アルカナ・ナラティブ/第5話/16

「一体、どのような理由から私が嘘をついていると判断するのかしら?」
 周防に指摘された尚、目の前のカウンセラーは余裕の表情を崩さない。しかし、その目線には微妙な変化が見られる。
 値踏みするような冷たさが、そこにはあった。もしかして、この人、若干キレてる?
 誰だっていきなり、自分の言ったことを『それは嘘です』と指摘されたら不快になる。さりとて、周防の指摘は当てずっぽうでないのは明らか。魔法【イラディエイト】が淵井先生の嘘をつぶさに見抜いたと考えるのが妥当。
 淵井先生が嘘をついているのは、十中八九確定事項。
 だとすれば、次に行うべきは淵井先生の本音を引き出すことだ。
 彼女がどのような意図を持って嘘をついたのかは判然としない。気にはなる案件ではある。だが、彼女の人となりを全て知るわけでない俺たちが、情報の少ないこの場で推理することは困難。それこそ、仮説に仮説を重ねる、なんて不確定極まりない作業をすることになりかねない。
 推理とは、一般的には因果関係を等式で結んでいく作業と思われている。しかし、それは人間以外の事象に関してのみ有効なだけ。人間という気まぐれで特定の挙動を示さない対象に対しては確率的な解釈を与えていくしかない。
「それはですね……えっと……」
 嘘を指摘したものの、しどろもどろになるしかない周防。まさか『魔法の力です』というわけにもいくまい。言ったところで、正気を疑われるのが関の山。もっとも、ここにいる人間で周防に疑惑の眼差しを向けるのは淵井先生だけなのだが。
「理由が答えられないなら、周防さんが嘘をついているということになるわね。人をいきなり嘘つき呼ばわりするのは失礼だとは思わないのかしら」
 悠然と、しかし鋭利に目を細めながら周防を凝視する淵井先生。
「でも、……先生は嘘をついています。だって……」
 淵井先生の邪眼に怯えながらも、周防は抗弁。淵井先生は深々と溜息をつきながら、
「『でも』? 『だって』? とても歯切れの悪い言葉ね。それは言い訳をするときの枕言葉にすぎないわ。私を嘘つき呼ばわりするならば、それを立証してごらんなさい。当てずっぽうの推測は大人の世界では許されない。アナタは子どもの我がままをするためにここに来たのかしら? だとしたらお帰りは後ろの扉からどうぞ。私の仕事はカウンセリングであって、我がまま娘のお守ではないのよ」
 淵井先生の口から周防を攻撃する呪詛が紡がれていく。周防はそれに反撃できない。
 周防は俯いてしまう。見ると、両手で悔しそうにスカートの裾をぎゅっと握っていた。
 悔しいのは俺も一緒だ。周防が嘘を見破ったことを、全く活かせない。
 歯がゆい。
 さりとて、周防の言い分を証明するには、そもそも『魔法』なんてものが存在するところから話を始めなければなあない。
 ……ああ、そうか。まず、魔法という存在を淵井先生に見せつけてやればいいのか。
「周防が先生の嘘を見抜いたのは、彼女が人の嘘を見抜く魔法を使えるからです」
 言ったのは俺。陸原を装うために、か細く自信のなさそうな声で言う。
 淵井先生は、魔法という荒唐無稽な言葉にきょとんとする。
「何をいっているのかしら。それは何かの例え? それとも、私をからかっているのかしら?」
「いいえ、比喩でも、言葉のあやでもないまぎれもない――」
 ――事実です、と結ぼうとしたところで俺の口元が塞がれる。
 俺の言葉を阻害したのは天野先輩の掌。横目で確認すると、天野先輩は渋柿を丸かじりしたかのような苦々しい顔。
 彼は、俺の耳元に手を当てて小声で言う。
「一応言っとく。俺たちが魔法を使えることを、アルカナ使い以外に喋るのはタブーだ。この学校ではそういうルールになっている。そのルールを破った場合、理事長からどんな御咎めがあっても文句を言えないことになっている。それでもお前は真実を口にするのか?」
 天野先輩の忠告に、一瞬俺は考えてしまう。
 アルカナ使いの存在は一般には秘匿されている。
 四月の頭に大っぴらに【呪印】を持つものを探そうと呼び掛けていた天野先輩の元には理事長から勧告のメールが届けられた。魔法を乱用した【皇帝】阿加坂光栄は、その後理事長からペナルティを課せられたと聞く。
 二人の場合はまだ直接的にアルカナ使いの存在を大っぴらにしていないから、寛大な処分で済まされたのかもしれない。
 しかし、今俺がしようとしていることは、大々的にアルカナ使いと魔法の存在を明るみにだそうという行為。
 俺は再度吟味する。
 今から俺がする行為がどこまでの範囲で影響を与えるのだろうか。
 俺一人が理事長から御咎めを受けるのであるならばまだ良し。それは自分の責任だ。自分で尻拭いする必要がある。
 でも、そもそも淵井先生の嘘を指摘した周防にまで責任が追及される可能性は?
