アルカナ・ナラティブ/第4話/11

 気絶した阿加坂の元へ、クラスメイトがぞろぞろと集まってくる。
「さーて、帰ろう」
 と俺。先刻まで阿加坂に散々サンドバックにされていたので立っているのが精一杯の状態だ。
「ところで彼はどうしようか」
 気を失って床に伏せっている阿加坂を、ヒノエ先輩がつま先で小突いた。完全にボロクズ扱いである。
「放置でいいだろう。病院まで運ぶのも面倒だし」
 惻隠の情など時代のニーズに合わないので、俺はドライに言い切った。
「せっかく何もできないんだから、もっと屈辱的な目に合わせるのもありだ。氷華梨君がやられたみたいに、彼のあられもない姿をとって、脅すのも一興ではないかね」
 ヒノエ先輩は、それはそれは冷たい目で阿加坂を睨みつけながら言った。フルネームの怨念は未だ彼女の中でくすぶっているようだ。
「こいつのあられもない姿に需要なんてないだろうよ」
「翔馬君、それは早計というものだよ。今やネット社会なのだ。そういう系統のサイトにアップロードすれば、多少なりともアクセスはあるであろう」
「鬼だな。やめておけって。それが原因でこいつが首でも吊ったら、事後処理が手間だ」
 ここで『可哀想』って単語がパッと出てこないあたり、俺とて鬼の眷族だ。でも、実際に可哀想って思えないんだから、こいつのために嘘などつきたくない。屈折してるなあ、俺ってば。
 人としてズレた会話をしていると、大きな影が阿加坂の身体に投影される。
 振り返ると、復活した槍先が仁王立ちしていた。
 みんなして反射的に身構える。
 だが、槍先には闘気が一切感じられなかった。
「今日のことについては、我らの負けを認めよう。今更さらに争うつもりはない。しかし、阿加坂の身はこちらに引き渡して頂きたい」
 重厚感たっぷりの声で、槍先は言ってきた。
「君は、この少年の側に立ち続けるのかね?」
 ヒノエ先輩は、どこか寂しげな目つきで槍先に問う。
「そういう約束だ」
 ただ一言、槍先は言い切った。曇りない、まっすぐな返答だった。
「そうかね。ならば、再び敵対することがないのを祈るばかりだ。君は君の道を行きたまえ」
「感謝する。それでは失礼する」
 軽々と阿加坂を担ぐと、槍先は一礼する。
「おい、待てよ。どうしてアンタは阿加坂に与してたんだ?」
 二人の間では、勝手に了解が交わされたが、俺は腑に落ちない。
 槍先の行動が潔すぎる。それが癪に障るとかではない。逆だ。武士《もののふ》を思わせる威風堂々たる態度は、見ていて清々しい。
 だからこそ、納得できない。どうしてこの人は、陰湿の権化みたいな阿加坂に仕えるような言動を取る? むしろ、主従の立場が反転していた方がしっくりくる。
「ここで語ったとて、状況は変わるまい。いずれまた会おう」
 それだけ言って槍先は去っていった。去り際の槍先の背中はあまりにも無防備だった。しかし、誰ひとりとして彼を襲撃しようとはしなかった。
 ヒノエ先輩は、肩から力を抜くようにため息を一つ吐いて。
「彼にも色々あるのだよ」
 とだけ言った。
 敵方が去ったので、俺は先ほどから言うタイミングをはかっていた言葉を口にした。
「みんな今日はすまなかった」
 深々と頭を下げて陳謝。本当は土下座でもしたかったのだが、せっかくの勝利ムードがぶち壊しになってしまう。
「いいってことよ。困ったときはお互い様ってな。ていうか、お前が俺らの大将だからな。頭が敵陣に突っ込んでったなら、支えてやるのが筋ってもんだろう」
『軍曹』は快活に言うが、俺は首を傾げた。
「大将? 俺が?」
「そうだぜ、なんつってもお前はうちのクラスの学級長だからな。男子は全員、お前を推薦したわけだし」
 男子全員って、やっぱり断合かよ。
 いや、でも、尚のこと『軍曹』の言葉の意味が分からない。みんなで結託して陥れるほどの人間を、どうして支えるとかいうのだ。
「どうして? だって、俺は嫌われてるんじゃないのか?」
 本音を吐露すると、一同は「はあ?」と首を傾げる。
「どうして俺らがお前を嫌わなきゃいけないんだ?」
「学級長なんて面倒くさそうな役職を押し付けてきたから」
 認めよう、俺はこのとき拗ねていた。いや、今だけでなく、学級長の座を押し付けられたときもだ。
 クラスというのは、結託と断合と空気の読み合いの連続体にすぎない。そこに参加できないというのは、即ち学校生活における敗北を意味する。面倒な役職を回された時点で俺は敗者なのだ。
 負けたから拗ねるなど幼児退行も甚だしい。けれど、他に自我を防衛する手段がなかったのでマイナス方向の想いに身をゆだねてみた。
 そんな不出来な高校一年生に、『軍曹』は呆れたようにため息を一つ。左右非対称な笑顔は、どこか悲しそうでもあった。
「クラスの誰もお前を嫌ってなんかねえよ。大体、クラスの代表を信用できないヤツに任せるかよ。そりゃ、裏でコソコソと『やらせるなら翔馬だ』って話を合わせてたのは謝るよ。でも、お前はもっと自分に自信を持つべきだ」
