アルカナ・ナラティブ/第5話/08

 今日来れるメンバーが部室にそろったのは、それから十分ほどしてから。
 机を円状に並べて、会議みたいな形になっている。
 今日の参加者は全部で六人。メンタルヘルス部側から天野先輩、三国先輩、藤堂先輩の三人に加えて俺と周防と……ヒノエ先輩。
「どうしてヒノエ先輩までいるんだ?」
 ヒノエ先輩はメンタルヘルス部でなければ、今日のリストカット事件の関係者でもない。どういう経緯でここにいるのだろうか。
「私も立花君の件は小耳に挟んでいてね。昨日のボーリング場での一件もあったので失礼ながら参加させてもらうことにしたのだよ」
「野次馬根性ではなく?」
「痛いところを訊いてくるね。多少はあるかもしれんな、そういった部分が。ただ、天野曰く本日の話し合いはアルカナ使いしか参加しないとの話だったからな。アルカナ使いとして情報を共有させてもらうのも悪くないと思っているのだ」
「今日の説明は珍しくわかりやすいな」
 ヒノエ先輩の言葉の中身より、構成自体がしっかりしていることにちょっと驚いた。いつもは、話が前後したり、言葉が足りなかったりするのに、今の説明は筋道が立っていた。
「私も日々精進しているのだよ。それよりも天野、そもそも何故こうして周防君に事情説明を求める必要がある?」
 ヒノエ先輩の問いに、天野先輩は、
「へ?」
 間抜けた声を上げた。
「貴様の魔法なら、有馬君か陸原君に触れれば一発であろう」
 先輩は何気なく訊いてきたが、それは天野先輩にとって急所である。
 何せ、本当のところ天野先輩は人の頭に触れただけで記憶を読み取るような能力はない。嘘なのだ。しかも、そんな手の込んだ嘘をついているのはヒノエ先輩のため。
 一番嘘がバレてはいけない相手から、痛烈な一撃が飛んできたに等しい。
 しかも、下手に嘘をつこうものなら、ここにいる周防にそれが露呈してしまう。
 見ているこっちが冷や冷やものだ。
 ちらり、と天野先輩の表情を確認。
 焦っている様子はない。本当に余裕なのか、それともただのポーカーフェイスか。
 進退きわまる場面。天野先輩は、こう答えた。
「だって、オレの掴んだ情報だと、有馬も陸原も帰っちまったらしいから。帰ったヤツの頭には触れられないよ。それにオレは一刻も早く事態を把握したいんだ。それだったら、いない人間に焦点を当てるより、目撃者の話を聞いた方が早い」
 喋り方は立て板に水。不自然な詰まりは一切なかった。それでいて一切の嘘もついていない。
 有馬と陸原が家に帰っているのは事実。
 帰った人間の頭に触れられないのは言わずもがな。
 一刻も早く事態を把握したいというのは天野先輩の心情として当然の流れ。
 目撃者の話を聞いた方が早いのは当然の結論。
 自身の魔法の本質についての言及をさけ、天野先輩は見事にこの危機を乗り切った。
 やっぱこの人、ただの馬鹿じゃないんだなあ。
「では、というわけで、今回のことのあらましを話してくれないかな、周防さん」
「わかりました。有馬さんと陸原さんの喧嘩は、何でも陸原さんの好きな人を、有馬さんが取った、という話から端を発しているみたいです」
 周防が語りだす。
 俺はそれだけで凄いことだと思っている。
 というのも、有馬はうちの女子では中心的な存在。その彼女のいざこざを、こういう場で報告するのはとても勇気が必要だ。下手をすれば、チクリ魔としてクラスで迫害を受けかねない。
 周防は中学時代にイジメを受けていた。なら、どんな些細なことがきっかけでまたイジメを受けるかもしれないと最大限の警戒をするのが自然。
 けれど、周防はそれをしなかった。
 不用意な行動だ、と蔑むことはできない。
 この部室に来る前に、俺は周防に訊いていた。本当に、有馬と陸原のもめ事を話す気なのかと。
 有馬に知れたら、ややこしいことに発展しかねないとも告げておいた。
