アルカナ・ナラティブ/第4話/10

 さて、と。
 周防が槍先を引き受けてくれるなら、敵大将は俺が仕留めるのが礼儀ってもんだよな。
 俺は両手で耳を塞ぎながら、阿加坂に近づく。
「う、動くな! 瀬田翔馬は動くな!」
 犬養に扮した周防に魔法が効かないためか、半ば恐慌状態で命令してくる阿加坂。声が震えている。
 と、そんな分析ができるということは、耳を塞いでいても意味がないらしい。
 水橋先輩が言っていた『相手の名前を使う魔法は魂に響くもの』理論は正しかったようだ。
 全然、動こうという気が湧いてこない。
「ハハハ、だよなあ。俺の魔法はちゃんと効いているよなあ」
 安堵から肩に張った力を抜く阿加坂。再びボディブロウを浴びせてくるかと覚悟したが、そうはしなかった。
 阿加坂は自慢げに語り始める。
「俺の魔法は言ってみれば、弾丸のようなもの。相手の名前を呼ぶことにより照準をセット。言葉をトリガーとして、絶対命令で相手を撃ちぬく力! これが【オートマトン】! 『名前を呼んだ他者を、命令に従わせる』魔法! 相手が耳を塞ごうと、聴覚に障害があろうと、名前の知れた他者ならば、俺の命令から逃れることはできはしない!」
 多分、後ろで聞いてるクラスメイトは、『魔法』とか言われてもポカンとするしかない。それぐらい阿加坂の言う内容は荒唐無稽で、邪気眼厨二病。
 ただ、実際に喰らう側に回ると、サブカル批判なんかしている場合ではない。
 阿加坂はポケットからケータイを取り出し、さらに続ける。
「周防の下着姿のデータはここにある。でも、お前の手には届かない。悔しいだろう? 悔しいよなあ。ハハハハハ」
 下品な笑い声が廃墟に響き渡る。
 明らかな油断がそこにはあった。
 だから俺は考える。
 阿加坂の魔法に、一瞬でも抗える方法があれば、勝機はこちらにある、と。
 しかし、具体的な方法が思い浮かばない。
 周防がとった策のような、事前準備や仕込みはしてこなかった。
 では、どんな一手が他にありうるのか?
 考えろ、瀬田翔馬。動きを封じられたお前に今できることはそれだけなんだ。
 改めて思い出してみる。阿加坂が、これまで魔法を使ってきた状況を。そこに何らかのヒントがあるかもしれない。
 俺が最初に阿加坂の魔法を喰らったのは、昨日の放課後、魔法研究部の部室で『動くな』と言われたときだ。……いや、待てよ。それより前に、一回阿加坂に命令されていたっけ。
 それは昨日の昼休み。【レンチキュラー】で阿加坂に、俺の姿を阿加坂本人に見えるように錯覚させた。俺が阿加坂同様に、アルカナ使いであるのを説明するために。
 だが、阿加坂はそれが気色悪いとか言って『やめろ』と命令してきた。
 俺は確かに【レンチキュラー】を解除した。解除したが……。
 そのとき、やらされている感じはしなかった。現状の行動停止みたいに強制力が働いている感覚は皆無だった。
 嫌がるのがかわいそうだから、気まぐれで解除しただけだったのだ。
 おかしい。
 あのとき阿加坂は俺のフルネームと命令をセットで叫んでいた。だったら、強制力として俺に魔法を解除させる流れにならなければ辻褄が合わない。
 なぜ?
 わずかながらの矛盾に連動するように、今さっき言った阿加坂の言葉が脳裏によみがえる。

『相手の名前を呼ぶことにより照準をセット』
『言葉をトリガーとして、絶対命令で相手を撃ちぬく力!』
『名前の知れた他者ならば、俺の命令から逃れることはできはしない!』

