アルカナ・ナラティブ/第6話/01

 最近放課後は部活が無いので、授業後にクラスに残っているヤツらと駄弁って過ごすことが多い。教師からすれば、部活動の無い暇な生徒は、さっさと帰って欲しいものだ。放課後何となく居残って喋ったり、遊んだりすると教師から注意されることもままある。しかし、だからといって素直に良い子ちゃんをするのは愚の骨頂。
 ヨハン・ホイジンガは、その著書『ホモ・ルーデンス』において遊ぶことが人間の本質的機能であると著している。要するに遊ぶことは人間が人間たる証明なのだ。それを否定するなんて教師は何もわかっていない。
 それがなくとも放課後のたわいもない遊びは、情報収集や人脈形成という観点からして重要だ。
 一つの場と時間を共有することで仲間意識が生まれる。仲間意識が生まれれば、そこで交わされる言葉には自己開示が含まれてくる。
 学校生活を送る上で、他者の情報をどれだけ収集できるかは死活問題。更に最初は友達の友達でしかなかった人間と、一緒に遊ぶことは親密感の形成に役立つ。親密感の形成は、すなわち人脈形成を意味する。
 学級長をやる以上は、さまざまなヤツに顔を売っておくのは決して損にならない。過去の経験から俺は、自分一人の力の限界を知った。もしも、自分一人では解決できない問題にぶち当たった時に、助けを求められる仲間を作っておくことは、学級長としての仕事を完遂するためには必要不可欠なのだ。
 とか、さも学校生活を上手く回しているような言い方をしたが、現在俺は困っていた。
 それは同級生との話で、よくテーマにされる話題についてである。
 その話題とは、すなわち『恋』だ。
 俺、瀬田翔馬は所謂コイバナができない。
 一緒に同級生と駄弁っていると、度々恋を主題にした話し合いになる。人の恋の噂なら別にいい。それは手持ちの情報を増やす絶好の機会なのだから。問題は、自分なりの恋愛論を展開するような話し合いになったときだ。
 俺は異性と付き合ったことは愚か、初恋すらどういうものなのかがわからない。
 そんな人間が、やれ『恋とは尽くすものだ』とか、『恋とは戦いみたいなものだ』とかいった恋愛哲学など持ち合わせているわけがない。
 自分の恋愛経験が話の主題となったら、もう俺は空気である。
 俺は恋の甘さも、酸っぱさも、苦さも、何も知らない。知る気もない。
 俺はきっと、死ぬまで恋なんてせずに終わるのだろう。したところで、それは悲劇的な結果にしか終わらないのは火を見るより明らか。
 俺は高校生にして元投資詐欺師。すなわちそれは、脛に傷ある罪人であるということ。
 仮に誰かに恋をしたとしても、それは破滅への火蓋を切って落とすだけの行為。
 それに元詐欺師という過去を仮に知られたら、相手がドン引きすることは請け合い。拒絶されるに決まっている。
 最終的な破綻が決定事項ならば、そんなものに時間を投資するのは愚行以外の何物でものない。
 だから、周囲のコイバナは、異世界言語にしか聞こえない。
 某純文学に『しかし君、恋は罪悪ですよ』なんて一説があるが、今の世の中ではそれは嘘だ。むしろ『しかし君、恋をしないのは罪悪ですよ』に改訂すべきだ。みんな、それぐらいの目で見てくる。異端者は、いつの時代も生き辛いものだ。
 そんな切ない気分を引きずりながら、俺は帰路についた。他の連中はカラオケに繰り出したが、俺は小遣いの関係でお断りをいれた。バイトでもしようかと本気で思案した。
 駅のホームに出ると、そこは部活終わりのうちの学校の生徒でごった返していた。
 ホームを進んでいくと、見知った顔を発見。
「よお、周防。部活終わりか?」
 俺は横から声をかけた。いきなり名前を呼ばれたからか、ビクンと眉を跳ね上げてからこちらを向く相手。
「しょ、翔馬?」
 幾度となく目を瞬かせながら、周防氷華梨は俺を見ていた。普段はクールビューティーとして名高い彼女が、妙に慌てたリアクションをするのは可愛らしかった。これが世に言うギャップ萌というヤツか、とか阿呆なことを考えてしまった。
「おいおい、どうしたそんなに吃驚して」
「あ、いや、その、この時間にいるとは思わなかったから油断してた」
 何故かしどろもどろな返答の周防。
「油断って、俺はヒットマンじゃねえって」
「それはそうだけど……今の私、臭わない?」
 俯きながら、周防は訊いてくる。
 臭う?