 それでも周防は、言ったのだ。
『陸原さんの腕にはたくさんの傷があった。私は、リストカットをしている人がいるならやめさせたい。でも、きっと私の力だけじゃ無理なんだと思う。だから、陸原さんに近い人の力を借りるために、私は喋る。……自分一人で解決できないから、人に頼るって、情けないね』
 彼女は、悲痛そうな顔だった。
 己の覚悟と、己の力量がイコールで結ばれない。これは歯がゆいジレンマだ。
 俺は、そんな彼女に声をかけてやることができなかった。彼女の覚悟に比べると、どんな言葉を吐いても薄っぺらになりそうで怖かった。
「有馬が、陸原の好きな人をねえ。それに対して有馬は何か言ってたか?」
 天野先輩は人差し指で自分のこめかみをカツカツと叩く。
「『あんなのは相手が勝手に私を好きになっただけで、私は関係ない』って言ってました」
「その話の流れからすると、陸原は好きな男を取られたと思い込んでいるけど、実際はそうじゃない。陸原が好きになった男は、有馬が誑かしたわけでもなく有馬を好きになりました、と。よくある恋の三角関係ってヤツだな」
 天野先輩は総括する。
「身も蓋もない言い方ですが、そうみたいですね。有馬さん、嘘をついていませんでしたし」
 周防が嘘をついていない、といえばそれは確定事項。
「どうするのだ天野。これは単なる色恋沙汰の痴話喧嘩。第三保健室たるメンタルヘルス部の介入するような話ではないように思えるぞ」
 言ったのはヒノエ先輩。何気なく言うが、気になる単語――。
「第三保健室は昼休みだけの仕事だけどな」
 天野先輩もしれっと返す。ヒノエ先輩の独自開発の単語ではないようだ。
「第三保健室って何だ?」
 二人だけで話が進むのも癪なので訊いた。
 天野先輩は肩を竦めながら答えた。
「昼休みのメンタルヘルス部の活動が、一部の教師陣からそう呼ばれているんだ。それがお褒めの言葉か、単なる揶揄なのかはビミョーだけどな」
「昼休みに何してるんだ?」
「部活動をしたいから、多目的教室を解放してくれ、って頼んでるだけだよ」
「昼にまで部活やってるのか?」
「まさか。一応、正規の活動は、心と体の健康を考える会みたいなノリだけど、昼休みまではやんない。オレの基本方針は『頑張り過ぎはウツ病の始まり』ってカンジなもんだし。どうして解放してるかっていうと、昼休みになると迷子になっちゃう子がいるからなんだわ」
「昼休みになると迷子?」
 妙な言い回しだ。昼休みになると方向感覚がいきなり無くなるヤツでもいるのか? いや、それはない。となると、比喩的な意味合いか。
「翔馬のクラスにはいないか? 昼休みに一緒にご飯を食べる友達がいないヤツって」
「いない……とは言い切れないな。流石にクラス全員の行動は把握できない」
 いくらその手の情報に神経質な俺でも、そこまでは調べようとは思わない。昼をどこで食おうと、そんなものは個人の自由だ。
「じゃあ、仮にそういう子がいたという仮定で話を進めよう。うちの学校では、そういう子は大抵昼休みには保健室でお弁当なり、学校で売られてるパンを食べる」
「保健室で? 体調が悪いわけでもないのに?」
「身体の調子が悪くないけど、保健室に行く子は、今時大勢いるよ。更に言えば昼休みはどこにも居場所をつくれないヤツでごった返す。だから、その状況を見て先生方の一部は言う。『第一保健室は、今日も大盛況だ』と」
「やっぱり、学校では昼休みは誰かと食べるのか『普通』なのか」
 俺は昼休みどころか、朝昼夕と実の親と食卓を囲んでいる記憶がない。子どもの頃はコンビニのパン屋弁当だけポンと渡されて、部屋の隅で一人で食っていた。誰かとちゃんとご飯を食べる、というのを覚えたのは詐欺事件で捕まり、叔父夫婦に引き取られてから。
 幼心に『ご飯はみんなで食べるもの』と刷り込まれていないので、本当は一人でもきっと大丈夫。
