アルカナ・ナラティブ/第5話/12

「そういえば……」
 ノートパソコンで、天野先輩が書いている文面を確認しながら、ふと思い出す。
「どうした、どこかにミスでもあったか? 文句があるならじゃんじゃん言いな。テーゼとアンチテーゼがぶつかって、物事はジンテーゼに止揚されていくのだからな」
 天野先輩はこちらを振り向く。哲学用語を駆使するとは、ある意味知的。だが、高校一年生に向かって言うのはどうだろうか。普通、高校生はヘーゲルの弁証法なんて知らんぞ。
「ミスとかじゃねえよ。俺、天野先輩がみんなに魔法を偽ってるってのは聞いたけど、本当の魔法について何の情報も与えられてない」
 俺としたことが、うっかりしていた。アルカナ使い研究書に書かれている魔法効果が偽りなら、当然真の魔法は存在する。
 魔法効果を偽っていた、という第一の事実が先行しすぎていたのが原因だ。もう少し突っ込んだ内容にまで頭が回っていなかった。
「それは……知らないと命に関わる問題か?」
 珍しく言い淀む天野先輩。気まずさからなのか、俺と目を合わせようとしない。
「そこまで大げさではないけど、でも知っておいて、俺に損はないな。アンタが魔法を悪用しないとは言い切れないし」
「それなら問題ないよ。俺の魔法はアルカナ使いの中でも、きっと一、二を争うほどのショボさだから。悪用できるものでもないし、魔法を使って人助け、なんてこともきっとできない」
「そうまで言われるとかえって気になるな。言わないと、アンタが魔法効果を偽ってるのを皆にバラすぞ?」
 軽く脅してみた。嘘やブラフではないにせよ、半分冗談だった。
 しかし、これに天野先輩は、
「ワタクシめの真の魔法は、『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』でございます」
 あっさり白状した。そのあっさり感は関西風のお出汁のようであった。
 弱いなあ、この人。
『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』――ねえ。
 本当に、ショボいな。というか、それは魔法なのか?
 俺の中での魔法という言葉の定義に、また新たなヒビが入った。アイスピックで突けば真っ二つに崩壊しそうなまでのヒビである。
「オレだってせっかく魔法が使えるんだったら、もっと格好良い魔法が良かったよ。例えば通り名がマジックガンナーになるくらいの魔法が使えたらどれだけ素敵だったか!」
「落ちつけ、それは確かに憧れるが、理解がない人間からは中二病と馬鹿にされるぞ」
「中二病、上等じゃないか。青年心理学的な考察も添えてお願いしたいね」
「青年期の人間が、青年心理学なんて勉強したら余計に混乱しそうだけどな。で、話が若干逸れたが、どうして手に入れた魔法が『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』なんだ?」
「それはほら、【司祭】イコール『聖職者』で、『聖職者』ニアリーイコールで『教師』みたいな連想ゲームじゃないかな」
【司祭】とは、人々から尊敬され信頼されようと努める道徳者を意味する。同時に司祭は信仰心と慈悲心を持ち合わせ、人々に正しい道を指し示す。正しい道を指し示すとは、強引に解釈すれば『教育』といってもいい。
 キリスト教に馴染みがないならば、学校の先生を想像してみるのもありだ。教師という仕事はその昔『聖職』と呼ばれていた。道徳と教育は密接な関係にあるのだ。
 教育――つまりは相手を成長させること。そういう風にとれば、まあ【司祭】のカードと、天野先輩の魔法が通じていないとは言えなくはない。
「アルカナ使い限定ってのが、また変わってるな。アルカナ使いの魔法がコンプレックスの顕現だっていうなら、あんたはアルカナ使いにコンプレックスを持っていたことになる。それも高校入学以前からだ。一般には秘匿の存在のアルカナ使い限定の魔法が、何故アンタに宿る?」
「理路整然とした説明をありがとう。お前って、ユングのタイプ論に当てはめたら確実に思考型の人間だよな。いや、話が逸れたな。オレはね、アルカナ使いというよりは、ヒノエみたいに心に闇を抱えた人間の支えになりたかったんだ。アルカナ使いって、往々にして心に割り切れなさを抱えた連中だから。そういうヤツらを導ける存在になりたいって想いが、『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』っていうしょっぱい魔法を発現させたんだと思う」
