アルカナ・ナラティブ/第5話/14

 喉元に突きつけられたのは究極の二択。
 頭を抱え考え込む俺を案じて、声をかけてくれたのは天野先輩だった。
「おいおいどうした。体調不良か?」
 的外れもいいところの心配だが、こんな不甲斐ないヤツを心配してくれる人がいるだけでもありがたかった。
「体調の問題じゃないよ」
 俺は簡潔に答えた。
「ほほう、すると心の問題か。カウンセラー並の巧みさはないが、話を聞くだけなら出来るぜ? 察するに、魔法を使うことに激しい抵抗があるようにみえる」
「ハハハ、わかっちまうものかな」
「よくあるパターンだからな。魔法を使いたがらないアルカナ使いってのは。なのに、気安く魔法を使えなんて言った俺に配慮が足らなかっただけだ。すまなかった」
「わざわざ謝る必要はねえよ。それは俺が抱えなきゃならない問題だ」
「過去を一人で背負いこもうってスタンスは格好良い。でもさ、それっておよそ、誰かを巻き込みたくない場合と、周りの連中を信用してない場合のどっちかなんだよね。翔馬の場合はどっちよ? んん?」
 抉るような天野先輩の質問。
 この人は、掴みどころの無い人柄の中に、時おりナイフの鋭さを隠し持っている。
 天野先輩の質問への回答は後者。きっと俺は根本的には誰のことも信用していないのだ。そんな浅ましい人間が瀬田翔馬なのだ。
 けれど、そんなことを口に出して言うわけにもいかない。
 なので俺は、
「……あるところに、大罪を犯した馬鹿がいました。そいつはたくさん嘘をついて、たくさんの人を不幸にしました。けれど、そいつは自分が傷つけ、不幸にした人たちを見て自分がとんでもないことをしたのだと気づきました。そいつは思いました。嘘は巡り巡って自分は破滅させる毒なのだ、と。同時に思いました。もう、誰かが自分のせいで不幸になるのは嫌だ、と」
 昔話風に語ってみせる。ここで言う『そいつ』に固有名詞をつけなくても、勘のいい天野先輩なら言わんでもわかるだろう。
 案の定、天野先輩は、
「そして、そいつは今決断を迫られています。真実を貫き不幸をバラまくか、誰かを救うために嘘をつくか――」
 物語の時間軸を現在まで進行させる。
「そういうことさ。馬鹿みたいだろ。破滅したくないから嘘をつきたくない。でも、嘘をつかないと事態を収拾できない。腹くくって騙せばいいんだ。その先が破滅であろうとも。でもさ、スクールカウンセラーに関してはタネ明かしするわけにもいかず、騙し通しだろう? それが気がかりで、踏ん切りがつかない」
 頭が固いだけなのは自覚している。『バレなければ問題ない』と開き直れさえすれば、全ての問題は解決だ。
 けれど、開き直れない。詐欺事件の一件で、嘘はいつかバレる、という囚われからはそう簡単には逃れられない。
「ハッタリがかませないとは、因果な生き方をしているな、お前さんは。まあ、それを『正直で素晴らしい』とも『優柔不断だ、このヘタレめ』とも言うまい。答えの出る問題でもないしな。ただ一つ、道徳に関する面白い話をしてやろう」
「何だよ一体。てか、自分で『面白い話』なんて言っていいのか? それ、相当ハードル上げてるぜ」
「面白いって言っても笑える類の面白さではないがな。どっちかっていうと、『生きるヒント』的な面白さ。――『泣いた赤鬼』って昔話知ってるか?」
「ああ、知ってる。大昔、道徳の授業でやったような気がする」
 あれは小学一、二年の頃だっただろうか。俺がまだ計画的登校拒否を起こす前の話。『泣いた赤鬼』をテーマに教師がダラダラと喋っていたのをうっすら覚えている。
 話のあらすじはこうだ。

 あるところに赤鬼がいた。赤鬼は人間と友達になりたかったが、鬼なので当然忌避された。それを聞いた赤鬼の友達である青鬼は一つの提案をした。青鬼は、自分が人間たちに傍若無人な振る舞いをするから君がそれを止めて、人間たちにいいところを見せるんだ、と赤鬼に言う。
赤鬼はそんなことはできないと断るが、青鬼は強引に事を進めてしまう。青鬼の作戦は成功し、赤鬼は人間たちと友達になれた。人間と友達になれた赤鬼は、充実した日々が続いたが、青鬼をとんと姿を見せない。赤鬼は近況報告をかねて青鬼の家を訪ねる。青鬼の家の戸の脇には張り紙があった。それは青鬼からの手紙だった。青鬼は赤鬼に、手紙でこう伝えた。