 でも、周りを見ていると、それはどうやら『普通』ではないことに気づいたのは四月の早い段階。以降はなるべく誰かと食べることを心がけている。
「学校で一番難しい時間は数学でも英語でもない。昼休みだ。昼休みに生じる人間関係の力学は複雑系だ。大抵のヤツは何気なく過ごしているが、その『普通』が特殊であるともっと自覚すべきだね」
 神妙な口調で天野先輩は言った。
 何故か、俺以外のメンツがうんうんと頷き同意する。そういうものですか、昼休みって。
 俺だけ理解できないので、なんだか居たたまれない気分になってきた。
 しょうがないので話題を修正する。
「この部室が『第三』保健室なら、『第二』はどこだ?」
「図書室だよ。あそこなら一人でいても人の目って案外気にならないから。だけどさ、あの部屋、飲食禁止だろ。居場所をつくる為だけに、昼に飯を抜くのはキツい。そこら辺の需要を踏まえて、うちの部室を解放したのだ。表向きは昼にも活動していることにしてね。本当の解放理由は、居場所のない子のための居場所づくり」
「でも、それって教師に嘘をついてるようなもんだろ? いいのか?」
「意外にも優等生な発言だね」
「そんなんじゃないよ。ただ、嘘をつくってのはどうなのかなあ、と思っただけだ」
「もちろん、嘘はいけないことだ。でも建前がないと回していけないこともある。道徳を嘲笑って、それで救われる人間いるってんなら、オレはいくらだって馬鹿にしてやるよ。それがオレの選択だ」
 天野先輩は、誇る風でもなく、自嘲する風でもなく、ごく自然にそう言った。
 ああ、そうか。
 これが天野先輩の本質なのだ。
 この人にとって『嘘か真実か』は二の次なのだ。それは俺にとって世界を二分する道徳律なのに、この人にとっては単なる脇役。
 人を幸せにできるか、そうでないか。
 この人にとってはそれが一番の関心事。その為ならば『道徳』を嘲ることすら厭わない、ある意味で真に洗練された道徳律。
 この人は、どうしょうもなく【司祭】なのだ。法と道徳を司るという意味を持つ大アルカナに対応したアルカナ使い――。
「まあ、メンタルヘルス部のやってることは、教師の中では賛否両論らしいけどな。苦しんでいる子に救いの手を差し伸べているという点を評価する人もいる。一方で、生徒が教師に嘘をついて一つの部屋を不法占拠しているって言う人もいる。職員室も一枚岩じゃないってことだな」
「前にこの部が校長に目をつけられてるって言ってたな。もしかして、反対派の筆頭は――」
「そう、学校長様。校長曰く『生徒が教師に対して本音と建前を使い分けるのはけしからん。昼休みの多目的教室の使用を断固禁止すべきだ』との話。でもまあ、さっきも言ったように職員室は一枚岩じゃない。校長の次に偉い教頭と、その次くらいに偉い学習指導部長と生徒指導部長はオレらの活動の擁護派。とまあ、どうもうちの部は職員室内の派閥抗争に巻き込まれているっぽい」
「もしかして、この部は職員室の火薬庫か?」
「かもね」
 気楽に言ってのける天野先輩。三国先輩と藤堂先輩は、そんな彼を咎めるでもない。この人たち、高校生にして肝座り過ぎ。
 なんだか、生臭い話を聞いてしまった。
 だけど、教師陣とて人間の集まりだ。意見の食い違いはあって然るべき。
 今の天野先輩の話で、メンタルヘルス部の人々が陸原のリストカット事件に神経質になるのも納得がいく。第三保健室の主催たるメンタルヘルス部部員が、教室でリストカットとなれば、それは立場が悪くなる。
 陸原の起こした事件は、思っていた以上に根が深そうだ。
 そう考えていると、
「失礼するよ」
 部室への闖入者の姿が出入り口にあった。
 ――え?
 俺は思わず目を疑った。
 噂をすれば影がさす。
 そこにいたのは、メンタルヘルス部の活動の否定派筆頭、我が校の校長だった。

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