アルカナ・ナラティブ/第5話/10

「オレにいい考えがある」
 自信満々に切り出した天野先輩。
「天野、その台詞は典型的な失敗フラグだ。自重しろ」
 ヒノエ先輩はばっさりと切り捨てる。
「お待ちください部長。少しだけでいいので話を聞いていただけませんか」
「この部の部長はお前であろう。まあ、私も魔法研究部の部長なので間違いではないが」
 コントみたいなやりとりからは深刻さを感じない。彼らなりに、場の雰囲気を和らげようとしている……と受け止めておこう。
「ヒノエ先輩、天野先輩がいい考えがあるっていうのは、嘘じゃないので、聞いてみたらどうでしょうか」
 周防の進言に、ヒノエ先輩は頷く。
「ならば良いだろう。発言を許す」
「あれ、何で上から目線? まあいいや。まず俺のプランの骨子を三つにわけて説明したい。はいみんな黒板に注目」
 天野先輩はチョークを手に取り、黒板に文字を書き込んでいく。

・ターゲットは理事長
・スクールカウンセラーを巻き込め
・陸原、涙の嘆願

「――の三本です」
 日曜の国民的アニメの次回予告みたいに言う天野先輩。もっとも流石にじゃんけんぽんまではやらないが。
 まずは要点を少ない数でまとめるのは、プレゼンテーションの基本。天野先輩はそこら辺をわきまえている人らしい。
「まずは、『ターゲットは理事長』についてだけど、これは別にオレが考えたわけじゃない」
 プレゼンテーターの発言に、皆が「え?」と首を傾げる。
「要するにね、オレは校長の言わんとしていることを汲み取っただけなんだ。あの人が去り際に何と言ったか思い出してみた」
 指摘されて、ヒノエ先輩は、
「――『最後にこれだけは言っておこう。私の中ではメンタルヘルス部を廃止すると決定した。この意志は到底のものでは動かないものだ。更に言えば、この学校の教員の命令系統のトップはこの私。故に、私の命令を覆せる教員など存在しない。他の教員を取りこもうなどという手ぬるい方法をとろうなどとは思うてくれるなよ』であったな」
 エアコピペという名の暗唱を実行。一切の情報を忘れない魔法とは、かくも便利なものだ。
「そう、つまり、この一件は校長に直接プレゼンしても無駄。かといって、校長よりも地位の低い先生の話を校長は聞く気がない。となると、後は理事長に訴え出るしかないという結論になる」
 理路整然と天野先輩は説明してくる。身も蓋もない言い方をすれば、権力者を、更に権力を持った人間で押さえこもうという作戦。卑怯臭いが理にかなっている。
「なんだか、校長の言い方だと、俺たちにヒントを残したみたいだな」
 と俺。校長の台詞を吟味する限り、答えではないにせよ、答えを導けるような言い回しだ。
「多分、翔馬の考えはあってるぜ。校長は暗に理事長を使えと言っている。校長自身はメンタルヘルス部に立ちふさがる壁となり、部員たちの成長を促そうと企んでいる」
「あえて敵役を演じている、と? それはちょっと校長を善人として捉え過ぎだと思うぜ」
「うん、否定はしない。でもさ、立ちふさがる相手を『憎き敵』とるか『一つ壁を乗り越えるチャンス』と捉えるかで、その後の行動って全然かわってくると思うんだ。どうせだったら、自分たちが成長できるように解釈した方が、将来的にはプラスに働くよ」
 辟易するぐらいに天野先輩は善人だ。だからあえて苦言を呈した。
「仮に人間のクズみたいな詐欺師を相手にしたら、アンタ尻の毛まで抜かれて鼻血もでなくなるぜ」
「かもね。でもまあ、オレの見立てでは少なくとも校長はそういう人じゃないよ。校長の仕事の第一目的ってのは学校を良くしていくってものだ。あるいは、教育の質の向上かな。そういう職務をちゃんと全うしようとしている人さ」
 人を信じすぎだ、この人は。少しうんざりすると同時に、どうしょうもない羨望を抱く。
 詐欺師として裏の世界を見すぎた俺には、心の底から人を信用するなんてきっと出来ない。したくでも、出来ないのだ。
 自分にないものを持つ天野先輩が妬ましかった。
「さて、話を戻そうか。校長にとって、部員が問題を起こしたメンタルヘルス部を潰すってのは、目的じゃなく手段だと仮定する。なら、逆を言えば、学校の質を良くするって目的さえ満たせば、他の手段を代替案として提示すればいい。多分、校長は教師の目じゃなく、経営サイドの目を通して是非を判断したいんだと思う。仮に校長が承認しても、この学校の裏番長たる理事長が却下してしまえばそれまでだ。だから、俺たちの想いや考えは、俺たち自身が理事長に直接訴える必要がある」
「その代替案ってのが二番目の『スクールカウンセラーを巻き込め』ってヤツか」
「イエス。うちの部ってさ、いままではほぼ生徒だけで運営されてた部分があるんだよね。生徒たちが議案を持ち寄って、あーでもねー、こーでもねー、って意見を出してただけ。うちの部に欠けていたのは専門家の意見。もちろん、今までも困ったことがあったら保健室の先生の話も聞いたりしてた。でも、それはあくまでイレギュラーなことがあった場合だけ。だからこれからは、ちゃんとした顧問を誰かに任せてみたらどうだろうって話なんだ」
