アルカナ・ナラティブ/第4話/09

「よう、学級長。こんな危ない橋渡るのに、俺らに相談なしとは、ちと一人で抱え込み過ぎじゃねえか?」
 突如フロアに現れた男子クラスメイト一団の一人が、一歩前に出て言った。本名は熊沢で、渾名は『軍曹』。渾名に恥じず、大柄な男子だ。
「どうしてお前らがここにいるんだ?」
 阿加坂の魔法が解けた俺は訊いた。腹に受けた打撃から昏倒したいが、そこは根性でカバー。『賢くスマートに』が座右の銘である俺が、根性論に走ろうとは思わなんだ。ひょっとしたら、仲間が来てくれた影響でドーパミンがどばどば放出されているのかもしれない。だとしたらナイス判断、マイ脳細胞。
「周防から昨日メールが着たんだよ。今日の十二時から、ここで翔馬が阿加坂と戦うから協力してくれって。なんでも、阿加坂が周防の脱衣シーンを盗撮してバラ巻きかねん状況らしいな。我がクラスの姫君の危機とあったら、そりゃ男どもは今日の予定を蹴ってでも参戦するぜ。相手が阿加坂なら、みんなで囲めば勝てそうな相手だしな」
 そう言ったのは『軍曹』のみならず、他の連中も阿加坂と槍先を睨みつけている。
 うちのクラスって、武闘派なヤツが多いんだな。初めて知った。運動部に所属しているヤツが多いのが原因か? と真面目にスポーティな青春を送っている人々に失礼な推測をしてみる。
「つーわけだ、阿加坂と、そのツレの誰かさん。謝るなら今のうちだ。泣きながら土下座すれば、見逃してやっても構わんぜ?」
 軍曹は手に持った木製バットを、まるで予告ホームランみたいな形で突き出して、阿加坂に宣言する。
 ところが、阿加坂は怯まない。それどころか――
「熊沢雄一、クラスメイトの山田を攻撃せよッ!」
 と命令を下す。
「え?」
『軍曹』はきょとんとするが、表情と行動は一致しない。手に持ったバットでクラスメイトの一人への攻撃行動に出ていた。脳天を叩き割る勢いで上段の構えからバットを振りかぶる。
「ちょ、おま……何しやがる!」
 攻撃を受けたクラスメイトは間一髪、持っていた角材で『軍曹』の一撃を防いだ。
 しかし、軍曹の攻撃はそれだけでは終わらない。
 今度はバットで山田を横薙ぎにする。山田は辛くもこれを防ぐ。その後も阿加坂の命令通りに軍曹は凶行の手を止められない。
「ハハハ、なんだテメエら、仲間割れか?」
 いけしゃあしゃあと阿加坂は嘲笑う。
 マズイ。俺がクラスメイトに声を掛けなかったのは、こういう事態を想定していたからだ。つまり、阿加坂の魔法でクラスメイトが操られたら、数なんて関係ないのだ。
 俺を心配して、こいつらを呼んだ周防の気遣いには感謝だが、もうちょっと相手の打つ手を予測して欲しかった。
 男子クラスメイトを見る。せめて、今日ここにいないヤツがいれば救いなのだが……。
 数えてみると、男子メンバー全員より一人足りない。誰だろうと考えていると、最後の一人がフロアにやってきた。
「犬養、遅いぞ! 早く、阿加坂をシメちまえ!」
 魔法が解けてぜいぜいと息を切らしながら、『軍曹』は言った。
『軍曹』だけでなく、他のメンバーも、
「行け、犬養!」
「格好良く決めろよ、犬養!」
「よく来た、犬養!」
 とか叫んでいる。
 そうだそうだ、最初にフロアに来たメンバーで足りないのは『少佐』こと犬養だ。
 ただ、どうしてみんなが犬養と連呼するのかが、よくわからない。これではまるで最終兵器みたいな扱いだ。
 でも、俺の中での犬養のイメージは、華奢な少年で、喧嘩が強いとは到底思えない。
 それに、今現在の犬養の格好も疑問だ。
 手には木刀を携えている。それはいい。武装は大事だ。
 問題は衣装だ。
 首から下は、うちの学校の体育用のジャージで、胸元には『犬養』の刺繍がしてある。
 にもかかわらず、首から上は暗殺者みたいだった。頭には黒のバンダナを巻き、口元は銀行強盗みたいにスカーフで巻かれている。
 正体を隠したいんだか、大っぴらに『俺は犬養だ』と言いたいのか、コンセプトとして破綻している。
 ヒーローのなり損ないみたいで、ちょいと格好がつかない。
 だが、そんな間抜けた外見とは相反する様相を犬養は見せた。
 地を蹴った後の犬養は疾風迅雷。阿加坂が何かの命令を下そうとするが、犬養の剣技は、阿加坂の舌の回りを凌駕していた。
 阿加坂の腹を刺突するコースにあった木刀。阿加坂が致命傷を受けるのも数秒先の未来と思われた。
 その瞬間。
「フンッ!」
 阿加坂の隣にいた槍先が、木刀を横から蹴飛ばして、切っ先の軌道を変化させた。
 木刀は阿加坂から逸れるが、突進途中の犬養は勢いを殺せず、結果、阿加坂から少しずれた虚空に身をゆだねることとなる。
 半ば虚を突かれるように、槍先に背後を見せる形になる犬養。その隙を見逃すことなく、槍先は犬養の背面を殴打しようと拳を握る。
「ハァッ!」
 吐き出された気合と共に、渾身の拳が犬養を襲う。しかし、犬養の反応は常人のそれではなかった。
 くるりと身を半回転させると、両手で木刀を構えて、刀身で拳を防御する。木刀をたたき折りそうな勢いの打撃だったが、木刀はわずかにたわむのみ。素人目にはわからないが、刀身に加わる衝撃を上手く逃がしているのかもしれない。
 というか、犬養が強すぎる!
 アイツ、今までこんな戦闘力を隠していたのかと、味方なのに俺が混乱。
 一対一の交戦では、犬養が槍先を押していた。犬養の剣戟に対して、槍先はただ防御と回避に回るしかない。
 まるで一つの完成した舞踊のような典雅さで、踊り狂う二人。いつまでも眺めていたい気分にさえなってくる。
 しかし、そんな二人に水をさす愚か者がいた。
「犬養仁、動くな!」
 阿加坂が絶対命令を吠えた。
 ここまで来ると『それしか言えないのかよ』と白けたくもなる。しかし、これは勝負であって、そのためには阿加坂も手段を選ぶ余裕がないのだろう。
 だが、阿加坂の魔法は、勝敗を決する決定打にはならなかった。
 なぜなら、命令を下されてもなお、犬養は動いていた。
 ちなみに犬養の下の名前は『仁《ひとし》』であっている。
 にもかかわらず、犬養はその舞いをやめない。それどころか、犬養が停止するだろうと高を括っていた槍先は、唐突な事態に対応しきれない。したたかに、一撃を腹部にくらってよろめく。阿加坂、槍先共に動揺している。味方である俺も同様だ。
 阿加坂の魔法回避のカラクリがわからず、俺は犬養を観察する。
 ようやく、“犬養”へ違和感を抱く。
 違和感の正体は“犬養”の目だった。
 眼光は鋭い。まるで氷雪に反射する光芒のごとく。
 ……俺の知ってる犬養とは、別人の目つきだ。戦闘態勢に入ったから変わりました、では説明になっていない。それぐらい違う。
 俺は、今の“犬養”と同じ眼差しをしている人間を知っていた。何度も、何度もその瞳が美しいと思った人物だ。
 そいつの名前は周防氷華梨。
 凛々しい目付きが特徴の、剣道部に所属する俺の親友。
 なんてこった、あのヤロー。危ないから家で待ってなさいって、昨日言ったじゃないか。
 ところが彼女は、家で泣き寝入りなんかしてくれなかったらしい。
 槍先と戦っている“犬養”は犬養でない。中身がすり替えられている。
 あれは周防だ。
 だから、阿加坂がいくら『犬養仁』に命令しても、効果は現れないのだ。
 そうとも知らずに阿加坂は、再び「犬養仁、動くな!」と必死になって命令する。当然、そんなものは無効だ。
 だが、この作戦を知っているのは周防だけではないはずだ。
 俺の後ろではクラスメイトが、
「いけ~、犬養!」
 と声援を飛ばしている。
 半ばいじわるく笑いながら。さらに言えば、そもそも周防は犬養の体育用ジャージを着ている。
 俺以外の五組メンバーは、この作戦を事前に知らされていたのだろう。
 この嘘つきどもめ。
 元ではあるが、大犯罪者扱いされた詐欺師をも騙すとは大した連中だ。
 というか、やるんなら周防も俺に相談してくれればいいのに。……と考えたが、それではダメだ。
 周防は何より俺が嘘をつくのを嫌っているのを知っている。俺に相談するということは、俺にも一緒に嘘をついてくれ、というようなもの。俺にとって、それは辛い。
 そんな俺のヘタレ具合も考慮して、周防はこの作戦を立案したのだ。
 更に言えば、この作戦を実行するためにはクラス男子を呼び出したり、詳細な指示を出さなければならない。つい一カ月前まで男性恐怖症だったのに、ずいぶんと無理をする。
 周防は自分の心の闇と戦い、そして勝ったのだ。
 まったく、最高のオンナだよ、お前。いや、皮肉ではなく本当に。

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