アルカナ・ナラティブ/第6話/03

 陸原の動機は判明した。ならば、次に考えるべきは、これからの対策だ。
 陸原の魔法の詳細に関してはアルカナ使い研究書に記されていなかった。それがヒノエ先輩の職務怠慢か、陸原自身が秘匿したからなのかはわからない。
 なので必要な情報は直接陸原に問いただすしかない。
「陸原の魔法はどれぐらいの期間まで効果があるんだ?」
 陸原の魔法の効果がどれだけのスパンで意味をなすかで取るべき行動が変わってくる。一日、二日なら別に放置で構わない。それぐらいは目を瞑ろう。しかし、数ヶ月単位となるならば、それは困る。両想いなのは幸せなことかもしれないが、その感情がニセモノであるのは問題だ。
 俺は元々、誰にも恋をする気がなかった人間だから、ニセモノの感情を抱こうが、さして気にはしない。誰も愛さない状態で人に心を開かない状態が、周防に恋をしながら本当の意味で心を開かない状態になるだけだ。
 でも、周防からすればたまったものではないはずだ。周防はようやく、他者(特に男性)に対する恐怖を克服してきているのだ。彼女はこれからの高校生活で、もしかしたら新たな恋を見つけられたかもしれない。
 なのに、陸原の魔法によって、俺に対してニセモノの想いを抱いてしまっては駄目だ。それでは本物の恋ができなくなってしまう。
 周防の高校生活を光溢れるものにするためには、陸原の魔法は障害以外の何者でもない。
「わからないよ、そんなの」
 陸原は投げ槍に答えた。悪びれた風でもなく、かといって堂々としている風でもない。半ば逆ギレしそうな態度だった。
「わからないって、自分の魔法なのにか?」
 あまりに無責任な物言いに、俺も若干キレ気味だ。
「そりゃ私だって、自分の魔法なんだから、ちゃんといつまで効果が持つか知りたいよ。でもしょうがないじゃない。こんな魔法、今まで誰にも使ってこなかったんだから。私だって被害者だよ。私は、何も悪くない」
 あくまで自分の非を認めようとしない陸原。イラつく俺。相手が男だったら手を上げていたかもしれない。
「二人とも、そんなに眉間にシワを寄せなさんなって。恋はカイロスが支配してるような時間構造だ。何日、あるいは何カ月先まで二人が両想いですよ、なんてものじゃないだろう。術者本人が魔法の効果が切れるまでの時間を断言できなくてもしかたないんじゃないかな」
 険悪なムード。そんな中に天野先輩が割って入る。
「カイロス? なんでポ○モン?」
 俺は首を傾げる。
「いや、オレの言うカイロスは、ギリシア語でいう時間を意味する言葉だ。あるいは、そういう名前の神様もいるけど語源は一緒」
「ギリシアで時間の神様って言ったらクロノスだった気がするけど?」
「博識だね。それも正解だ。ギリシア神話には二人の時間の神様がいるんだ。一人はクロノスで、もう一人がカイロス。クロノスってのは、過去から未来へと一定速度で精密に流れる時間。一方カイロスってのは、いわば心の時間で、速度が変わったり、未来から過去へ逆流したりする。恋が成就したり、冷めたりするのってのは心の時間がものをいうもんだ。きっちりと何時何分何秒にそうなるって予約できるものじゃない。陸原の魔法の効果はまさにカイロスの時間を元に流れているんだと思う。だから、機械的にいつ両想いが終わるなんて言えないんじゃないかな」
「じゃあ、俺たちはこの魔法について打つ手がない、と?」
「お互い好き同士なんだし、諦めてくんずほぐれつ愛し合うのはどうだろう?」
 テキトー過ぎる! というか、それじゃあさっき言ってた初恋は大切なものという発言と矛盾しているぞ?
「ふざけないで下さい!」
 テーブルをばん、と叩き声を張る周防。明らかに不愉快そうな顔。
「いや、オレはいつでも本気だよ」
 先輩は狼狽もせずに言ってのけるが、
「ダウト」
 周防の魔法により看破される。
「ふーむ、やはり周防さんの魔法は苦手だね。冗談で言ったことも、真実でなけらば嘘と判別されるとは」
「冗談でも、そういう不謹慎な発言は嫌いです」
「お堅いなあ。まあ、そちらに不愉快な想いをさせたのは謝罪しよう。すまなかった。さて、諦めるという手が駄目なら、どうしたもんかね。陸原、お前の魔法って、自分で解除できたりしないの?」
 天野先輩は何の気なしに陸原に訊くが、本人が解除できたらこんな苦労はしていない。
「でき……ません」
 答える陸原だったが、言葉を詰まらせていた。もしかして……。
「ダウト」
 周防からの嘘宣告入りました。
 自分で解除できたんかい!