 それが一体何を意味しているのか、一瞬考えたが、すぐに疑問は氷解した。
 周防は剣道部に所属している。剣道の防具は臭い物の代名詞。そして、周防は部活終わり。
 つまり、彼女は自分の体臭を気にしておられるようだ。そりゃ、女の子だもんな。気にするわな。
「それって剣道部の宿命だろう? そんなこと気にするなんて、お前ってところどころ可愛い所あるよな」
 一部男子からは、凛とし過ぎていて近寄りがたい、と評される周防だが、接してみれば彼女は猫のようだ。
「か、可愛いって……からかってるの?」
 顔を赤くしながら周防は抗議。そういう様が尚可愛らしい。個人的には周防は笑顔が一番似合うと思うんだが、これはこれで。
 いかんいかん。考えが変態じみた方向へ飛んでいきかねんので軌道修正。
「からかってないよ。嘘ではない」
「うぅ……」
 仮にお世辞だったら、周防は嘘と判断していた。だが、真実俺はそう思っていたので周防は反論できない。
 周防には『相手が故意についた嘘がわかる』という魔法が使える。それは裏を返せば、相手が嘘をついていないこともわかるということ。
「可愛いが駄目なら、格好良いなんてのはどうだろうか。実際にこの前のインターハイ予選のお前は凄かったじゃん。俺、剣道については門外漢だけど、あれは感動した」
 俺が話題としているのは、先々週に行われた剣道の個人戦のインターハイ予選試合だ。周防は一年生にして、その大会でなんと優勝を収めたのだ。
 試合――特に決勝での周防の気迫と剣戟の冴えは圧巻だった。普段は大人しそうな周防が、あのときばかりは名匠が打った一振りの刃に見えた。
「あ、あれは私一人の力じゃないよ。翔馬や、他にも色々な人が応援に来てくれたから頑張れたんだよ」
 相変わらず顔を赤くしたままで周防は言った。
 周防の試合に応援に行ったのは俺だけではない。周防が掛け持ちする魔法研究部の部長であるヒノエ先輩も応援に駆けつけてくれた。そして、そのヒノエ先輩のケツを追い掛けて何故か天野先輩もやってきて、だったらついでにとメンタルヘルス部の三国先輩と藤堂先輩もやってきた。更に藤堂先輩が行くならとそのカレシである水橋先輩も来場。見事な数珠繋がりで周防応援団が結成された。
 更に数珠繋がり軍団だけでなく、うちのクラスの周防のハートを狙っている男子共も数名来ていた。
 ここまで応援されると、逆にプレッシャーになりそうなものだが、しかし周防は俺たちの応援を重荷とは思わず、きちんと試合結果を出してくれた。
「勝ったのは周防の実力だよ。いくら応援されても弱いヤツは弱い。実力があるから応援されることに意味が生まれるんだ。謙虚なのは良いことだけど、もっと自分に自信持てよ」
「そうかな……そうだね。うん。せっかく勝てたんだから、今度はインターハイ優勝を目指して頑張る」
 素直な言葉を紡ぐ周防。心が壊滅的にひねくれている俺からすればその真っ直ぐさが羨ましい。
 こいつにはきっと、どこまでも強くなれる資質が備わっているんだろうな、と改めて尊敬しなおした。
 そんな他愛もない会話をしていると、
「ん?」
 俺の腕が何者かに掴まれる。
「え?」
 周防もいきなりの出来事に声を上げる。見ると周防もその何者かに腕を掴まれていた。
 突如現れた人物は、その右手で俺を掴み、左手で周防を掴んでいた。
 その人物を更によく観察する。見知った顔であると気づくのに、数秒と掛からなかった。
「陸原……立花?」