「心に闇を抱えた人間か……」
『心の闇』なんて言い回しは、ニュースのコメンテーターや評論家の手垢で黒ずんだ表現。けれど、アルカナ使いの本質を表すには持ってこいの比喩。
 自分の存在を対象に錯覚させる魔法も、他者の嘘を見抜く魔法も、一切の情報を忘れない魔法も、皆それぞれが解消できなかった心のしこり。
 俺たちの魔法が、伝奇小説に出てくるみたいなカッコイイ能力になるわけがない。アルカナ使いにとっては烙印なのだ。無様に這いつくばってでも、乗り越えなければならない心の問題の表現形としての魔法。
「アンタの魔法も、やっぱり心の闇……なのか?」
「闇というよりは病かな。一言で言ってメサイア・コンプレックス。救世主願望。誰かを幸せにできたなら、それは自分がこの世に生きてきた意味になるに違いないという、独善的なお節介」
「お節介か……。じゃあ、アンタはアルカナ使い全員に魔法を使いながら接しているのか?」
「いいや、それはちょっと違うな。オレが魔法を使える相手はね、一度でも【呪印】を見たことがあるヤツに限る。だから、翔馬には魔法を使ってアドバイスができても、ヒノエには無理だ。聞いた話じゃ、アイツの【呪印】は鎖骨の下あたりにあるらしいからな。カレシでもない男の子には無理な話だ」
「ふーん、あれ、でも俺、魔法研究部でヒノエ先輩から自己紹介を受けたときに、あの人フツーに【呪印】を見せてくれたぜ」
「な、なんですと!?」
 仰天する先輩。演技や大仰な態度という要素は微塵も感じさせず、魂からのリアクションであることが窺えた。
「け、けしからん。まったくけしからんよ。翔馬、お前はリア充だ。よって今すぐ爆発しろ」
「だったらせめて火薬と信管くらいはそっちで用意してくれ」
「……! 『虎を退治して欲しければ、屏風から出してくれ』と一休さんに言われた義光公の気持ちが理解できた。いや、今の御時世ならネットで買えそうだけど、そんなんでお縄につくのも馬鹿げてるな。お前の勝ちにしてやろう。べ、別にアンタの身体が大事とか、そんなんじゃないんだからね!」
「そんなツンデレはいらん。ところで、【呪印】を見たなら魔法が使えるってことは、こうして俺を助手にしたのは……」
「あ、それは考えが飛躍しすぎ。俺の魔法は、あくまで成長させる方法が『わかる』だけなんだ。だから、わかった方法を実際に行使するかは俺次第。でもさ、魔法の乱用は精神衛生的に良くないってのはアルカナ使いの先輩の失敗と挫折から実証済み。なんで俺は、純粋に翔馬の能力を買ってお誘いしたんだよ」
「本当に?」
 聞きながらも俺は直感していた。元詐欺師の勘が、この人は本当のことを言っていると囁く。もっとも、あくまで『勘』であって周防の魔法ほどの感度ではないが。
「本当さ。嘘だったらハリセンボンの箕輪だろうと近藤だろうと飲んでやらあ」
 そういうテキトーな言い回しが、自分の発言から真剣さを揮発させていることに……気づきながらあえて言ってるんだろうな、この人。
「オーライ、わかった。アンタの話を全面的に信じるよ。お互いの信頼関係を再構築させたところで、さあ、資料作りに戻ろうぜ」
 俺はわざとらしく、パンパンと手を内ならす。
「信頼――良い言葉だね。個人的な人気ランキングでは、タナボタの次くらいにくる言葉だ」
 そういうと、天野先輩は再度デスクトップのモニターに向かう。
 ところが、ふと気づいて漏らすのだ。
「はて、オレの個人情報はダダ漏れなのに、オレは翔馬についての情報を大して得ていないのはこれ如何に」
 鋭い指摘だ。
 俺はこれに、
「口よりも手を動かそうぜ」
 とテキトーに応えておいた。
 天野先輩の指摘通り、これまでの会話にはカラクリがある。いやまあ、カラクリといって良いのかはビミョーなほどに些細なものではあるが。
 つまり俺は、この件に関して、聞き役に回るように徹していたのだ。頷きと適度な質問で、人間はいとも簡単にジュークボックスになってくれる。
 ちゃんとした聞き役がいるなら、喋っていて気持ちいいものだ。こちらも情報がたんまりと引きだせるのでお得である。
 人間、口は一つしかついていないが、耳は二つもついている。話すことよりも、聞くことの方に重心を置いた方が、人生上手く回っていくのである。以上、瀬田翔馬流の処世術でありました、まる。

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