「だったら話は早い。今すぐに解除してもらおうか」
 俺はつめよるが、陸原は頑として首を縦に振らない。
「い、いやだよ。せっかく私の恋を実らせるために、二人を両想いにしたんだから。だから解除なんてしたくない!」
「自己チューすぎる! いいか、アンタは魔法を自分勝手に利用した。これは許されない行為だ。だから、アンタは責任をとって俺たちにかけた魔法を解除する義務がある」
「義務? 馬鹿じゃないの? どうして私にそんな責任が生じるのよ。私には自分の魔法を好きに使う自由がある。私が私のために魔法を使って何が悪いのよ」
「魔法は自分勝手に使っていいもんじゃない。第一、魔法で好き勝手してるって理事長にバレたらアンタだって御咎めを喰らうんだぜ?」
 道徳心に訴えかけるのは無意味そうなので、好き勝手に魔法を使うデメリットを提示。『徳』で動かない人間は、『得』で動かすのが最善手。
「そんなのバレないようにやればいいだけじゃない。それとも理事長にチクる? いいわよ。その代わり、そんなことをしたら一生魔法を解いてやらないんだから。男女を両想いにした程度で退学にされるとも思えないし、二人して気が済むまでニセモノの両想いを続けていればいい」
 駄目だ、何を話しても水掛け論にしかなりそうにない。頑固や意志が固いというより、根本的に視野が狭すぎる。
「だったら陸原の片思いを、両想いにしてしまうというのは、どうだろうか」
 不毛な論戦を繰り広げる俺たちに、救いの手を差し伸べてくれたのは天野先輩。
「え、どういう……?」
 いきなりの申し出に、陸原も目を瞬かせてしまう。
「陸原は自分の好きな相手が、周防さんとくっつくかもしれないのを危惧して魔法をかけたんだろう? だったら、陸原がその相手とくっつけば、翔馬と周防さんに魔法をかける必要はなくなる。陸原は恋が成就し、翔馬と周防さんは魔法が解除される。ほら、これなら皆ハッピーで大団円さ」
 天野先輩は朗らかな顔で言うが、こっちとしては腑に落ちない部分がある。
「どうやって陸原と陸原が好きな相手を両想いにするんだ? 陸原の魔法は、自分にも効果を及ぼす魔法なのか?」
 一応自分で自分の手首なりを掴んだ状態で、もう片方の手で好きな相手を掴めば『両手で異性同士を掴む』という状況は作れる。でも、この考えには穴がある。
「それは無理だった。実際に自分の手首を掴んだ状態で、空いている手でその人を掴んだけど、魔法は発動しなかった。私は魔法が効いているかもと思って告白したけど駄目だった」
 だろうな。もし、魔法が自分にも効果を及ぼせるなら、そもそも俺と周防を襲撃する意味がない。
「どうせだったら自分に惚れさせる魔法を身につけてれば早かったのにな」
 俺は何の気なしにこぼした。
 しかし、これに陸原は悲しそうに首を振った」
「アルカナ使いの魔法って自分の嫌な思い出とかを元につくられるんだよね。だから、私の魔法は自分以外を両想いにさせることしかできなくて当然だよ」
 さっきまでの交戦ムードと一転して、どんよりと落ち込み始めたため、逆にこっちが面くらった。
「何があったんだ?」
 無礼を承知で訊いてみる。考えてみれば陸原の魔法だって、過去のわだかまりが元になって発現した可能性は高いのだ。
 聞いておいて損はない。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。陸原の言う『嫌な思い出』のエピソードが説得材料になるかもしれない。
「私の初恋はね、中学二年生の時だった」
 ぽつぽつと話し始める陸原。
「ほう、それで?」
 俺は聞き役モードに徹することにする。
 なるべく柔らかい口調で、その次の話を促すように相槌を打つ。
「でもね、その男子を好きな人が他にもいたの。それは私の友達の女子だった。その女子は私とその男子が仲が良かったから、私がその男子のことが好きなのかと訊いてきたの。私は恥ずかしがって『違う』と答えてしまった。それが間違いの始まりだった。その答えを聞いた友達は、だったら自分の恋に協力して欲しいと言ってきた。その女子はクラスでも発言力のある子だった。もし断ったら私はクラスでイジメに合うかもしれない。だから、私は断れなかった。それからが地獄の始まりよ。私は自分の好きな男子を、他の女子とくっつけるために働かされた。そして二人は晴れて付き合い始めた。笑える話でしょ。いいわよ、笑って。馬鹿な女もいたものよね。それが私の『嫌な思い出』で、他人同士を両想いにさせる魔法が発現した、おそらくの理由」
 陸原は自嘲する。悔しそうに、目じりに涙を溜めこみながら。
 俺は何も返せなかった。
 未だ、真の意味で誰かに恋をした経験がない俺には、陸原の苦しみを想像できない。彼女のしたことは保身から来た自業自得と断ずることもできた。しかし、身の安全は誰もが求めるもの。恋に身を焦がして破滅するのは馬鹿げているというのが俺の見解。
 それとも、『保身に走る程度ならアンタの恋心はチンケなものだった』とか言えるのだろうか。それすら俺にはわからない。身の安全と恋は、天秤に掛けることができるもの同士なのだろうか。
 恋愛初心者の俺には、陸原の葛藤については、幾許の答えも意見も持ち合わせない。
「アンタも苦労してんだな」
 無難で陳腐な言葉で場を濁すしかできない。自分の空っぽさが嫌になる。
「そうよ。私は苦しんだ。だから、私は今回の恋を何をしてでも叶えると決めた。だから命令するわ。私の魔法を解除して欲しくば私に協力しなさい」
 意地汚い外交手段は、某北の国の瀬戸際外交みたいだ。
 それだけ、恋をすると必死ということかね。
「と言ってるけど、周防はどうする?」
 話をマイスイート(暫定)に振ってみる。彼女にもっと良い解決案があるなら、俺はそちらを採用するが、
「翔馬が協力するなら、私も協力する。私はニセモノの想いを翔馬が自分に向けてくるのなんて耐えられない」
 その物言いだと、例えニセモノでも俺が周防に恋心を向けるのは嫌だと……。フフフ、ぐさりと来るぜ。まあ、こんな元詐欺師に想いを向けられても流石に迷惑だよな。
 まあ、いいさ。事情はどうであれ周防を解放してやらなきゃいけない。
「だったら具体的な話をしよう。どうやって陸原と好きな相手を両想いにする? 何かプランでもあるっていうのか?」
 この解決案……いや、妥協案の提案者である天野先輩に尋ねる。
「あるよ。ここは一つ、今度の休みにダブルデートなんてどうだろうか」
「ダブルデート?」
「参加者は陸原と彼女の好きな相手と、翔馬と周防さん。陸原が好きな相手を周防さんを餌にして呼び出しておいて、でも実は周防さんはデート中で別の男――つまり翔馬だな――とベタベタとくっつく。んで、陸原の好きな相手が傷心してるところに陸原が手を差し伸べる、と。こんなシナリオでどうだろう?」
「逆上して、俺がそいつに襲撃されたりしないだろうな?」
「それはやってみないとわからんな。それを避けるために人通りの多いところでデートするのがベターかな」
「その茶番劇が上手くいったら、陸原は本当に魔法を解除してくれるんだろうな。図に乗るような真似だけは絶対に許さない。そんなことをしたら、こちらも容赦はしないぜ」
 陸原を射ぬくように見据えてやった。彼女は怯えていたが知ったことではない。元々悪いのは陸原だ。
「おいおい、そう怖い顔するなよ。約束できるよな、陸原?」
 天野先輩は、陸原の頭をポンポンと叩く。
「約束する。上手くいったら魔法は解除する」
「嘘じゃないみたいね」
 周防は言った。周防が言う以上は、途中で陸原が心変わりしない限りは保証された約束だ。
「なら話は決まったな。……ところで、陸原の好きな男ってどんなヤツなんだ?」
 今の今まで、どうやって魔法を解除するかが主題で保留していたが、ダブルデートが決定したなら訊いておかなければならない問題だ。
 ダブルデートをするとしたら週末。可能なら相手に関する情報を収集しておきたい。
 ところがこれに、陸原はとんでもないヤツの名前を出してきやがった。
「一年六組の名壁司《なかべ・つかさ》クンだよ」
「「なッ!!」」
 俺と周防の驚愕の声が重なった。
 ――名壁司。
 それは周防の中学時代の元カレで、周防に集団で乱暴しようとした仇敵の名前だった。

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