 自信を持てという言葉は、地味にグサリときた。まさしく俺に足りないものを貫かれていた。俺が黒ヒゲだったなら、すぽーんと樽から射出されていたであろうくらいに急所である。
 返す言葉を見つけられない俺に、さらなるとどめを刺してきたのは周防だった。
「翔馬が学級長になったとき、柳川先生が『みんなで翔馬を支えるように』みたいなこと言ったよね?」
「ああ、言ってたな」
 忘れもしない昨日の一時間目の臨時ホームルーム。俺が学級長に吊るしあげられた際に、担任はフォローするように、そう言った。
「あのとき、クラスのみんなが『は~い』って言ったでしょう? あのときに嘘をついている人は、一人もいなかったんだよ」
 周防は断言した。【女教皇】の有無を言わさぬ説得力。周防が嘘をついていないと判別したならば、それはもう絶対的。
【女教皇】の前で嘘はまかり通らず、事実は光に照らされざるをえないのだから。
 結局、自分を一番信用していなかったのは、自分自身でしたっていうオチかい。
「なんか俺、めちゃくちゃ格好悪いな」
「いつも格好良くいられる人間なんていないよ。でも、翔馬は私のために阿加坂と戦ってくれた。それは誇ってほしいな。翔馬だけじゃなくて、他のみんなもだよ。本当にありがとう」
 とろけそうなまでに美しい微笑みの周防。
 クラスの連中が『ほぉ』と惚けて沈黙した。男の子に周防の笑顔は反則だ。
 女の武器は涙とかいう言葉もあるが、周防の場合は笑顔の方がきっと破壊力満点。
 唯一の救いは、周防が計算して、そんな表情をつくれる人間ではないあたり。でも、計算より天然物の方が強力だ。
 じゃあ、信じてみようか。こいつらと何より自分自身を。
「でもなあ、リーダーなんて俺にできるかな。できれば嘘とかはったりで場を乗り切るようなマネはしたくないんだけど」
 本音であり弱音でもあるものを吐露する。
 多少のはったりをかまさないと集団運営なんてできないよなあ。でも、嘘はつきたくない。俺を信用してくれている相手ならなおさらだ。
「なにもマキャヴェリズムに走らずとも、集団運営は可能であろう」
 ヒノエ先輩はさらりと言う。
 俺以外の一年生たちは「マキャヴェリズム?」と首を傾げる。……そりゃ、高校生で『君主論』に目を通しているヤツなんて滅多にいないわな。
「『マキャヴェリズムは、ルネサンス期に『君主論』を書いたマキャヴェッリに由来する言葉で、目的のためには手段を選ばない、目的は手段を正当化するといった意味で使われる』――以上、出典はウィキペディア」
 説明下手なヒノエ先輩は、【隠者】の魔法を使いエアコピペ(暗唱ともいう)。きっと定期試験もこんな調子で乗り切っているのだろう。便利な魔法である。
 目的のためにはいかなる手段を使ってもいいのか? 詐欺師だった俺は、目的のために手段を選ばず破綻した。けれど、手段ばかりに神経をすり減らしていても、目的は達成できないのではなかろうか。
 そんな、踏ん切りのつかない優柔不断な俺に、水橋先輩は言う。
「手段は選べよ、翔馬。【皇帝】に足る者の条件とは、支配だけじゃない。大体、マキャヴェリズムは不特定多数の有象無象を動かすための手段だ。自分を信じてくれる仲間がいるなら、そいつらを裏切るようなマネはするな。後で絶対に後悔する。大局的にものごとを見ていけるかが皇帝《リーダー》としての器を決める」
 物言いがクールなのに、熱い中身を伴った水橋先輩の言葉。
「阿加坂みたいに、絶対に命令を聞いてもらえる力がなくても、やっていけるかな」
「阿呆言え。あんなのは本当の【皇帝】じゃない。【皇帝】を気取っているだけの小物だ。命令して人を動かしているうちは二流だよ。一流のリーダーってのは、命令じゃなく指示をしただけで、下の人間が動いてくれるもんだ。悩んでもいい。躓いてもいい。それでも、最後の最後で仲間たちと笑っていられる道を行け」
 く、格好良いなあ、水橋先輩。外見も中身もイケメンなんて反則でしょう。
「――頑張って、やってみるよ」
 俺は改めてクラスメイトの顔を見た。
 みんな、力強く微笑んでいた。
 こいつらは俺を支えてくれると言ってくれた。
 だけど、いつまでも支えてもらっているだけじゃダメだ。こいつらと最後の最後で笑っていられるために、俺も壁を乗り越えていかなければならない。
 ……できるかな?
 マイナス思考の虫が、あいかわず疼いてしまう。でも、こいつらのためなら克服できるような気がした。
【皇帝】に足る者の資質を手に入れるために、精一杯足掻いてみせよう。そうでなければ、こいつらと一緒にいられる資格すらない。
 廃ビルの埃臭い空気を吸い込んで、俺はクラスメイトに言った
「さてと、じゃあ、こんな辛気臭い場所におさらばして、陽のあたるところに出ようぜ」
 闇や過去は未だに俺の脚を掴んで放さないけど、それでも未来へと歩んでいこう。

【IV・皇帝】了

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