アルカナ・ナラティブ/第5話/03

 陸原は一人孤立した。そうなっては、ボーリング場にいる意味がない。しかし、先ほど過呼吸を起こした人間を一人で返すのも心苦しい。
 そういうわけで、天野先輩が彼女を駅まで送ることに。ところが、これに異を唱える者がいた。ヒノエ先輩だ。
「私はお前に誘われてボーリングに来たのだが?」
「そうっすよねえ。……でも、ヒノエは俺と一緒にいたいっていうより、単にボーリングがしたいから来たんじゃなかったけか」
 天野先輩のその発言に、ヒノエ先輩は、顔を真っ赤にさせた。しかも、これ、憤怒の赤というより、照れの赤っぽい。
「そうだな。私はお前なんていなくてもボーリングができる。ただ、一人減るとゲームスコア表示が一人分余るから困ると思っただけだ」
 顔を俯かせながら、ヒノエ先輩は言った。
 ……リアルにツンデレ?
「それは問題だな。じゃあ、そこは翔馬に投げてもらうといい。投げる回数が増えれば、上達率もアップするさ」
 名案と言えば名案。迷案と言えば迷案。
「………………。確かに翔馬君を鍛えるのも一興だな」
 気が遠くなるほどの沈黙の後に、ヒノエ先輩は言う。そして笑った。でも、目が全然笑っていない。
 俺に死亡フラグが立った。神様俺が何をしたというのですか? ……数々の詐欺事件がありましたね。思い当たる節が多くてどの事件が因果になっているのかが分かりません。
 呆然とする俺。対して天野先輩は飄々としていた。
「んじゃ、オレは失礼するよ」
 そう言うと陸原と退散してしまった。
 残されたのは、俺とヒノエ先輩。
 ヒノエ先輩は、天野先輩に放置を喰らって不機嫌っぽい。
 気マズ過ぎるぞ、オイ。
「さて、どうやらここから先は私が君にボーリング指導をすることになるようだ。……ふむ、こういうのは最初が大事か……」
 そう呟くと、ヒノエ先輩は急に胸を張り、腕組みをした。反射的に俺は、体育でいう『気をつけ』のポーズをとった。
「――私が訓練教官のヒノエである。話しかけられたとき以外は口を開くな。口でクソたれる前と後に〝サー〟と言え! わかったか、ウジ虫め!」
「サー・イエス・サー」
「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!」
「サー・イエス・サー!」
 どっかの映画にあったようなやり取りをしてのける俺とヒノエ先輩。
 益体のないやり取り。すぐに飽きてしまったらしく、ヒノエ先輩はまた姿勢をだらけさせた。
「……疲れた。続けないと駄目かね?」
「続けんで結構。というか、周りのヤツらがこっちみているぜ」
 そりゃ、黒マントを羽織った女子生徒が某軍曹殿の台詞(一部改変)を叫んだのだ。気にならない訳がない。
 それからヒノエ先輩はベンチに座る。
「導入だけは気合を入れて有名映画から拝借したが、ぶっちゃけてしまうと、私はこれ以上君を指導できない」
「何でだ、ヒノエ先輩メチャクチャ上手かったじゃないか。フォームもプロ顔負けだったし」
「プロ顔負けというか、あれはプロの動作のコピーだよ。魔法【ハイブロウ】を使ったね」
「ああ、そういうことだったのか」
 ヒノエ先輩はアルカナ使いである。アルカナ使いとは、うちの学校に二十人強いるとされる、特殊な魔法を使える生徒だ。
 アルカナ使いの魔法は、それぞれがタロットカードの大アルカナに対応している。ヒノエ先輩は【隠者】のカードのアルカナ使いで、行使できる魔法は『一切の情報を忘れないこと』である。
「ただ勘違いしないでくれ。私がコピーできるのは技までだ。魔法の影響で身体が頑健になったり、持久力があがったりなんて甘い話はない」
「ボーリング出来るならプロになるとかは?」
「その気は全然ないな。そもそも、この魔法は高校生の間だけ使える期間限定のものであるのは君も知っているだろう」
「そうか、高校のときに道を極めても、卒業したら後先がないと」
「いかにも。……そんなことより、先ほどの陸原君の話をしておきたいな」
 唐突に話題を変更してくるヒノエ先輩。
「いいけど、どうして?」
「彼女もまた、アルカナ使いだからだ」
 ヒノエ先輩は端的に理由を告げた。
「マジで? ……ああ、確かに『陸原』って名字のアルカナ使いが、『研究書』に載ってた」
『研究書』とは、正式名称『アルカナ使い研究書』と呼ばれるファイルを指す。
 そこには、これまで存在したアルカナ使いの名前と、その能力が大まかにではあるが記載されている。その中に『陸原立花《りくはら・りっか》』の名前があるのを俺は思い出した。
 資料によると、彼女は今年の一年生で、対応するタロットは【VI・恋人達】。魔法は、『両手に掴んだ異性同士を強制的に恋に落とすこと』。
 ずいぶんと過激で甘ったるい魔法だ。
【恋人達】のカードの意味には、そのまま『恋の成就』という意味がある。陸原の魔法はそのものズバリの効果を及ぼすようだ。
 彼女の魔法は究極の縁結び。しかしそれは、魔法によって励起される究極の幻想。
 アルカナ使いの魔法は、個人のコンプレックスなり心のわだかまりの具現である場合が殆どだ。『他者を強制的に恋に落とす』という個性的な魔法を持っている以上、陸原は恋愛方面で屈折した人生を送ってきたと見た。
 もっとも、そういう風に予想できるだけで、事の真偽まではわからない。アルカナ使い研究書には、どうしてそういう魔法効果になったかまでの経緯は書かれていない。アルカナ使い研究書が、アルカナ使いなら誰でも閲覧可能という性格上、細かな個人情報までは記せないのだ。
 俺がどれだけここで考えても、陸原については憶測にしかならない。仮説に仮説を重ねるのは愚の骨頂。よって思考停止。
 ヒノエ先輩はボーリングを再開していた。またしても、プロボーラーからラーニングした華麗なフォームでの投球。結果はストライク。
 他のスポーツと違って、ボーリングは毎回ほぼ同じ条件で投球できる。同じ条件に対して、同じ入力をすれば、同じ結果が導き出されるのは当たり前。まるで、機械かプログラミングみたいな作業だ。
 そして、天野先輩のターンとなるが、本人は席を外している。
「んじゃ、俺があの人の分を投げるぜ」
 自分のターンまで投げれるから、合計四回投げれることになる。ゴルフの打ちっぱなしならぬ、ボーリングの投げっぱなし。最後の方には肩がガクガクになってそうで怖いぜ。
 意気揚々と投球、そしてガーター。それをリピートすること三回。
 あれ、さっきは一本だけピンを倒せたのに、今回は四回投げてゼロって何事?