 全否定できない。少しでも不安要素があるならば排除しなけらばならないが、今回はそれが出来ない。
 横目でちらちと周防を目視。
 俺の視線を感じてか、俯いていた彼女は、俺の方を向いた。
 二人の視線が交錯する。気まずい沈黙。
 耐えられなくなった俺は目を逸らす。だけど、ひしひしと周防の視線を感じる。彼女の視線は決して俺を逃がそうとしない。
「ねえ、もしかして、自分が好き勝手したら私にまで迷惑がかかる、とか考えてない?」
 図星である。
 嘘をついても無意味なので、俺は正直に吐露する。
「思ってる。私だったら魔法がこの世にあることを実証できる。でも、それをしたら、それを私にさせるきっかけになった周防さんにまで迷惑がかかりかねない」
 あくまで気の弱い少女を装うが、言葉が全体的に弱々しいのは演技からではない。
 周防は困ったように頬を掻く。そして溜息を一つ。
「……私は構わないよ。淵井先生の嘘を暴いた時点で、私の覚悟は決まっていたの。覚悟は決まっていたけど、それを表現したり立証したりするだけの力がなかった。それだけのことだよ。だから困り果ててしまった。それだけのことだよ。バカだよね、私。大した考えもないのに、先生に立てついて、それでアナタを困らせて……」
「私は困っては……いないと言えば嘘になるけど、それを周防さんのせいだとは思わない。元々、私が撒いた種だしね。だけど、可能な限り周防さんを巻き込みたくない」
 俺なりの決意。ところが、周防は視線を上げて、俺にこう告げるのだ。
「でも、私はアナタの力になりたい。足を引っ張るなんて絶対に嫌だ。だから、私は、アナタにだったら何をされても構わない」
 WOW! 最後の一言は若干エロいぜ周防。とか馬鹿な思考で頭を冷却しないと耐えられそうにない。普段使わない感情が熱暴走寸前だ。
 俺はいつでも思っていた。
 他人を不幸にしたくない。他人に迷惑をかけたくない。
 それをすれば自分が地獄に落ちるに違いないから。
 でも、違うんだな。
 俺を信じて、俺の巻き沿いになってもいいと言ってくれる人がいる。
 信じてもらえるというのは、なんと心地がよいことか……。
「なあ周防、二人で理事長から御咎めを受けたら、庇うくらいのことはさせてくれよ。周防みたいな美少女を、遮二無二なって守ろうとするってのは、男としては中々に燃えるシチュエーションなんだぜ?」
 俺の言葉に周防は顔を真っ赤にして、
「――バカ」
 とだけ言った。
 ああ、チクショウ、こいつは俺を籠絡する気か? 惚れてまうやろ~。
 僕の初恋を君に捧げそうになりそうなまでに蕩けてしまうが、そういう甘い話は後回し。
 今はただ、岩塩みたいな味わいの現実に身を曝さなければならない。
 俺はカウンセラーの方を向く。
 カウンセラーが身構える。
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか陸原さん。魔法だったわよね。そんなふざけた話がこの世のどこにあるのかしら?」
 カウンセラーは余裕と緊張の境界線上に立たされたような表情で、俺を見据えてくる。
 俺はあえて言葉を重ねない。
 シンプルに、ただシンプルに、魔法の存在を実証した。
「魔法ならあるさ。ほら、ここに」
 言葉と同時に【レンチキュラー】を解除。
「はい?」
 未確認飛行物体でも観測してしまったかのようなカウンセラーの表情は傑作だった。そこにはもう余裕で構える『大人』の姿はなかった。
 いるのは、小口の詐欺事件の真相に気づかされた哀れな被害者のみ。
「一方的に初めまして。瀬田翔馬――アルカナ使いだ。アルカナ使いってのは魔法使いの一種と思ってもらえれば結構」
 突然現れた男子生徒に、淵井先生は唖然とするしかない。
「どういうこと? 陸原さんが……変身?」
「逆だよ。今まで先生が陸原だと思っていたヤツが俺だったのさ」
