アルカナ・ナラティブ/第6話/04

 周防にとって、名壁司は乗り越えた壁……であるはずだ。
 新入生キャンプの際に、名壁は執拗に周防に付きまとっていたが、最終的には周防に張り手をかまされ撃退された。
 それは周防が自分の過去に決別を告げた瞬間だった。
 だから周防は、もはや名壁と関わる必要はない。関わったところで不快な過去をぶり返すだけで何のメリットもない。
 ところがそんなヤツを交えての週末デート。
 しかも陸原の話じゃ、名壁は未だ周防に執着中。
 陸原は周防が好きであり、名壁は周防が好きで、周防と俺は魔法に当てられているからとはいえ両想い。
 恋の四角関係の成立。三角関係どころか、片思いすらしたことがない俺にはハードルが高すぎる。高すぎるハードルは跳び越えないで、全てを蹴倒して前進したい気分にしてくれる。
 ところで、ダブルデートに際して俺には一つの疑問があった。名壁をデートに誘うのは陸原の仕事なのだが、振った相手にデートに誘われて、それにホイホイ乗ってくるものなのかね。
 仮にダブルデートに周防が参加する旨を伝えたとしても、それはつまり名壁にとって振った相手と振られた相手を交えての時間を過ごすことに他ならない。
 それって名壁にとっては針のむしろではないだろうか。あるいはそれでも来るとしたら、よっぽど周防に執着している証。陸原が名壁を射とめられる可能性は低そうだ。
 それとも周防のお相手である男を見定めるために来る、という考え方もある。その場合、名壁は俺にやたらに絡んでくるだろうな。メンドウクセエ……。
 天野先輩は皆がハッピーになるためのダブルデートと言っていた。しかしダブルデート中は誰もがアンハッピーなんて事態に陥りかねない。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 そして、デート当日。
 名壁は現れた。
 集合場所は県内の都市部の駅の改札口。今回のプランは人でごった返す繁華街でデート。人の往来が激しい場所でのデートなら、いざとなったらはぐれたフリをして陸原と名壁を二人きりにすることも可能。……名壁であっても、嘘をつくのは心苦しいけどな。
 ちなみに今回のデートに使う資金は、現在の保護者である叔父夫婦から小遣いの前借という形で入手した。小遣いの前借など、今までにないことだったので、叔父夫婦には金の使用目的を質された。
 嘘をつくのが嫌だった俺は、しかたないのでクラスメイトの女子とデートをする、と正直に事情を説明。
 叔父と叔母の反応は対極的だった。『あらあら、まあまあ』と満面の笑みを浮かべる叔母。対して叔父は極めて厳粛な面持ちで、
「ちゃんと責任は取るんだぞ」
 と述べた。
 叔父様、ステップを飛ばし過ぎです。周防とは手を繋いだことすらねえですよ? 清い交際をせよという旨だったんだろうが、そもそも今回のデートは両想いを解消するためのものですから。
 ……という話はもちろん胸の内に留めた。込み入った事情まで説明すると、今度は魔法について云々を話す必要が出てくる。それは正直面倒臭いので割愛。
 ビミョーに説明不足であったが、二人からの小遣いの前借は成功した。血の繋がりが三親等も離れている触法少年に、すんなり金を貸してくる叔父夫婦は聖者だ。いつまでも甘えているのも心苦しいので、本格的にバイトをしようと心に決めた。
 回想編はここまでにしておこう。
 現れた名壁は、今日も今日とてイケメンであった。ナンバーワンホストも夢ではないであろう甘いルックス。着用している衣服は、きれいめ系ファッションで彼のスマートさをいかんなく強調している。
「やあ、三人とも早いね。お待たせして悪かった」
 すでに改札口には俺、周防、陸原は集合しており、名壁が最後の到着となった。といっても、集合時刻に遅刻したわけでなく、電車の関係で偶々彼が最後になったのだ。
 俺と周防は、そんな名壁に無言で返すが、陸原だけは、
「待ってなんかないよ。私も今来たところ」
 今日の彼女はいつも以上に生気に満ちている。名壁とデートができるのが相当に嬉しいようだ。
 ちなみに、集合場所に一番初めに来たのは陸原なので、『今来たところ』という発言は嘘である。
 もうこのまま、陸原と名壁だけを置いて俺は周防と撤退したい。せっかくの休日を、四角関係の渦中で神経衰弱して過ごすのは許し難い。休日は『休む日』だから休日なのだ。
「やあ、久しぶりだね氷華梨」
 陸原の言葉には、ノーリアクションで、名壁は周防に声をかける。まるで、何かのキャンペーンのポスターの如き爽やかな笑顔。
 一方、周防は胡乱そうに名壁を睨みつける。
「どうやって陸原さんを誑かしたのかしら? 今度はその子を食い物にする気?」