 ボーリングが難しいスポーツなのか、俺のスキルが足らないのか、そもそもセンスそのものが皆無なのかの三択問題。
 陰鬱な気分を避けるために、ボーリングって超難しいネ、という結論を下した。
 そんな不甲斐ない後輩に、ヒノエ先輩は欠片もアドバイスをしない。というか、出来ないんだろうな。説明能力が異常欠損している人だから。
「ふむ、こういう時こそ、天野が必要なのだが。あいつなら良いコーチになれただろうに」
 ぼやくヒノエ先輩。
 彼女が天野先輩を良く言うなんて珍しい。
「そんなにあの人、ボーリング上手いのか?」
「それもあるが、むしろアイツは人に教えるのが上手いのだよ。それが天野の魔法【エクスパンデッドなハイテンション野郎】の応用技だ」
 ………………。
 ヒノエ先輩はさらりというが、俺は流されない。空気なんて読まない。せき止めなきゃならない空気だってある。
【エクスパンデッドなハイテンション野郎】って何だ。
「研究書で見た天野先輩の魔法の名前と一致しないのは俺の記憶違いか?」
 思い出せ、あの人の魔法は何と書かれていたか。さもなくば、会話が異次元入りしかねない。
 ――思い出した! ナイス俺。
 日常的に聞くような単語だったのが幸いした。
「天野先輩の魔法の名前は【エクステンション】と書いてあった。あれは記載ミスか?」
 改めて問い合わせる。
「いや、記載上はそれであっているよ。本当は【エクスパンデッドなハイテンション野郎】と書き込みたかったが、エクセルのセルが小さかったから省略したのだ」
【エクスパンデッドなハイテンション野郎】……なるほど、ダラダラと長い。しかも、間違った方向に高品質。
 こんなネーミングを施せるのは、俺の知る限りでは一人しかいない。
「ヒノエ先輩の命名……だろうな」
「何故げんなりとした顔でいうのかね。いや、確かに命名時に私は本気を出せなかった。それは認めよう。待てよ、そんなことを見抜けるとは……翔馬君も、審美眼があると見える」
 嫌さ加減では世界で五本の指に入る審美眼だな。それについては空気を呼んでスルーしよう。ヒノエ先輩にネーミングセンスについて教えるとなると、シンプルにまとめることの大切さから教えねばならない。
「でも、天野先輩の魔法って、人に教えるのに向くのか? 研究書を見た限りでは、なんか小難しそうな文字が踊っていたぞ。『頭を触れた者の階層的ネットワークを解析する』ってあったけど、それとどういう関係があるんだ?」
「翔馬君は階層的ネットワークという言葉の意味自体はわかっているかね? もっとも、訊かれたところで私は『ググれ』と指示を出すにとどめるが」
「ある程度はネットで調べたから知ってるつもりだよ」
 階層的ネットワーク――主に認知心理学で使われる概念で、要するに記憶を整理整頓して頭に蓄えておくための仕組みのことだ。
 例えば、『霊長類』という概念を例にとってみよう。『霊長類』は『哺乳類』の一種だ。でも、『哺乳類』はというと『脊椎動物』という概念の部分である。さらに言えば『脊椎動物』は『動物』という概念の部分であり、『動物』は『生物』の部分である。これを逆に辿っていくことも可能だ。『生物』には『動物』と『植物』がある。『動物』には『無脊椎動物』と『脊椎動物』がいる……という具合に、良く整理された知識と言うのは、それぞれの言葉の間で枝分かれ状に整理されていく。
 この枝分かれこそが階層的ネットワークである。
 であるのだが……、それと天野先輩が人にものを教えるのが上手いのとの関連が見えてこない。
「要するにね、天野は頭を触った人間の階層的ネットワークが見えるのだ。つまり、記憶の分断、あるいは未整理な部分も見えることに他ならないわけで、つまり、階層的ネットワークの至らない点、つまり、相手の記憶の脆弱な点が分析可能なとなるわけで、つまり――」
 ヒノエ先輩がバグを起こし始めた。デバッグしないといけない。やっぱりこの人に説明を求めちゃ駄目だ。
 とはいえ、先輩が言わんとしている内容は、おぼろげながら掴めた。
「――つまり、相手が何が分からないかが、天野先輩には分かるわけだな」
 今の先輩の説明で、よくここまで趣旨が読みとれたものだ。
 ヒノエ先輩は、すっきりした顔で「いかにも」と頷いた。すっかりご満悦そうだが、彼女のためを思って一言言っておいた。
「今の先輩の説明は壊滅的だった」