「な!?」
「名も知らない男子生徒を、陸原立花と長い間勘違いし続ける。これはまさしく魔法だよなあ。ちなみに他のヤツにも変身できるんだぜ、この魔法?」
 と言って、俺が変身(厳密に言うと相手の認識を歪めているだけだが)したのは、淵井先生本人。自分の姿に化けられるのはさぞ気持ち悪いことだろう。
「まさか、本当に魔法なんて、じゃあ、周防さんのが私の嘘を見破ったのも……!」
「いま、確かに『私の嘘』と言ったな。じゃあ、アンタは自分が嘘をついたことを認める、ということでよろしいな?」
 淵井先生はがっくりとうなだれて、
「はい、認めます」
 自供した。
 いやはや、奇襲と論理で相手を追い詰める作業がこれほどまでに楽しいとは。今日の瀬田翔馬サンはドSです。
「で、でも、それを言ったらアナタたちだって私に対して嘘をついていたことになりじゃない。陸原さんはどこよ?」
「彼女は本日欠席だ。しかし、ことの発端であるリストカット事件を起こした陸原が来ないのはマズイだろうということで俺が呼ばれた。確かに俺たちも嘘をついた。だけど、アンタも俺たちに対して嘘をついている。こっちが話したんだから、そっちも腹を割って話すのが筋ってもんだろう?」
 ここら辺の強引さは、詐欺師時代のスキルを流用。もうこの際、使えるものは何だって使ってやる。
 ぐぬぬ、と淵井先生は身構えるが、やがて、
「そうね。降参するわ。ここで言うことは完全にオフレコということにしてもらえるかしら」
「勿論だ。むしろ、魔法を明かしたことが理事長にバレたりしたら面倒だしな」
「あら、さっきはあれほど威勢の良いことを言っていたのに、そこんところは気にするのかしら」
「多少はな。困難が来たら戦うつもりだが、わざわざぶつかるのもエネルギーのいる作業だろう?」
「なるほどねえ。私はそういう強かで柔軟な子は好きよ。では、私がアナタ達に嘘をついた理由だけど、そりゃもちろん残業したくなかったからよ」
 あっさりと白状する淵井先生。
「残業?」
「規定された就業時刻ともいうわね。スクールカウンセラーは規約によって一週間の就業時間が限られているの。だから、部活動の面倒までは観れないということなのよ」
「どうしてそれを先に言わなかった?」
「スクールカウンセラーが、教員から嫌われる一番の理由って知ってるかしら」
「?」
「就業時間が終わったら、さっさと帰ってしまうことよ。教師としては就業時間が終わっても、自分は部活動や生徒指導で学校に残っているのに、カウンセラーはさっさと帰ってしまうとは何事か――そういうことらしいの」
「それと俺たちに嘘をつくのをどういう関係が?」
「アナタ達も、そう思う類の人間だと思ったのよ。特に子どもの言い分として、もっと時間に融通を聞かせてくれ、なんて話になったら断るのが面倒で仕方ないもの。だから、もっともらしい嘘で煙に巻こうとしたのだけど、周防さんのせいでかえって逆効果になってしまったわね」
 カウンセラーの苦笑。心底、苦虫をかみつぶしたような顔で笑っていた。
「そうですよ、淵井先生。淵井先生が最初から時間のことを話して下されば、もう少しプランを修正できたのに」
 天野先輩は言った。それも結構気楽そうに。
「何……だと?」
 俺は天野先輩を阿呆みたいに呆けた顔で見た。
「ハハハン、さっきまでの鬼気迫る顔はどこに言っちまったんだ」
「うるせー。真面目は休み休みやらないと、空気が重くなりすぎて堪ったものじゃない」
「そりゃ違いねえ。んで、淵井先生。先生がメンタルヘルス部に関わる計画についてなんですが、出勤時間を超過出来ないというのならば、顧問ではなくオレのスーパーヴァイザーになって頂けないでしょうか?」

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