 もしも、自分と君が付き合っていると、君まで人間に悪い鬼だと思われるかもしれない。だから自分は旅に出る。けれど自分はどこまでも君の友達だ。
 赤鬼は、その手紙を何度も読み返して、そして泣いた。赤鬼と青鬼が再会することはついぞ無かった。

 話の締めとして、教師が言ったことは『みんなも友達を大切にできる人間になりましょう』――だったような気がするが、大昔のことなので記憶は定かではない。
「あの話って掛け値なしに美談だよねえ。友達の夢を青鬼は自分を犠牲にしてまで叶えたんだから。でもさ、ひねくれた見方をすれば、青鬼のやったことってヤラセだよね」
 天野先輩はあっけらかんと言う。冗談混じりでもなし、侮蔑混じりでもなく、ただ淡々と。
『泣いた赤鬼』の話がヤラセの物語か。酷い言いようだが、しかし一理ある。
 天野先輩は続ける。
「話は変わって耳にピアス穴を開けたら白い糸が出てきて、それを引っぱったら失明した、っていう都市伝説は知ってるか?」
 俺は頷く。
「その白い糸が実は視神経で――、とかそんな話だったけか」
「そうそう。でも、実際には医学的に耳に視神経なんて通っていないから、この話は全くのガセと言っていいそうだ。でね、この話の出典には諸説あるんだけど、その中に『生徒指導の先生が言い出した』って説があるんだ。要するに生徒指導するときに、怖い話をして生徒にピアスをさせるのをやめさせようとしたわけだ。つまり、その先生は学校の風紀を守るために嘘をついたんだな。あるいは、世の中には、うわべばかりで誠意を伴わない礼儀――虚礼ってのがある。でも嘘だから駄目って言われればそうじゃなく、むしろ相手を不快にさせないためには虚礼だって必要なこともあるわけだ」
 教師が教壇で話すかのように、天野先輩は言う。
 俺は天野先輩の意見を自分なりに集約してみる。
「つまり世の中嘘をつくのも必要だよ、ってことか?」
 もしそんなことを言いたいがために、数々の例を挙げたとした余計なお世話だ。俺とて人間関係を上手く回すために必要な嘘があるのは知っている。問題なのは、その嘘とどう向き合っていくかなのだ。
 しかし、天野先輩は首を横に振り、俺の予想に反して、こんなことを言った。
「俺が言いたいのはね、道徳なんて上手な嘘のつき方を教えているにすぎないってこと」
 酷くさばさばした言いぶりだった。
 彼は更に続ける。
「道徳――すなわち人の道なんていうと、どうにも立派で清廉潔白な印象を受けるが、そんなわけあるかよ。人が生きていく以上は、どうしてもクリーンに生きられない部分だって出てくる。だったら問題なのは、どうやって泥が付着しないように生きていくかじゃなく、どうやって上手く泥の中を生きていくかの方なんじゃないかな」
 厳しい物言いではないが、優しくもない。身も蓋もない言い方だが、身も蓋もないだけにきっと真実。
「嘘をつくことが、今できる俺の贖罪なんだろうか。俺は泥の海に沈むべきなんだろうか」
 罪を償うために、さらなる罪を追う。これではまるで多重債務者だ。自転車操業もいいところ。
「誰も……少なくともメンタルヘルス部員はお前に贖罪を求めてはいないよ。ただ、お前さんにとって一番優先すべきことは何よという話。これはもう誰かが強制できる領分ではない。瀬田翔馬という人間が、頭と心と魂をフル回転して決断するしかないんだ」
 言い方は優しいのに、天野先輩は一番厳しいことを告げてくる。
 自分で決めるのは自由なようでいて、真実一番不自由だ。決めたことの責任は自分がとらなければいけないから。結果が凄惨なるものになっても、誰かのせいだと責任転嫁ができない。
 かえって、誰かに指図されて、指示通りに働くほうが心持としては幾分か楽なものだ。
 この世界は、自分で考え、決定する人間に、とても厳しくできている。
 俺に足りないのは、峻厳な世界と対峙する覚悟だ。
 メンタルヘルス部の問題は、何を選んでもきっと悔いが残る。
 百パーセント満足のいく結論なんて、きっとありはしない。
 だから決めるんだ。
 何を得て、何を失うか。
「ハハハ――」
 笑えてきた。あまりに簡単にロジックが組めたから。
『嘘をつくか、否か』という問いでは答えは出せなかった。けれど、問題文を『自分にとって一番大切なものは何か』に書き換えた途端に答えは簡単に導き出された。
 ――自分がやらかしたことの責任を負うこと。それは、メンタルヘルス部の取りつぶしを回避させること。その為には魔法を使って陸原に化ける必要がある。
 更に言えば、一人に気を使って複数人を見殺しにするのは非合理的だ。複数人を助けるために一人を犠牲者にするのが合理的判断。
 だから俺は嘘をつく。
「俺は、スクールカウンセラーを騙す詐欺師になる。それが俺の決定だ」
 告げた。迷いはもうない。
 冷たい合理主義に再び身をさらそう。
 嘘が巡り巡って、最後に自分が破滅しようが知ったことか。
「よし」
 天野先輩は一言。他は何も言わない。俺の決定の道筋を聞くのは無粋だと言わんばかりに。
「さて、じゃあ、放課後は天野先輩とタッグを組むわけだな。よろしくな」
 改めて確認する。ところが天野先輩は、自分のこめかみを人差し指でカツカツと叩きながら、
「最後にもう一つ、俺から提案がある。カウンセラーのところに行くメンバーだけど、俺と翔馬の他に、周防さんも連れていきたい」
「私?」
 唐突に話を振られて周防が首を傾げる。
「そう、周防さんの魔法は、交渉の場では魅力的だからね。『嘘を見抜ける』ということは、いざという時の切り札となる」
 天野先輩の言い分が当然の理屈なのだ自明のこと。しかし、周防はこれに宣言する。
「ダウト」
 ――と。
 厳しい表情で天野先輩を警戒する。
 天野先輩は肩を竦める。
「ありゃりゃ、理路整然とそれっぽいことを並べ立てれば、魔法に引っかからないかと思ったが、違ったか。心から思ったことを言わないと、嘘だと判断されてしまうわけか。むう、厳しい魔法だな」
「どういうことですか? その嘘にはどんな意味があるんです?」
 目付きを鋭くしながら、周防は追及。
「嘘をついたことは謝ろう。ただし、君を貶めようとして嘘をついたわけではない」
 釈明する天野先輩。それは本当のことらしく、若干周防から警戒の色が和らぐ。
「私は、どういう意図を持って嘘をついたのかを聞いたんです」
 しつこいくらいに、嘘の理由を明確にしようとする周防。彼女のそういう心理は当然の働き気だ。彼女は中学時代に、信じていた相手から嘘をつかれ窮地に追い込まれている。トラウマというよりは、危機を回避するための本能的学習だ。
「今は言えない。しかし、周防さんが来ることで、事態がより好転する可能性が高まることだけは保証しよう。更に当たり前だが、俺が君に危害を加えるような真似はしないと約束する」
 天野先輩は、堂々と言い切った。その態度はとても虚偽申告しているようには思えない。
 嘘であると宣言しない以上、周防は彼の言葉が真実であると判断しているに違いない。
 けれど、彼女は慎重に思案する。
 踏ん切りのつかない周防に、天野先輩は、ふむ、と頷く。
「ならばこうしよう。君の身に万が一のことが起きたら、翔馬が全力で君を守る。翔馬が君を守るナイトになるってわけ。これでどう?」
 突拍子もない申し出に、俺は意見する。
「おいおい、人を勝手に交渉の道具に使うな。というか、そういうのは言いだしっぺのアンタが『俺が君を守る』っていうのが筋ってもんだろう」
「一端嘘をついたオレが『君を守る』とかいっても説得力無いでしょ。というか、俺、もやしっ子だし。ならば、翔馬の方がナイト様には向いている。それとも、お前さんは、周防さんに何かがあっても何もしないで静観しているのかな?」
 意地悪い笑みで訊いてくる。
「そ、そんなわけないだろう。周防に何かあったら、絶対に守ってみせる。どんな手を使ってでもだ」
 挑発されて、思わず言い返してやった。言い返してから、見事に天野先輩の術にかかっていることに気づく。
「だそうだよ、周防さん。優秀なナイトが同道する。これで文句はあるまい」
 まるで詰将棋みたいだな、と思った。
 俺の言葉に動かされてか、周防は、
「わかりました。行きます。でも勘違いしないで下さい。私は天野先輩を信じたんじゃありません。翔馬を信じたから行くんです」
「理由はどうあれ、来てくれるならそれで問題ない。さて、六限目が終わったら改めてここに集合。これでOK?」
 俺は釈然としないものを感じながらも、首を縦に振る。他のメンバーも概ねそういう感じだった。
 天野先輩は、一体何を企んでいる?

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする