アルカナ・ナラティブ/第5話/17

「スーパーヴァイザー?」
 不思議そうに目を瞬かせる淵井先生。
 スーパーヴァイザー――つまりは、監督、管理、監修を担当する人物を指す。
 そう、監督役……。
「それだと言葉を変えただけで、結局顧問と変わらないんじゃないかしら?」
 淵井先生は反論するが、天野先輩は、
「ここで言うスーパーヴァイザーってのは、先生に馴染みのある意味で捉えてもらって構いませんよ」
「ということは、あなたはカウンセラーにでもなる気かしら」
「カウンセラーというよりは、ピアカウンセリングのファシリテーター的な存在ですね。メンタルヘルス部で、今後そういう活動をやっていこうと思いまして」
「ふむ、ピアカウンセリング。確かに生徒間でやるには持ってこいの方法ね。要するに君がその元締めをする――そう解釈して構わないかしら」
 二人で話が勝手に進んでいくが、俺と周防は置いてけぼり。
「はいはい、質問!」
 流れに取り残されるのは癪だったので、思い切って手を上げてみる。
「なんじゃらほい?」
「ピアカウンセリングって何? それとスーパーヴァイザーがどう関係しているのか、わかりやすく解説してくれ」
「よかろう。耳の穴かっぽじって良く聞きやがれよ。ピアカウンセリングってのは、仲間同士でやるカウンセリングって意味だ。カウンセリングってのは例えば淵井先生みたいに訓練を受けた専門家がやるのが一般的だけど、話を聞くだけなら専門家がいなくてもできなくはないだろう? 例えば、同じ悩みを持った仲間同士が共通の話題に関して話し合う。話し合っていく中で問題の解決策を探したり、あるいは話すことそれ自体が心のわだかまりの軽減につながったりしていくわけだ。こういうのをピアカウンセリングという。教育領域においてはイギリスでの取り組みが活発だ。ピアサポートって言って、生徒同士で同級生や下級生を援助したりする」
 天野先輩の流暢な説明に、一番驚いている様子なのは淵井先生だった。
「よく勉強してるわね、天野君。それは独学?」
「一応メンタルヘルス部の長なんで、臨床心理学の入門書には目を通しています」
「なるほど。それだったら、私がアナタをスーパーヴァイズするのもありかもしれないわね。多少なりとも臨床心理に知識があるならスーパーヴァイズもしやすいわ」
 淵井先生は何の気なしに言うが、専門用語が混入されているため、イマイチ消化しきれない。
「そのスーパーヴァイザーとかスーパーヴァイズってのは?」
「あら失礼。一般には馴染みのない言葉よね、これ。スーパーヴァイザーっていうのは、スーパーヴァイズをする人のこと。スーパーヴァイズっていうのは、一言で言って助言みたいなものかしら。臨床心理――特にカウンセラーの世界では、自分の扱った事例を、他の先輩カウンセラーに聞いてもらって、どうやったらより良い介入ができるのかを助言してもらうシステムがあるの。これがスーパーヴァイズ。天野君の構想はこうよ。まず天野君が主催になって、生徒同士でピアカウンセリングをしてもらう。そして、その場での出来事や、発生した問題を私のところに持ってきてスーパーヴァイズによってよりよいピアカウンセリングの運営を目指す――とこんな感じでよろしいかしら」
 淵井先生は、天野先輩に確認を取る。天野先輩は嬉しそうに大きく頷いた。
「まさしくその通りです。お察し感謝します」
「そうなると、私はスーパーヴァイズをする時間を作る必要があるわね。放課後に予約カウンセリング用の時間が設定してあるから、そこで行うとしましょう。私としても、一度に多くの子の面倒を観てくれる生徒サイドの人間と伝手ができるのは有難いことだから、予約の優先順位を上位にしてあげるわ」
「さっきは心を病んだ子が一挙にカウンセリングにきても構わない、みたいなことを言ってたけど、やっぱ嘘だったんだな」
 俺は意地悪く指摘してみる。
「基本的にカウンセリングでは少数の人間しか相手が出来ないものだからね。それにそもそもスクールカウンセラーの仕事は『学校全体を良いものにすること』なの。心の病を抱えた子をカウンセリングするのは、学校を良くするための仕事の一つってわけ。一人一人の問題に折り合いをつけるのも大切だけど、学校全体の雰囲気を変化させるのも大事なのよ」
「全体にこだわると、個人なんて二の次ってなりそうなのは俺の邪推か?」
「最大多数の幸福のためなら多少の犠牲を厭わない、というやり方は臨床心理学ではないわね。こういうたとえ話があるわ。汚い水にいたせいで調子が悪くなった熱帯魚を、一端掬いあげて別の水槽で治療しても、また汚い水槽に戻したら、また調子が悪くなるだけでしょ。学校と生徒にも同じことが言えてね、どれだけ心が頑健な生徒さんでも、学校が荒れに荒れていたら、心の病気が発症する可能性って高くなるのよ。だから私たちスクールカウンセラーは、個人の幸せのために環境に訴えかけたりするの。こういう考え方をコミュニティアプローチと言います。わかったかしら」
「個人の幸せのために全体に働きかけるか。なんだが素敵な考え方だな」
 心からの言葉だった。
 個人の幸せと全体の幸せがイコールで結ばれるなんて綺麗事かもしれない。綺麗事なんて相手を騙すときの殺し文句くらいにしか考えてこなかった。
 でも、本当に綺麗な綺麗事も、この世のどこかにあって欲しい。
 そう思えるようになったのは、俺もカタギの世界に馴染んできた証拠なのかな。そう考えると少し嬉しかった。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 淵井先生との対談は、あれから滞りなく終了した。もっとも、当初の計画では顧問にする予定だったものがスーパーヴァイザーという形になったため、理事長へ提出する資料を大幅に改訂する必要が生じた。
 というわけで俺は再度、天野先輩の家にお呼ばれして、彼のアシスタントをしている。といっても、天野先輩の書いたものを校正するだけだ。
 天野先輩は面白いことに、自分で企画したり、文章を書いたりできるくせに、何故か推敲だけは苦手だ。
 前回この家に来た時も、作成された資料の第一稿の誤字脱字の多さに目を点にしたものだ。勢いで書いて、更に自分の書いたものに自信を持っているが故の弱点なんだろう。
 誤字脱字チェッカーの出撃は、先輩が原稿を書き上げてからだ。それまでの俺はただの暇人だ。
 本当ならば、わざわざ天野先輩の家にこないでも、書いたものを俺のパソコンに送ってもらえば添削できた。
 だが、わざわざ先輩の家に来たのには理由がある。
 最後の最後に残った疑問の答えを、天野先輩に確認するためだ。
 その疑問はつまり――
「どうして先輩は淵井先生に会うのに周防を同行させたんだ?」
 俺の質問に対して、天野先輩はこちらを向かずに、
「どうしてって、淵井先生は嘘をついた。周防さんのおかげでその嘘を暴けた。これ以上の理由はあるのかい?」
「それは結果論だろう。それに周防の話じゃ、アンタが交渉を有利に進めたいから彼女を同行させたのは嘘らしいし」
 天野先輩の行動は、因果関係が破綻している。
 良くない結果を想定して準備をしたというより、良くない結果になったけど偶然いた周防がそれを回避させたと取れなくない。
 だから俺は一つの仮説を立てたのだ。
「天野先輩、まだ自分の魔法に関して俺に喋ってないことがあるだろう?」
「何のことだろうか。記憶にございません」
 どこの汚職政治家だ、アンタは。
「もっとましな嘘をつけよ」
「ノンノン、これは俺が新開発した、怪しくて怪しくない少し怪しい弁解だ」
「どこぞのラー油みたいなネーミングだな。てか、その弁解の中身の元ネタはロッキード事件の時に証人喚問された小佐野賢治って政治家だ」
「中々にトリビアなツッコミだな。真の開発者のフルネームまで持ちだしてくるとは思わなんだ」
「嘘つきや詐欺師の類には興味のある人間なものでね。それよりも、アンタの魔法についてだ。アンタの魔法は『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』ってものだったよな」
