アルカナ・ナラティブ/第6話/02

 俺と周防に魔法をかけた陸原容疑者を連行した先は、駅最寄りの喫茶店であった。駅のホームを一端出てから、落ち着いて陸原と話し合える場所を探した結果の選択だ。
 喫茶店はこの地域では手広くフランチャイズ展開されている『カメダ珈琲』という。
 元々は俺と周防の二人で話し合う腹積もりだったのだが、陸原は全く喋ろうとしなかった。ずっと喪に服すみたいに俯いたままで、一言も声を発さない。
 俺も周防も相手を恫喝するタイプではないので、烈火のごとく陸原を詰問するなんてことはできない。それにそんなことをして、陸原が公衆の面前でまたリストカットでもしたら面倒だ。
 そういった理由で俺は天野先輩を召喚した。
 天野先輩は陸原の所属するメンタルヘルス部の部長である。だからといって彼に保護責任の義務があるわけではないが、陸原の取り扱いに一番長けていそうなのは彼だった。幸いにして彼は今日はフリー。かつ実家はこの店の近所。連絡して十分弱で駆けつけてくれた。
「よし、クロブランシュ頼もうぜ」
 メニューを一瞥してから、天野篝火さんが提案してきた。
 クロブランシュとは、このカメダ珈琲チェーンの看板メニューだ。ホカホカのデニッシュ生地のパンケーキの上に、ソフトクリームをのせたデザートである。お好みでメープルシロップをかけて頂く。ホールケーキぐらいの大きさがあり、複数人で分けて食べるのが一般的な食べ方だ。
 温かいものの上に冷たいものを乗せるのは一見すると暴挙に思えるが、しかし実際に食べてみるとフワフワのパンケーキと口の中で解けるソフトクリームの触感が絶妙だ。
 このメニューは俺の好物であったが、しかし注文するには一つ問題があった。
「悪い天野先輩、俺今、そんなに金がねえんだ。割り勘でも懐に響くからやめてくれ」
 事実、俺が店に来て注文したのは一番安い普通のコーヒーだけ。これでかれこれ一時間過ごしているのだから店員の方の視線が痛いぜ。
 くそ、貧乏なんて大嫌いだ。
「あらら、じゃあ俺が奢るよ。先輩の甲斐性をみせてしんぜよう」
 神降臨。天野先輩、マジパネェっす。
 餌付けられると弱い自分をなさけなく思いながら、しかし空腹には抗えない。現在七時過ぎ。ちょうど腹の虫もなく頃だ。
「陸原と周防さんもそれでいいよな」
 天野先輩は陸原に訊く。陸原は無言で頷いた。周防も、
「構いません」
 と首肯する。
 二人から了解を得ると、先輩はウェイトレスにクロブランシュと、ホットコーヒーを注文。
「では、頼むものも頼んだし、本題に入ろうか」
 机の上に両肘をついて、手を組んでその上に顎を乗せる天野先輩。とても真剣な眼差しをしていた。
 俺は陸原を観察。これから質問を浴びせられるのであろうことを予期して、天野先輩から視線を逸らした。
 ところが天野先輩の視線は、陸原に向かっていなかった。向かう先は一点。俺だった。
「魔法によって強制的にさせられた恋が初恋であった翔馬の、心のケアが問題だ」
 ……。
 ……。
 ……。
 意味不明な問いかけに沈黙する一同。
 そんな俺たちの反応に、逆に天野先輩も面喰ってしまった様子だった。
「あれ、どうしたみんな黙りこくっちゃって。いや、確かにこれは難しい問題かもしれない。でも、試験問題じゃないんだから絶対的な正解はない。気軽に意見を出し合ってほしいな」
 どこかピントのずれたことを言い出す始末。
「先輩、冗談にしては笑えないぞ?」
「オレはすこぶる本気なんですけど。あれ、ていうか、翔馬ってこれまで恋したことない人間だったよな。実は新入生キャンプから陸原に魔法をかけられるまでの間に好きな子ができたとかなら問題ないんだけど」
「陸原に魔法をかけられるまで、誰かをこんなに愛おしいと思ったことはなかったよ」
 言ってから、自分がとんでもなく小恥ずかしいことを言ってることに気づく。周防がいる前で、『愛おしい』なんて断言するなんて両名にとって公開処刑もいいところ。周防は顔を真っ赤に火照らせながら、恥ずかしそうに俯いてもじもじしていた。
 その仕草は可愛らしすぎる! 堪らん! これが恋なのか!
 頭が熱暴走で融解しそうだ。
 普段俺は感情をあまり使わない人間なので、こういう心の反応はそれだけで大変疲れる。
 頭でっかちだと、恋をするのも一苦労だ。
「あら、初々しい。でも、翔馬の恋心ってあくまで魔法の産物で偽物なんだよね。だからこそ問題なわけで」
 天野先輩は真剣に眉間にシワを寄せる。
「だから何がだ?」
「初恋はね、きっと純粋にできる恋という意味においては、最後の恋だ。これから翔馬は人生の中で何度も恋をするかもしれない。でもね、その恋はいつだって初恋を引きずってしまう。恋愛において男は別名保存だとか例えられるくらいだしね」
「そんなもんかねえ。っていうか、天野先輩は十年の間初恋の相手に夢中なんだから、そんなこと言えた義理か?」
「ふふふ、バレたか。これは水橋からの受け売りだ。ただ、オレ自身、彼の言葉に深く共感したので引用させてもらった」
「パクリとも言うな、それ」
「著作権に引っかからないなら、良い言葉は盗んでなんぼだ。至言を引用するということは、同時に相手に対する賛美だよ。愚にもつかない言葉だったら引用する価値すらないんだからな」
 それだけ言って、天野先輩は陸原の方を向く。
 陸原は再度身構える。
「というわけなんだ、陸原。魔法を乱用したことについてオレは何も言えない。オレだって人が知らない間に魔法を使ったことはある。だから、オレは陸原が魔法を使ったことについては咎められない。でもな、お前は翔馬が大事に温めていた『初恋をする』という可能性を奪っちまったんだ。これは断固として糾弾する。陸原だって、人生で一度しかできない初恋が、それがニセモノの想いだったなんてことになったら嫌だろう?」
 天野先輩は優しく諭すように言うが、それはきちんと説教になっていた。
 陸原は、天野先輩の言い分に何も返せなかった。
 沈黙再び。
 気まずいムードの中、ウェイトレスは天野先輩が先刻注文したメニューを小皿と共に運んでくる。ウェイトレスは気まずい空気を察したのか目が泳いでいたが、天野先輩が、
「ありがとうございま~す」
 快活にお礼を言うのに救われた。
 天野先輩は、それぞれに小皿を分ける。
「ソフトクリームが溶けきらないうちに頂きましょう! じゃあ、いただきまーす」
 といって予めカットされているパンケーキの一切れを自分の小皿に運ぶ。
 彼の動作に同調し、他のメンバーも自分の取り分を確保。
「んで、陸原はどうして翔馬と周防さんに魔法をかけたんだ?」
 コーヒーを啜ると、天野先輩は陸原に訊いた。質問に深刻そうな空気は含有されておらず、むしろ気軽な調子だった。あくまで、魔法を使ったことについては責めるつもりはなく、参考程度に聞かせてほしい、みたいな言い回しだ。
「それは……」
 陸原は言い淀む。クロブランシュを突いていた手を停止させる。カタカタと小刻みに肩が震えている。
「別に強制ってわけじゃないが、言っておいた方が得であるとは補償しよう。陸原って自分の魔法を嫌悪するタイプの人間だったよな。そんなお前がわざわざ魔法を使ったってことは、相当に追い詰められていたから――と俺は思ってるんだけど、実際どうだろう?」
 優しい口調で、わかりやすく順序立てて自らの推測を述べていく天野先輩。まるで、本当に保護責任者みたいだ。
「私は……私には……好きな人がいます」
 言葉を突っ返させる陸原の目じりには涙が溜まっていた。徐々にではあるが、陸原は事情を吐露しようとしているようだ。温和な天野先輩の態度が、陸原の心の壁を剥いでいく様は『北風と太陽』の太陽のやり口を彷彿とさせる。
「ふむふむ。それと今回のこととどういう関係があるのかな?」
「私は……今日……その人に告白しました。でも、フラれました。理由は……」
 ここで陸原は、周防を毅然と睨んだ。
 敵意むき出しの陸原から、しかし周防は目を逸らさない。以前は、中学でのイジメの経験から男女に関わらず人に怯えていた周防も随分と成長したものだ。
 もっとも、周防は剣道インターハイ予選の優勝者。陸原みたいな小柄でいかにも華奢な少女に怯える道理はどこにもない。
 周防に視線を返されて、陸原は再度委縮。周防は真顔だと目線が鋭いので、怯えてしまっても仕方がない。
 怯える陸原に対して周防は、困ったように眉間を掻いて、
「何があったの? 私は怒らないから言って欲しいな」
 努めて優しい表情をつくる。笑っているような、しかし困っているような、そんな顔だ。
「私は……私は……私は! アナタのせいでフラれたの! なのにその余裕そうな顔! 許せない! 許せない! 許せない!」
 周防の優しい態度に、まるで掌を返したように、テーブルから身を乗り出して陸原は烈火のごとく暴言を浴びせる。
 何事かと周りの客が驚き、こちらに視線を投げかけてきた。
「落ち着け陸原。ごめんね、周防さん。許せとはとても言えないけど、でも、自然災害みたいな何かと捉えてもらえるととても助かる」
 陸原をなだめながら、同時に周防への気配りも忘れない天野先輩。彼をこの店に呼んだ俺がこう言うのも無責任だが、苦労してるなあ、と内心呟く。
「わかりました。天野先輩の顔を立てて、そういうことにしておきます」
 周防は物分かりが良い風に言うが、しかし、その顔からは先までの柔和な雰囲気は消えており、不愉快そうに再び鋭い眼光になっていた。
「一体全体、お前がフラれたことと、周防さんがどう関係してくるのか教えてくれ。じゃないと話が進まない」
 天野先輩はあくまで冷静に対処。そんな彼に感化されてか陸原も、一端は落ち着いて続きを説明し始める。
「私は……彼女のせいでフラれたんです。私が告白した相手は、他に好きな人がいるからって言って私をフリました。そして、その好きな相手っていうのは……周防さん、アナタだったのよ!」
 喋りながら再び興奮してきたらしく、顔を真っ赤にさせる陸原。
 この子、感情の波が激しすぎる。
 いつもだったらここで単なる第三者を決め込むんだが、現状俺は周防が心配でならなかった。
 仮に周防に殴りかかっても、周防なら多分どうにでも対処するだろう。剣道とは反射神経を求められる競技であり、彼女は剣道の上級者。周防が陸原に負ける道理がない。
 そこまでわかっていても、俺は周防が心配でならなかった。周防のためならば、この身を呈して盾になるぐらいの覚悟は決めていた。そうなれれば、どれだけ幸せだろうかとか無意味に夢想してしまう。
 やっぱり俺は周防に心奪われているらしい。恋の力ってスゲーな。
 さて、陸原についてだが、当然ながら俺はクソ喰らえというような感慨しか湧いてこない。
「それは八つ当たりだろう。仮に相手が周防を好きだとかいっても、周防には何の非もない。アンタのたたの醜い嫉妬だ」
 と言いながら、俺は同時に『その相手に周防を取られたらどうしよう』とか後ろ向きなことも考えていた。このような不安に陥るのも恋ですか? だとしたら、これは相当メンタルが鍛えられるな。
 陸原は、今度は俺を睨みつけながら、
「その女の味方をするの?」
「当り前だ。周防は俺の想い人だ。ていうか、そうなるようにしたのはアンタだろう?」
 言ってやった。さぞ悔しいだろうな、とかドSモードでほくそ笑んでいると、しかし、陸原は思いもよらぬことを言い出す。
「そうよ……そうなのよ……アナタ達は両想い。だったら、あの人は周防さんを好きになっても無意味なのよ。だって周防さんにはこうして、すでに別に好きな人がいるんだもの!」
 勝ち誇ったように宣言。
 ようやく俺には、陸原が俺たちに――というか周防に魔法をかけた動機が見えてきた。
 要するに陸原は、自分が好きになった相手を失恋させたかったのだ。
 相手が周防を好きと言ったところで、その周防にすでに両想いの相手がいたならば、その相手は周防を諦めるしかない。
 相手にフラれて傷心だった陸原は、偶然駅で周防を見かけた。発見したとき周防は、一人の男子と親しそうに話をしていた。その男子とはつまり俺だ。
 陸原はその時こう思ったのだ。周防を、彼女の隣にいる男子と魔法を使って両想いにしてしまえば、自分の恋を成就するチャンスがつかめるかもしれない、と。
 そして、陸原は犯行に及んだ。及んだまではいいが、そんな衝動的な犯行は即座にバレて、こうしてこの店に連行された。
 救いようがないぐらいに自分勝手で、計画性皆無な行動。
 そんなどうしょうもない駄目な子の駄目な立ち振舞いのせいで、初恋をするハメになるなんて、確かに腹が立ってくる。
 というか、今、周防も俺のことを好きなんだよな? 俺と違って結構今まで通りに俺と接しているけど、それは剣道家ゆえに常に明鏡止水の心境でいられる、なんてアビリティがあるんだろうか。
 だとしたら、俺はまだまだ未熟者だ――とか別なところで切なくなってくるぜ。

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