下寝』も捨てがたいが、相手が元ネタを知っているかが不安なのでコマンド封印。リミット技に『焼き土下座』も加えているが、機材がないとできないしなあ、アレ。
 世間様がゴールデンウィークで浮かれている初日の昼下がり、俺は学校最寄駅の北にある廃ビルを訪れていた。
 ビルといっても四階建ての建物で、現在俺は四階にいる。室内の内装は荒れに荒れていた。床には酒瓶や空き缶が散らばり、壁には卑猥だったり、稚拙だったりする落書きがされている。きっと、夜になれば、ガラの悪い連中の溜まり場になっているのだろう。そして、そういった連中は学力不足であるとみた。壁の落書きの中に、
 ――特攻隊福体長・芝姫参上
 とかある。
『福体長』ってなんだろう。『副隊長』の間違いではないだろうか。それとも、芝姫さんはガチで恵まれた体格(=福体長)な人なのかな?
 いやー、日本語って難しいですね。
 などと決行余裕の俺。こんな調子なのは、阿加坂がビルのどこにもいないからだ。
 約束の十二時を過ぎているのに、彼の姿が見当たらない。
 わざと遅れて、敵の平常心をかき乱す宮本武蔵的な戦法かしらん。……違うだろうな。だって、あっちの方が圧倒的に有利な魔法を持っているんだから。
 ついでに言えば、あいつが俺に恐れをなして逃げるとは思えない。待ってればいつかはくるだろう。
 んで、五分くらいしてから御当人登場。
 連れているのは【VII】の大男、槍先一人だけ。
 てっきり、阿加坂軍団なるものを引っ提げての登場かと思っていたので拍子抜けだ。
「待たせたな。お前がこのビルに、誰かを潜ませてないか確認してたら、遅くなった」
 阿加坂は、チェシャ猫みたいにニタニタしながら言う。
「クラスの連中に迷惑かけるわけにもいかないから、こっちは一人だよ」
「そいつは殊勝な心がけだ。俺はどっちかつーと、お前のクラスメイト共々ボコボコにしてやりたかったんだがな」
 フン、と鼻を鳴らす阿加坂。虚勢ではなく、本気でうちのクラスの男子全員とやりあうつもりだったようだ。
 無謀ともとれるが、阿加坂の魔法は上手く使えば、集団を混乱させるに足る効果がある。自信満々な様子の阿加坂を見るに、クラスメイトは連れてこなくて正解だった。
「お前さあ、何が目的でこんなことをしてるわけ? 俺一人ボコっても、大してメリットがあるとは思えないんだけど?」
「俺は【皇帝】だぜ? だったらやるべきことはたった一つ。支配だよ。目につく馬鹿どもを、阿加坂光栄の名の元に支配し尽くさなければ気が済まないんだよ」
 阿加坂の瞳が、この世の全てを睨めつけるかのごとく、途端冷たいものへと変化する。
「世界征服でもする気か? やめとけって。きっとああいうのって、コストだけかかって、大して面白くもないだろうから」
『支配』というのが甘美な響きなのは認めよう。俺自身も投資詐欺組織を支配していた経験がある。あのときは、確かに得も言われぬ快感があった。自分を中心に、自分より格下の連中が無様に踊る。それを上から見ているのは胸がすくような気持だった。
 でも、支配ってのは、いつかは瓦解するものだ。専制的なシステムは、どうしてもその構造に欠陥を孕まざるを得ず、小さなヒビから、崩壊する運命にある。
『支配』という行為に失敗した先輩として、これが精一杯の阿加坂へのアドバイス。なんだが、聞いてくれないだろうな。現状、阿加坂は俺よりも優位にいると思っているわけだし、誰が下の者の話を聞くかって話だ。
「世界征服? そこまで大それたことはしない。ただ、今は支配だ。俺を馬鹿にしてきた連中を見返さなければならない」
「馬鹿にしてきた連中?」
「そうだ。……俺は中学の頃はスクールカーストでも下の方に位置していてなあ。つまらない日々だった。クソみたいな日々だった。スクールカースト上位の連中の顔色を窺う毎日。報われない日常。友達もいない。カノジョなんてもっての他。誰もかもが俺を馬鹿にしていて笑ってやがった。いまでも、同じ中学から、同じ高校に上がってきた連中は俺を見下すような目で見てきやがる」
 ふつふつとわき出す怒りに身を震わせながら阿加坂は言う。
「それと周防と何の関係があるんだ。お前を馬鹿にした連中見返したいなら、直接手を下せばいいじゃないか」
「俺を馬鹿にしてきた連中には制裁を加えている。しかし、それだけでは足らないんだよ。腹の虫がおさまらないんだよ! ならばこそ、学年一の美少女と名高い周防を手籠にして、周りの連中に俺が優れた存在だと知らしめねばならない! 俺の邪魔をしたお前を血祭りに上げて、俺に逆らうことがいかに無意味かを思い知らせねばならない!」
 朗々と演説するが、雑な理論で反吐が出る。
「……ふざけるな。それじゃあ、お前は周防を自分の見栄のために、道具として手出ししようとしてたってことかよ!」
 ここが交渉の場であることを忘れて叫んでいた。阿加坂の言い分が、あまりにも耳障りだったからだ。
「いかにも。俺を馬鹿にした連中もさぞ悔しがるだろうよ。俺が周防と寝たと知ったら。だから、お前はここでボコボコになって、周防をおびき出すためのエサになってもらう」
「なんだと?」
「お前は周防と仲が良さそうだからなあ。だったら、お前を人質にとれば、周防だってここにくるだろうよ」
「ずいぶんと、回りくどい真似するな。なら、最初から俺じゃなく、周防を一人でこさせれば済む話だっただろう」
「それだけでは、お前に対する報復にならんだろう。まずは、お前に私刑を加えるのを前菜として楽しむ。然る後に、周防を呼び出し、貴様の前で手籠にする。二重の楽しみがそこにはあるわけだ」
 なんて外道な。最初から、交渉の余地はなかったわけかよ。
 自分の認識の甘さに歯を軋ませる。
 どうする?
 この状況を勝利の方程式に代入すると『解なし』という素敵に無様な解答をはじき出されること受け合い。
 かといって抵抗しないで負けを認めるのも男として駄目すぎる。
 論理的結論。
 ――精一杯足掻いて見せろ!
 俺は拳を握ると、力いっぱい地を蹴って、阿加坂に向かって突進していった。
 とはいえ、距離にして五メートルはある。そこから導き出される結論は、
「瀬田翔馬、動くな!」
 俺の拳が届く前に、魔法により俺の動きを阿加坂が封じる。
 全身が硬直。阿加坂まであと一メートルのところで、一歩も動けなくなってしまった。
 もっとも、それでなくても俺には殴り合いのスキルなんて、大して備わっていない。詐欺師時代は頭脳労働メイン。高校に入ってからは、割と平穏な日常。腕っ節が強くなる理由がどこにも見当たらない。
 だが、そんな戦闘能力ゼロの人間に阿加坂は容赦しなかった。
「図に乗るなよ、クソが!」
 ガラ空きの鳩尾に、痛烈なボディブロウを浴びせてくる阿加坂。
「ガハッ……」
 クリーンヒット極まりない攻撃に、俺は胃の内用物を吐瀉する。しかし、『動くな』という命令がまだ効いているため、地面に倒れることすらできない。
「瀬田翔馬、まだ動くな」
 魔法を重ねがけして、再び俺にラッシュを掛けてくる阿加坂。なされるがままに、フルボッコにされるしかない俺。
 最早サンドバック。しかし、意識を飛ばすわけにはいかない。それはつまり敗北を意味し、反撃のチャンスを失うことをも意味する。
 反撃のチャンスがあるとすれば、阿加坂が一通り俺をボコボコにして、気が済み油断した一瞬。その一瞬に、阿加坂と槍先の隙をついて、まず阿加坂を昏倒させるしか方法がない。
 殴り合いの喧嘩なんて皆無に等しい俺が、そんな都合のいい展開に運べる可能性は薄い。だけど、気持ちで負けたら、可能性はゼロまで落ち込んでしまう。
 俺をタコ殴りにしてくる阿加坂を見据え、隙が生じるまでただ耐える。
 しかし、そんな俺の耐久姿勢は、突然に打ち壊される。
「そこまでだ! うちの学級長から手を引いてもらおうか!」
 がらんどうのビルのフロアに、堂々とした声が響いた。
 何事かと、阿加坂と槍先は振り返りフロアの入り口を確認。
 そこにいたのは人数にして十人強。
 うちのクラスの男子どもが、手にバットや角材などの武器を持って一斉に押しかけていた。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする