アルカナ・ナラティブ/第5話/13

 スクールカウンセラー説得作戦は、順調な運びであった。
 メンタルヘルス部員全員の承諾を得ることには成功。
 スクールカウンセラーとの話し合いの場を設けることにも成功。本日の放課後に天野先輩と陸原の二人で会いに行く。
 更に理事長と会う約束もすでに取りつけている。
 プレゼン用の資料は、スクールカウンセラー用が完成済み。理事長用に関しても、スクールカウンセラーとの話し合い後に微調整を行えば済む仕様になっている。
 とても段取りが良い。驚くべきは、今回の作戦を指揮した天野先輩の辣腕ぶり。元投資詐欺グループの元締めの俺すら舌を巻く。普通の高校生でも、決して無力ではないということを示してくれた。
 しかし、物事は順調に進んでいるときが、一番気を引き締めなけらばならないときだったりする。
 緊急事態は、スクールカウンセラー説得の当日に起こった。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 昼休みの魔法研究部に、一昨日の放課後にメンタルヘルス部の部室に集ったメンバーが再集結していた。
 招集をかけたのは天野先輩。本当はメンタルヘルス部の部室で話し合いを行いたかったらしい。しかし、昼休みは第三保健室としてメンタルヘルス部部室がふさがっている。そのため、急遽、魔法研究部部室に集合した次第だ。
 招集された理由は、一通りメールで説明されていたが、天野先輩は改めて口を開いた。
「陸原が逃げました」
 精根尽き果てた、抑揚のない声。テンションが枯れ果てているかのような姿。
 ソファに座り込んでうなだれていた。
 先輩からのメールによると、そもそも陸原は今日、学校にすら来ていないらしい。
 自分が発端で今回の一件が起きているのに、なんと自分勝手なヤツだ。
「立花ちゃんは、どんなメールを送ってきたの?」
 生ける屍と化している天野先輩に訊いたのは三国先輩。普段はにこやかな笑みを常に浮かべている印象の彼女だったが、今ばかりは深刻な表情。
 天野先輩は緩慢な動作でケータイを操作。
「これが陸原からのメールだ」
 ケータイを三国先輩に渡す天野先輩。三国先輩だけでなく、この場のメンバー全員が覗きこむ。
『やっぱり、私にカウンセラーの説得なんてムリ。どうせ私はダメ人間だから。生きていてゴメンナサイ』
 メールを読んだ感想はただ一つ。
 ――反吐が出る。
 ゴメンナサイという一言でこの事態を片づけて良いわけがない。
 自分がどれだけ仲間に迷惑をかけていると思ってるんだ、こいつは。
 ゴメンナサイという言葉を、ここまで軽々しく使えるんだから大したものだ。
 それは自分の全てを賭けて償って、それでも駄目だったときに初めて許される言葉だ。
 陸原のように、まだ何もしていない人間が口走っていい言葉では断じてない。
 憤慨の暗い焔は、黒い煙を立てながら俺の中でくすぶる。
 だけど本当はわかっている。この怒りは断じて義憤ではないことを。
 要するに俺は恐いのだ。陸原の逃走によって計画が破綻してしまうのが。
 こうなった一因は俺にもある。もしも計画が失敗して、今回の責任の所在が求められたときに、俺に非があると責められることは恐ろしい。
 自分のせいで誰かが不幸になるのは耐えられない。
 誰かが不幸になった原因が自分であると責められるのは辛い。
 だから、今回の計画が潰えたときの、心の安全弁として俺は陸原に対して憤慨しているのだろう。
 もし、全てが破綻した瞬間に、それが陸原のせいだと責任転嫁できなかったら、きっと俺は潰れてしまう。
「はあ……」
 嫌気がさして溜息を一つ。