「ザッツ・ライト。で、それと今回の一件がどう関係するかは謎だな。オレの魔法はあくまで慎ましいものだよ。アルカナ使いの魔法の中でも一、二を争うショボさだと自負している」
 ふふん、と話しながら胸を張る天野先輩。今の言葉のどこに威張れる要素があったのだろうか。教えていただけるのなら、是非教えていただきたかった。
 だが、俺の推測が正しければ、この人が言う自身の魔法についての評価は大嘘だ。
 いきなり本題から入っても、上手くはぐらかされるだけだろう。なので、俺は外堀から埋めていくように話を切り出す。
「俺はさ、今回の件、つまり淵井先生と話し合ったことで大きな発見をしたんだ。いや、淵井先生がって言うよりは周防が教えてくれたと言った方が合ってるな。周防が淵井先生の嘘を指摘したおかげで、俺は淵井先生を騙し続けないで済んだ。それどころか、魔法の存在を淵井先生にバラすときに一つわかったことがある」
「へえ、どんなことだ?」
「人はどうしても他人に迷惑をかけないと何かを達成することができないってことだよ。淵井先生に嘘をバラすときに、周防にもリスクは振りかかった。それが彼女に掛けた迷惑。でも、周防はその迷惑を受け入れてくれた。俺はさ、昔、人に不幸をバラまいてから、それを悔いて人に迷惑をかけないように生きようと決めた。でも、それって少し違ってたんだな。この世には迷惑をかけても、受け入れてくれるヤツもいる。いや、迷惑を受け入れたというと周防に失礼だな。彼女は、俺を支えてくれた。だからさ、俺は少しだけ自分で全て抱え込もうとするクセを直した方がいいと思ったんだ」
「ほほう、それは中々良い心がけですな。人間、一人でやれることには限界がある。一人の力の小ささを知り、人と共に生きることを願う。それもまた、人間的に強くなるということだ」
 天野先輩は、しみじみとまとめるが、俺は彼の言葉尻を逃さない。
「まさしく、今回の件で俺は自分の弱点を知った。それってつまり『成長した』ってことだよな」
 俺は天野先輩の反応を観察。まばたきの回数が累乗的に増加。言外に隠し事をしているのを告白している。
 俺は追及の言葉を緩めない。
「今回の件で俺は成長できたが、それは周防のおかげだ。ところが、その周防を淵井先生の元に連れていこうと言ったのは天野先輩、アンタだ。つまり、こういう推測が立てられる。あの場において俺が成長できたのは、天野先輩が魔法によって『周防を連れていくことが俺の成長方法』と判断したからだ、と」
「そういう考え方もできなくはないな」
 あくまでしらばっくれる天野先輩。だが構わず俺は続ける。
「ところがだ、実際に周防を連れて言って、結果としては問題が解決した。けれど、そこに至るには山場があった。周防が淵井先生の嘘を暴いて、かえってこちらに分が悪くなる――大げさな言い方をすれば一つの試練が生まれた。だけど、その試練があったから俺は成長できた」
「結果を観れば万々歳じゃないか。それの何が問題?」
「そう、問題は何もない。けれど、ここで考えてみたいのは、人間を手っ取り早く成長させる方法とはなにか、って話だよ。結論から言おう。それは試練だ。神話、昔話、冒険譚、世の中には色々な物語があるけれど、そのほとんどに共通している構造は『主人公が試練や事件、あるいは困難を乗り越えて成長しました』だ。だから俺は考えたわけだ、アンタの魔法はもしかして、人を成長させる試練を生成する方法がわかる魔法なんじゃないかとね」
 再度、天野先輩の様子を窺う。まばたきの回数は減少。代わりに口元はチェシャ猫のように意地悪く歪んでいる。
「それは、推理のつもりなのかい? それとも単なる冗談?」
「どっちでもないよ。こんなもの、推理としては強引過ぎだし、冗談にしては笑いのツボを外している。推測としても芳しくない理論の構成だ」
 これだから魔法は苦手だ。理路整然と説明できないものは、俺にとって扱い難い。
 これが数学の証明問題だったら部分点すら怪しい回答。
 にも関わらず天野先輩は言うのだ。
「荒々しいが筋は悪くない。若いエネルギーが迸る推理でした」
「それは事実上の白旗ととっていいのかな」
「いや、降参する気はない。だったら『この推理をしたのは誰だァ!!!』と言いながら、推理人をクビにしよう」
「どこの美食倶○部のドンだ」
 いかんな、これでは天野先輩のペースに巻き込まれてしまう。話を修正せねば。
「実際のところどうなんだ。俺の考えは?」
「概ね正解ってところかな。確かに、結果として相手にとって試練みたいな立てこんだ話になる場合が殆どだ。山を乗り越えずして成長など無いって理屈みたいだよ、俺の魔法」
「しかも、その魔法自体を、偽りの魔法効果で誤魔化してるんだから、尚のことタチが悪いな」
「それが天野篝火という男だ。キリッ!」
 そのSEはいらん。どうしてもふざけたがるな、この人。
 ツッコむこととは、即ちかまってあげること。それは面倒なので、俺はスルー検定換算にすれば準2級ほどの無視を決め込んで、別の話題を振った。
「でも、どうして、わざわざメンタルヘルス部が無くなるかどうかの瀬戸際で、俺を成長させるっていう選択を取ったんだ?」
「それはね、うちの部が無くなるかどうかのレッドゾーンを振り切るために、あえて翔馬を成長させてみることにしたんだよ」
「それはどういう……?」
「実はね、俺は当初、淵井先生への交渉は分の悪い賭けだと思っていたんだ。大したコネもなくいきなり『顧問になってくれ』というのは、ちょっと強引だろうから。だからこそ、逆転の一手となりうる『可能性のタネ』が欲しかった。そんなところで翔馬を成長させる方法がわかってしまった。可能性はあくまで可能性であって、それがどう転がるかはわからない。でも、あの場に周防さんを連れていくことで、翔馬が成長するのは確定事項。人が成長するときってのは、得てして周りにもいい影響を与えるものさ。成長するっていうのは、成長する個人だけが影響を受けるわけじゃない。むしろ、その時に生まれるエネルギーというか、人間的な魅力みたいなものは周りにも波及する。俺は自分の部のために、お前さんの成長の波及効果を利用させてもらった、というわけさ」
「博打にしては、勝率の低そうな計画だな」
「博打に計画もクソもあるかよ。ていうか、淵井先生を丸め込めたのだから結果オーライさ」
 この人はどこまで考えて、どこまでがテキトーなのかが読み切れない。
 ただ、この人の魔法は害はないにせよ要注意だ。
 相手を成長させる方法がわかり、なおかつ、それが確実に実現されてしまうなら、それはある意味で相手の運命を制御しているに等しい。
 下手をすれば、この人の駒として良いように利用される側の人間になりかねない。
 それでも、まあ、天野先輩が極悪人ではなさそうなのがせめてもの救いか。
 さて、無駄話はこれぐらいで切り上げるとしよう。
「で、先輩、原稿の方はいかほどだ?」
「んー、もうちょっと時間がかかるかな。生身の人間故に平均的な日本人のタイピング能力と情報処理能力しかないのだ。義体化と電脳化をすれば、作業効率は加速度的に上がるのだが、いかがなものだろう」
「そういう話は、企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど、情報化されていない近未来でやってくれ」
 とかパロディ全開でふざけ合いながらも、天野先輩の手はちゃんと動いていた。
 原稿が書き終わるまでは無職のプーさん故に、俺は本棚から興味を引かれた本を拝借。中身に目を通す。臨床心理学の入門書だった。
 今回の計画は、あくまで理事長がメンタルヘルス部の再建に許可を出すことが成功条件だ。けれど、山場はすでに越えている。一番困難と思われていたスクールカウンセラーへの協力要請は完了済み。
 後は、理事長に平身低頭でお願いするだけ。
 一応の目処は立っている。
 油断は失敗フラグの最たるもの、と考えると心が穏やかではない。しかし、恐怖心は自然と湧いてこない。
 また困難が立ちふさがったら、立ち向かってやるまでだ。
 一人で抱え込まず、誰かを頼る弱さを武器にして。

【V・司祭】了

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