アルカナ・ナラティブ/第5話/01

 放課後の魔法研究部室には、心地よい雑音が染みこんできていた。部室が隣の演劇部の発声練習。学校の周囲をランニングする運動部の掛け声。友達と一緒に下校する帰宅部生徒の笑い声。音律に秩序などないそれらの音は、分類すれば雑音だ。しかし、俺、瀬田翔馬にとっては、そんな日常風景がかけがえのないものに思えた。
 時刻は夕方にさしかかろうとする午後四時のこと。この部の部長であるヒノエ先輩と二人きりの部室で、俺は感傷的な気分に浸っていた。
 当部には残り二人ほど人員はいるが、今日は部室に来ていない。元々、緊急の用事でもない限り活動をしない部なので、部長はとやかく言わない。俺とて今日は部活動をするために来たのではなく、部に備え付けの本棚に置いてある小説を借りに来ただけ。気まぐれに一ページ目を読み始めたら、区切るタイミングを失して、すっかりソファでくつろぎモードになっていただけのこと。
 ちなみにヒノエ先輩は、部室奥のデスクに座って、気難しく眉間に皺をよせながらパソコンのキーボードを叩いている。私的な文章を作成しているから覗くな、とのこと。
 古来より『覗くな』と言われたのに覗いてしまった者の末路に幸運は訪れない。機織り中の鶴の部屋を見た夕鶴の話や、日本神話でいえば冥界でのイザナミの姿を見たイザナギとか。そういった先人の知恵的な何かに習って、気にはなっても俺は見ない。好奇心を封印するのも、より良く生きる技術の一つなのだ。
 ところが、そういった静かな時間が、魔法研究部の部室に流れていたのは数秒前までのこと。
 ノックも無しに、部室の扉が不躾に放たれる。
「ヒノエちゃん、遊っぼーぜー」
 間延びした、知性を欠片も感じさせない声が魔法研究部に響いた。たとえば、幼児が言ったなら可愛らしいと評価できる言い回しだが、残念だが声変わりを済ませているであろう声だった。それでいて幼児性を帯びているのだから、アホっぽいとしか言いようがない。
 声の主は、我が校の三年生・天野篝火のものだった。不細工でもなければイケメンでもない、平々凡々なルックス。それでも人懐っこい笑顔が印象的な青年だ。
 毎日がハレの日みたいな来訪者に対して、毎日がケの日みたいな顔をした、我が部の部長は言った。
「喧しい。帰れ」
 一刀両断。快刀乱麻を断つがごとし。もしこれがRPGの戦闘ならば、即死判定が付加されていても不思議ではない切れ味。言葉は時に凶器になるという、学校の先生が言いそうな言葉が思い出される。
 今日も今日とて制服の上に黒マントを羽織った、仏頂面の【隠者】ヒノエ。普通なら敬遠する要素しかない女子生徒に、天野先輩は怯まずアタック。
「そんなこと言わずにさー。ほら、ボーリングの無料チケットもあるし」
 ポケットから二枚の紙切れを出し、ひらひらと見せびらかす天野先輩。
「そんなものどこから入手した?」
 怪訝そうに小首を傾げるヒノエ先輩。
「知り合いからもらった。あ、知り合いって言っても現世で知り合った人の方ね」
 アンタは前世や来世の人にも縁があるのか?
 奇怪な台詞回しの三年生に、俺はあえてツッコミを喉元で制する。口に出すと、話が脱線しそうで面倒臭い。
「だったら他の友達を誘ったらどうだ? 私などより一緒にいて楽しい者などゴマンといるだろうに」
 どこか自虐めいた言葉を、表情を変えずに淡々と言うヒノエ先輩。
「そんな暗い台詞は禁句だぜ、ヒノエ。自分の価値を貶める発言はお兄さん許せないな。いかんよ、全くけしからん」
 ちょちょっと舌を鳴らしながら、人差し指をキザに振って見せる。自然に出されたそういった仕草から、不覚にも天野先輩が舞台の上のエンターティナーに見えてしまった。彼は更に言葉を紡ぐ。
「それにオレは、ヒノエと一緒の時間を過ごしたいから、ヒノエを誘ったわけさ。なので、ヒノエが面白い人間か否かなんて関係ナッシング! すべらない話のストックも気にしないでOK。三百点満点目指して投球してこようぜ~」
「だが、二人でボーリングなんぞしていたら、カップルと間違われかねんのだが?」
「むむう、乙女心だな。よかろう。ならば――」
 天野先輩は、ビシッ、と俺を指さしてきた。まるで推理小説の探偵が、犯人の正体を告げるみたいな鋭い動作。
「瀬田翔馬よ、きび団子はないけれど、オレのお供になって下さい」
「行って俺の何のメリットがある?」
 奇人二人とボーリング大会している様子を想像してみた。数秒で頭痛がしてきた。
「決して値段がつけられない、素敵な宝石をアナタは手に入れるでしょう。そう、『想い出』という胸に煌めく宝石をね!」
「先輩、寒いぞ」
「オレもノリで言ったことを後悔している。しかし、反省はしていない」
「むしろ反省の方をしろよ。また同じ失敗を繰り返すぞ? ……仮に百歩譲って行くとしても、そもそもタダ券は二枚だろ。あと一人分どうするんだよ」
「そうか、そういう問題があったか。タダ券は二つ。真実はいつも一つ……」
 奇々怪々、頭の中で魑魅魍魎が跋扈していそうなことを漏らしながら、天野先輩は知恵を振り絞る。
「オレと翔馬でジャンケンをして、負けた方が通常料金を支払おう」
「大したどんでん返しもない解決策にビックリだ」
「そう言うな。オレは一休さんや吉四六《きっちょむ》さんではない。じゃあ行くよ。最初はグー、ジャンケンポン――」
 自然なノリで手を構えられたので、俺もつられてそれに乗ってしまう。失態である。
 もっとも、結果はというと――
 天野先輩がパーを出したのに対し、俺はチョキ。
 勝った。勝ってしまった。タダ券ゲット。それは同時に断る理由を失ったことも意味する。タダ券をもらっておいて『でもやっぱり行きたくない』とは言えるわけがない。
「をう! 負けてまった。まあいいや。ここで勝ってたら後輩からたかるみたいで格好悪いし。んじゃ、お二方いきましょうか」
 パンパンと手を打ち鳴らす天野先輩。俺はすっかり彼のペースに乗せられて、しょうがないから彼についていくことになった。ヒノエ先輩も似たような心境らしく、困ったように眉間の皺をより一層深くさせた。
 そして言うのだ。
「勘違いするな、別に貴様と遊びたいわけじゃない。私はボーリングがしたいだけだ」
 ヒノエ先輩、その言い方はまるでツンデレです。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