 真に嫌悪すべきは俺のこういう理屈っぽいところかもしれない。
 心で感じるだけに留めておけばいいことを、延々と理屈を並べて自己分析。しかも、その内容はことごとく後ろ向き。
 我ながら根暗なヤツだ。周りに俺みたいなヤツがいたら、俺は絶対そいつと友達になれない。
「あー、オワタ……」
 俺とは別の意味で、暗い表情をしている天野先輩の口から、絶望の言葉が零れ出す。
「やれやれ、男という動物はいざというときに肝が据わっておらんからいかんな」
 辛辣な言葉を投げてきたのはヒノエ先輩。ヒノエ先輩の言葉は魔弾となり俺の胸を撃ち抜く。
 先輩は天野先輩の隣に座ると、
「おい天野、こちらを向け」
 天野先輩の頭を掴み、強制的に首を九十度回転させる。
 最初は仏頂面だったヒノエ先輩が、まるで花咲くように、ゆっくりと微笑んだ。
「天野、目をつむってくれ」
 ヒノエ先輩は言った。
「どうして?」
 突然の注文に、きょとんとしてしまう天野先輩。
「これからすることが恥ずかしいからだ。男だったらそれぐらい察しろ」
 再びブスっとした顔に戻るヒノエ先輩だったが、天野先輩は、
「ももももも、もちろん良いですとも! うをぃ、これなんて記念日?」
 テンションが青天井かといわんばかりの急上昇。
 天野先輩が目をつむると、ヒノエ先輩は徐々に彼へと顔を近づける。
「うおッ、大胆!」
 叫んだのは三国先輩。ちょっとは空気読もうぜ?
 一同の期待と羞恥心が高まる中、艶めかしいイベントは……起きなかった。
 一端天野先輩に近付けた顔を、ヒノエ先輩は一気に後方へ引きもどす。その後、天野先輩の額へ向けて、ヒノエ先輩自身の額をありったけの速度で激突させる。
 平たく言うと頭突きである。
 ゴスッ!
 聞いているだけのこっちまで頭の痛くなりそうな衝突音、否、激突音。
 ヒノエ先輩の頭突きは、クリティカルに天野先輩の額へと突きささる。
「にぎゃぁぁぁッッッ!!!」
 青天の霹靂といってもいいであろう事態。天野先輩の悲鳴はけたたましかった。部室の壁を突き破り、外にまで漏れていたことだろう。
 天国から地獄へとつき落とされた哀れな男子生徒(三年生)は、部室の床を転げまわる。
 うわー、虫けらみたい。とか、割と客観視してしまう俺も相当に外道だな。
 一方、攻撃側のヒノエ先輩は、相当に石頭らしく涼しい顔。額が赤くなっている以外は普段と御代りの無いようで何より。
 そして、いつもの仏頂面で言うのだ。
「静まれ天野! 男の子だろう!」
 アンタは鬼か。
 男の子でも痛いものは痛いぜ?
 しかも、今のは完全なる不意打ち。仮に天野先輩が体育会系キャラでも今みたいなリアクションは然るべき。
 しかし、ここで天野先輩は並々ならぬガッツを見せた。
「サー・イエス・マム!」
 天野三等兵は、屹立するヒノエ軍曹の前で正座した。
 これが俗に言う『惚れた弱み』というやつか。頼むから、初恋未経験者がトラウマになりそうなイベントは見せんでくれ。
「天野! メンタルヘルス部の危機に、部長のお前がそんな弱気でどうする! どうにもならない事態を、どうにかするのがお前の仕事だろうが!」
 叱咤の言葉に、天野先輩は「ハハハ……」と乾いた笑い声をこぼす。
「違いねえ。最後まで足掻くのが部長の役目ってやつだよな。甘さを全くみせないなんて、ヒノエはつくづく人生だぜ」
 大仰な比喩に、若干ヒノエ先輩の頬が赤らんだのは俺の気のせいだろうか。
 ヒノエ先輩は以下のように返した。
「貴様がへこたれていたから喝を入れただけだ。べ、別にお前のヘタれた姿を見たくなかったとか、そんなんじゃないんだからな!」
 ツンデレ? それともツンダケ?