「どうしてその顧問がスクールカウンセラーなんだ? 保健の先生じゃ駄目なのか?」
「理由は主に分けて二つ。一つは、スクールカウンセラーが保健の先生よりもメンタルヘルスの分野では専門家だから。スクールカウンセラーってのは学校の先生じゃない。臨床心理士や精神科医のなるもの。専門家がバックにいますってのは、大きな説得力を持つ。二つ目の理由は、スクールカウンセラーは教師じゃない点にある。教師じゃない、ある意味で外部の人なわけだ。そういう人に指導を受けているというのは『地域と繋がる学校』というイメージ作りにうってつけ。経営者側にとって、そういうイメージ戦略に繋がりそうなことは捨て置けないはずだ」
 すらすらと、どこかにカンペでもあるかのように天野先輩は語る。
「よく、この短い間にそこまで頭が回るな。アンタ何者だ?」
「いや、実はこれ、前々から構想はあったんだ。ただ、そこまで急進的に部を変化させる必要もないと思って自分の内にとどめていただけさ。何もせずに妄想のまま卒業でも良かったんだけど、事態が事態だから頭の中から引っ張り出した。今回の件はピンチだけど、同時にチャンスだよ、うちの部が更に進歩していくという点においては」
 ピンチはチャンス――なんてのは言葉にするのは簡単。だけど、実際に出来るヤツはそうそういない。なのにこの人は、今まさにそれを体現しようとしている。
「さて、最後はオレの中でも微妙なんだけど『陸原、涙の嘆願』――つまり、スクールカウンセラーの説得に陸原が出て言ってもらいたいんだ。いやまあ、涙を流すかまでは陸原次第だけどね」
「どうして彼女を?」
「それも理由は主に分けて二つ。一つ目は、今回の一件の発端が陸原にあるから。オレたちだけで勝手に話を進めてしまっては陸原のためにならない。もう一つは、うちの部でメンタルが一番SOSを発信しているのは陸原だから。オレや他のメンバーが出ていって小賢しい理屈をならべるよりも、陸原が心から説得なりお願いした方が効果はあると思うんだ。――以上ですけど、他になにかご質問ある方、挙手をお願いします」
 室内のメンバーに視線を送る天野先輩。
「はいはい、質問あるよ!」
 元気よく手を挙げたのは三国先輩。
「はい、なんでしょうか?」
「アマノッチが言いたいことはわかったし、あたしは賛成だよ。でも、今日ここに来てない子たちの話は聞かないでいいの?」
 メンタルヘルス部の部員は、今ここにいる人たちだけじゃない。もっとも、俺は陸原以外の欠席者の顔は知らないが。
 三国先輩の指摘はよくわかる。天野先輩の提案は部の活動内容自体が変わりかねない作戦。ここにいるメンバーだけで動き出していいとは言い難い。
「いい質問ですねぇ。まさに三国の言うとおり。オレらだけで話を進めるのは大変マズい。事後報告で部が内部分裂を起こしたら泣くに泣けない。だから、三国と藤堂には、これから他の連中への説明と説得をしてもらいたいんだ。細かい擦り合わせはそっちに任せるけど、藤堂がメールで細かい要件を文章で伝達。三国は通話ができない藤堂をサポート――どうだろうか」
「了解。藤堂先輩は?」
 三国先輩に訊かれた藤堂先輩はスマートフォンを操作する。
『もちろんOKですσ(゚ー^*) がんばりましょう』
 画面にはやる気に満ちた言葉と顔文字。これは心強い。
「他に質問は?」
「私たちがやることは決まったとして、天野先輩は何するの?」
 三国先輩の更なる質問。
「俺? 俺は甘いものでも摘まんでるよ……ていうのは冗談で、理事長やスクールカウンセラーに見せる資料の作成さ。さっき説明したのは大雑把な方針だからね。もっと細かく詰めた内容の書類を作っておきたいんだ」
「おおー、なんか本格的なプロジェクトみたい。『地上の星』がBGMに欲しいね」
「ナレーションはもちろん田口トモロヲで。――と、大事なことを言い忘れてた。ヒノエ、翔馬を貸してくれ」
 へ? 俺?
 いきなりの指名に、きょとんとしてしまったのは俺自身。ヒノエ先輩も当惑している。
「何故私に訊く? そんなのは翔馬君本人の意思だ。……参考までに聞いておくが、翔馬君を何使う気だ?」
「資料作成のお手伝い。俺一人でも作れなくはないが、一人でやると独りよがりな資料になりかねん。そこでチェックしたり、意見をくれるヤツがいると実にありがたい」
「だそうだ、どうかね翔馬君?」
 話を俺に振ってくるヒノエ先輩。
 俺は当然ながら、
「断れる理由がない。こうなったのは俺のせいなんだ。俺にできることなら何でもしてやるぜ」
 失敗の尻拭いができるなら、何だってやってやる。でも、人を騙すのだけは勘弁な。
「ならば作戦開始に必要な条件はオールクリア。さーて、パーリィの始まりだぜ!」
 どこぞの戦国武将のように宣言する天野先輩。
 こうして、メンタルヘルス部の命運を賭けた戦いは火蓋を切って落とされたのである。

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