 ああ、そういうことか。
 謎が解けたところで、魔法も解けた。
 硬直していた俺の身体がよろめく。
 それを確認した阿加坂は再度口走る。
「瀬田翔馬、動くな」
 と。
 だが、阿加坂の言葉よりも早く、魔法【レンチキュラー】を発動させていた。
 そして――
「これは没収な!」
 阿加坂の手から、彼のケータイをひったくる。
「なっ……」
 事情がわからない阿加坂は、ひたすら目を瞬かせるしかなかった。悔しいのぅ! 悔しいのぅ!
「どうして動ける。それにその姿は……?」
 阿加坂は茫然としながら俺を見た。【レンチキュラー】で阿加坂に、阿加坂本人であるかのように錯覚させている俺を。
「基本的にはお前が言った通りさ。お前の力は、確かに『他人』を命令で意のままに操れるんだろうよ。でも、お前にとっての『他人』ってのは何だ? つまり、お前が他人と『認識』している相手に他ならない。だったら、対策は俺にとっては簡単だ。お前にとって唯一『他人』ではない阿加坂光栄であると、お前を錯覚させて、認識を歪めてしまえばいい。それだけでお前の魔法は防御できたって話だ。相手の名前を呼んで照準をセットしても、認識の方が相手を自分と思っているのだから、弾丸は俺には当たりはしない」
 なんともお粗末な話だ。なにがお粗末って、そんな簡単な話に今の今で気づかなかった俺がお粗末だ。
「返せ! 瀬田翔馬、俺のケータイを返すんだ!」
 これまでで一番の大声であったが、もはや俺には通じなかった。
「断る」
 阿加坂の折り畳み式のケータイ電話を、仕様とは反対の方向に折り畳んでやった。サブミッションを喰らったケータイのディスプレイから光が消えた。ご臨終です。あ、でもケータイの本体だけじゃなく、メモリーカードも処理しておかないとな。
 阿加坂のケータイの側面を弄り、きちんとメモリーカードも没収。
「さーて、周防のデータはこれでOKっと。あとはお前の処遇だよなあ。散々ブン殴ってくれたけど、どうお返ししてやろうか」
 俺はわざとらしく指をぽきぽき鳴らしながら阿加坂に詰め寄った。勿論【レンチキュラー】は掛けたままで。
 顔面を蒼白にしてじりじりと後ろずさる阿加坂。
 きっとこいつは喧嘩慣れしていない。だって、そんなことをせずとも今までは魔法の力でどうにかなっていたのだから。
「助けてくれ、槍先!」
 大声で懇願するが、それがマズかった。慌てて阿加坂に視線を逸らせた槍先に隙が生じる。そこに周防の木刀が猛襲。
「グハッ!」
 槍先の胴に木刀がめり込んでいた。ずるりと地面に崩れ落ちる槍先。結果として阿加坂が槍先の足を引っ張る形となった。
 一本、勝負あり。勝者、周防氷華梨!
「ち、ちくしょう!」
 ヤケになった阿加坂が突っ込んでくる。手にナイフの類はないが、タックルとて当たると痛いので、俺は半身を逸らして回避。
 勢いに乗った阿加坂は、俺の後方で構えていたクラスメイトの方へ。クラスメイトは武器を構えて警戒したが、阿加坂は攻撃行動に移らない。
 ただ軍勢の隙を縫うようにして、フロアの出入り口まで逃げていく。
 なんてヤローだ。仲間の槍先をおいて逃げやがった。
 ところが天は、そのような卑怯者を許すつもりがないらしい。天網恢恢、疎にして漏らさず。地上に御使いを遣わされていた。
 突如突き出された脚に引っかけられ、阿加坂は派手に転倒。
「痛ェ! テメエ、何者だ!」
 闖入者の顔を確認しようとしたときには、時すでに遅し。
 闖入者は、
「これはキズナの分!」
 阿加坂の顔面を捉える強烈なパンチを浴びせた。
 しかも一発では足りなかったらしく、更に、
「これもキズナの分!」
 殴る。そして、
「更にこれもキズナの分!」
『目には目を』のハンムラビ法典も真っ青のオーバーキル。『目には歯を、歯には牙を』の勢いだ。
 そこにいたのは水橋先輩。昨日、魔法研究部の部室で藤堂先輩が暴力を受けたのを根に持っていたのは記憶に新しい。ここまで出動されるとはご苦労なことです。
「気が済んだかね、水橋君?」
 さらに現れたのはヒノエ先輩。
 顔面をボコボコにされて口が聞けない状態の阿加坂に向けてヒノエ先輩は語る。
「君のことは、すでに理事長に報告してある。言っている意味がわかるかね? 理事長は、今回に限り大目に見るといっている。逆を言えば、君はこれ以上調子に乗ったことをすれば退学処分を間逃れない。学籍から外されたものは特殊な力は使えない。よって君はジ・エンドだ」
「う……あ……」
 舌が上手く回らない阿加坂は、無様に呻き、気を失った。そんな彼にはお構いなしに、ヒノエ先輩は最後に一言付け加える。
「みだりに私のフルネームを連呼した報いを受けたまえ」
 死人に鞭打つような剣呑な言葉であった。アナタも阿加坂に私怨があったわけですか。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする