アルカナ・ナラティブ/第5話/02

 詐欺師一家が、仲良くボーリングに行くわけもなく、俺を引き取った叔父夫婦はボーリングをする趣味は無かった。
 そのような経緯もあって、今日がボーリング初体験。なのに、一人目二人目とストライクを出されてごらんなさい。その後に投球しなきゃならない初心者は、どこにどうやって居場所を作ればいい? F1のレースに原チャリで参戦するような惨めさだ。
 記念すべき第一球目。ボーリングの球はずっしりと重い。今更ながら、よくヒノエ先輩が綺麗なフォームで、勢いよく投げられたものだと感心する。
 俺は球を投げた。三つの穴に、三本の指を突っ込んだ状態で投げることしか作法は知らないが投げた。
 すると、ボールはレーンの隅に吸い寄せられるがごとく滑走。レーンの半ばまで到達したが、側溝へと墜落した。
 スコア・ガーター。
 やってまった。俺は即座に後ろの先輩の視線をチェック。二人して気まずそうに目を合わせてくれなかった。いや、ここはいっそ『ははは、まだ一球あるさ』とか言って頂きたかった。
 居たたまれない気分で一杯になりながらも二球目。
 ……ガーターにはならなかったものの、隅のピンを一本倒したのみだった。
 死にたい☆
 これならいっそ連続ガーターの方がすっきりまとまっていたような……ええい! 零本よりも、一本の方がスコアは良いんだから、これは立派な成長だ!
 と、開き直らないとやってられない。
 自分のできなさ加減に、地味にショックを受ける俺。そんな迷える子羊の肩に、天野先輩がポムッと手を置いてきた。
「一本だっていいじゃない。人間だもの」
 励ましてくれているらしいが、全然勇気づけられないのはどうしてだろう。むしろ、こんな人が同じアルカナ使いだと思うと涙が溢れてきそうだ。
「天野先輩って、色々と足りてないよな」
 心からの感想を述べておいた。
 すると先輩は、怪訝そうに眉を顰めて、
「馬鹿な、オレに何が足りないというのだ? フリートーク力?」
 そこら辺の発想力というか、飛躍力はきっと学校随一なんだろうけどなあ。
 男二人が馬鹿をやっていると、向こうの方から声が聞こえてきた。
「だから、私はあんな男のこと好きじゃないっての!」
 二つ先のレーンの客同士の口論が、声の発生源だった。
 女性の声であるため音階が高く、しかも怒声であったため、雑音入り乱れるボーリング場でもよく響いていた。
 何事かと見てみると、口論している客が着ている服が見慣れたものであったので、ちょっと驚く。
 うちの学校の女子の制服だった。
 そもそも、その内の一人は俺の見知った顔だった。
 うちのクラスの女子で名前は有馬。ギャルメイクで、髪は紅に染め上げられている。四月当初は、まだ大人し目な格好だったが、ゴールデンウィークが明けてからは本領発揮。教師の目を気にしない姿勢は、髪の色と同じく紅蓮色の心意気である。
「大体、なんで私が責められなきゃいけないのよ!」
 先ほど聞こえてきた声は彼女のものらしい。有馬は相手に激しくまくしたてる。
 目下喧嘩をしている相手に対して、鋭い目つきと腕組みで威圧。強気な態度は肉食女子という単語を脳裏に浮かばせる。
 もう一人は俺の知らない顔だ。有馬と同じくギャル系の格好なのだが、髪はギャルとしては標準的な脱色した茶髪。ギャルというと、それだけで常時強気な印象を受ける単語だが、有馬とは対照的に猫背で委縮してしまっている。こうなってしまっては、ギャルメイクも、脱色された髪も、頑張って校則を破っているような虚勢にしか見えてこない。
 猛然と声を上げる有馬にすっかり委縮してしまっている。
 彼女たちの他に二名ほど、彼女たちのグループのメンバーがいた。しかし、その娘たちは、一体どっちの味方につけばいいのかわからないといった調子でうろたえていた。
 有馬に責められている女子の口元を見ると、なにかもごもごと動かしている。けれど、ここからでは何を言っているのかは聞こえない。
 彼女は何者だ? 何故有馬と口論している?
 観察していると、天野先輩が、
「あらら、陸原ったら、思いっきり防戦になっちまってるな」
 深々と溜息を吐く。
「知り合いか?」
「つーか、同じ部の後輩だな。口論してるのは、お前のところのクラスの有馬さんだったけか?」
「その通りだ。アンタ、どうして彼女の名前を?」
「どうしてって、新入生キャンプでお前のところのクラスと一緒だっただろうが。そのとき覚えた」
 天野先輩はさも当然そうに言ってのけるが、俺は腑に落ちなかった。
「新入生キャンプって、もう一カ月くらい前の話だぜ? それに、アンタは同道した六組のアシスタントだろ? よくうちのクラスのヤツの名前を覚えてるな。何か、特別親しくなるようなことでもあったのか?」
 新入生キャンプとは、要するに新入生同士の親睦会の合宿だ。うちのクラス(五組)は、六組と旅を同じくした。各クラスには男女一人ずつのアシスタントがつくことになっており、天野先輩は六組の担当だったのだ。
「いいや、顔を見ただけだよ。でも、旅を同じにするんだから、とりあえず顔と名前を一致させられるようにしておくのはマナーだろ?」
 ……なんか凄いこと言い出した。
「そうなると、アンタはうちのクラスの連中の全員の名前を覚えているって話になってくるな」
「名字だけなら顔と名前は一致すると思うよ」
 これまたあっけらかんと言う。嘘をついているようには見えない。
 この人への認識を改めた方がいいのかもしれない。単なる電波系のお馬鹿キャラではなく、実は出来る男……なのか?
 その辺は一端保留しよう。
「どうしたもんかねあの二人」
 俺が考えあぐねていると、天野先輩はさも当然のように、
「そりゃ、知り合いが喧嘩してるんだったらやることは一つ。止めるべきだろうよ。事情は知らないが喧嘩はよくない。平和バンザイ。ただ、俺だけが介入すると陸原側にパワーバランスが偏るから、有馬サイド要員として、お前も協力しやがれ」
 そう言って、天野先輩は俺の腕を引っ張る。拒否権はないようだ。
 もっとも、俺としてもクラスメイトが喧嘩しているところを見過ごすのは苦々しい。
 天野先輩に賛同し、ついていくことにしようとした……のだが――
「酔狂だな。女の喧嘩など仲裁したところで、何の益も上がらんぞ?」
 言ったのはヒノエ先輩。さばさばしているが、その言葉には妙な説得力があった。
 一理ある。女の情念の真っただ中に飛び込み、それを上手く中和させるのはきっと難事業。
 俺は一瞬及び腰になったが、隣の三年生は泰然自若たる態度のままだった。
「そう言うなって。北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないから止めろと言う。サウイフモノニ、ワタシハナリタイッ! んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
 向かう先が北かは知らないが、天野先輩の意志は本物。
 義を見てせざるは勇なきなり、か。
 そんな言葉を思い出し、俺も天野先輩に助太刀する決心をした。
 気を引き締めたまでは良かったのだが、事態は一転する。
 天野先輩が陸原と呼んだ少女が急に蹲る。
 有馬の攻めの激しさに、ついに泣き出してしまったかと一瞬思ったが、どうやら様子が違った。
 目が飛び出さんばかりに見開いていた。胸を押さえて、肩を激しく上下させている。
「マズいな、あれは――」
 天野先輩から、それまでの平静な表情は無くなり、血相を変えて陸原に駆け寄る。
 こういうとき、どういう対応がベストかわからないが、天野先輩を追うことにした。彼を見るからに緊急性の高い事態。近くにいれば、多少なりとも力になれるだろうと思ったからだ。
 有馬と陸原の元に駆けつける。
「翔馬、どうしてこんなところに?」
 有馬は面喰った様子だったが、俺は、
「色々あってな。それよりもお前の連れの方が先だ」