 彼女は三週間ほど前に様々な事件を起こした重要参考人だった。うちのクラスでリストカットをしたり、その結果彼女の所属するメンタルヘルス部を廃部の危機においやったりと、あのときは色々と冷や汗を流したものだ。
 そんな彼女がいきなり現れて、唐突な行動をとったのだから当然吃驚する俺と周防。
 ――ニタリ。
 俯いた陸原の顔から、一瞬だけそんな陰惨な笑みが覗けた。
 そして彼女は俺たちから手を放し、ホームの奥の方へと去っていく。しかし、俺はむざむざと彼女を逃すつもりはない。きっちり事情は説明してもらうつもりだ。よって、彼女を追走。
 陸原は運動神経がよろしくないようで、逃げ足は鈍足。即座に捕縛できた。
「ちょっといいかな、お嬢さん」
 万引き犯を捕えた万引きGメンの面持ちで陸原に問うた。彼女の右腕をがっちりと掴んで放さない。
「いや、放して!」
 陸原は叫んだ。
 周りの人間は何事かとこちらを窺う。
 マズイな。見た目からしてか弱そうな女子が、男子に腕を掴まれて嫌がっている。普通に考えて悪人に見られるのは俺だ。
 しかし、世間体を気にして彼女を解放するわけにもいかない。ホームに電車が入ってきた。ここで手を放そうものなら、陸原は即座に電車に乗って逃走することは確実。
「翔馬、私が彼女を捕まえておくから放して。このままじゃ、アナタが痴漢扱いされかねない」
 駆けつけてきた周防が、陸原の手を拘束。
「周防氷華梨……アンタが……アンタさえいなければこんなことにはならなかったのよ!」
 それまでの被害者面から一転して、陸原が吠えた。
 意味がわからん。相変わらず、情緒不安定な子だなあ、こいつ。
 いきなりの敵意を向けられて、周防は一瞬身じろぎする。しかし、
「ごめんなさい。でも、アナタには訊きたいことがあるの」
 毅然と返す周防。
 そう言うからには、俺と同じく周防も気づいたようだ。陸原がやったことの意味について。
 普通、いきなり手首を掴まれただけなら、俺もわざわざ相手を追い回したりはしない。単に『変な人がいたなあ』くらいで済ませてしまう。
 だけど、相手が陸原立花なら、その行為は重大な意味を持ってくる。
 陸原立花はアルカナ使いである。対応している大アルカナは【VI・恋人達】だ。そして、アルカナ使い研究書によると、使用できる魔法は『両手でつかんだ異性同士を強制的に両想いにする』こと――。
 さて、今しがた陸原が俺と周防にしたことを整理整頓。陸原のヤツ、その両手に俺と周防を掴んでいた。つまりそれは陸原が魔法を行使したことに他ならない。
 俺は改めて周防を眺めた。
 綺麗だと思った。
 学年一の美姫と名高いその容姿は、以前より一層輝いて見えた。
 その眼差し、その鼻梁、その唇、どれもこれもが神の造形物と比喩してもいいであろう部位が、絶妙なバランスで配置されている。流れるような黒髪は上質の絹のよう。
 それだけでなく、彼女は内面だって最高だ。優しさと強さを同時に兼ね備えた、まるで聖女のような澄んだ心を持っているのを俺は知っている。
 彼女を眺めているだけで恍惚感が襲ってくる。胸が高鳴るのを感じる。
 近くにいられるだけで幸せ。
 煌めく周防に虜にされながら、俺は理解した。恋をするとはどういうことなのかを。
 これは確かに堪らない。
 瀬田翔馬にとっての初恋は、魔法によって偽造されたニセモノだった。それを理解してもなお、俺は周防に夢中だった。

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