『ドキッ!! 変人と元詐欺師だけのボーリング大会』は、つつがなく開幕の運びとなった。大会名は今俺が考えた。口には出していない。『元詐欺師』という烙印は天野先輩の存ぜぬところなわけだし。それにしても、我ながらイカれたネーミングセンスだ。そんな黒歴史を生産してしまうくらいに、俺は追い詰められていた。
 ただし、俺は何もしていない。
 悪いのは、変人三年生である。
「魔球『サーチングスネーク』――」
 学園異能バトルものモドキの技名を唱え、彼方にあるピンに向かって投球するヒノエ先輩。
プロボーラー顔負けの美しいフォームだった。
 ボーリングの球は、レーン中ほどで、ガーターギリギリのところまで吸い寄せられるが、落ちるか否かのところで、くの字に急カーブ。球速が何故か上昇、一番ピンと三番ピンの間に突進。結果は見事なストライク。
 投球、スコア共に申し分ない。まさか、ヒノエ先輩がこんなにボーリングが達者だったなんて……。
 でも、着用しているものは学生服と黒マント。
 こちらのレーンに向けられる、他の客の視線が突き刺さってくる。怪人黒マントの一味である俺にまで視線が向いている気がするのは被害妄想か?
 さりとて、渦中の只中におわせられるヒノエ先輩は、厳粛な表情で言う。
「――うむ。まずはターキーを頂くとしよう。七面鳥を用意して待っているがいい」
 ヒノエ先輩、現代ボーリングではスコアがターキーでも、景品に七面鳥は出ないぞ。
 このボーリング大会のせいで、俺の胃に穴があいたら労災っておりるのかしらん? って、学生の分際で労災もクソもないのは明白なんだが。しいていうなら学生保険か。
 ちなみに、天野先輩は――
「ボールに独特の回転を加えることにより、軌道を制御ッ! そして、その回転方向とボールの進行方向のベクトルが足し合わされ、標的を猛襲ッ! その圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙! まさに獲物を追撃する蛇――サーチングスネークッ!」
 そういう外宇宙から電波を受信したような解説は、是非モノローグの中だけでやって頂きたかった。
「ナレーション御苦労。次は天野の番だぞ。わざわざ私を誘ったのだから、見苦しい体たらくを披露はすまいな」
 ヒノエ先輩の不敵な挑発。初球からストライクを叩きだした強者の余裕。
「もちろんですとも」
 ボールを手に取り、口をへの字に曲げると、天野先輩は十本のピンを見据える。そして、高らかに宣言。
「いざ、フルストライクに向かって我、飛翔せん。飛べない天野はよくわからないなにかだッ!」
「だったらアンタは、よくわからないなにかだ。ビコーズ・ユー・キャント・フライ」
 ツッコミの言葉の後半が、天野先輩的な不思議なテンションである点をお詫び申し上げます。お許しください。
「日本語でおk。翼をください!」
 フルテンションで、ピンに向かって投げる天野先輩。
 でも、球速は遅い。トロい。亀のようだ。
 この人、本当は口だけなのか、と冷めた目でボールの軌道を俺は眺めた。
 ところが緩慢な動きのボールは、ピンの軍勢の急所とも言える箇所にぶち当たる。最初に倒れたピンが後続のピンを、ドミノのように倒していく。
 勢いも華麗さもないが、結果だけ見ればストライク。
「サー!」
 歓喜の声を上げる天野先輩。これ卓球じゃなくてボーリング……。
 やれやれ、この状況は困りもんだ。いや、ツッコミ要因が不足していることじゃなくって、最初の二人がストライクを叩きだしたことがだ。
 ぶっちゃけ俺、これが人生で初のボーリングだったりするんだけど。

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