 女心はカオス理論以上に複雑だぜ。
 てか、ユーたちつきあっちゃいなよ。……なんてことは空気を読んで口に出せない俺。あえて空気を読まない勇気が欲しいぜ。
 額を擦りながら、天野先輩はヒノエ先輩の言い分を継ぐ。
「よろしい、ならば提案だ。陸原本人が来れないなら、誰かを陸原ってことすればいい。偽の陸原をスクールカウンセラーに会わせる。つまり相手を騙すってわけで、道徳的にどうよって話だけど、緊急時なので道徳なんて嘲りましょう」
 あっさりと解決策を口にする天野先輩。
 ……人を騙す。
 この人はあっけらかんと言ってのけるが、その重みを知っているのだろうか。
 いや、重々承知しているはずだ。ヒノエ先輩に希望与えるためだけに、自分の魔法を偽るくらいなのだから。その嘘をバレないように、常に最新の注意と努力に心血を注いでいるのだから。
 そんな人間が騙せばいいと言う。
 嘘はいけないこと。なぜならば、その嘘はいずれ自分に跳ね返り、そして破滅へと誘う。
 だけど、この人は自分の破滅を恐れていないのだろう。ただ、部活の長として、守りたいものを守るために嘘をつこうとしている。
 怖いから。それだけの理由で嘘をつくことを律している俺とは格が違う。
 だから彼が行く先が茨の道とわかっていても止められない。止められるわけがない。
 ところが、これに藤堂先輩が挙手する。
 彼女はスマートフォンを操作し、文面を作成。
『それは無理です。陸原さんは以前、スクールカウンセリングを受けていると言ってました。だから、カウンセラーの先生には陸原さんの偽物は通用しませんよ?』
 なるほど、あんな不安定な精神状態じゃ、確かにカウンセリングを以前から受けていても不思議ではない。
 カウンセラーが元から陸原を知っているなら、天野先輩の提案は破綻している。
 にもかかわらず、天野先輩は未だ涼しい顔。
「うん、それはちゃんと考慮しているよ。というわけで、翔馬、協力よろしく」
 先輩は、ニコッと笑うと俺の肩に手を置いてきた。
「ど、どうして俺の協力が必要になるんだ?」
 とぼけた風に言っているが、天野先輩の真意は掴んでいた。
 ただ、万に一つも俺の勘違いという可能性もある。だから、あえて質問したのだ。
 だが、天野先輩は冷酷な一言を刃の如く突きつけてくる。
「【レンチキュラー】」
 背筋がゾクリとした。
 自分の存在を対象に錯覚させられる魔法。
 元詐欺師として背負う業。
「確かに翔馬君の魔法を使えば、カウンセラーを騙すことは可能だな。しかし……」
 ヒノエ先輩が言う。
 その通り。俺の魔法をもってすれば、カウンセラーの認識を歪めることなどたやすい。
 けれども、それは詐欺以外の何物でもない。
 俺は過去に二度、レンチキュラーを使って人を騙した。
 一度目は、入学して二日目。ガラの悪い男どもに絡まれた周防を助けるため。
 二度目は、新入生キャンプの時。周防に巣食った元カレへのトラウマを克服させるため。
 一度目の時は、誰かを助けるためだからと言い訳できる。
 二度目の時は、あれは終わってすぐにネタばらしができたから、まだ耐えられる。
 そういえば、一度、三国先輩が持ってきたカンパ詐欺絡みの一件で、ハナエという少女を騙そうとしたこともあった。あれは誰のためでもない自分を貶めるための詐欺だったが、周防が止めてくれた。
 では、今回は?
 確かにメンタルヘルス部を救うため、といえば言い訳は立ちそうだ。
 けれど、騙されるスクールカウンセラー側からすれば、ネタばらしはされない。あわよくばずっと騙されたまま。
 何の害も無い人物を、ずっと騙し続ける――。
 それは、嫌だ。認められない。
 もう俺は、詐欺師には戻りたくない。
 けれど、メンタルヘルス部が廃部寸前にまで追い込まれたのは、俺が校長にたてついたから。
 自分が引き起こした責任は、行動という形で取らなければならない。
 善良な一人を騙してメンタルヘルス部に関わる多数を救うか、誰も騙さずメンタルヘルス部に関わる多数を不幸にするか。
 どっちを取っても、痛みを背負う選択。
 俺は頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。

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