 あんなプレゼンテーションに自信を持たれては、彼女自身のためにならない。もう少し頑張りましょう。
「私なりに頑張ったのだが……どこら辺がマズかったかね」
「あえて助言するなら、『つまり』を使い過ぎだ。一回でも説明が分かりにくくなる言葉を四回も使うのは頂けない」
「なるほど、貴重な意見として記憶しておこう」
「でも、天野先輩の魔法って、どこら辺が【司祭】と対応してるんだ? 全然イメージが湧かないんだが」
【司祭】――あるいは教皇とも呼ばれるそのアルカナは、行ってみれば社会的道徳を司るものだ。それと階層的ネットワークという心理学用語は遠く離れている気がしてならなかった。
「それについては、私にも分からない。更に言えば、天野本人にもわからないらしい」
「へ? 本人も? いやいや、だってアルカナ使いの魔法って、個人のコンプレックスとかの現れなんだろう?」
 だとしたら、本人すら分かっていないのはおかしいではないか。
 これにヒノエ先輩は簡潔に答えた。
「無論奇妙な点は多いが、そもそも術者自体が天野だからな。あいつなら、多分なんでもありな気がする」
「あー、そう言われると納得」
 天野先輩の意味不明さは筋金入りだ。
 変人だったり、過去に問題があったりするアルカナ使いたちの中においても、あの人は底が知れない。
 今日までは、単なる変な人としか見ていなかったが、陸原の一件でまた違った印象をみせた。
 現状、あの人の真の性格や人格を推し量ろうとすると、どうしても焦点ボケしてしまう。
「ヒノエ先輩は、天野先輩のことどう思ってるんです? こうしてわざわざボーリング場まであの人と一緒に来るってことは、本当の意味で嫌いってわけじゃないんでしょ?」
 地雷かもしれない、とか思ったりもしたが、好奇心が勝った。
「あいつのことは……上手く説明できないな。私に説明の才能がないから説明できないんじゃなくて、なんというか小奇麗に気持ちがまとまってくれない。見ているだけでイラつくときもあれば、やけに勇気づけられるときもある。だから、私にとってアイツは『よくわからんヤツ』だ。あーもう、どうして私がアイツのことでメランコリーにならねばならんのだっ!」
 ヒノエ先輩は叫ぶと、ボーリングの球を掴んだ。
 その鈍器のようなもので、俺に殴りかかってくるかと危惧したが、それは杞憂に終わった。
 ボールはきちんとレーンに投げられた。しかし結果は端の一ピンを削ったのみ。ターキーならず。今までの精密射撃が嘘のようだ。
 これが魔法なしの、ヒノエ先輩の地の腕前なのかもしれない。
 情緒不安定なヒノエ先輩だったが、もう一つ俺は訊いておいた。この気を逃すと、この質問が出来る文脈が訪れるのは当分先になりそうな気がして。
「どうしてヒノエ先輩は、天野先輩だけ呼び捨てにするんだ? 他の人は等しく君付けなのに」
 これは前々からの疑問だったが、ずっと訊けないものだった。どういうタイミングで訊いたらいいのかわからなかったのだ。
「小学校時代の名残だな。天野とは元々幼馴染なのだが、小学校のときに男子を下の名前で呼ぶのは恥ずかしくなって名字で呼ぶようになった。それから色々あって人を君付けで呼ぶようになったが、天野だけ下の名前で呼ばないままだ」
「へえ、二人って幼馴染だったのか……。あ、じゃあ、ヒノエ先輩は天野先輩の好きな人がどんな人なのか知ってるのか?」
 天野先輩には片思いの相手がいる。という話を聞いたのは新入生キャンプのとき。話では彼は小学校時代から、その人に恋をしていて、十年来の片思い。年季が入っている。一人の人をそこまで想えるあたり、やっぱあの人は只者じゃない。
 俺の問いに、ヒノエ先輩は、
「知っているさ。だが教えてはやらないぞ。ああ、絶対に教えてやるものか。天野はどうしょうもない馬鹿者だ。あいつが恋した相手は、どうしょうもなく醜くて、無様で、愛されるような価値がない女なのだよ」
 表情に影を作っていた。怒りと言うよりは悲しげな表情。
 それ以上、俺はヒノエ先輩に、天野先輩について言及するのをやめた。
 訊いてはいけない。直感がそう囁いていた。
 保身からきたものではない。これ以上訊くと、ヒノエ先輩が壊れてしまいそうで恐ろしかった。

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