 友好的に接する名壁に対して、周防は抉るような言葉を浴びせる。
 普段の大人しい周防の態度からすると信じられない言葉だった。相当に名壁への憎悪が見て取れる。
 場の空気が一気に五度くらい低下しそうな気まずさ。
 事実上、宣戦布告だったが、名壁に憤慨した様子はない。
 それどころか、
「中学時代に氷華梨にしたことは反省しているよ。浅はかなことをしたと後悔している」
 とまで言った。
 名壁の顔は真剣そのもの。
 これには周防も目線の鋭さを若干緩めざるを得ない。
「……そう。でも、私は絶対にアナタを許さない」
「だろうね……。でも、だったらどうして、そんなヤツとダブルデートを?」
 名壁の疑問は当然の帰結だ。
 だが、ここで名壁に魔法についての話をするわけにもいかない。アルカナ使いの存在は一般生徒には秘密なのだ。
「私は陸原さんに誘われてきただけ。そしたらアナタがいたってだけよ」
 あくまでツンとした態度で返す周防。
「なーんだ、そんだけか。俺はてっきりまだ氷華梨が俺に気があるのかと思って期待してたんだけどなあ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる笑顔。
「冗談じゃない。私はアンタのことなんて嫌いよ」
 周防はきっぱりと断言。それはもう、日本刀で両断するような鋭さだった。
「ハハハ……だろうね」
 名壁は肩を竦めると、力なく笑った。
「それにね名壁、今の私には好きな人がいるの。この人よ」
 周防は俺の腕を引き、名壁と対面させる。
「よう、お久しぶり……でもないか。体育の時間で会ってるし」
 とりあえずご挨拶。とはいえ、いきなりすぎて二の句が継げない。俺の語彙力、もっと熱くなれよ!
「だから瀬田がいたのか。来た時、どうしてお前がここにいるのか不思議だったんだけどやっと腑に落ちた。へえ、氷華梨が瀬田をねえ」
 名壁は俺を値踏みするような目で眺めてくる。
「おいおい、男にじろじろ見られても気持ち悪いだけだぜ」
「これは失礼。氷華梨は瀬田のことを好きだと言ってるけど、実際瀬田はどうなの? 周防と付き合ってるの?」
 難しい質問が来た。
 ここで付き合っていないと答えると、今回の『名壁に失恋させる』という作戦に支障をきたす。しかしながら、俺と周防は付き合っているわけではない。
 いくら相手が名壁であっても嘘をつくのは嫌だな。嘘つくと漏れなく頭痛に襲われるわけだし。
 なので俺は言ってやった。
「俺と周防は両想いだよ。誰もつけいる隙がないくらいにな」
 もちろん、これは嘘じゃない。例え魔法の効果といえど二人は両想い。
「へえ、言うじゃないか」
 俺と名壁の視線が交錯する。
 俺は名壁の視線に敵意を垣間見た。
 当たり前の話だ。名壁は未だ周防に想いを寄せている。にもかかわらず、周防と両想いの相手が目の前にいて心地よいわけがない。
 ――周防はこいつには渡したくない。
 そんな想いが喉元からせり上がってくる。それはきっと魔法により偽造された高揚感。でも、仮に魔法がかかっていなかったとしても、俺は周防を名壁にだけは渡したくはないと思っていたに違いない。
 いくら名壁が反省していると言ったところで、かつてこいつが周防を傷つけたのは事実。そして周防は自傷行為をするまでに追い詰められたのだ。
『反省している』と名壁は言った。周防が嘘であると指摘しない以上それは事実。けれど、その反省心がいつまで続くのかは確約できない。
 また、いつかこいつが周防を傷つける日が来るとも限らない。
 前科者だから再犯を繰り返すに違いない、という論理が極めて狭量であるとは自覚している。
 だけど、周防を幸せにできるヤツがいるとしたら、きっとそれは名壁ではないと俺は直感している。
 論拠なんてない。
 乗り越えた過去の傷なんてすっかり忘れられるような、新しい出会いがあることを俺はただ祈る。
「もう、名壁君ったら。こんなヤツ放っておいて遊びにいきましょうよ」
 俺が真剣に考え事をしている横で、そう言ったのは陸原だった。俺は『こんなヤツ』かよ。
 先日『カメダ珈琲』で散々火花を散らした間柄なので、陸原がそう言いたがるのも理解できないでもない。でも『こんなヤツ』か……。地味に傷つくなあ。
「そうだね。せっかくのダブルデートなんだから皆で楽しむとしようか」
 そして、ダブルデートは幕を切った。
 ちなみにちゃっかりと陸原は、名壁と手を繋いでいた。……当初の目的が陸原と名壁をくっつけるためとはいえ、何か釈然としねえぜ。

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