 陸原の様子を観察する。呼吸数が著しく多い。見るからに過呼吸を起こしていた。
 天野先輩は周囲の野次馬に対し、
「この中にビニール袋か紙袋をお持ちの方はおられませんか!? この子を助けたいんです、どうか協力して下さい!」
 そこに普段のハイテンションな変人の姿は無かった。真剣な目付きは、野次馬たちに彼の意志を強く訴えていた。
「紙袋? ちょ、ちょっと待ってて、私あるかも」
 言ったのは有馬だった。彼女はカバンを開けると、荷物をひっくり返す。そして、雑誌の入っていた紙袋を取りだした。中身を取り出して袋だけ天野先輩に渡した。
「OKありがとう。はい、じゃあ陸原は落ち着いて袋に向かって息をして」
 天野先輩は、受け取った紙袋を陸原の口と鼻に当て、その中で呼吸をさせる。
 この対処法は俺も知っていた。ペーパーバッグ法と呼ばれ、自分の吐いた息を再び吸った結果、血液中の二酸化炭素濃度が上昇して症状が和らぐという方法だ。
 ただ、知っていたからといって、周りに必要物資がない状態から、天野先輩のように対処できるかは別の話だ。
 よくぞまあ、あそこまで迅速に指示を出せたものだ。やっぱこの人、マトモな意味で只者じゃないかも。
 二、三分経ってくると、段々と陸原の呼吸が落ち着いてくる。天野先輩の対処が功を奏したようだ。
「うう、部長……ごめんなさい」
 落ち着きを取り戻した陸原は、涙目で天野先輩に呼び掛けた。
「みなまで言うな。しばらく休憩して、それから帰るといい」
 天野先輩は陸原の頭を撫でた。まるで父親が子どもをあやすようだな、と思った。さらに天野先輩は面倒見の良さを発揮する。
「ちょっと待ってな……んーっと、お、店員さん、この子をスタッフルームとか静かな場所で安静にさせるってできません?」
野次馬の中にいたスタッフに、天野先輩は交渉する。
 ところが、そのスタッフは気まずそうな顔をして、
「あのー、ちょっといいでしょうか」
「なんでしょうか?」
「てっきりお客様の一大事と思って、救急車を呼んでしまったんですが、余計でしたかね?」
 完全ではないが、大分調子の良くなった陸原を見ながら言った。
「あー、そりゃ……やっちまいましたね」
 ははは、と力なく天野先輩。
「本当、傍迷惑よ。私はいらんゴタゴタに巻き込まれる前に帰るわ」
 憤然としながら、有馬は鞄を手にとる。
「ほら、ミキとシホも来なさいよ」
 更に有馬は、先刻どちらの味方につこうかまごついていた残りの女子二人に声を掛ける。
 二人は、一瞬だけ未練がましそうに陸原に目配せしたが、結局有馬についていった。
 これからやって来るであろう救急隊とのやりとりに巻き込まれたくない、という気持ちが透けて見えた。
 三人が去って、一人ボーリング場に残される陸原。
「部長、私も帰っていいですか?」
 陸原は恐る恐る天野先輩に訊くが、天野先輩は首を振った。
「駄目だ。お前には救急隊の人に謝るって仕事が残ってる」
「で、でも、私は悪くない! 悪いのは有馬さん……」
 ごもった声で、必死に責任回避を試みる陸原。
「いいか、陸原。理由はどうあれ過呼吸を起こしたのはお前だ。お前は救急隊の人にもう大丈夫って姿を見せなきゃならない。救急する対象の陸原がここにいなかったら、救急隊員の人には心配するし、せっかく呼んでくれたここのスタッフの人が一人で責任を負うハメになっちまう。それは良くないことだ」
 俺は衝撃を受けた。普段は電波を受信したような発言の百貨店の天野先輩が、ちゃんとした人の道を説いている。というか、説けている。
 この十分後にやってきた救急隊員に天野先輩と陸原が平謝りする光景を、俺とヒノエ先輩は遠くから眺めることとあいなった。
 そんな天野先輩に対して俺は一つの疑問を抱く。
 この人の馬鹿っぽい態度は実は演技なのではないだろうか。だとしたら、人間とは奥深い動物である。

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