アルカナ・ナラティブ/第5話/05

 俺と天野先輩の間に、沈黙が流れた。
 遠くの方から、バスケに興じる男子生徒の賑やかな声が聞こえてくる。
 天野先輩に拉致された際、甚だ疑問だった。この人の魔法は相手の『階層的ネットワークを解析する』というものだ。それは分かりやすくいうなら、相手の頭の中に整理整頓されている知識を読み取るもの。
 もっと噛み砕いて言えば、相手の記憶を読み取ってしまうに等しい。
 天野先輩の魔法は、一種のサイコメトリーと言っても過言ではないはずだ。
「ああ、それね。つまりさ、相手の記憶をホイホイ盗み見てたら、他のアルカナ使いが気味悪がるだろ? だからね、俺はよっぽど緊急な事態じゃない限り、記憶の読み取りは行わないようにしてるんだ」
 一見すると自制心に溢れている言葉に聞こえる。
 アルカナ使いにとって、自分自身の魔法を際限なく使いまくるのは、精神衛生上よくない。
 魔法が便利だからといって、暴走し、好き勝手やった挙句、被害者に反旗を翻された例もある。【皇帝】のアルカナ使いである阿加坂のバカの話だ。
 俺だって自分の魔法は、可能な限り使いたくない。魔法【レンチキュラー】は『相手に自分の存在を錯覚させる』力。つまり、やり方によっては詐欺行為をし放題。詐欺やペテンとは縁を切って真っ当な道を歩きたい俺にとっては禁じ手のような魔法。
 天野先輩が『あえて使わない』という選択をするなら、それは彼の自由だ。
「ちなみに天野先輩の魔法は、相手の頭に触れたら自動的に解析を開始してしまうものか、それともアンタが念じるなり集中するなりして、初めて効果を及ぼす力か、どっちだ?」
 この質問は、俺が頭の中で転がしている仮説を検証するのに、かなり重要な位置を占めている。
 ここで『触れたら自動的に』と答えたら『ダウト』と宣言できたのだが、天野先輩は、
「それなりに集中しないと駄目かな。集中の仕方によって、解析できる範囲が限定されてくるから」
 と微妙な言い回し。
 黒である確信は持てなかったが、天野先輩がグレーとすれば、その明度を下げることにはなった。
 もしかしたら、天野先輩はとんでもない嘘をついているかもしれない。
 俺は自分で嘘をつくのは嫌悪するが、人がつく分にまで口出しするつもりはない。けれど、天野先輩はアルカナ使い。『魔法』という超常的な力の持ち主。
 もし彼の嘘が、俺や、他のアルカナ使いに害をなす危険性がありうるならば、早めに芽は摘んでおく必要がある。
「つまり、アンタは解析できる記憶の範囲を自分で限定できる、と?」
 俺は訊いた。
「そうなるな。おいおい、さっきからどうした? 一応言っとくけど、オレの魔法を悪用するような真似は許さないぜ」
「悪用なんてしないさ。ただ、今までのアンタの説明で腑に落ちない点が一つある。それの説明を求めたいだけだ」
「……えっと、オレ、何かの事件の容疑者扱い?」
「まだ、事件は起きてないけどな。では、質問に答えてもらおう。少しでも怪しい点があった場合は、ここに周防を召喚してでも真実を明らかにさせてもらう」
 周防は【女教皇】のアルカナ使いで、その魔法は『相手の嘘を見破ること』だ。あまりにも怪しい場合は、本当に周防に協力を要請する。もっとも、ここで周防の名前を出しておくだけでも、彼が嘘をつこうという気を半減させることはできよう。
「どうして、アンタは昨日ボーリング場で陸原の頭を触ったんだ? 過呼吸を起こしたあとにあやすためなのか撫でてたよな。相手を詮索するような真似が嫌なら、そもそもそういう動作には自ら気を使うはず。更に言えば、相手を詮索するのが良くないと思ったら、こうして裏から俺に情報収集するのはおかしな話だ。さあ、この質問に正直に答えてもらおうか」
 俺が天野先輩に抱いていた疑念とは、今の言葉通りである。
 天野先輩の行動は、言ってみれば回りくどいのだ。
 この人がどこまで頭の回る人なのかまでは判然としない。それでも、俺の見立てでは、この人は普段の言動が突拍子ないだけで、完全なる阿呆だとは考え難い。
「……これから言う話を、絶対にヒノエに話すな」
 地獄の獄卒の如く、低く暗い声だった。一瞬誰の声だと周りを確認してしまったが、俺の周囲には天野先輩しかいない。
 そこに普段の朗らかな表情は無い。猛禽の目付きをした男性がそこにいた。
 五月半ばだというのに底冷えのするほどに、冷たい視線だった。
 だけど俺は、そんな威圧に負けてしまうのも癪なので言い返した。
「内容による。もしも、それが誰かを傷つけるような話だったら、俺はどんな手を使ってでもアンタをとめる」
 彼の目を見据えて宣言する。
 売られた喧嘩を買うような真似かもしれないが、言うべきことは言っておきたかった。
 ところが天野先輩は、この言葉に表情を一転させた。いつもの柔和で呑気そうな、人のよさそうな表情にだ。
「良い目をするね、翔馬。てっきり優柔不断な草食系男子だと思ってたけど、見直したよ」
「おだてても何も出ないぜ。それよりも教えてくれ。どうしてアンタは回りくどい行動を取るんだ?」
 俺が問うと、彼は自分に何かを言い聞かせるように頷く。
「端的に言おう。俺は『相手の階層的ネットワークを解析する』なんて魔法は持っていない」
 堂々たる態度に、俺の方が面くらってしまった。
 そんな俺を、天野先輩は楽しそうに、意地悪く眺めている。
 だが俺も負けじと言い返す。
「やっぱり、そんなところか」
 彼が魔法の効果を詐称している可能性は、俺の予想の中で第一位だった。
「しっかし、バレるものかね、この手の詐称って。もしかして翔馬って魔法使いだったりするのか?」
「魔法使いって……。水橋先輩じゃあるまいし」
 水橋先輩とは俺の所属する魔法研究部の先輩だ。魔法研究部の中では唯一魔法を研究するために部員になった稀有なお方である。ちなみにイケメンでカノジョ持ち。魔法研究部のリア充代表。
「だよなあ。じゃあ、お前は魔法使いじゃないのに、俺の魔法が偽りだって見抜いたわけだ。はあ、油断ならんな」
「魔法使いだったら見抜けるみたいな言い方だな」
「まさしくね。実は、俺が魔法について虚偽申請してるのを見抜いたのはお前で二人目だ。一人目は水橋で、その理由は『タロットの意味や効果を利用した魔法である以上、お前の魔法効果はありえない』からだそうだ」
「魔法使いからすると、アンタの嘘ってモロバレなんだな」
「そうでもないらしいぞ。魔法使いの中でもタロットやカバラといったものを研究している一派の、更に専門家なら見抜ける……かもしれない、くらいの話らしい」
「そんな希少種にしかわからんような真実を、俺は看破しちまった、と」
 非現実的な世界での立ち回りが身についてきたのかも。まあ、高校卒業後の進路には一切使えそうもない技能だが。
「さて、では名探偵に真相を見抜かれた犯人側として、動機を自供する必要があるな」
 俺が訊こうとしていた話題を、潔く天野先輩は話を切り出した。
 快活にいうが、反面表情は困ったように笑っていた。
「別に俺は名探偵ではない。アンタが犯人かは知らないがな」
「立派に犯人だよ。罪状は詐欺。被害者はヒノエ」
『詐欺』という言葉に、俺の心がゾクリとする。故意ではないにせよ、心のわだかまりが突かれる形となった。
「ヒノエ先輩に、アンタ一体何をしたんだ?」
「それを話すと長くなるがね。まずは基本的な確認からしようか。翔馬はヒノエの魔法についてどこまで知ってる?」
「どこまでって、名前は【ハイブロウ】で、効果は『情報を一切忘れないこと』。あと、ヒノエ先輩は能力フル活用で学年首席を取っている。それぐらいだ」
「じゃあ、ヒノエが卒業した後の話まで聞かされてないんだな」
「卒業した……後?」
 それは視野になかった。
 もっともそれは当り前。アルカナ使いの魔法は、この学校に在籍している間限定なのだ。卒業後の話をすればただ一つ。――魔法が使えなくなる。
「例えばさ、翔馬みたいに特異な技能が追加されるだけなら、話は早い。便利だったり迷惑な魔法とおさらばする。それだけだ。ところがさ、ヒノエの魔法はちょっと、仕様が違うんだ。ヒノエの記憶は、現在魔法【ハイブロウ】によって保持されている。だからこそ全てを忘れないなんてチート性能な記憶力があるわけだが、では、ここで問題。もし、ヒノエから魔法【ハイブロウ】が失われたらどうなるだろうか?」
 天野先輩の問いに、俺は粟立った。校舎が日光を遮っていることが憎く思えた。
「――そう、最悪の場合、卒業と同時にヒノエは高校生活で得た記憶を全て失いかねない」
 深いため息とともに、天野先輩は告げた。とても寂しそうな目をしていた。
「そのことをヒノエ先輩は知っているのか?」
「知ってるよ。というか、それに最初に気づいたのはヒノエだ。気づいたのは一年生の四月ごろ。そりゃもう、ヒノエは荒れたよ。荒れる方向は内向きで、引きこもりになっちまってね」
 それはそうだろう。高校生活で頑張っても、最悪の場合その記憶、思い出が没収されかねないとなれば、誰だって正気ではいられない。
「だからさ、オレは一計を案じて、ありもしない魔法の効果をでっち上げた」
「それが『階層的ネットワークを解析する』か。どうしてそんなことを?」
 まだ話が見えてこない。ヒノエ先輩の記憶喪失問題と、天野先輩の偽魔法がどうつながるというのか。
「オレは一つの仮説を立てたんだ。ヒノエの『一切の情報を忘れない』っていうのは、要するに、ぐちゃぐちゃに頭にインプットされた情報が、好きに取り出せる状態なんじゃないかってね。でも、普通の人はそんなことできないよな。知識はよく噛み砕いて、何か別のものと関連させたりして覚えていくものだ。あるいは体系的に整理整頓して覚える。だったら、高校入学前に覚えた知識や情報と関連させて、高校以降の記憶を整理できたらどうだろうか? 【ハイブロウ】がなくなれば、高校以降に入手した、未整理でぐちゃぐちゃな情報は消えるかもしれない。でもさ、入学以前の記憶と関連していたら、関連して覚えている部分に関しては無くならないかもしれない」
「言っていることはわからんでもないが、いくつか問題がなくないか?」
「例えば?」
「まず、どの知識が高校入学以前とちゃんと関連付けできているのか評価しようがない。記憶なんて、実体のないブラックボックスだ。評価できないなら改善しようもない」
「そうでもないさ。例えば、勉強に関して言えば、ちゃんと何かと関連付けることは立派な勉強法だ。つまり、世に言う『記憶術』の一部を応用すれば、一般的な知識に関してはヒノエの記憶を保持できる」
 自信満々に断言する天野先輩。
「でもさ、引きこもるほどに落ち込んじまった人間に、どうやってモチベーションを持たせるんだ? 確かに記憶術の応用なら、記憶の保持が可能かもしれない。けど、どこまで記憶の体系化が進んでいるのかわからないんじゃ、本人はやる気を起こせないんじゃないか?」
 自分の仕事がどこまで成果を出しているのかフィードバックされないのは辛いものだ。記憶と記憶の関連の程度の評価など雲を掴むような話だ。
「だからこそ、俺は『階層的ネットワークを解析できる』って嘘をついたんだよ。俺の魔法は確かに嘘だ。階層的ネットワークの解析なんて不可能。けどな、ヒノエを勇気づけることはできる。例え嘘でも、ヒノエの記憶保持の状態が良好だって言えたなら、これはヒノエにとって希望の光だ」
 嘘――それは許されざるもの。それは真実に張られた単なるメッキ。
 メッキが剥げたら最後。現れるのは醜い真実。
 この人は嘘をついてヒノエ先輩を騙している。だけど、そこには悪意がない。
 絶望の淵に沈んでいたヒノエ先輩を、どん底から引っぱり上げようと苦心した結果の嘘なのだ。
 俺が詐欺師としてまき散らした嘘とは性質が違う。
「たったそれだけの為に、アンタは魔法効果の詐称をしたっていうのか?」
「その通りだ」
 天野先輩には、迷いというものがなかった。その表情にも、その言葉にも、その意志にも。
 嘘で真実をうやむやにしてしまうのは、きっと愚かな選択。だけど、この人はたった一人の女性を救うためだけに、アルカナ使いたちを騙す覚悟を決めた。それはヒノエ先輩にバレれば最後の危うい綱渡り。
 格が違いすぎる。自分の為だけに人を騙し続けたチンケな詐欺師とは、比べ物にならない。
「ははは、スゲーよ。スゲーよ、アンタ。どうしてそこまでのことができるんだよ。アンタは超人か?」
 自分がみじめで、可笑しすぎる。思わず笑ってしまった。
「いいや。いくら俺でも、普通ならこんなデタラメな嘘はつきたくないさ。今日みたいに、いつばれるとも知れない不安と戦うのも精神衛生上よくないしな」
「だったらどうして?」
「そういうところは鈍いんだな、お前さんて。翔馬って未だ初恋の慕情を抱いた経験ないだろう?」
「え、縁がなかっただけだ」
 ずばりと指摘されて、ちょっとだけムッとする。
 仕返しのつもりで言ってやった。
「アンタの場合は、十年間も実らない恋を続けてるじゃないか。一体どんな相手なんだよ」
 言い返してから、改めて不思議な気分になってしまう。本当に、この人の片思いの相手ってどんな人なんだろうか。
 みんなして、天野先輩の片思いの相手の人物像を後回しにしているきらいがある。おそらく、『十年間の片思い』というキーワードのインパクトに隠れてしまったのだろう。
「いいだろう。本当は本人が明かされるのを嫌がっているから、よっぽどのヤツでもない限り教えてやらんのだが……。オレの嘘を見抜いたんだから、お前さんは、よっぽどのヤツだ。教えてやろう。オレの好きな相手はね――」
 一拍の間をおいて、天野先輩は十年間想い続けた相手の名前を告げた。
「――丙火野江だよ」
 そのフルネームは昼休みの喧騒に、静かに溶け込んでいた。

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